第2話 甘露なるは我が正義、と女王陛下は言った 〜4
ものすごくお待たせしてしまいました
先月アップの予定でしたが、いろいろな年度末進行の嵐と体調の問題で遅くなりました
次話の執筆も開始していますので、今後もお付き合いいただければ嬉しいです
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一部修正・変更を加えました
最後のリアのセリフに追加をしました
自分は八潮聡太、階級は三尉であります。
はい。機関区で勤務しております。
あ、はい。一昨日の深夜、2時10分ごろ・・・だったと思います。当直勤務の部下から、巡回に行った者が定刻を過ぎても戻らないと報告を受けまして、何か事故が発生した可能性を考慮して、捜索に向かいました。それが2時30分です。
捜索には、丸田町曹長と早川一等海士、三笠二等海士、私の4名で向かいました。
階段を降りて機関区に入る辺りから様子がおかしかったですね。床が芝生の様な植物に覆われて、カーペットを敷いたみたいになっていて、壁には蔦が這っていて・・・。知ってるのに知らない場所、そんな感じがして奇妙な雰囲気でした。
先に進む毎に足元のr草は深くなり、壁を覆う植生も種類と数を増やして、原子炉区画に到着する頃には、まるでジャングルのような有り様で、防水扉の場所も手探りで探さないとならない、そんな具合でした。
原子炉区画に入る扉を開けた時のことです。その、なんと申しますか、もう裸と言っていいほどに覆う所の少ない衣服の女性が立っておりまして・・・、はい、ええ、まあ、その上にスケスケの長いショールって言うんですかね肩掛けのようなものを羽織っていて、全身が緑っぽい感じで、その上ほのかに光っているようでした。顔つきは日本人離れした感じの美人で、微笑んでおりました。
その女性がゆっくりと指差すんです。こんな風にすうッと。そっちの方を見ると連絡を絶った奴らが倒れていて、全員眠っていました。すやすやと。
ええ、おっしゃるとおりです。1日経った現在も昏睡状態であります。
毒ではないとドクターからは聞かされておりますので少し安心はしておりますが、原因不明である点はとても危惧しいおります。早く目覚めてくれればと。
件の女性がその後どうしたかについてでありますか?
それが緑に覆われた壁の方に進んでいくとそのまま壁の中にすうっと消えてしまったのです。今にして思えば歩いてはおらずこう代車に乗って移動しているかのような動きで、とても不自然でしたし・・・。
あれは生きた人だったんでしょうか?
◇◇◇
俺たち「ランチ会」のメンバーが尋問から解放されたのは拘束された日の夜になってからだった。もちろん完全に解放されたわけではない。空いている部屋に軟禁された状態で一夜を過ごすことになって、快適とは言い難い簡易ベッドでの目覚めとなったわけである。
早朝から艦内は大騒動だった。と言うのも、艦内の至る所に草が生え、場所によっては花まで咲く始末だったからだ。草は生えても笑えないからね。
しかもどこから湧いて来たのか、虫やら小動物があちこちを這いずり駆け回っていた。
甲板は一面が膝丈ほどの草に覆われていて、たった一晩のうちに足の踏み場もないほどの大群のカモメ似やペンギン風の海鳥たちに占領され、その鳴き声はすぐ隣の人との会話が困難なほどの騒々しさで、さらには大量の糞尿の鼻が曲がりそうな悪臭が漂い、ここが絶海の孤島で鳥の営巣地だと言えば皆が信じてしまいそうな有様だった。実際のところ営巣中のものも多数いるようで抱卵している姿が散見された。もはや飛行甲板の体をなしていなかった。
鳥たちはどこかしら知性を感じさせる目でじっと俺たちのことを観察しているようで、その様子はまるで昔の恐怖映画のようだった。
というわけで俺と蓮佛の二人は厨房を借りてお菓子と朝食作りに勤しんでいる。
それもコレもあの女王サマのリクエストに応えてやるためだ。
俺たちが調理をする傍らにはお目付役として月輪一尉が張り付いている・・・のだが、ずーっと愚痴を聞かされる羽目になっていた。これではどっちが見張りなんだか。
「あっちこっちの問題箇所に呼び出されるんだから、我々もたまったものではないのだよ。我々は苦情処理係ではないし、ましてや便利屋でもない。即応班などと言われても、何にでも対応できるわけじゃない。」
「はぁ。」
「気のない返事をするな簏崎一尉。我々は害獣、害虫の駆除など門外漢だ。それなのにだな。」
「はいはい。これ泡だてて。ツノが出るまでね。ハイがんばって。」俺はくまちゃんの話を半分に聞いて、生クリームが入った大きめのポウルを手渡す。
「だーかーらー、早朝の4時に呼び出されてだな。」
「うんうん。大変でしたねぇ。話してていいから手を動かしてね。」
「トシ、今更だけどお前凄いな。」
「蓮佛に褒められても嫌味にしか聞こえん。」
「いや、この場合は純粋に褒めてる。」
「そうかよ。」
俺がくまちゃんの話を話半分にした理由は簡単だ、俺もその当事者のようなものだからだ。
俺も早朝の4時に自分の部下に叩き起こされたのだ。
それはこんな具合だった。部下だってのに叩き起こすとかありえんと思うのだが・・・。
◇◇◇
「ハンチョウ、起きてください。鍵が開かへんのです。」部下の武市二曹が俺の毛布をひっぺがして肩をバンバン叩いていた。小柄な女性なのだが、自衛官にはありがちで力がかなり強い。
「お前なぁ、叩くなっ、起きるから叩くなっての。」俺はボサボサの頭を掻きながらベッドの上で上体を起こす。「俺はもう班長じゃねぇし。もうちょっと偉くなってんだけどな。」
「で、何が何だって?」
「そやから鍵が開かないんですって。」と、武市はいつものように慌てた様子でまくし立てる。
「お前の言い方じゃわからん。」とこれまたいつものようにひょろっとした長身の男がヒョイと後ろから顔を出すと、邪魔だとばかりに武市を押しのけた。武市の相方の曽野部二曹だ。二人揃うと見事なばかりのデコボココンビである。
「兵装の保管庫の扉が開かなくなったので見に来てください。鍵は空いたんですが、扉が全く動きません。」
「どう言うことだ?なにかが引っかかってる・・・ワケないな。アシスト機能の故障とかそう言うことか?」あくびまじりに俺は尋ねた。
「わかりませんが、とにかく開かないんですよ。」と武市。
俺は急いで着替えると二人に引っ張られるように部屋の外に出る。廊下の壁や天井はつたのような植物に覆われているのにぎょっとする。足元は草の絨毯だった。
「な、何だこりゃ。」
「何処も彼処もこうなんです。」と曽野部。
「格納庫もすげーコトになってます。あれ、?。何でハンチョウの部屋には草生えてないんですかね。」と武市。
「知らねえよ。」
「俺らの寝床なんて草ボーボーで、下の段のベッドのやつなんか虫の声がうるさいとかって、文句ブーブーっすよ。」
天井から垂れ下がるツタを手で払ったりしながら兵器保管庫へと向かう。
兵器保管庫にはミサイルとかバルカン砲の20mm弾丸とか航空機に積み込む兵装が保管されている。ちなみに小銃や拳銃などの小火器とその弾薬は別の小火器保管庫があり、そちらで管理されている。
どちらの保管庫も開錠するには生体認証とカードキーとワンタイムパスワードが必要になる。
兵器保管庫は格納庫の整備ハンガーの隣にある。二重扉になっていて、手前は幅が3mほどのシャッターで、それを開けると5mほどの短い通路があってそのどん詰まりに保管庫の扉がある。
格納庫は確かにすげーコトになっていた。
膝丈の草が一面に生え、壁や天井にはツタ植物が蔓延り、虫の声さえする。ギョッとしたのはそこ彼処でペンギンに似た鳥が立ったまま寝ていた事だ。最初は置物かと思ったのだが、近づくと翼をパタパタと動かし威嚇の声をあげた。
ここが格納庫の中だと言うのを忘れてしまいそうになる。そんな感じだ。
兵器保管庫に続くシャッターにも三重の認証が必要だが、こちらは問題なく開く事ができた。
奥には馬鹿でかい扉があり、扉のサイズには似合わない大きさの引き戸型の把手がついている。その横の壁に認証装置がある。
「ほい。」と手続きするとピッと言う電子音とともにガシャッと派手な音がして解錠される。
引き戸になっている大きな扉を開こうと引っ張るが1mmも動かない。そもそもが重い扉ではあるのだが、アシストもついているので人独りで開けられないものではない。
そこで把手にロープをかけて3人がかりで引っ張るのだがやはりびくともしなかった。
「おかしいな。」
「ね。おかしいですよね。」と武市。なぜにお前はドヤ顔?
曽野部は無言で頷く。
「曽野部、何人か腕っ節の強いやつを、そうだな6人ほど連れてこい。」
曽野部が人を連れてくる間に扉をしらべてみる。何かが引っかかると言うことは構造的にまずない。耳を当ててみるが何の音も聞こえない。まあ、当たり前なんだが。
曽野部が7人連れてきたので、10人掛かりでロープを引っ張ると、少し手応えがあり扉が動く気配がする。
「おおっ、開くぞっ。お前ら踏ん張れ。」俺の掛け声に全員が渾身の力でローブを引く。
扉が少し開いたかと思うと、何やら黒いものが雪崩るようにその隙間から出てきた。
Gだった。コックのローチさんだ。それも特大の。体長が10cmはあろうかと言う大きさの黒光する群が開いた扉から湧き出てきた。
「これあかんやつやーっ。」G耐性がある俺でも引くほどの大群が俺たちの方に向かってきた。
俺たちは手にしていたロープを離すと脱兎の如く逃げ出した。背後からはカサカサと言う足音が巨大な合唱のようになって迫ってくる。
「うわあああああっ」
俺たちはハンガーに逃げ込むと急いでシャッターを下ろした。シャッターに虫たちがぶつかる音がする。
「ハアハア。」俺たちは整備ハンガーの草むら|にへたり込んだ。
「ヤバかったっすね。」と息を上げながら武市が言う。「こりゃ燻煙殺虫剤を放り込むでもしないとダメっぽいですね。」
「そんなもんで効くのか?」
その時、武市の帽子の上で何かが動くのを俺は見つけてしまった。
一応年頃の娘さんだし伝えたものだかと悩んでいるうちに、曽野部が全く頓着せずにほぼ反射的に口にした。
「お前、それ・・・。」曽野部は武市の頭のあたりを指さした。
「え、頭に何?」と武市は自分の頭に手をやる。曽野部がしまったと言う顔をしたがもう遅い。武市は手に触れたそれを掴んで目の前に・・・。
10cmの大物が「コンニチワ」とばかりに長ーい触覚を振り回していた。
そして武市は文字化不可能な文句らしき事をひとしきり口にした後、絶叫に近い悲鳴をあげ、それを投げ出した。
◇◇◇
「これはもう我々の負け、と言う事で良いのでははないかな?」
鳥の楽園と化した飛行甲板を見下ろすデッキで、部屋の反対側を見つめながらスティーヴ・カイコー艦長はアーチボルド・グレンウォルド三佐に言う。彼らの視線の先には一匹の黒い子猫を抱っこして、金色の髪をなびかせて他の猫を追いかけ回す少女の姿があった。少女はしばらくすると追いかけるのを諦め、やはり部屋の片隅に座って猫まみれになっているもう一人の少女の隣に寄り添うように腰を下ろす。二人の少女は楽しげに会話し始める。もう一人の黒髪の少女はその膝の上に翼の生えた猫を大事そうに抱えていた。
少女たちは大人たちの方を向きなおるとにっこりと笑い、大事そうに猫を抱えた両手はそのままに、手首だけで小さく手を振って見せる。
艦長はそれに応えて控え気味に手を振り返した。艦長の隣では腕がちぎれんばかりに少女に向かって手を振っているグレンウォルド三佐がいた。そしてもう一人、いかにも研究者風の刈葉祐二教授が両手を前に伸ばして手をすごい勢いで振っていた。
その後ろにはその様子を生暖かい目で見つめる韮沢と暮林三佐が立っている。
「あの猫もどこから湧いてきたのやら・・・」韮沢は少しだけ相好を崩す。
「あの羽根が生えた猫が連れてきたみたいですよ。」と、同じく顔を緩めている暮林が言った。
「・・・・みんな飛んできた・・・と?」
「そうみたいですよ。この世界の猫は空を飛ぶみたいですね。」暮林はさも当然そうにそう言った。
「いやいや、なぜ当たり前みたいに言うかね。」韮沢は少し呆れたように暮林を見つめて「まぁ、ペンギンが空を飛ぶのだから、仕方がないのか。」と自重気味に言う。
「この艦で起きたことが日本で、東京やら大阪やらで起こったとしたらって考えるとゾッとしますよ。」グレンウォルドは子供たちを微笑ましげに眺めながらもそう言う。
「そうだね。我々がこう言う事態に陥ってよかったのだと私は思いますよ。」カイコー艦長は再び窓の外を眺め、遠い目をする。「この世界には我々が思いもつかない強大で不思議な力を持つものが居て、時には我々に牙を剥くことがあると知れたのは良いことでした。それに」と続けながら艦長は皆の方を振り向く。「その頂点ともいえる女王陛下と同盟を結べそうなのは重畳であったと言えるんじゃないですか。ねぇ韮沢さん。」
「そうですよ。外務省には頑張っていただかないと。」そう茶化すように暮林が続ける。
「こんなの上の方がなんと言うか・・・。報告書あげた途端に左遷されそうですよ。ははは。」
二人の女の子がテトテトと大人たちの方に近寄ってくる。
「父上〜。ワタシこの子飼いたいよ。」と若干カタコトっぽい日本語で金髪の子がグレンウォルドに話しかけると、同じように黒髪の子も「パパァ〜、ワタシもこの子おうちに連れて帰るぅ〜。」と甘えた声で刈葉教授に話しかける。金髪の子はグレンウォルドの一人娘、マリー 7歳、黒髪の子は狩場の一人娘、瑠璃 6歳である。
この探検隊には家の事情などで家族共々参加しているものも少なくない。グレンウォルドは男手ひとつでマリーを育てており、狩場は夫婦で参加していたからだ。
「いいよ。」と、どこぞのコメディアンのようなポーズで答えるグレンウォルドを、それは大人としてどうかと思うぞとカイコー艦長は思うのだった。
「その子はマリーと一緒にいたいのかな?。」とカイコーは女の子に聞いてみる。
「そう言ってる。」
「そうは言っておらんぞ。そやつ子供すぎて状況を飲み込めておらん。お前さんのことは好きだと言うておったが、この船が遠いところへ行ってしまうと思うておらん。」と口を挟んだのは、黒髪の子が抱えている翼の生えた猫だ。翼猫は自分を抱えている黒髪のこの方に向き直ると「ワシも一緒には行けぬぞ、ルリ。」と少し悲しげに言う。
「えっ。」と言ったまま固まっている大人を他所に、猫と瑠璃が言い合いを始める。
「さっき一緒に居てくれるって言ったもん。」
「だからそれはだな、この船がこの辺りにいる間の話ぞ。ワシとて一緒に行ってやりたいが、ワシも此奴らも島での役目っちゅうモノがあるのだ。」
そう翼猫が言うのに合わせるように他の猫たちがナオナオと鳴き始める。
マリーに抱えられた黒猫の子猫だけはキョトンとしてマリーの顔と翼猫を交互に見つめていた。
「マリーちゃ、どっか行っちゃうの?」と子猫が聞く。
ここに至って大人たちは口をアングリと開けて、いささか馬鹿みたいな顔をして驚きのあまりに言葉を失っていた。
「ワタシはどこにも行かないけど、このお船が別なとこに行くの。」
「?マリーちゃ、いなくなっちゃう???。」子猫が少しぐずり出してしまう。すると周りの猫たちがおろおろし始める。
「マリーも瑠璃もすぐに居なくなったりしないよ。大丈夫だよ。」と瑠璃が他の猫たちと一緒になって子猫を宥め始めた。
「ワシがすぐに連れてきてやるぞっ、な、な。」
「なんだ、これ。まるでコントなんだが・・・。」そう言う韮沢の肩に雀らしき小鳥が飛んできてふわりと停まった。
◇◇◇
そんな何かが起こっていることを知らない俺たちは、起き抜けの騒動にめげつつも今こうして朝飯を作っていると言う訳だ。
今朝のアレは思い出しただけでも怖気が走る。
「お、こっちは上がったぞ。」と蓮佛が冷蔵庫からバットを引っ張り出して調理堕胎の上に置く。
「いい感じだな、これなら女王さまも喜んでくれるだろうよ。」
蓮佛が慣れた手つきでバットに並んだカップを一つ手に取ると、その中身を竹串で器用に外していく。甘い匂いと共に黄色い物体がふるふとその身を震わせながら白地の皿の上に着地する。
その頂上の茶色いカラメルソースがゆるりと垂れていく。そう、物体の名は焼きプリンだ。
違うカップを取り出すとこれもまた器用に中身を皿の上に取り出す。こちらはフルーツゼリー。四角くカットした梨のコンポートや焼きリンゴ、一口サイズに割いたオレンジが透明なゼリーに浮かんでいる。
顔を真っ赤にしながら泡だてていた月輪一尉からボウルを受け取り、ツノが立つまでホイップされたクリームを搾り器に移す。それを蓮佛に渡すと綺麗なデコレーションをプリンとゼリーの周りに作っていく。そして仕上げとばかりに花のような飾りをプリンの上に絞り出す。
チョコソースを芸術的にふりかけ、周りに薄くカットした焼きリンゴと梨のコンポートを並べ、最後にさくらんぼの代わりにゼリーで作った赤い玉をトッピングしたら、女王の朝食のデザートの完成だ。これを人数分作るのだ。
ワゴンの保冷ケースに慎重にデザートを入れ、蓋をする。
一方で俺はパンケーキを焼く。今日は某ウサギキャラの顔の形の焼き型を使って焼く。かわいい顔つきのパンケーキをどんどん焼いていき、こちらは金属のプレートに盛り付けて、ちょっとお洒落な感じにメープルシロップを掛ける。プレートにはすでに温野菜サラダ、焼き目をつけたソーセージが盛りつけてある。
蓮佛が厚切りベーコンをちょっと大きめのフライパンに並べて焼き始める。ベーコンの油が溶け出してジュワジュワ言い始め、香ばしい香りが立ち込める。両面を焼き目が付くまで焼くと、ベーコン2枚につき一個の割りで卵を割り入れていく。ほんの少し水をかけるとすぐさま蓋をして蒸し焼きにする。水が蒸発する音が静まった頃合いで器用にフライ返しで卵をひっくり返していく。いわゆる両面焼きというやつだ。目玉焼きについては両面焼き派と片面焼き派が常に覇権争いをしているが、この艦では若干両面焼きが優勢だ。
あっという間に人数分を焼き上げると先ほどのプレートの一番大きなスペースに盛り付ける。
完成した朝食プレートは保温ケースに入れる。
「賄賂完成だ。それでは行きますかね。」俺がそういうと、蓮佛と月輪一尉は無言で頷いた。
俺たちはワゴンを押しながらリアの居る懲罰房の聴取室に向かう。
艦内のあらゆる所がジャングル化しつつあり、下の階層に進むごとにその度合いが強く、本来なら懲罰房がある階層は大鉈で切り込んで行かなければならないほどに植物が生い茂っているはずなのだが、厨房から懲罰房へのルートだけは植物の生え方が控えめで、足元なんかは丈の短い草でちょっとした絨毯のようだったし、壁面もまだ地の青味がかったグレーの金属が見えていた。もちろんエレベーターもしっかり動いていたが、エレベーターの中まで緑の絨毯を敷き詰めたように草が生えているのには、それこそ失笑するしかなかった。
「心なしか・・なんだが」とカートを押す蓮佛が口にする。「俺らが進むのに合わせて植物が避けてくれているような気がしないか?」
「気のせいではないな。実際避けているぞ。」と月輪一尉。
ただでさえ控えめな植生が、カートの進みを妨げるのをはばかるかのようにそっと退くのだ。言葉にするとどうということ無さそうだが、目の当たりにするとなかなかに面妖である。
懲罰房の手前の取調室には上機嫌のリアと見るからに不機嫌な吉永副長と外務省の韮沢氏、成田と鳥海が既に席に着いていた。不機嫌な理由は副長たちと成田たちとでは違ってはいたが、いずれも仏頂面で手持ち無沙汰にしている。
その只中でひたすらに上機嫌なリアは、俺たちが入っていくと歓喜の声で出迎えるのだった。
「待ち兼ねたぞトシ、マリート。」
朝食を並べる間も副長と韮沢氏はただただ無口で眉間にシワを寄せて不機嫌そのものだったが、成田と鳥海はパァっと表情を明るくした。
リアは鼻歌まじりに朝食を食べ始める。
「これはなんじゃ。肉と卵か。おおおっ美味いな。この鼻に抜ける肉の香ばしい香りはたまらんな。」
次にソーセージ話フォークでぶっ刺すと目の前にかざす。
「これは虫か?」そう言うなりガブリとかじりつく。パキッという音とともに溢れ出る肉汁に目を見張る。「何と、肉ではないか。ビックリしたぞ。これは何と言うのだ、美味だな。」
「それはソーセージだ。腸詰とも言うな。豚とか羊の腸に豚の挽肉を詰めたものだな。挽肉っていうのは肉を細かく砕いたものだな。」と俺は説明してやる。
「豚というのは魔物か?」
「いや、家畜だ。人が育てた動物だよ。っつか、魔物って何だ?」
「魔物は魔物じゃ。その辺におる。」
「その辺にいるんだ・・・。」
「危険なの?」鳥海が心配そうに聞く。
「中にはなかなか凶暴なのもおるが、対して強くはない。じゃが群れると厄介じゃな。」ソーセージを口に放り込むとふやりと頬を緩ませる。
「それサァ、リアさん目線での強さだよね。」と蓮佛。
「それなら大概の魔獣とやらは『弱い』だろうな。」と俺。
「今後はそう言うのと対峙することもあるんでしょうねぇ。」成田はそう言って大きめに切り取ったパンケーキを一気に口に入れた。
「その辺りの話は追々ご教示いただきたいと思っている。」副長は恭しくそうリアに向かって言った。
「かまわんよ。」
かたや仏頂面で機械的に口へとパンケーキを運ぶ韮沢氏。副長も表情は硬い。韮沢氏が最後まで仏頂面だったのに対し、副長はパンケーキのメープルシロップの味がお気に召したのか、食べ終える頃には眉間のシワがなくなっていた。
「で、外務省は考えを変えたのか?」リアは食べ終えたプレートを名残惜しそうに眺めながらフォークを置いた。
「私の一存ではどうこう言えないが、そもそも敵対する気は無かったのだがね。まあ、有利に交渉したいというのはあったが、この有り様ではな・・・。」韮沢はコーヒーを啜る。その肩には雀のような鳥が停まってドヤっている。笑うに笑えない。
俺はクーラーボックスからデザートのプリン・ア・ラ・モード・フルーツのゼリー寄せ付きを取り出し、リアの前に置く。
リアの目は大きく見開かれる。テーブルの上の皿に載った菓子とじっとみた後、俺の顔を潤んだ目で見上げ、「食べていいのか?」と今更なことを言う。
俺は、「ああ良いよ」と答えて笑う。
こうして甘味をパクつく姿はただの幼女だ。
「我を無理にでもとどめおこうとは思ってはおらんと言うことかの?」
「今、本国にそのように打診中だ。多分そうなるとは思うがね。」
「うむ。それならそれで良い。」
「ところでさあ」と鳥海が何気なく口を開いた。「ここをこんなにした精霊さんやら眷属さんやらは今も艦内にいるの?」
スプーンを咥えたまま目をパチクリさせたリアは、部屋の隅の方へと目線をずらす。次に鳥海の後ろに目線をやると悪戯っぽく笑って見せた。
「居る。」とリアが言うか言わないかのうちに、鳥海の後ろからサッと手が伸びて鳥海が食べていたプリン・ア・ラ・モードの生クリームを人差し指で掬って、サッと引っ込んだ。
ギョッとした鳥海が後ろを振り向くと、薄緑色にぼやっと光った絶世の半裸の美女が、ペロリと指で掬った生クリームを舐めていた。
その場にいた全員が唖然としているうちに、その美女はすうっと消えてしまった。
「な、居るじゃろ?」と戯けた調子でスプーンを振りながらリアが言う。
「今の、誰?、何?、へ、何処?」鳥海は後ろを指差しながら軽くパニクっていた。
「彼奴は樹の精じゃ。」
「気の所為?」韮沢がすかさずオヤジギャグを、と思ったら本気だったらしい。
「樹木の精霊ですよ、多分。知らんけど。」と俺。「虫とか小動物も彼女?・・が呼んだの?」
「いや、そっちはまた別じゃな。獣たちは獣の王が、虫たちは蟲の王が、鳥たちは鳥の王が召喚したのじゃ。」
「その王様たちって・・・。」
「我の眷属じゃ。」そう言うとパクリと名残惜しそうにプリンの最後の一掬いを口に入れた。
ここにいる全員が顔色を失う。
「例えばだけどさ。さっきの木の精霊さんとか、獣の王様とかって私らの国にも居るのかな?」
鳥海がその場の誰もが頭に浮かんだであろう疑問を口にする。
「いや、ヌシらの国が新しくこの世に現れた国ならば、まだ居らぬだろうな。そのうち行くとは思うがの。」
そう言ってリアは少し空を見つめる。
「ヌシらが黒い油を掬い採っておる場所や燃える石を採っておる山などには、地の精や山の精がおるぞ。石の王もおるな。」
そして暫く何かを思い出すように小首を傾げ、小さくあっと声を漏らす。
「あっちは〜・・・彼奴何と言ったかの・・・ああ、そうじゃシンと言うのが治めておるはずじゃな。大きな島が無くて海が広いのでのう、海が得意な奴に任せたのじゃ。」
「それって・・・」
「彼処は我の眷属じゃな。」そう言ってからからと笑った。
鳥海は恐る恐る聞いた。
「じゃあ、そのシンさんたちがヘソを曲げたら・・・。」
「何も採れなくなるじゃろうな。山にも入れなくなるじゃろうし、海にも出れなくなるであろうな。」とリアは続けた。
「石油が採れなくなったら、マジで詰みですね。」俺がそう嘯いてみると韮沢にものすごい目で睨まれた。
「外洋に出れなくなった時点で詰みだよ。」と蓮佛が追い討ちをかける。
「は〜〜〜〜ーっ。」と韮沢は長く大きな溜息をつくと「その人智を超えた存在の影響についても改めて示唆して本国に正しい判断をしてもらえるようにするよ。信じてもらうのに苦労しそうだが、この船の惨状を知らせば何とかなるでしょう。」韮沢は席を立つ。
「もう拘束はしません。あとは副長お願いします。」そう言うと、その場を後にした。
「まあ、そう言う訳だから、部屋も別に用意する。」吉永副長はゆっくりとコーヒーを啜る。
「我の部屋か?!」
「そうだ。広くはないが。窓もあるから外は見えるぞ。」
「そうかー、我の部屋かぁ〜。」リアは本当に嬉しそうな顔をするとプリンにぱくついた。
吉永はその顔をじっとみていたが、ふっと笑いをこぼすと静かに席を立った。
「私も忙しい身でな。ここで談笑していたいところだが、これで失礼するよ。
「これで無事解決って事なのかな?」吉永の背中を見送りながら成田が口をひらく。「で、この草とかどうなるの?」
「明日の朝には消えるんじゃ無いかの。」
「えー、屋内でもキャンブっぽくていい感じだったのにぃ〜。」と鳥海は本気で残念そうだ。
「おいおい、航空母艦が艦としての機能を果たせないような状態は好ましくない。」と月輪。
「真面目か。固いよくまちゃん。私も個室だったら自分の部屋ぐらいこうでもいいけどな。」成田がスプーンを振り回しながら言う。
「お前は自衛官としての自覚が足りん。」
「兵器庫の虫が居なくなって、原子炉区画のジャングルが無くなってくれるなら他はまあ、このままでもいいのかもね。」俺は今朝方の騒動を思い出して、アレさえなければと。
「ああ、確かに武器庫のアレはひどかったな。」月輪一尉が遠い目をしている。「朝っぱらから起こされて、何事かと思えば・・・」
「一尉、その話長くなります?」
「お前微妙に失礼だな。簏崎一尉。」
月輪一尉はそう言いながらも笑っていた。
俺たちのやりとりを聞きながら、プリンの最後のひと欠けを掬い取って口に運んだリアは、少し悲しそうな顔をして空になった皿を眺めていたが、すぐさまきっと顔を上げる。
「決めたぞ。」
何を?とその場のみんなが思っいリアの方を見る。
「我、しばらくこの船で暮らす。貴様らの旅について行ってやろうぞ。」そう言うとリアはにんまりと笑った。
いかがでしたでしょうか。今回は飯テロを書きたかったのでこんな話になってしまいました
自衛隊の活躍を期待していた皆さんにはすみませんでした
次話は予告通り帝国のエースのお話です
よろしくお願いいたします




