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たとえば、僕たちが  作者: 滝沢美月
first half
9/28

9. 真夜中のシンデレラ side佑真



 揃えた膝の上にデンモクを置いて操作するユタカさんの様子を彼女の肩越しに伺う。


『ユタカさんだってまだ歌ってないでしょう? なにか一曲歌ったら、俺も歌うよ』


 俺はなんでこんなこと言ったんだろうか……

 自分で自分の言った言葉に驚かずにはいられなかった。

 ただ、彼女はどんな曲が好きなのだろうか。

 どんな声で歌うのだろうか。

 そんな好奇心からだと思う。

 俺の言葉に、ユタカさんは黒縁眼鏡の奥の瞳を一瞬大きく見開き、それから困ったような微笑を浮かべてデンモクを受け取った。


「私、あんまり歌上手じゃないんですけど、笑わないでくださいね」


 そう言って笑った表情があまりに可愛くてつい見とれてしまった。

 彼女が曲を入力し、彼女の番になると俺は近くにあったマイクをとって彼女に手渡した。

 前奏が始まると、話に夢中だった浪江がぱっと顔を輝かせる。


「おっ、懐かしぃ~ね~」


 彼女がいれたのは、数年前に大ヒットしたドラマの主題歌で甘いラブソング。

 それを、彼女はとても可愛い声で歌い上げた。

 特別上手ではないが下手だというほどでもなく、耳に残る甘い歌声が胸をくすぐった。

 酔っぱらった浪江と近森があいのてを入れるのはかなりうっとおしかったが、ユタカさんは歌い終わると、手拍子とあいのてを入れた浪江と近森にくすぐったそうな笑みを浮かべて会釈した。

 すぐに次の歌の前奏が始まり、俺はユタカさんがテーブルに置いたマイクをとる。

 液晶モニターを見ているから彼女の表情はわからないが、隣に座るユタカさんの視線を感じて、なんだかピリピリと体が緊張する。

 ボーカル担当だから人前で歌うのには慣れているし、入れた曲は俺の十八番だ。モニターを見なくても歌詞は暗記している。それでも意識してモニターを見ているのに、緊張でまったくモニターに集中できないままなんとか一曲を歌いきった。

 ほとんど無我夢中だった……

 緊張とか、歌ってた間の記憶が真っ白とか、そうそうこんな経験しないだろ……


「お上手ですね」


 すでに次の曲が始まる中、パチパチと拍手をするユタカさんに言われて、ははっと乾いた笑いがこぼれる。

 ちゃんと歌えてたかぜんぜん記憶がない。

 それほどに緊張いていたといいう事実に、自分が少し情けなくなる。


「…………ですか?」


 喉が渇いてジョッキをあおった俺は、ユタカさんがなにか言った言葉を聞き取ることができなかった。


「えっ、ごめん、聞こえなかった」


 ほんの少し、ユタカさんの方に体を傾けて尋ねると、ユタカさんはもう一度口を開くけれど、やっぱりその声が聞こえない。

 完全に酔っぱらっている近森と酒井さんがアニソンを熱唱していて、普通の話し声がぜんぜん聞こえなかった。

 ユタカさんもそのことに気づいたのか、おもむろにこちらを振り仰ぐと、座ったままほんのちょっと背伸びするように俺の耳元に顔を近づけるから、心臓が飛び跳ねる。


JOKER(ジョーカー)好きなんですか?」


 ユタカさんが喋り、その拍子に吐息が耳に触れ、くすぐったい。

 俺は、一瞬、逡巡して視線を天井にむけてから、思い切ってユタカさんの耳元に唇を寄せて答えた。


「うん、好きだよ」


 JOKERというのはいま俺が歌った曲を歌っているグループだ。知名度の高い曲は去年ドラマで使われた一曲だけで後は地味な活動ばかりをしているが、俺はわりとこのJOKERが好きだ。

 今度はユタカさんが俺の耳元に顔を寄せる。


「今の曲は知らなかったんですけど、素敵な曲ですね」

「ドラマで使われた曲は有名だけど、俺はこっちの曲の方が好きかな」

「なんかわかります。ドラマの曲は兄がCD持ってて私も時々聞くんですけど、いまの曲も好きになっちゃいました。今度、CDショップで探してみようかな」

「JOKERのアルバム持ってるから貸そうか?」


 喋るたびお互いの耳元に唇を寄せて話すのは、カラオケで盛り上がっている室内で会話するにはそうするしかなかったからだ。

 頬がふれあうほどの距離感なのは必然的で、けっして他意はないんだ。

 だれにとはなくそう言い訳した時。


「えっ、ホントですか?」


 両手を顔の前で合わせて嬉しそうに声をあげた彼女を振り返れば、予想以上に顔が至近距離にあって驚く。

 ぱぁっと嬉しそうに顔を輝かせたユタカさんは、唇が触れてしまいそうな距離で俺と視線が合って慌てて視線を落とした。

 俺もさりげなく視線をそらす。

 自分でも分かるくらいかぁーっと頬に熱が集まってくるのは、たぶん酒のせいなんだ。

 そう言い訳しながら、俺はジョッキに半分ほど残っていたウーロンハイを一気に飲み干した。

 ここが薄暗いカラオケボックスの中で良かった。

 そういえば――


「ユタカさんのグラス空だけど、なにか頼む?」


 言いながら俺はドリンクメニューを手元に寄せる。

 自分のジョッキが空になったからついでに聞いたというのもあるけど、ユタカさんは最初の一杯を勢いよく飲み干した後、なにも注文していない。

 他のやつらは水みたいにどんどん飲んでは追加で注文しているのに。

 なかなか答えが返ってこないから聞こえなかったのかと、彼女の耳元でもう一度尋ねると、ユタカさんはちょっと困ったような表情を浮かべる。


「えっと……、実はいま禁酒中なんです」


 その言葉に、俺の顔は「えっ?」って驚いていたと思う。

 だって、禁酒っていいながら飲んでたよね……?

 俺が思っていることが分かったのか、ユタカさんはきまり悪そうに苦笑する。


「ちょっとお酒で失態をやらかしてしまってしばらく禁酒してるんです、って飲んでるじゃんって思ってますよね?」


 俺は言葉にする代わりに頷く。


「今日はもうお腹いっぱい食べてるので、一杯だけならいいかなって」


 穴が開くほど彼女をじぃーっとみている俺に、「自分に甘いですよね」言って彼女は苦笑するけど、俺はそんなことを思っていたわけじゃない。

 会ってまだ数時間だけど、彼女の印象から酒を飲んで失態をやらかすとか想像つかない。


「一体、どんな失態したんだ……?」


 考えていたことが、つい言葉をついてでてしまった。

 ユタカさんはとても恥ずかしそうに瞳を伏せてから、やらかしたという失態について話してくれた。

 そうして俺は、“彼女”を見つけたのだった――




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