8.君の声が聞きたくて side佑真
細長い形の室内の奥にはTV台の上に液晶モニターが置かれ、中央に置かれたテーブルを挟んでL字型とI型のソファーがある。
駅前からカラオケに移動して、部屋に入った順に適当にソファーに座っていく。っといっても、女子と男子で分かれてはいるが。
俺は扉側の端に座った。
受付と繋がった電話の側にいた浪江がみんなの注文を聞いて電話し、飲み物が揃うまでにとりあえず自己紹介をしようということになった。
「じゃ、俺からっ」
身を乗り出して言ったのは奥に座った近森。
「近森 元、げんは元気のげん。ドラム担当でーす」
陽気な口調の近森は、名前の通り元気少年だ。身長も男にしてはやや低めで顔も女子みたいに可愛いくて高校生でも通りそうな可愛さだが、ドラムを叩かせたらこいつの右に出るヤツはそうそういない。
「城崎です」
表情一つ動かさずに静かな声で城崎が告げる。
俺と城崎の間に座った浪江がふわふわした笑顔を女子に向ける。
「浪江 恵介です。酒井ちゃ~ん、今日は来てくれてありがとね~」
そう言って、モニター側に座ったボブヘアのゴスロリファッションの女子に手を振る。
彼女も可愛い笑顔を浪江に向けて手を振り返す。
「浪江せんぱ~い、今日はお誘いありがとうございま~す」
城崎の話ではうちのサークルの後輩だといっていたが、部会は年に数回あるだけで、基本活動は個々のグループごとだからあまり見覚えがないが、浪江とは顔見知りらしい。
俺の番になり、俺は軽く頭を下げてから名乗る。
「山科 佑真です」
「山科先輩はじめまして~、先輩方から噂はたくさん伺ってま~す」
俺の言葉に被さるように、浪江に酒井と呼ばれた女子がきゃぴきゃぴをかけられて内心ぎょっとする。
噂ってなんだよ……って突っ込みたかったが、俺が口を開く間もなく女子側が自己紹介を始める。
「軽音部の一年、酒井で~す。浪江先輩と近森先輩にはいつもお世話になってま~す」
「同じく軽音部一年の澤でーす」
「斉藤 美笛です」
「…………」
女子が奥の席から順々に自己紹介をしていき、全員の視線が最後の一人に集まる中、集合時から他の女子と違和感を醸し出していた彼女は何か考え事をしているのか一人首を傾げていて、自分の番だと気づいていない。
隣に座っていた斉藤さんが肩をゆすって声をかけてやっと顔を上げた。
「次、優の番だよ」
「えっ、あっ…ユタカです」
彼女は控えめな小さな声で名乗ってペコッと頭を下げ、またなぜだか首を傾げて一人の世界に入っていくのを、向かい側に座っていた俺はしばらくじぃーっと見つめていた。
なんだか不思議な子だな、それが第一印象だった。
自己紹介が終わると、さっそく浪江達が曲を入れて歌い始める。
一応軽音部ということで、ボーカル担当じゃない浪江も近森も城崎も歌が上手い。浪江と近森はノリのいい最新の曲をどんどん歌い、城崎は渋い選曲で女子達を喜ばせていた。
女性陣もちょこちょこ歌っていたが、俺は向かいに座ったユタカさんが気になっていた。
みんなが歌や次に歌う曲を選ぶのに夢中になっていると、店員が注文していたドリンクを持ってきて、テーブルの端に置いていく。それをみんなはちらっと確認するだけですぐに液晶モニターに向き直る中、ユタカさんは手際よくドリンクを配っていく。浪江と近森と酒井さんが白ワイン、城崎と斉藤さんがビール、澤さんがカシスソーダ、俺がウーロンハイ。聞かずにそれぞれの前にグラスを置いていく。
俺なんて彼女が何を頼んだかすら分からないのに、全員の注文を正確に覚えていることに驚いた。薄暗い室内でユタカさんの手元の酒がなんなのか分からないがジョッキグラスのところを見るとチューだろうかと想像する。華奢な体にジョッキグラスは似合わないのに、ごくごくと飲みっぷりは気持ちいいほどよくて目が離せない。
斉藤さんがトイレに行ったのをきっかけに、浪江と近森が席を移動した。
みんなはカラオケに来る前に夕飯を食べてきたらしく、俺はまだ済ませていなかった夕飯にと頼んだ料理を一人食べていたのだが、浪江と近森が女子側に移動したことで、自動的に斉藤さんとユタカさんがこちら側に移動することになり、俺の隣にユタカさんが座った。
俺は黙々と食事をしながら、みんなと様子を伺う。
酒井さんと澤さんは浪江と近森と親しそうに会話し、トイレから戻ってきた斉藤さんは城崎と同じ学部ということでなにやら課題の話で盛り上がっていた。
そしてユタカさんは……
誰かがおしぼりを探してるとさりげなく渡し、たばこを吸い始めた近森の前にそっと灰皿を置いたりしていた。みんなが雑談や歌に夢中になっている中、周りの状況を冷静に見ていることにも驚いたし、さりげない気配りをするところも驚いた。
他の女子三人に比べると地味で目立たないのに気になる。
大人しそうな見かけで気配り上手だから、そのギャップに興味をひかれたのかもしれない。
俺が料理を食べ終わった頃、次の曲を入れた斉藤さんがユタカさんにデンモクを手渡した。
だが、彼女はデンモクを操作するでもなく、隣に座る俺を振り仰ぐ。
初めてまともにこっちを見られて、内心戸惑う。
間近で見る彼女は、小顔でとても可愛かった。緩くウェーブした髪は肩よりも短く、黒縁眼鏡の奥の瞳は澄んでいて、じぃーっとみられて胸がドギマギする。
「山科先輩まだ歌ってないですよね、どうぞ」
言いながら俺の方へデンモクを差し出す。
隣に座っているといっても、俺は黙々とご飯を食べてたし、彼女は彼女で時々斉藤さんを喋っていたから俺の事なんて全然見ていないと思った。だから俺がまだ歌っていないことに気づいていることにちょっと嬉しくなる。
「ユタカさんだってまだ歌ってないでしょう? なにか一曲歌ったら、俺も歌うよ」
特に深い意味はなく、気付いたらそう言っていた。




