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たとえば、僕たちが  作者: 滝沢美月
first half
6/28

6.コロンの香り side優



 ふっと鼻先に感じた香りに、足を止めた。


「どうしたの? ユタカ」


 二限の講義が終わって、食堂に移動する大学の廊下で急に立ち止まった私に、隣を歩いていた美笛ちゃんが尋ねてきた。


「あっ、うん……、なんか嗅いだことのある香りがして」

「なにそれ?」


 美笛ちゃんに不思議そうに首を傾げられて、私も苦笑する。

 うまく説明できなくて困ってしまう。

 知っているような香り――

 そうとしか説明できなくて、なんとも曖昧な表現だなって自分でも呆れてしまう。


「なんていったらいいのかなぁ、セクシーな香り……?」


 自分で言いながら、ボキャブラリーの無さにため息が漏れる。

 二限の講義があった六号館は、中央が吹き抜けになったロの字型の五階の建物。吹き抜けになった一階部分は広く、各学科の掲示板や休講情報が流れる電子掲示板が設置されている。

 そこで立ち止まっておかしなことを言った私に、後ろを歩いていた理緒ちゃんが後ろを振り返りながら横に並ぶ。


「それってさ、山科先輩じゃない?」

「ん?」


 なんのことを言ってるのか分からなくて理緒ちゃんを見ると、理緒ちゃんはこっちを見てからまた振り返る。


「あれ」


 そう言って理緒ちゃんが視線でなにかを指す。視線の先を追いかけると、白衣を着たすらっと背の高い男が二人の後姿。


「白衣を着てるってことは……、文学部じゃないよね?」


 なんとも間抜けな問いかけに、理緒ちゃんが呆れたようにため息をつく。


「そこじゃなくて! ユーちゃんが言ってた香りって、たぶん山科先輩の香水の香りじゃない?」

「えっ……」

「先輩たちがさ、山科先輩の香水の香りがセクシーだって前に騒いでたから」

「理緒ちゃんって、その“山科先輩”と知り合いなの?」

「って、だから突っ込むとこそこじゃないし……」

「なんだよ、セクシーな香りなんてしないぜ?」

「ユタカ、あんたって犬みたいに鼻が利くのね……」


 苦笑してる理緒ちゃんとなんか不機嫌そうな健太郎、それに美笛ちゃんにまで呆れてそんなことを言われてしまった。

 でも、そっか。すれ違った時に、その山科先輩って人の香水の香りがしたんだ。

 あれ、だけど、前にも嗅いだことがあるような気がしたけど、どこで嗅いだんだろう……?



  ※



 今日はスペシャルランチ~!


「はぁ~~~~」


 ご機嫌でスペシャルランチの乗ったトレーをテーブルに置いて椅子に座ったら、なぜか向かい側に座っている美笛ちゃんに盛大なため息をつかれてしまった。


「どうしたの、美笛ちゃん? お疲れ??」


 美笛ちゃんはちらっと視線だけを上げて私を見た後、眉間に深い皺を刻んでもう一度ため息をついた。


「違うわよ……、自分が嫌になってんの」

「??」


 なんのことか分からなくて、私の頭上にはハテナマークが飛び交う。


「慣れって恐ろしい……」


 本当に恐ろしそうに、げっそりして吐き出した言葉に、私の右隣に座ったいおりんがふふっと苦笑して美笛ちゃんの言葉を代弁してくれた。


「斉藤さんはさ、ユタカちゃんがすっかりその姿に定着しちゃったから困ってるんじゃないかな?」


 いおりんはその姿っていうふうにオブラートに包んで言ってくれたけど、つまりは美笛ちゃんは私の格好がまだ気に入らないらしい。

 私は座っている自分の姿を見下ろす。

 今日の格好は白地に大きめの花柄のショートパンツ、その上にオレンジのざっくりニットを羽織っている。

 別に地味な格好じゃないけどなぁ……


「今日はまともかもしれないけど、私が言いたいのは格好のことだけじゃないのよっ!」


 私の考えていることが分かってしまったのか、美笛ちゃんが呆れて突っ込んでくる。


「いつまで眼鏡にしてるの?」


 美笛ちゃんは直前の勢いを弱めて、心配そうに尋ねてくる。


「それは……」


 言葉に詰まる私に、美笛ちゃんがもう一度眉根を寄せる。


「別に眼鏡が悪いって言ってるわけでもないし、その格好がいけなわけじゃない。ただね、イメチェンって普通いい方にかわることでしょ?」


 美笛ちゃんがなにを言いたいかは、なんとなくわかる。

 私のいままでの服装ってフェミニンなお姉さん系で、髪の毛も巻いて化粧もばっちり、ヒールも結構高いのを履いていた。でも今はカジュアルガーリーな感じ? 足元もヒール低めの靴かスニーカーが多い。

 髪の毛もいまはボブヘアで、それに大きめの黒縁眼鏡をしてる。

 さすがにマスクを外すようになってからは化粧するようにしたけど、前のようなバッチリメイクじゃなくて、ファンデとチークとリップくらい。

 手抜きって言われてしまえばそうなんだけど、でもそれがダメだとは思わない。

 もともと、人目を引く容姿が自分で嫌だった。それでもお化粧したりファッションの勉強してお洒落してたのは、ちゃんとしてないとだらしないって言われるからで。

 おしゃれは好きだし自分のためだったけど、でもどこかで、他人の目を気にしていた。

 それが嫌になてしまった……

 もう、他人の目を気にしないで、自分の好きな格好をしようと決めた。

 それが美笛ちゃんには地味でダサい格好に見えるとしても、仕方ない。


「いいじゃないか、ユタカのことはユタカが自分で決めれば」


 左隣に座った健太郎がフォローしてくれたんだけど、美笛ちゃんはギロッと鋭い眼差しで健太郎を睨んだ。


「どんな格好しても、ユタカはユタカだろ」

「そんなこと健太郎に言われなくても分かってるわよ。ユタカがどんな格好だって可愛いことはっ、あ~もぉ――っ!!」


 美笛ちゃんはまだ何か言いたそうだったけど、我慢ならないというように奇声を上げた後、渋々といったかんじでとランチを食べ始めた。




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