5.すべて台無し side美笛
私、斉藤 美笛の隣に座るのは中学からの付き合いの君島 優。
艶のある長い黒髪とくりっと大きな瞳、色白の肌の人形のように可愛い美少女、だったのだけど……
いま隣にいるのは、どっからどうみてもやぼったい田舎娘。
Tシャツにジーパン、あまりすいてなくて重たげなボブヘアに黒縁眼鏡にマスクをしてる。
それが悪いってわけじゃないけど、本人いわくイメチェンって言ってるけど、変貌する前の姿を知っているから、どうしてそんな恰好をしているのか理由を聞かずにはいられなかった。
今日最初の講義が終われば、次はお昼休み。優を問い詰める絶好の機会だった。
あまり追及してほしくはなさそうな不安げな表情の優を引き連れ、一緒に行動している仲良しグループ六人で食堂へと移動する。
私と優と理緒、その向かい側にいおりんと健太郎と妹尾君が座る。
理緒――酒井 理緒は大学からの友人。学番が近くて一年の時から一緒にいることが多くなった。他大学に彼氏がいて、おしゃれに敏感な女の子。
いおりん――木梨 伊織は外見は可愛いけど立派な男子。私と優と同高校で、優とは委員会が一緒だったり、結構仲がいい。
健太郎――榎本 健太郎も大学からの知り合い。いおりんと学番が近かったことから一緒にいることが多くなった。この男、わりと単純思考で一直線すぎてバカっぽいけど、見てる分には楽しいんだよね。
で、そんな健太郎の手綱を握ってるのが妹尾君――妹尾 哲平、健太郎とは同高校でいつも健太郎の暴走をまあまあと止める役周り。面倒な役に見えるけど、本人は意外とそれを楽しんでいる?
まあ、この六人でいることが最近は多い。
みんなが食堂で買ったランチを机の上に置いたのを確認すると、お決まりになった健太郎の号令を合図に食べ始める。
「じゃ、いただきまーす!!」
「いただきまーす」
私もお箸を持って、今日のBランチのコロッケを切って口に運ぼうとして、隣に座る優の方を向く。
優はパックの野菜ジュースにさしたストローをマスクの中側で咥え、ちゅるちゅる~と飲み干している。
「もしかして、お昼それだけ……?」
眉間に皺を寄せて怪訝に尋ねれば、黒縁眼鏡の奥の瞳がしゅんっとうなだれるのが見えた。
「う、うん……」
「また、ダイエットなの?」
優はよく体系を気にしてお弁当にミニトマトだけを持って来たりしてる。まあ、サラダはいいとして、野菜ジュースだけっていうのはどうなんだろうか……?
固形物を食べなさいよと突っ込みたくなる。
「ちっ、違うよ。土曜日に飲みすぎてまだ胸焼けがするの……」
ダイエットと答えたら私に叱られるとでも思ったのか、優は歯切れ悪く答える。
嘘がバレバレなんですけど……
「食事中くらいマスク外しなさいよ。ってか、なんでマスクしてんのよ?」
苛立ち気味に問えば、優は居心地悪そうに黙り込む。
長い沈黙を挟んで、優が恐る恐るといった様子で私に視線を向けた。
「見ても笑わない……?」
「笑うってなんのことよ?」
意味が分からなくて尋ねれば、困ったような顔で優がもう一度言う。
「笑わないって約束して」
私が答える前に、躊躇なく耳にかけたマスクのゴムを外す。
体ごと優の方に向けていた私は、正面から優の顔を見て驚きに絶句する。
「倒れてぶつけたって聞いてたけど、酷いわね……」
私同様、理緒もいおりんも健太郎も妹尾君も押し黙ってしまう。
優の左の上唇が青あざになって腫れあがっていて、見ていて痛々しい。
「でしょ……?」
優は困ったように苦笑して、マスクをつけなおす。
「こんな顔で歩いてたら、どうしたのって声かかけられて困るし、見て気持ちいいものでもないでしょ? ちょうど花粉症のとき買いだめしたマスクがまだ残ってたからつけたの」
そう言った優は再びマスクの下で野菜ジュースを飲み。
「コンタクトもね、転んだ時に落として予備が切れてたから家用の眼鏡してきたの」
家用って……
それにしてはダサすぎるって突っ込みたかったけど、優の話を邪魔しないように突っ込むのを我慢する。
「で、マスクと眼鏡していつもの格好に着替えたらなんかおかしいから、マスクと眼鏡に合うような服を選んでこんな格好ってわけ」
まあ、その説明でマスクと眼鏡をしてる理由は分かったけど、だからってそれに合わせるために悪い方にイメチェンするってどうなのよ……?
きっと私以外のメンバーも同じことを思ったに違いない。
まあ、誰もあえて突っ込むのをやめてるけど。
「うーん、マスクと眼鏡の理由はわかったけど、髪の毛はなんで切っちゃったのぉ~? やっぱ失恋のショックで?」
「えっと……」
歯切れ悪く答えた優がちらっと私の方を横目で見て、僅かに動揺に瞳が揺れる。
答えによっては私が上代のとこに殴り込みに行くとでも思ってるのか。私はそんな殺気立った表情してるのだろうか。
「違うよ、ほんと長くて朝のお手入れが大変だったから切ってみようかなぁ~って思っただけなんだ」
そう言いながら、優は視線を横にそらす。その表情が泣きそうに見えて、私はぎゅっと奥歯を噛みしめる。
やぼったい髪形に黒縁眼鏡のこんな格好でも優は可愛いけど。
いまは気づいていない周りがこの姿の君島 優に気づいたらどうなるだろうか。どんな悪い噂が広まって、優に好奇の視線が向けられるのか、考えただけでたまらない。
優は上代にフラれたせいじゃないって言ってるけど、優を傷つけるなんて……
上代、覚えていなさいよぉ――
私の中でメラメラと怒りが燃え上がった。




