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たとえば、僕たちが  作者: 滝沢美月
first half
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4.イメチェン side優



「いってきまーす」


 リビングを通り過ぎながらかけた声に、休日で新聞を読みながらゆっくり朝食をとってた悠兄(はるにい)が新聞から顔を上げて、一瞬、眉根を寄せたのに気づいたけど、私は笑顔をかえして家を出た。

 駅に向かう道をゆっくりと歩く。

 いつもと何も変わらない道なのに、青空はどこまでも澄んでいて、鳥のさえずりさえ耳に心地よく聞こえる。

 なんて言ったらいいんだろう。生まれ変わったような清々しい気分っていうの?

 通り過ぎる人が誰も振り返らない。それだけのことがちょっと新鮮だった。

 大学に着いて講義室に入る。

 机の間の通路を歩きながら、何度か話したことがある同じ学科の子に挨拶したら、一瞬、ぽかんとしか顔をされたのは気のせいだろう。


「おはよう」


 いつもだいたい一緒に講義を受けている仲良しグループが固まっている左中央の席に近づいて、挨拶してから席に座ると、みんなの会話が途切れる。


「どうしたの?」

「…………、…………、うえっ!? もしかしてユーちゃん!?」

「うっ、うん……」


 あまりにも身を乗り出して勢い込んで聞かれたから、思わず後ろに身を引いてしまう。


「うっそ、一瞬誰か分からなかったよぉ」


 驚く理緒ちゃんに私は苦笑する。


「おはよ~、って、えぇー!? ユタカ!?」


 教室にやってきた美笛ちゃんを振り返れば、美笛ちゃんも仰天して固まっている。


「おはよう、美笛ちゃん」

「なっ、どうしちゃったの……」


 唖然として尋ねる美笛ちゃんに、こくんと首を横に傾げて答える。


「どうって、イメチェンしてみたの」


 その言葉にみんなが黙り込み、視線だけを交わしている。みんなの言葉を代弁するように美笛ちゃんが大きくため息をつく。


「イメチェンって普通、いい方に変わるんじゃないの……?」


 そう言って、呆れたようにジロッと睨まれて、私は自分の格好を見下ろす。

 いつもは膝上丈の淡い色合いのスカートにブラウスやアンサンブルのカーデェガンを合わせた清楚系のお姉さんスタイルなんだけど、今日の私の格好は……

 ダークブルーのジーパンにちょっと寄れっとした猫のイラストの描かれたTシャツ。足元はエナメルのヒールとかお洒落なサンダルじゃなくて普通のスニーカー。メイクもしてないし、コンタクトもやめてかけているのはレンズの大きな黒縁眼鏡。いつもは巻いて背中に揺れている髪の毛は、バッサリ切ってちょっとやぼったいボブスタイル。そして口元にはマスクをしている。

 ほとんどの人が、私が君島 優だなんて気づかないだろう。

 外見が変わっても私は私なのに。外見が変わっただけで、みんなの見方も変わるのがなんだかおかしかった。


「やだぁ~、ダサすぎぃ~」


 きゃっきゃっ笑いながら理緒ちゃんに指摘されて、苦笑するしかない。


「髪の毛切ったのか……?」


 眉根を寄せて渋い顔をした健太郎(けんたろう)に聞かれて、頷く。


「うん、うちのお兄ちゃん美容師だから、お願いして家で切ってもらったんだ」

「長かったのにもったいないな……」


 口の端をひねって、視線を落として言う健太郎。なんだか憐れむような視線が居心地悪い。


「なんとなく伸ばしてただけだし、短い方が朝のお手入れが楽だよ」

「まあ、それはそうかもしれないけど」


 釈然としないように頭をがしがしかく健太郎の肩を妹尾(せお)君がばしんっと叩く。


「健太郎はただ、ユタカちゃんの長い髪が好きだっただけだよね」


 眼鏡を押し上げながら妹尾君がくすっと笑った。今度は理緒ちゃんが質問攻めしてくる。


「ユーちゃんって普段コンタクトだったの?」

「うん、かなり視力悪いよ」

「ってか、その黒縁眼鏡すごいね、いかにもお勉強大好きですって人がかけてそう」

「そうかな」

「しかもレンズの部分デカくない? 顔からはみだしてるじゃん」


 いいながら顔を覗き込むように近づけてくる理緒ちゃん。


「メイクもしてないの?」

「うん、だって、マスクでほとんど顔隠れるからいいかなって」

「ってか、なんでマスク?」


 ここでそれまで黙っていた美笛ちゃんが不機嫌そうな声で尋ねた。


「それはまあ、いろいろ事情があって……」

「事情ってどんなよ?」


 険しい眼差しで追及されて、瞳が泳ぐ。


「ええっとぉ……」


 なんとか話題をそらせないかと思っていたら、タイミングよく講義開始のチャイムが鳴り、教授が講義室に入ってきた。


「あっ、ほら、授業だから……」

「後で詳しく聞かせてもらうからね」


 強い口調でビシッと言った美笛ちゃんに私は押し黙るしかなかった。




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