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たとえば、僕たちが  作者: 滝沢美月
first half
3/28

3.当事者 side優



 気がついたらお手洗いの中で便座に座っていました……

 って、気がついたらじゃないけど!

 私は額を指先で押さえて、直前の記憶を手繰り寄せる。

 ええっと、確か美笛ちゃんと駅前の居酒屋に来ていて、ハイペースで飲みすぎて気持ち悪くなってお手洗いに行こうと思って個室を出て――

 急に動いたから一気にお酒が回って、通路で倒れたんだ。

 そうだ、それで誰かが助けてくれて……

 って誰が助けてくれたんだろう?

 はて、と首を傾げても記憶に靄がかかっていて思い出せない。

 んー、男の人だったような、なんかセクシーな香りがしたような……

 思い出せそうで思い出せなくて、とりあえずお手洗いで用を済ませる。少し頭の中もすっきりしてきて、そこでようやく新事実に気づく。

 あぁー!!

 コンタクト落としてるぅ!!!

 なんか視界がぼんやりしていると思ってたら、コンタクトが入ってないんだ……

 転んだ拍子に落としたのかな。

 ってか、なんか唇と鼻も痛いんだけど!

 お手洗いの中で、流し台の上の鏡にぐいっと顔を近づけて覗き込む。

 あー……、唇が切れてる……

 なんか痛いと思ったら、転んだ時にぶつけたんだ。

 記憶に靄がかかっていても、廊下で転んだ瞬間はしっかり覚えているし、助けてもらった時の会話もだんだんと思い出してきて、自分の醜態に恥ずかしくなってくる。

 いくらお酒を飲んでも赤くならない顔が、一気に恥ずかしさで赤く染まっていく。

 私はため息をつきながら、扉を開けてお手洗いから薄暗い通路へと出る。

 お手洗いから出てすぐは壁になっていた、お手洗いへと続く通路と席へと続く通路が交差している。

 私は目の前の壁に手をあてて、まさに反省のポーズ……

 こんな酔って倒れるまで飲むなんて、初めてだ。

 ううん、違うな。飲んでる量はいつもとそんなに変わらなかった。ただ、いつもはご飯を食べながらゆっくり飲むのに、今日はほとんど料理を食べずにすきっ腹にハイペースでお酒を飲んだから、早く酔いが回ってしまったんだ。

 はぁ――……

 酔ってしまった理由をすぐに理解できるくらい冷静な今だから余計に、ついさっきまで飲んでいた自分がぜんぜん冷静じゃなかったんだって思い知らされる。

 そんなに、フラれたのがショックだったんだ……

 まるで他人事みたいにそんなことを考えて、自嘲的な乾いた笑いが漏れる。

 あんなろくでもない男って思った。二年も付き合ってたのに、結局最後まで私の名前を“ユウ”だと勘違いしていたような男。なのに、二年も付き合ったから、こんなに寂しく感じるのだろうか……?

 胸にぽっかり空いたような喪失感に、胸が震えた。

 気づいたら、ほろほろと涙が頬を伝い落ちていた。

 ただ静かに、涙がこぼれていく。



  ※



 小さい頃から可愛いとか美少女って言われて育ってきたけど、“美人”なんて全然よくない。

 私には少し年の離れた二人の兄がいて、仕事で家を空けがちの両親に代わって私の世話をしてくれていた兄たちは私を溺愛していて、両親も待望の女の子と愛情をいっぱい注いでくれた。

 両親と兄たちだけじゃなく、ご近所さんや周りからも可愛いとか言われるのはしょっちゅうで、小さい頃、母の仕事の関係でキッズモデルとして一時期お仕事させてもらったこともある。

 でも、美人で得だと思ってことなんてない。

 美人は性格悪いってよくわからない方程式で近寄りがたいと思われて友達はなかなかできないし、可愛く見せようとして男子に媚び売ってるとか女子にはやたら反感買うし。キッズモデルやってた時は誘拐されかけて……それを期にお仕事はやめさせてもらった。小学生の時は痴漢にもあったし、外見につられてチャラチャラした男が寄ってくるし。

 他の人には贅沢って思われるような悩みかもしれないけど、私は美人でいることが苦しかった。

 美人がおしゃれじゃないとそれだけでだらしないって思われるから、美容にもおしゃれにも気を抜けない。甘い物が好きだけど、太らないように我慢した。

 おしゃれするのは好きだし自分のためにやっているんだけど、でも一瞬も気を抜けないような緊張感がいつもつきまとって息苦しかった。頑張るのが辛くなってきた。

 本当は、髪の毛を毎朝巻くのもやめてしまいたかった……




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