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たとえば、僕たちが  作者: 滝沢美月
second half
26/28

26.出会う運命なら side優



 いつもいつも、山科先輩と会うのは偶然だった。

 学部は違うから講義を受ける校舎も基本は違う。でも、山科先輩は会うのが当り前のようにいつも私の前に現れた。 

 バイト先のショッピングモールでも、雨宿りをしていた食堂でも。

 だから、また偶然に会える気がした。


『また会うかもね』


 ふっと優しい笑みを浮かて、そう言った山科先輩の言葉が私に中で小さな宝物になっていた。

 たとえば偶然じゃなくて運命なら―― 

 赤い糸がつながっていなくても、運命の人じゃなくても……



  ※



「山科、先輩……」


 振り返った私は小さな小さな声で名前を呼んだ。

 人込みをかき分けてこちらにやってくる山科先輩の姿を見た瞬間、涙腺が緩んで涙がにじんでくる。

 美笛ちゃん達とはぐれて心細かったのもある。でも、山科先輩に会えて、ずっと堪えてきたものが溢れてしまった。


「やましなせんぱい……っ」


 涙をぽろぽろ流して嗚咽交じりに先輩の名前を呼んだ私に、山科先輩が焦った表情で顔を覗き込む。


「優さん、どうしたの!?」

「すみません、友達とはぐれちゃって……」


 本当はそんなことが理由じゃないけど……

 私は泣き顔を見られたくなくて俯いて涙をぬぐった。


「もしかして酒井?」

「はい……」


 理緒ちゃんの名前に頭が少し冷静になって、涙が止まった。


「酒井がいるって浪江が言ってたから」


 言いながら、山科先輩は黒いコートのポケットから携帯を取り出して誰かに電話をかけた。


「もしもし浪江? 酒井ってまだ近くにいる? ……ああ、わかった」


 電話している山科先輩を不安げに見つめていたら、ぽんぽんって頭を撫でられてしまった。


「酒井、中央広場の近くにいたって、いこ」


 そう言って山科先輩は私の手をとって歩き出す。

 繋がれた手を見て、斜め前を歩く山科先輩の後姿を見つめる。

 はぐれたからって焦ることなかったんだ。携帯があるんだから電話すれがよかったんだよね。

 そんなことを考えながら、クリスマスツリーのある中央広場にむかう人込みの流れに乗るようにゆっくりと山科先輩と歩いていく。


「あの、どうしてここに……」


 山科先輩が来てくれてとてもほっとしたのだけど、どうしていつもいつもこんなタイミングよく現れてくれるのだろう。


「俺?」


 山科先輩は首を傾げながら振り向いて、浅く笑った。


「この近くのライブハウスに行く途中」

「ライブハウス、ですか……?」


 言いながら、山科先輩の背中にギターケースが背負われているのに気づく。


「もしかして、歌うんですか……?」


 私は期待に満ちた眼差しで見つめていたと思う。

 だって、ライブハウスで歌う山科先輩の声が聞きたい。

 最近はいつも大祭のCDを聞いてたけど、生で聞きたい……


「ああ、うん。時々歌わせてもらってるライブハウスなんだけど、急に一組バンドのキャンセルが出て穴埋め頼まれたんだ」

「あのっ、それってチケットとかって……」

「店長が今日の分は完売したからどうしても来てほしいって言ってたな」

「そうですよね、イブイブですもんね、チケット完売しちゃってますよね……」


 私は残念すぎて、俯いてぶつぶつつぶやく。

 今日聞けないのは残念だけど、次にライブハウスで歌う時は教えてもらってチケット買おうっ!

 心の中で意気込むと同時に、やっぱり気分は沈んでくる。

 あーあ……


「山科先輩の歌、聞きたかったなぁ、最近は毎日聞いてるけど、それでもやっぱり聞きたいなぁ……、山科先輩の歌声素敵だもの……」


 そこまで考えて、あれ? っと思う。

 慌てて仰ぎ見ると、山科先輩の頬がかぁーっと赤くなるのが分かった。視線が合って、山科先輩は照れた表情を隠すように視線を斜め落とす。


「えっ、あれ!? いまの声になってましたかっ!?」


 ひとり言が駄々漏れになって、焦ってしまう。


「うわ、恥ずかしい……」


 自分の顔も真っ赤になってるに違いなくて恥ずかしくてたまらない。ちらっと視線を山科先輩に向けると、困ったような照れたような表情ではにかんだ。


「なんか今の発言、すごいストーカーみたいですよね、その違くて、浪江先輩に大祭のステージの録音CDを貰ってそれを聞いてて、最近は山科先輩と大学でもぜんぜん会えないし、山科先輩の歌声がすごく好きで……」


 言ってて自分でどんどん墓穴を掘ってるような気がする。

 なに言ってるんだろう、私。恥ずかしすぎるぅ……

 穴があったら隠れてしまいたい。

 真っ赤になって俯いたら、繋いだままの手にそっと力が加わって。


「それって、自惚れていいのかな?」


 艶やかな余韻を含んだその声にドキッとして振りあおげば、山科先輩の艶っぽい瞳が私の視線をまっすぐにとらえて、心臓が大きく鼓動した。


「好きなのは、俺の声だけ?」


 こっちを見つめた美しい瞳に甘い光がにじみ出て、めまいがするほど素敵だった。

 私は慌てて顔を横に振った。


「俺にはもっと似合いの人がいるとか、相応しくないとか今も思ってる?」


 尋ねた声は、山科先輩にはめずらしく皮肉気な口調で、私は喘ぐように息をついてぎゅっと唇を噛みしめた。


「もう、そんなこと思っていません。相応しくないなら、相応しくなるように努力します。山科先輩にお似合いの人がいても、私、頑張ります」


 脳裏にまりなさんの姿がちらついたけど、私はその影を振り払って勝気に言い切った。

 瞬間。

 ふわっと艶やかな笑みを浮かべた山科先輩は、掴んでいた私の腕を引きよせて抱きしめた。


「優さん、もう一度言うよ。俺は君が好きだ」

「私も山科先輩が好きです」


 胸にあふれた気持ちをやっと言葉に出来て、ほっとしたら。


「やっと笑ってくれた」

「えっ……」

「俺はいつも優さんの泣き顔ばかり見てる気がする」

「あっ……」


 ついさっき迷子になって泣いていたことを思い出して、一気に恥ずかしくなる。


「あれは、はぐれて泣いてたわけでは……」


 はぐれて心細かったのもあるけど、あれは山科先輩に会えてビックリしたからで……

 私の苦しい言い訳に、山科先輩は浅い微笑を浮かべる。


「それに、いつも雨の降る日に会う気がしたけど……」


 言いながら空を見上げた山科先輩につられて空を仰ぎ見ると、漆黒の空から白くてふわふわした雪が舞い始めていた。




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