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たとえば、僕たちが  作者: 滝沢美月
second half
22/28

22.好きなもの side優



 新一号館をバックに設置された特設ステージの前には大勢の人だかりができ、熱気に包まれていた。

 その様子を、私は人だかりの一番後ろから見つめていた。

 出番が終わり退場するグループと入れ替わるように、山科先輩のグループがステージに上がってくると、それだけで会場の熱気があがる。女子は黄色い声をあげ、男子も注目しているのが分かる。

 ギターを持った山科先輩はステージ中央に立ちマイクの調整をした後、左右後ろにいるメンバーに視線を送る。

 そのサインにドラムがリズムを刻み、山科先輩のグループの演奏が始まった。

 他のグループも上手だったけど、山科先輩のグループは格別だった。ギターの浪江先輩もベースの城崎先輩もドラムの近森先輩も上手で、その中でも山科先輩の甘く切なげな歌声は胸にしみこむようなメロディーが紡ぎだされていく。

 知らない曲もあったけど、山科先輩の声で歌われると、なんだか昔から知っているような大好きな曲に聞こえてしまうから不思議だった。

 浪江先輩が「最後の曲です」と紹介して始まったイントロに胸が小さくはねる。

 初めて会ったカラオケで山科先輩が歌っていた曲だった。

 その時、一瞬だったけど、山科先輩と視線が合った気がした。

 私に気づいた山科先輩は、リズムを刻んでいた動きが一瞬止まり、歌い始めた。

 山科先輩にCDを借りて歌詞を暗記するくらい何度も聞いたけど、やっぱりJOKERよりも山科先輩の歌声の方がうっとりとしてしまう。

 好きだな、山科先輩の声。

 歌声に耳を傾けるように聞き入った私は、すべての演奏が終わって大歓声が上がる中をそっと抜け出した。

 ぐるぐると胸にうずまく気持ちに戸惑ってしまって、どうしていいかわからない。

 山科先輩の告白から逃げて以来、まだ山科先輩とは話していない。

 大祭の準備が忙しかったからだろうけど、私はそれがなんだか執行猶予を与えられた気分で少しほっとしていたのだけど。それもあと数時間で終わってしまう。

 告白を断った山科先輩とどんな顔して会ったらいいのか分からない。

 それとも、山科先輩はもう私には話しかけてくれないかな……



  ※



 遡ること、数時間前。

 大祭二日目、日曜日。

 一緒に大祭を回る約束をしていた美笛ちゃんは、待ち合わせ場所の掲示板前で固まってしまった。首を傾げたら。


「ユタカっ!」


 感極まった声で叫ぶと同時に、がばっと抱きつかれてしまった。

 身長百六十八センチの美笛ちゃんとは身長差が十センチもあって、そんな美笛ちゃんに抱きしめられれば、私はすっぽりと美笛ちゃんの胸の中に抱きしめられてしまうわけで、少し照れてしまう。


「美笛ちゃん……?」

「ユタカがもとに戻ってよかった……」


 美笛ちゃんの泣きそうな声に、胸が締めつけられる。

 今日の私の格好は、小花柄の膝上丈のワンピースで、胸の上で切り替えになっていてデコルテと袖がちょっと透けるレース地になっている。靴はヒール低めだけど、足元にお花のコサージュがついたサンダルを履いている。ヒールのある靴をはくのはどのくらいぶりだろう……

 つまりね、黒縁眼鏡もコンタクトにして、以前みたいなお姉さん系ファッションに戻ったわけ。

 美笛ちゃんはずっと私のイメチェンが気に食わなかったみたいだけど、嫌味を言ったのは最初のうちだけだった。

 私の気持ちを尊重してくれて、なにも言わないでいてくれたんだって知っている。


「いっぱい心配かけてごめんね……」


 美笛ちゃんにつられて泣きそうになって顔がふにゅふにゃになる。

 そんな私をぎゅっともう一度強く抱きしめて、美笛ちゃんは意味深な笑みを浮かべて言った。


「詳しく聞かせてもらうからね」


 それから食堂に移動して、美笛ちゃんから根掘り葉掘り質問攻めにあった……


「で、上代のことはふっきれたんだ?」

「うん……、ずるずる気持ちを引きずっていたのはあんな別れ方したからだと思う。だからちゃんと会って話してきた」

「そう。それで気持ちの整理はついたの?」


 その言葉に、私はこくんと頷く。


「イメチェンしたのは上代のことがきっかけではあったけど、それがすべてじゃないんだよね。美人がおしゃれじゃないとだらしないって言われて、なにもかも完璧でいようとしたのが疲れちゃったんだ。だから、美人だなんて思われない格好をしたの。でもね、一番こだわってたのは私だったんだ。それが分かったらなんだか馬鹿らしくなっちゃって」


 私はすっきりとした表情で微笑む。


「それにね、やっぱりおしゃれするのは好き。かわいい服もお化粧も、髪型だってアレンジするのが楽しいの」

「そっか」


 本当はそれだけじゃなかったんだけど、私の言葉を聞いて美笛ちゃんは安心したように笑った。


「じゃあ、そんなユタカに招待状」


 そう言って美笛ちゃんは自分のスマートフォンを見せる。

 なにかと画面を覗いてみると、ラインに理緒ちゃんのメッセージがあった。


「すごくタイムリーじゃない」


 画面を見て固まった私に、美笛ちゃんがにんまり微笑んだ。




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