21. 鏡に映る自分 side優
等身大の姿見に手をついて、私は大きなため息をついた。
身長は百五十八センチと女性としては平均よりやや低めだけど、すらっと伸びた手足が実寸より大きく見せている。
髪の毛はゆるくうねり肩より短い位置で切りそろえられている。癖っ毛だけど、鉛筆が絡まるようなうねりではなくて自然な感じ。腰まで伸ばしていた髪をばっさり切った時はほとんど梳かなかったから重たい印象だった髪は美容師の悠兄の我慢の限界で梳かれて、いまはすっきりとまとまっている。
大きな黒縁眼鏡を外せば、漆黒の夜空を切り取ったような二重のくりっとした大きな瞳、それを長い睫毛が縁どっている。小ぶりですっきりとした鼻、うっすらと桃色の唇はしっとりとしている。
鏡に映るのは、いわゆる世間一般で言う美少女。
だけど格好は、大きな猫のプリントTシャツにデニムのサロペットを合わせたちょっとやぼったいカンジ。
分厚い黒縁眼鏡をかけてしまえば、そこにはダサい少女が映る。
はぁーっと大きなため息をいて、くるっと鏡に背を向けて崩れ落ちるように床に座り込んだ。
Tシャツからはかすかに雨の匂いがただよい、思い出すのは自分を痛いほど強く包み込んで、鮮やかな眼差しで見つめる山科先輩の真剣な瞳。
『俺は優さんが好きだ。付き合ってほしい』
まさか告白されるなんて思いもしなくて、いまだにその言葉が夢のようでふわふわしている。でも。
抱きしめられた時に頬に触れた山科先輩のたくましい胸の感触はいまも鮮明に残っている。抱きしめた腕の感触も……
私は守るように両手で自分の体をぎゅっと抱きしめて縮こまる。
心臓が激しく打ち出して、甘い気持ちが心の中に湧き起って、胸の奥が苦しくなる。
私なんか、山科先輩には相応しくない――
それが正直な気持ちだった。
鏡に映る美少女とダサい少女。どっちも私で、どっちも私じゃない。
こんな自分が嫌になる。
上代にフラれた日、居酒屋で酔いつぶれた私を助けてくれたのが山科先輩だったのは驚いたけど、だから余計に山科先輩の隣にいられない。
昔の私を知ってる人に、いまのこの格好を見られたくない。
ダサい格好が恥ずかしいわけじゃない。
小さい頃から可愛いとか美少女ってよく言われる自分の容姿が嫌だった。
美人なんて全然よくない。美人で得だと思ってことなんてない。美人は性格悪いとか近寄りがたいって勝手に思われて友達はなかなかできないし、可愛く見せようとして男子に媚び売ってるとか女子にはやたら反感買うし。
他の人には贅沢って思われるような悩みかもしれないけど、私は美人でいることが苦しかった。
美人がおしゃれじゃないとそれだけでだらしないって思われるから、美容にもおしゃれにも気を抜けない。甘い物が好きだけど、太らないように我慢した。
おしゃれするのは好きだし自分のためにやっているんだけど、どこかで、他人の目を気にしていた。一瞬も気を抜けないような緊張感がいつもつきまとって息苦しかった。頑張るのが辛くなってきた。
だからこのイメチェンは上代に振られたのがきっかけではあるけど、私がずっとため込んできた想いからきた行動だった。
もちろん、外見だけで判断する人ばかりじゃないけど、やっぱり人間は第一印象っていうか。
外見だけで判断されたくない――
他人の目を気にしないで、自分の好きな格好をしることにした。
それがいまのこの格好なんだけど……
他人の目を気にしていた頃の私を山科先輩が知っていると知ったら、怖くなった。
山科先輩はいまの格好を可愛いと言ってくれたけど、それが本心だと信じられない卑屈な自分が嫌になる。
山科先輩みたいにキラキラしている人の側にいる自信がない――
そう考えて、自分の思考が矛盾していることに気がつく。
私も結局は自分が嫌っている人を外見で判断する人間と一緒だった。山科先輩のことを外見だけで判断していたことに気づく。
山科先輩は人を外見だけで判断するような人じゃないのに。
以前の取り繕っている私の外見に惹かれたんじゃなくて、いまの格好の私に気づいて、ちゃんと中身を見てくれた。それで好きと言ってくれたのに……
胸がツキンと痛む。
山科先輩の気持ちを拒絶して、自分の気持ちを包み隠して。
たぶん、初めて会った時から山科先輩に惹かれていた。外見とかじゃなく、物腰の柔らかい雰囲気とか、優しい話し方とか、甘く胸に響く歌声に、どうしようもないほど惹かれていた。
それなのに、こんなに格好いい人に見つめられたら女子だったら誰でもドギマギしちゃうんだって、普通の反応なんだって、恋なんかじゃないんだって言い聞かせて、気づかないふりをして。
上代に振られた傷がまだ癒えていなくて。まだ誰かと恋をする勇気が持てなくて。傷つきなくて……逃げていたんだ。
自分が嫌になる。
外見で判断されるのが嫌だって思いながら他人の目を気にしていた弱虫な私。
他人の目からどう映ろうと、どうどうと胸を張っていられる自分でいられなかったのが恥ずかしい。
外見で判断されたくないからってわざとダサい格好して、結局逃げているだけなんだ。
他人の目を気にして努力していた私も、ダサい格好している私も、私には変わりないのに。
雲一つない澄み渡った青空が好き。きらめき星空も好き。雨がしとしとと降る日も好き。
ちょっと甘いカレーも好きだし、とびっきり辛いカレーも好き。
些細な物事も好きなもので溢れていて、好きなものが多いのは楽しくて。
でも、自分のことを好きになれなかったのは、私が一番、私を認めていないからだったんだ。
そんなことに気づいた私は、床に座ったまま鏡を振り返り、鏡の中から見返す私をじっと見つめた。




