「可愛くないやつ」
つい先日、僕が住む街では初雪が観測されました。
お恥ずかしながら、興奮してしまいました。
幾つになっても雪はテンションが上がるものですね。
いざマウンドに立つと足がすくむ。改めて帰って来たのだと実感させられる。
後ろから「打たせてけ!」と林の声が聞こえてくる。
どの口が言ってんだよ。
邪念を振り払うように、何度も深呼吸を行う。
前を向くと相手打者が鋭い目つきで凛太朗を睨みつけている。
つい女子だという事を忘れてしまう。
「ふぅ」
身体中にある酸素を全て吐き出すくらいの勢いで、息を吐き出して大きく振りかぶり、ゆったりと足を上げる。
そして、村上のミット目がけて思いっきり腕を振る。
相手の打者はピクリとも動かなかった。
グラウンドは一瞬の静寂に包まれる。
「スピードの割に凄い音だったよね」
女子ベンチで誰かが呟く。
「しかも、あの人のフォーム真帆にそっくりだよ」
ポツリポツリと声が聞こえ、相手のベンチがざわつきだす。
村上のミットからとても大きくて綺麗な音が鳴ったからか、それとも凛太朗の球速からは、考えられないような音だったからだろうか。
打席に立つ女子も表情こそ変えないが、一度打席から離れて屈伸を行う。今日の試合で初めてみる光景だった。
しかし、ストレートしか投げない凛太朗のボールに、相手のバットが一度も当たる事はなかった。
三振に倒れた女子はベンチに戻る際に、何度も首を傾げていた。
その後の打者も凛太朗は難なく三振に抑える。
楽しい。もっと投げたい。もっとーーもっと。
こんな風に思えたのは、いつぶりだろうか。
緩んだ頬を見られるのが嫌で、少しだけグローブで口元を隠す。
ボールを握る指先が熱い。まるで血が沸騰してるみたいだ。
打席に入る打者を見つめる。西野真帆だ。
他の女子部員と比べると華奢なのに、逞しさは誰にも負けていない。
こいつだけには打たれたくない。負けたくない。
なぜ、こんなにも強く思うのかは自分でも分からない。けど、西野を目の前にすると全身に力が入り、胸の鼓動が大きくなる。
真帆は一球目からバットを振るが、ボールは村上のミットに収まる。
それでも二球目、三球目、と真帆はストレートに対応し、バットに当ててみせた。
徐々に真帆も凛太朗のボールに対してタイミングが合ってきて、鋭い当たりも増えてくる。
何十球と投げれば、当然だろう。
「ほんと可愛くねぇやつ」
凛太朗はユニホームで頬をつたう汗を拭き取る。
たった1イニング投げるだけで肩や足が重い。今までろくに運動をしてこなかったツケが回ってきたのだ。
小さな白球を握りしめる。これが全力で投げられる最後の一球だ。
この一球で打ち取れないのであれば、間違いなく打たれる。
ゆったりと足を上げて指からボールが離れるその瞬間まで、指先に力を込めた。




