「簡単に言うなよな」
高校時代はよくワックスつけてたなー。
若気の至りってやつですね。
生徒指導室で髪を洗い流されたのは良い思い出。
桜峰商業高校では各学年、三組から六組にしか男子生徒は存在しない。
凛太朗が属する三組は十三人しか男子はいないのだが、恥ずかしい事に勝部以外とあまり関わった事がなかった。なので、未だにクラスメイトに話しかけられても名前が出てこなかったりする事もしばしば。
「えっと⋯⋯誰だっけ」
箒を持った手を止める。
昼休憩が終わると掃除時間になるため、各持ち場の清掃を行うのが桜商の伝統だ。
「は? そっからかよ。三嶋だよ、三嶋友希。同じクラスなんだから覚えとけよな」
「あ、あー三嶋か。で、なんの話だっけ」
「だからお前、野球部なんだよな? 俺を野球部に入部させてくんないかな」
「ーーーー」
誰が野球部なんて言ったんだ?
廊下に目をやると、赤焦げた髪の男がニヤニヤしながらこちらを見ていた。
お前かーー。
凛太朗よりもずっと背の低い三嶋は首を傾げる。
「悪いけど俺は野球部じゃないから」
「そうなのか? 俺は涼からそうやって聞いたんだけど」
やはり勝部だったか。
再び廊下を見ると、すでに勝部の姿はなかった。
逃げたに違いない。
「言っとくけど勝部、野球部だぞ」
「なっ! あいつ一言もそんな事ーー」
「ちょっとそこの男子二人! 話してないで早く箒で掃いてよね!」
クラスに一人はいる、男子には厳しい女子に怒られた二人、は渋々掃除に戻るのだった。
「また放課後に詳しく話そうぜ」
返事を返さずに、ひたすら同じ箇所を箒で掃いてく。
名前こそ出てこなかったが、三嶋は良くも悪くもクラスで目立つ存在であった。凛太朗以外の男子とは仲が良く、女子ともよく話しているのを何度か見かけたことがある。耳にピアスをつけている為、最初はただの不良かと思ったがそうでもないらしい。
そんな三嶋が野球部に入りたい、と言うとは思いもしなかった。
退屈な授業を終え誰も居なくなった教室には、ツーブロック頭の髪をワックスで立たせた、圧倒的校則違反の男と、寝癖で髪がハネまくっている目つきの悪い男しかいない。
「なあ、お前ほんとに野球部じゃないのか?」
「ああ。だから俺に入部したいって言われても困るんだ。だいたい、顧問に頼めばいいだろ?」
「野球部の顧問がわかんねぇから頼んでんだろ」
「あー」と短く相槌をし、千爺の顔が浮かび納得する。
たしかに、まさか千爺が野球部の顧問だとは皆思うまい。
「それで俺に言ってきたってわけか。でも、別に俺なんかに頼まなくたってすぐ入部できるぞ。ほら、あそこでキャッチボールやってる坊主頭に言えば一発だろ」
小さなグラウンドの隅でキャッチボールをしている村上を指差す。
「あー、やっぱあいつ野球部だったか。まぁ、坊主なんてこの学校いねぇもんな」
この自然な笑みをこぼす三嶋の顔を、常に作り笑いのような勝部に見せてやりたい。
「でも今更どうして野球部に?」
今日は一段と晴れやかな空だ。
凛太朗は窓から身を乗り出す。
なんだか賑やかそうな野球部を眺めて、疑問に思ったことを聞いてみた。
「俺さ、こう見えて中学時代は厚木シニアで野球してたんだぜ」
「厚木シニアってあの厚木シニアか!?」
厚木シニアといえば、かつて凛太朗が所属していた三田シニアと同じ神奈川の超強豪クラブである。
そんなクラブ出身がなぜこんな高校にーー。思わず声が裏返る。
「ああ。他にないだろう?」
「たしかに」と頷き、再び冷静を装いグラウンドを眺める。
「まあ、俺にも色々あんだよ。でもやっぱ野球がしたくなってな、ちょっと野球部の練習覗いてみたんだけどさ、あまりにも酷くて野球舐めてんのかと思って入部するの一回辞めたんだわ」
「お前が見たのは二年生でそいつらはーー」
「聞いたよ。辞めたんだってな」
「また勝部のやつか」
楽しそうに村上とキャッチボールをしている勝部に目をやると、三嶋は後ろから凛太朗の肩を掴み強引に振り向かせて、
「すげぇ球投げるやつがいるらしいんだよ。あの英明学園も倒せるような投手がいるって」
おいおい、どっからそんな噂が流れてんだよ。
強く掴まれた手を払いのけ、
「誤解だ」
短く答え三嶋と距離をとる。
「俺は英明を倒したい」
三嶋はどこか憎悪に満ちた目をし、声を震わせた。
おそらくこいつもまた過去に何かあったのだろう。
どうしてこうも何かを抱えた奴ばかりなのだろうか。
山県といいーーそして、自分自身も。
「お前に何があったかは知らないけど、俺は英明を倒すとかそんな事できないから」
「だめだ。英明を倒すには絶対にお前の力が必要だ。ーー三田シニアの綾瀬凛太朗」
「⋯⋯どこでそれを」
「綾瀬凛太朗ってどっかで聞いたことあると思ったんだよ。あの綾瀬圭太の弟で世界野球の優勝投手さんだろ? 中学の時は神奈川じゃ有名人だったんだぜ。お前がそれを知っているかは別としてな」
「弟⋯⋯ね」
やはり、どこに言ってもそれは一生ついて回るのだろう。もちろん今更落ち込みなどはしない。
「なんでそんなに英明にこだわるんだ? 本気で英明を倒したいなら、もっと野球の強い高校に行けばよかっただろ」
「ーーッ」
三嶋は凛太朗の正論すぎる言葉に何も言えず俯く。
グラウンドに目を向ければ、今日から部活に復帰した林が何やら騒がしくバットを振り回している。
どうせ、もっと打たせろとか何かと文句を言っているに違いない。やはりあれでは、英明どころか一回戦も勝てやしないだろう。
「ふん」と凛太朗は鼻で笑ってみせる。
三嶋は凛太朗の隣に並んで、窓から少しだけ賑やかなグラウンドを眺め、
「お前の言う通りかもな。本気で野球がしたいならこんな高校に来るべきじゃない。でもそれは綾瀬、お前がいなかったらの話だ。今はお前がいるんだ。多分お前がいたから涼も、野球を始めたんだと思うぜ」
「結局何が言いたいんだよ」
「綾瀬⋯⋯野球部に入れ。お前はこんなとこでくすぶっていい人間じゃない。俺は先に入部して待ってるぞ」
そう言って三嶋は凛太朗の肩を叩いて、教室を後にする。
「⋯⋯簡単に言うなよな」
大きく溜息をつき、再び野球部に目を向ける。人数は三人と少ないながらも、楽しそうに練習をしている光景はどこか微笑ましい。
「ふっ。あいつらめちゃくちゃだな」
思わず笑みが溢れる。
野球なんて嫌いになったはずなのに。
読んでいただきありがとうございます!
次話で三嶋の事について少し掘り下げようと思います!




