夏休み約束編⑫~夏美との帰宅~
ご興味を持っていただきありがとうございます。
9月12日に書籍第一巻が発売になります。
タイトルを改名して【ネトゲ廃人の異世界転生記】となっております。
アマゾン等で予約が始まっているので、よろしくお願いします。
ギルドから第1地区の駅に着くまでまったく会話がない。
しかし、焦って会話をするような雰囲気でもなく、この時間を楽しんでいた。
程なくしていつも夏美ちゃんと別れる交差点に着いてしまった。
ただ、今日は最後まで送る予定なので、止まることなく夏美ちゃんの家へ向かう。
「行こう」
「まだいいの? ここでも大丈夫だよ?」
夏美ちゃんが立ち止まっていたので、自然と手を差し出してしまった。
俺の手をとりながら、夏美ちゃんが恥ずかしそうに俺の横に並ぶ。
(彼氏だから、今は彼氏だから手を繋いでも普通! 送ったら忘れよう!!)
心の中で手を繋いだ何度も理由を念仏のように繰り返し、表情に出さないようにする。
このまま動かないわけにもいかないので、優しく夏美ちゃんを引っ張るように歩き出した。
「もう夜だからね。家まで送らせてよ」
「ありがとう」
真夏の夜でアスファルトから熱気を感じる道を、夏美ちゃんと手を繋ぎながら歩いている。
夏美ちゃんの手を握っている俺の手が汗ばんでいるので、不快な思いをさせていないか気になってしまった。
1度汗を拭くために力を緩めたら、夏美ちゃんが力を込めて離してくれない。
「汗を拭きたいんだけど……」
「お願い。家に着くまでは繋いでいたいの……だめ?」
夏美ちゃんが汗ばんだ手でも平気というのなら離す理由がない。
瞳に涙のようなものを浮かべて上目づかいで見られたら何も断われなかった。
「離さないから、そんな顔しないで」
「う、うん……」
手を握り直すと、赤く染まった夏美ちゃんの横顔を見てしまう。
普段見ない表情に胸が高鳴り、急に緊張してきた。
今まで気にならなかった無言の間を埋めるために、話題をひねり出す。
「夏美ちゃんはどうして俺のことを好きになったの?」
「え!?」
思いもよらない言葉が自分の口から飛び出し、聞いた俺が驚いてしまった。
しかし、夏美ちゃんは俺の表情を見ることなく、下を向いている。
「最初は弓を本気で練習してくれていたから、この人なんなんだろうって思っていたんだ」
「そうだったんだ……」
「一緒にダンジョンへ行くようになって、射撃大会を優勝した時くらいから、一也くんのことばかり考えるようになっていたの」
夏美ちゃんが俺との思い出や、今の気持ちを必死に伝えてくれている。
それを聞いていたら、握っている手に込められた思いを感じてしまった。
(どんな顔をしてこの手を離せばいいんだ……)
なんで自分が夏美ちゃんと手を繋ぎながら歩いているのか分からなくなってきた。
そして、頼まれたとはいえ、夏美ちゃんの気持ちに応えられない自分が軽い気持ちで彼氏役を続けてしまい申し訳なくなってくる。
目的地に着いたので、手を離して謝ろうとしたら、夏美ちゃんが抱き付いてきた。
何をされているのか分からないので、頭をフル回転させるものの、答えが出ない。
腕を押さえるように抱き付かれているので、引き離すためには強引に振り払うしかないが、今の俺には夏美ちゃんへそのようなことはできなかった。
「一也くん、今回は彼氏役を引き受けてくれてありがとう……終わっても前と同じように接してくれる?」
夏美ちゃんは俺に密着している状態で目だけをのぞかせながら言っていた。
「大丈夫だよ。俺は気にしない」
「ありがとう……じゃあ、帰るね」
名残惜しそうに俺からゆっくりと離れる夏美ちゃんの目は赤く、涙を堪えているようだった。
そのまま家へ入ろうとするので、徳島へ行けたことのお礼を伝える。
「俺の方こそありがとう。楽しかったよ……ゆ……」
口から出かけた言葉を止めると、夏美ちゃんが立ち止まって俺の方を見ようとしていた。
俺は手を振りながらこの場所を離れて、自宅に向かって走り始める。
夏美ちゃんは左手の薬指に指輪をつけていた。
その指に指輪をつける意味は俺だって知っている。
(【指輪を大切にしてね】なんて言ったら余計に傷つけるだろ!)
何気ない一言で期待させてしまうのも酷なので、これ以上何かを言ってしまう前に夏美ちゃんから離れた。
今までにないくらい心臓が強く鼓動をしており、自分の感情がわからなくなる。
(やっぱり恋人を作ると専念できなくなりそうだな……)
疑似恋人でこんな状態になってしまうので、本当に彼女ができたら戦いに集中できるのか不安になってしまった。
家に着いたので、玄関の前で深呼吸をして落ち着いてから扉を開ける。
両親へ適当に購入した徳島のお土産を渡して部屋へ戻った。
リュックを放り投げてからベッドへ倒れ込むと、スマホにメッセージがきているのに気がつく。
【徳島へ一緒に行ってくれて本当にありがとう。指輪は一生大切にするね】
なんて返信をすればいいのかわからず、俺は右手につけた指輪を眺める。
(一番目立たないと思って指輪にしたんだけどな……同じ物を夏美ちゃんが……)
左手で指輪をなでて、夏美ちゃんとお揃いということを意識したら恥ずかしくなってきた。
ただ、つけているのはただの補助アクセサリーだと思ったら、急にどうでもよくなる。
(まあ、ゲームではほとんどの人が持っていたから気にすることでもないか)
スマホを持って適当にメッセージを打ち込んだ。
【こちらこそ、楽しかったよ】
返信を行い、花蓮さんと行く海について調べることにした。
候補はいくつかあるので、ゲームでの知識と照らし合わせながら場所を絞る。
一通り調べたので、手にしていたスマホをリュックの中へ放り投げて、出かける準備をした。
(行くか! 目的地は【ジブラルタル海峡】だ!)
父親がプレイしているWDCにもこのダンジョンの名前が載っている。
花蓮さんと一緒に行くのなら《少し》難易度の高いダンジョンでも大丈夫だと思い、この場所へ行くことを決めた。
リュックを背負い、レべ天へ身代わりを部屋へ置くように伝えてから空港へ向かった。
日本の空港からジブラルタル空港への直行便があるため、電話でチケットを確保する。
搭乗2時間前には空港へ着くことができたので、余裕をもって飛行機を待つことができた。
空港には冒険者Rank4以上の人が使えるラウンジがあるため、そこで時間を過ごす。
ふかふかのソファーに座りながら、あることに気がついてしまった。
(そういえば、俺飛行機に乗ったことないわ……)
俺がスマホで見ていた【飛行機利用ガイド】には、チケットの取得方法やラウンジについては書いてあったので、ここまでスムーズに行うことができたが、飛行機に乗る心構えみたいなことは書かれていない。
どうしようかと思った時、電光掲示板に搭乗開始を知らせる合図が表示された。
リュックを持ち、搭乗口へ向かっていると、妙に体がふらついている。
(飛行機に乗っても大丈夫そうだな)
体の調子を確認したら、飛行機の移動に関して考えることはなかったので、ビジネスクラスのシートへ座り、離陸を待つ。
(本当はファーストクラスがよかったんだけど、直前すぎて空いてなかった……)
ビジネスクラスでもほとんど個室のようになっているため、快適に空の旅を過ごせそうだった。
しかし、俺は優雅に空の旅を楽しむつもりはない。
程なくして、飛行機が離陸するので、俺は寝る体勢を整えた。
初めての空の旅で、風景を楽しんだり、機内の雰囲気を味わったりすることなく、自分への休息へ時間を使う。
リバイアサンで移動しなかったのも休養する時間が必要だと感じたからだった。
(……エジプトへ移動したお礼をディーさんにいう前にまた連れていってって言うと、後が怖いからな)
目を閉じてしばらくしたら、眠気が襲ってきてくれたのでそれに抗うことなく、身を委ねる。
(昼寝はしたけど、徳島からここまで直行したからもう疲れた……おやすみなさい……)
俺が目を覚ましたのは、到着を案内する声が聞こえた時だった。
眠い目をこすりながら窓を見ると、眼下に【ヘラクレスの柱】と呼ばれるジブラルタル海峡の入り口を示す山が見える。
飛行機が着陸して、冒険者証を提示するだけの入国手続きを行い、ヘラクレスの柱の麓に立つ。
「ここからダンジョンが始まるのか!」
天空に向かってそそり立つ山脈を見上げながら、これからの冒険に思いをはせた。
ただ、俺の見上げる先や、ジブラルタル海峡には1匹のモンスターも見えていない。
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