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第10話:天才高校生は公爵夫人と約束するようです

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リディアが倒れてすぐ、ジャクソンは悲鳴を上げた。


「り、リディアぢゃあああああん、鼻血が出てるじゃないか。お、お前のせいでリディアが倒れてしまったじゃねぇか!?」


「ん?俺はただ立っていただけなんだが…」



ケンタは自分が微笑んでいたことに気づいていない。そしてもちろん、リディアが倒れた原因も。


何という鈍感野郎なんだろうか?


「くっ、そういうところも鈍感なのか、こんな奴をリディアは好きになってしまったのか。」


と小さくつぶやくジャクソンであった。


当然ケンタには聞こえていない。




ケンタは倒れているリディアを見てふと思う。


(確か俺の基礎スキルに、治癒魔法ってのがあった気がするんだが、使うとすれば、治癒、癒す…あ、ヒールって言えばいいのか。)



そうしてケンタはジャクソンに向かって言った。


「俺は治癒魔法を使うことができる。鼻血を止めるなら使った方がいいと思うんだが、使ってもいいか?」


「お、お前っ、そういうことはちゃんと早く言ってくれよ。リディアちゃんが今こうしている間にも、死に近づいているんだぞ!?」


大きな声で大袈裟に語っていると思われるが、その顔は真剣そのものだった。


ケンタは内心、ちょっとイラついていた。



なんで、俺がキレられるんだ?と。



それもそうである。ケンタは自分のせいでリディアが倒れたとは知らないのだから。


そんな感情は表に出さず


「すまない。すぐに治癒魔法を使おう。」


そう言ってケンタはリディアの前に膝をつき

魔法を行使する。


『ヒール』


そう唱えると、リディアの体がほのかな光に包まれる。鼻血が止まり、目を覚ます。


「あ、あれ?ケンタさん?なぜ私は寝そべっているのですか?」


こんな時にも父であるジャクソンよりケンタに目がいってしまうリディアであった。


「ああ、急に鼻血を出して、倒れたんだ。その後俺が治癒魔法『ヒール』を使った。」


リディアはそう説明されて徐々に思い出していく。顔がみるみる紅くなっていく。上体を起こして、手で顔を覆い、


「は、はずかしいですぅ。」


と体をクネクネさせて言っている。


「何が恥ずかしいんだ?」


と不意にケンタが聞くと、


「な、なんでもないですっ!」


とさっきよりも顔を紅くしながら言った。


ケンタはリディアがなんでもないと言うので気にしないことにした。



そうした、光景を見ていたジャクソンは


「もういい、俺のことよりも付き合いの浅いケンタの方がいいんだよね、そうだよね…」


と自己嫌悪に陥り、


サーシャは


「やっぱりリディアちゃんはケンタさんのことが好きになっちゃったのね~。でも、ケンタさんはリディアちゃんの好意に気付いてないっぽいし、私の娘だから幸せになってほしいけど、これはこれで見どころがあるわね~。」


と1人で盛り上がっていた。


そんな2人の会話などつゆしらず、ケンタは初めて感じる感覚に戸惑っていた。


なんだ、これ?体の中を循環しているような感覚だ。血はそんな感覚はしないし。


と考えていると思い至る。


もしかして、これが魔力か?と。


それを理解するのにかかった時間は数秒だった。






その後ジャクソンは立ち上がり、真剣な眼差しで、ケンタに言った。


「まあ、すまない。いつも娘のことになると周りが見えなくなってしまう時があるんだ。サーシャにも注意されても一向に直すことができんのだ。」


「本当にごめんなさいねケンタさん。旦那の気持ちもわかってやってください。こんなに注意しても治らないのは訳があるんです。長女のソフィアは今18歳で王都にある王立魔法学院に通っていて会えないんですよ。そこにリディアの前にケンタさんが現れた。もうわかりますね?ケンタさんにリディアを取られたくなかったんですよ。そう、単純に親バカなんですよこの人は。」


最後の方だけジャクソンに言い聞かせるように話すサーシャであった。


「ん?王立魔法学院?ってなんなんだ?」


「ええ、王立魔法学院は貴族は例外なく16歳になる年度に入学するんです。平民は頭の良いものと魔法が使える者を入学試験でふるいにかけ、受かったものだけが入学できる学校なのです。ちなみに平民はいつでも何回でも受験可能ですが1年に1回です。年齢制限はありません。在学期間はほとんどの人は3年ですが類稀なる才能を持った人はそれより短い期間で卒業することができるんです。」


「なるほど、この世界にも学校はあるんだな。」


ケンタがそう言った後サーシャは何か閃いた顔をした。


「学校…あっ!、リディアは来年から入学するのよね?16歳になるし、ふふっ、いいこと思いついちゃったわ。ふふふっ。」


何を思いついたのか、その笑みは企みを含んでいた。


「ケンタさん、魔法学院に興味あるかしら?」


「興味がないと言ったら嘘になる。」


そう言われてサーシャは微笑む。


「ケンタさんならそう言ってくれると思ったわ~。そうねぇ、来年の春、リディアちゃんと一緒に王立魔法学院に入学してもらおうかしら?」


それを聞いて、ジャクソンは慌てふためく。


「ちょっとまて!こんな素性もわからない奴をリディアのそばに置くわけにはいかん!」


「アナタ、今なんて言ったの?」


声のトーンを1段階低くするサーシャ。


単純に怖い。


「い、いや、何も言っていません。申し訳ございませんでした。」


そう言って縮こまるジャクソン。完全にサーシャの尻に敷かれている。


夫婦の関係図が明らかになった瞬間だった。


「そ~よね~、何も言ってないわよね~」


そういい続ける、


「で、どうかしらケンタさん?」


そう聞かれてケンタは考える。



(来年の春か。期間にしておよそ半年。それまでに何かするわけでもないし、そのあとも何もする予定はない。まあ稼がないと生きていけないがそれは置いておく。この世界では自由に生きられる。学院もそう悪くはないだろう。この世界のことをもっと知りたいし、ちょうどいい。)


そう考えたあと答える。


「ああ、来年、魔法学院に入学したい。俺は田舎から出てきたしがない冒険者だ。もっとこの世界を広く見渡したい。そのために勉学に励むのも悪くないと思う。」


「なら、決定ね~。」


そう言ったあと、神妙な顔つきになり、サーシャは口を開く。



「公爵家の名においてケンタさんを魔法学院入学を支持します。アナタもわかったわね?」


「くっ、はいもちろんです。」


ジャクソンは最後まで納得いっていなかったがサーシャには頭が上がらないようだった。


「ケンタさん、まだまだ先ですが、リディアのこと頼みますね?」


「ああ、わかった。」


こうして、ケンタの王立魔法学院入学が決まった。


なんでも、平民は貴族の推薦があれば、入学試験を受けずに済むらしい。


それを呆然と見ていたリディアはハッと目を覚ましたように、ピクッと動いた。


「け、ケンタさん!私と一緒に王立魔法学院に入学してくださるんですか?」


「ああ、半年後の話だがな。」


そう言われてリディアは、ぱっと花が咲いたような満面な笑みをケンタに向けた。


ケンタはリディアの顔を見てどきりとする。



それはケンタが生まれて初めて感じた感情だった。


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