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誘い


 『魔女の大釜』での生活に不満があるとすれば浴室だ。和風ではなく西洋風って言うのかな。要するにバスタブの中で全てを完結させなきゃならない造りをしている。幾ら西洋が魔女の本場であってもここは日本なのだからこの方式の浴室には拘らないでほしかった。節水のためっていうのは分かるけど、やっぱりなんだか慣れない。

「マスター」

「人がお風呂に入っているのにシャワーカーテンを開けるなぁあああ!」

「俺はマスターがどんな格好をしていようがなにもしないが?」

「あなたがなにもしなくても私に恥じらう気持ちがある以上NGだから!」

 って言うかホムンクルスは好んだ容姿の魔女を選ぶって言ってたんだけど、こいつは私にまだそのことが知られてないと思ってそう。思ってんだろうな。私がホムンクルスについて深く知らないことが分かっているから強気で来ている。にしたって男の子の姿をしているんだから異性の入浴中に断りもなしにシャワーカーテンを開けるのってどうなの? あり得ないでしょ。

「用事はなに?」

 シャワーカーテンを閉め直して、バスタブの湯に体を沈めつつファルシュがわざわざ入浴中の私に声を掛けてきた理由を問う。

「ジルヴァラ・テイラーがお茶会を開きたいらしい」

「断っといて」

「断れると思うか? 派閥によってマスターは追い詰められることになるぞ」

「派閥?」

「お茶会とは派閥への勧誘を表す。ジルヴァラ・テイラーは自身の派閥を作ってマスターをそこに引き入れたいんだろう」

 ああ、そういうこと。クラスの中で仲良しグループを作ろうってやつか。でも『魔女の大釜』は養成所ではあっても学校ではないし、グループなんて作る意味があるかな。

「ちなみにどこのお茶会も断った場合、私はどうなる?」

「どの派閥からも虐げられてまともな活動は不可能になる。これは過去に起こった事案からそのまま伝えている」

 なんて陰湿なことがさも当たり前のように行われるのだろうか。にしたってお茶会とか礼儀作法を知らないから私が行ったところでテイラーが集めた魔女候補生たちに笑われるだけなんだよな。どうせジルヴァラは血統で集めているだろうし。だったら私は庶民派というか不幸の方から来ている人たちとグループを作った方が気も休まるはずだ。

「はぁ、やだやだ。女の女による陰湿なグループ作りとか」

「だがどこかには属さないと色々なところで軋轢を生む」

「アンテオは?」

「キーングレントが派閥を作った話はまだ聞かないな」

「じゃぁアミューゼは?」

「ドライトは作りたがらないだろう。本人が派閥を指揮するだけの才能を持っていないと思ってしまっている」

 マイナスな感情を持っている以上、派閥代表になるよりも派閥の中に入り込む方をアミューゼは求めているってことか。

「それで、どうする?」

「派閥には入らない。派閥作りのためのお茶会なら断るけど、ただのルール無用のお茶会なら顔だけ出す。そう言っといて」

「分かった」

 ファルシュが浴室から出て行った。私は一旦、息を止めてから頭まで湯の中に浸かって、そして限界になってから一気に頭を湯から出す。あまりにも息を止めすぎて失神しそうになったので次からは気を付けようと心掛けつつも、色々と頭の中にあったモヤモヤは晴れた感じがする。

「私はアミューゼのところならなぁ、入ってもいいけど。でもアミューゼも良いとこの出だから、私みたいな魔女候補生は参加しない方がいいのかもなぁ」

 身の丈に合ったグループに入らなければさっき息を止めていたみたいにとても息苦しいに違いない。『魔女の大釜』にはそういうのはないって思ってたのに面倒臭いなぁ。

 バスタブから出て、床をビシャビシャにしながらバスタオルで体を拭き、それを体に巻いてから髪の毛をドライヤーで乾かす。こういう部分を魔法で補えたらいいのにとも思うけど、家電製品で済ませられることを魔法で補うのはなんとも無意味が過ぎる。だって魔力を使ってまでやりたくないし。そりゃ膨大な魔力を持ち合わせていたらなんだって魔法で済ませられるだろうけどさ。

 別に異性に好かれたいわけでもないのにメイクを整える。ほぼ男の目がない場所だけど、ここは女子校と違って女が女にナメられないためにメイクによる武装が求められる場所だ。そりゃジルヴァラたちみたいな高貴な人たちに比べたらメイクもファッションも圧倒的に劣るけど、それだけの理由で自分自身の価値を下げたくない。

「よし、っと。今日もいつも通り頑張ろう!」

 綺麗に整えられた。いつもより会心の出来栄えだ。私は意気揚々と浴室を出る。掃除はあとでファルシュがやってくれるだろう。


「朝から暢気に入浴だなんて庶民のルーチンワークは分かりませんわ」


 私は夢でも見ているんだろうか。それとも頭でも打って幻覚を見ているのかもしれない。

「なんでここにいらっしゃっているんですか?」

 ジルヴァラだ。うん、どこからどう見てもジルヴァラ。この馬鹿みたいに白い肌と馬鹿みたいにギラついた銀の瞳を持っているのは私の知る限りでは一人しかいない。なんとなく『氷姫』もこんな肌だったなって思うけど、要するにジルヴァラの容姿は人外めいているんだなって自分の中で納得する。

「お茶会へお誘いしようと思いまして」

「その件でしたらファルシュがお伝えするはずでしたが」

「あら? わたくしの耳にはまだ届いておりませんわ」

 行き違いになった? そんなわけない。ファルシュが部屋を出たことを知った上でジルヴァラは私の部屋に訪れたんだ。勘の良いホムンクルスが傍にいるとなにかと都合の悪いことを話そうとしている。それはきっとお茶会への誘いなどではなく、もっともっとヤバい話だ。

「わたくし、別にあなたと仲良くしたいわけではありませんの。分かります、ミイナ・サオトメ?」

「ええ、私もあなたと分かり合うことはないと思っています」

「ふふふ、それはそうでしょう? 私たち魔女はお互いに共感できない生き物なのですから」

 笑っているが心から笑っているわけじゃない。作り笑いというか嘲笑、もしくは冷笑。あんまり気の抜けたことを言っているとぶっ飛ばすぞと暗に言っているのだ。

「それでもわたくしがあなたをお茶会にお誘いするのは、あなたの身を案じてのもの」

「え、ないですよね? そういう自分の地位より下の者に手を差し伸べる感覚は」

「ノブレスオブリージュですわ」

 あーはいはい、出た出たノブレスオブリージュノブレスオブリージュ。本当にそんな精神があるならジルヴァラは魔女になろうなんて思わないだろうし、催眠世界で見せた攻撃性だって持たないものだ。挑発に容易く引っ掛かるんじゃ高貴で高潔な精神なんてあるわけない。

「と言いますかむしろ私があなたのお茶会に行ったとなればそれこそ私は針の(むしろ)では? そしてあなたの品格も疑われることになります」

「ええ、大方はその通りですわ。けれど、このままあなたをどこの馬の骨とも知らぬ魔女候補生に取られるのは好ましくありませんの」

「玩具は手元に置いておきたい」

「まさに。あら? あなたは意外とわたくしに共感しているのでは?」

 するわけないだろ馬鹿。人を玩具としか思ってない人に共感できるわけないでしょうが。

「随分と思っていることを顔に出しますのね。試験ではあれほどにポーカーフェイスを貫いていらっしゃったのに。ふふふ、その凶暴性はまさに不幸しか知らぬ下民にして庶民ですわね。ああ、分からない。その眼差しと感情は、これっぽっちも分かりませんわ」

 あのときの恨みは忘れてない。私はジルヴァラのせいで業火を身に浴び、地獄のような時間を味わったのだ。他人を催眠世界で殺したとか殺さなかったとかは正直そこまで気にしてない。私がこの子によって酷い目に遭った。私自身が被害を受けた。この一点が私の態度の理由だ。まだ詫びてもらってないから辛辣な態度を崩す気はないってだけ。

「まぁなんにせよ、お茶会には来ていただけると助かりますわ。でないと少し、いえ、とても面倒なことがありますのよ」

「その面倒なことを押し付ける気でしょ?」

「あらあら、どうして分かってしまうんですの?」

 包み隠そうともしない辺りに強者の余裕がある。

「行きません」

「でしたら無理矢理にでも、となりますが」

「行かないから」

「わたくし、これでもあなたのことを案じておりますのよ?」

「さっき聞いた」

「どこかのお茶会に誘われることがなければあなたはここで孤立。かと言って中途半端なところに行ってしまえば争いで潰されてしまいます。強い者に媚びへつらえと、わたくしに(かしず)けとは言いませんわ。とにかく、誰かしらの強者の庇護下にあなたはあるべきです。せっかく、才能を認められましたのに、人間関係のいざこざ如きで煩わしい苛立ちを抱きながら毎日を過ごしたくはないでしょう?」


 なんだろうな。言っていることはもっともだし、本当に案じているような気にすらなるんだけど面倒なことを押し付けられることが確定している中で「お願いします」とは言いたくないんだよな。それを隠していたなら私は訝しみながらも首を縦に振ったんだけど。ジルヴァラって交渉ヘタクソでしょ? これで仕立て屋を営めるの? お客さんとの駆け引き……あーそっか、自分のやったことが絶対だからお客さんの方が折れるのか。だから交渉をやっているようでやっていないんだ。


「なんです、その可哀そうな人を見るような目は?」

「してないですけど」

 ジルヴァラには共感できないけどお客さんの心境に共感しかけてしまった。きっとお客さんも彼女のことを可哀そうと思っていたんだろうなって。

「分かりました。一度だけお茶会がどんなものか知りたいので参加させていただきます」

「体験入部みたいに仰るのですね」

「実際、一度のお茶会で決定することではなくないですか? 私、下々の人間なんでマナーやルールが分かりませんから」

「そうですわね。色々なところに顔を出すのは一度だけならまだ許されるでしょう。二度、三度と続けるようでしたら堪え性のない甲斐性無しなどと揶揄されますわ。だって、浮気や不倫、そして何股もする男のことを許す女はいませんから。ああでも、大金持ちであるのなら別かも知れませんわ。まぁ、私よりも大金持ちな人がいらっしゃることなんて稀有でしょうけど」

 そんなにジルヴァラって実家が太いんだな。仕立て屋って儲かるんだろうか? それは()いて、とにかく許可は下りた。

「お茶を飲むマナーもさっぱりなんだけど」

「お気になさらず。あなたがわたくしが開くお茶会の席に座ることはありませんわ。あなたは取り巻き。だって突然に庶民をお茶会の席に置いたら他の方が怒り心頭ですもの」

「それは分かる」

「ですが、取り巻きの方がなにかと緊張せずに済みますでしょう?」

「それもそう」

「マナーはそこで観察して覚えてくださいませ。とはいえ、わたくしたちはあなたのような下民の振る舞いに一々気を立てるわけありませんわ。マナーなんて自然と覚えるもの。どれほどに物覚えが悪くともそれを見届けるのがわたくしたち。そこに気を荒立たせるのは、よっぽど心に余裕のない方か、血統に胡坐を掻いた自惚(うぬぼれ)れぐらいです」

 そりゃこれだけジルヴァラに失礼な態度を見せているのに当の本人は私に怒りの色すら見せないんだから説得力があるけどさ。それはあなたがあなただからでしょ? 他の実家が太い連中が全員同じってわけじゃない。プライドっていうのは臨機応変なものじゃない。強固だからこそ度々、人間関係で問題になるんだから。

「で、何時からですか? 午後三時ぐらい?」

「あらあら、下民は時間すらも把握しておりませんのね。言ったおおよそ十一時間後ですわ」

「十一時間後……えっと?」

「午前二時」

 え、なんで? 意味分かんない。

「起きてるわけないですよね」

「魔女ならば起きていて当然の時間ですわ。むしろこの朝の時間帯は眠くて眠くて。それに午前二時は日本では丑三つ時。なんとも魔女らしいじゃないですか」

 そうだった。魔女は典型的な夜型人間の生活を送っているんだった。生活リズムと体内時計が狂っていてそれを矯正しようともせず、むしろ夜に起きていることを誇りに思っている人が多いんだった。

「終わってます」

「あらあら。あなたより終わっている方なんてそうはいらっしゃらないわ」

 ほんと、嫌みに動じないなこの子。

「それでは、ごめんあそばせ」

「アンテオはお誘いしていらっしゃるんですか?」

「あの方をお呼びするぐらいなら自分の喉にナイフを突き立てますわ」

 即答で怖いことを言って、ジルヴァラは部屋を出た。

「あの子たちって西洋のお茶会の別名知ってるのかな。午前二時はアフタヌーンティーじゃないでしょ」

 誰か魔女にお茶会のマナーより先に常識を教えてやってほしい。でないと私の生活リズムが終わってしまう。


 溜め息をつき、私は研究用のテーブルを眺める。魔女候補生は『魔女の大釜』で研究して評価を貰う。でも魔女に引っ付く形で問題が起きている現場に向かって魔を討った場合は二ヶ月ほど課題が免除される。だから私やアミューゼはしばらく研究なんてしなくていいんだけど、だからってしないままだと三ヶ月後の課題で知識が足らなくなるかもしれない。基礎研究は魔法、薬品で応用研究は人体実験、魔法訓練。成果物は求められない。求められるのは飽くなき意欲。どれだけの失敗を繰り返そうとひたすらに打ち込む姿勢があるか否か。足りなければ指導が入り、足りていればなにもない。私たち魔女候補生は生活費と研究費、そして嗜好品費を月初めに渡され、その中でやり繰りするのだが『魔女の大釜』への寄進が大きければ大きいほど仕送りの限度額が増加する仕組みがある。私みたいないわゆる不幸から掬われた――ジルヴァラが言うところの庶民には関係ない話だが、彼女たちにとってはその仕送りによってQOLを高めることが一種のステータスとなる。大金持ちが大金持ちと大金で(しの)ぎを削っている様は正直、私からしてみれば滑稽なのだが彼女たちはそこに拘りが強いので面と向かって馬鹿にでもすれば恐らく殺される。


「改めて私の得意な魔法を整理しよう」

 まず雷。これは師匠が得意な魔法だったからまず最初に覚えた。次に火属性。これは世の中の物体のほとんどは火によって変容するため覚えていて損はないという理由。燃えてしまった物は燃える前の状態には戻らないらしいので属性においても強力なのだそうだ。そして土。魔女は浮遊することができても一般人は重力には抗えない。だから足元を崩すために覚えるべきと言われた。

 下手なのは樹木。私には植物の気持ちが分からないから無理。草花を見て感情が揺れることはあっても、波にまで至らない。私たちは魔法を使う際に魔力、そして感情の波を必要とする。

 たとえば私は雷魔法において『後悔』や『悔やむ』という感情を増幅させて放つ。その感情が私にとって最も波を起こしやすいものだからだ。でも私がそうであるだけで全ての魔女に該当するわけじゃない。師匠は『後悔』の感情は使わずに『歓喜』を雷魔法に当てていた。私とアミューゼは火属性を『怒り』の感情で扱っていたが、あれは偶然の一致だ。だってジルヴァラは『叫び』を当てていたから。でも『怒り』は炎を連想させるため魔女の間では火属性に当てるのが一般的でジルヴァラが異端。

「最適な感情を自分が一番得意な魔法に当てられているか。それだけで威力が変わるって師匠は言っていたっけ」

 魔法研究とは感情と向き合うことだ。最適解を見つけるために心に問い掛ける。人と接することで感情は色付いて、最適解から不正解に変わることだってあるとかなんとか。

「あとは出力……私があんなに魔法がちっぽけで、ジルヴァラやルルルさんが強烈なのは……なんでだろ」

 やっぱり感情表現かな。二人とも感情を体で表現していた。つまり、内側で抑えられないほどに感情を昂らせること。虚しいけど、私にそこまで昂る感情は無いと思う。だったら魔力で補えばいいのかもだけど、それをやっちゃうと継続性という面で不安が残る。感情に限度はないけど魔力に限度はあるから。

「はぁ~あ、才能って言ったって才能にも差があるのか、って感じ。でも、師匠から言われた魔法のルーチンは崩さないでおこう。最近使ってない魔法もあるし」

 反芻した内容を全て研究ノートに書き終えて、ボヤきながらもそれを眺めて二度目の情報の反芻を行う。それで時間があっと言う間に過ぎるわけもなくファルシュが帰ってきたところで中断し、そして彼の提案によって自己鍛錬室を借りて、二人で基礎中の基礎である中距離での立ち回りと近接戦闘が求められる状況からの脱し方を練習した。

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