事後報告
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「結局、私の被害者への分析ってかなり辛辣なだけで役に立ちませんでした……」
当日は後処理に追われ、次の日は偽装の高校生活。ようやっと解放されたのは三日後だった。期日の二日間で淫魔を討伐するには至ったけれど、二日目で帰ることはできなかった。
「物事は色々な面から見なければなりません。そういった意味ではあなたの思考は不要ではありませんでした。その流れで同じ中学からの出身だと至ったのですから。そこの気付きがなければ屋上から飛び降りた男子生徒にまで行き着くことはできなかったでしょう」
「その……男子生徒は?」
「昨日、息を引き取ったそうです。最後は夢心地のような穏やかな表情だったと報告を受けています」
助からないんだな、と世の無常に憂う。
「淫魔及び『氷姫』の報告はあなたのホムンクルスが終えていますが、多少の問答はあると思われます。私はこれから推しの3D歌枠配信を視聴しなければなりませんので、これで」
「ルルルさんの推しってVの者だったんですね」
「ええ、三次元に絶望して二次元に解脱しました。今はメンシとスパチャに喜びを見出しています」
「そのお金は一体どこで?」
「今の最推しに出会う前の推しの時代はお店で働いていました」
「……それは、その、真っ当な?」
「それをあなたにお話するほど私はあなたに心も気も許していませんよ、ミイナ・サオトメ。ただし、私の推しについて言葉を零しても無視せず尋ね返したところは評価します。ああ、質問の答えがまだでした。今は『魔女の大釜』での収入で足りています。馬鹿げた額を投げまくっていた頃の自分は捨てましたので」
でもVの者の配信を見ることは諦められなかったと。
「アミューゼ・ドライトはまだ高校で後始末をしているので、頼みましたよ? 特にこのルルル・ラウドの魔女候補生を鮮やかに守り通した英雄譚を力強く臨場感をもってお伝えください」
ルルルは私にヴィクトリアンメイド型の給仕服でのお辞儀をしてから研究棟へと歩いて行った。
報告は緊張する。特に今まで入ったことのない執務室に入るのだ。これは入り辛かった中学の職員室を思い出す。なにかしら怒られる場所ってイメージがあるんだよな。私の素行が悪かったせいかもしれないけどさ。
執務室のドアをノックし、中から返事があったので開けて入る。執務室という文字通りの空間かと思いきや、たった一人がこの部屋で仕事に明け暮れているわけではなく、あまりにも広い室内で十数名の魔女たちがひたすらに書類に目を通し、そして大変そうに文字を書き連ねている。そしてパソコンと向かい合いながら叩かれるキーボードのタイピング音が木霊している。なんだか本当に職員室っぽいな。でも机と机の間に距離があるから、ちょっと違うかも。
私は居場所なく、しばらくキョロキョロと室内を見渡していたがモルモットが群がってくるので、その勢いに押されて誰も座っていない机の前まで来てしまう。
「ルルル・ラウドから、そして貴様のホムンクルスのファルシュから事前報告は受けている。だから、事後報告を聞かせてもらおうか、ミイナ・サオトメ」
後ろから声が聞こえて、続いて私の横を通ってから椅子に魔女が座る。
「貴様たち魔女候補生を伴った仕事の報告は全て私に通される。以後、委縮しないように名だけ伝えておこう。アイリス・ブレアだ」
アイリスという名前から想像するお淑やかそうな女性像とは真逆の実に威圧感に満ちた鬼教官のような人だ。
「みな、そういう顔をする。貴様も例外ではないようだ」
「す、すみません」
マズい、首を折られる。そんな風に思うくらいには声音が怖い。
「委縮しないようにと言ったはずだ。私は見た目ほど貴様たちに檄を飛ばすわけではない。むしろ、淫魔の討伐後の魔女狩りとの遭遇でよく生き残ったと言いたい」
「ルルルさ――ルルル・ラウド様がバックアップでなければ助かりませんでした」
「本当にルルル・ラウドは適任だったか?」
「はい。『氷姫』とも共感できていました」
「……そうか、ならば選択は間違っていなかったようだ。ルルル・ラウドはちょっと頭のネジが外れているが、あれでも締めた方なのだ。昔はもっと外れていた。四肢を欠損しながら笑っていたからな」
「え……」
「魔女の界隈ではよくあることだ。私たちは死にさえしなければ内臓も骨も生やす薬を知っている。しかしそれらは一般人に使えば逆に内臓を腐敗させ、骨を弱くする。魔力という源がなければ逆の作用が起こる薬だ。だからこそ一般に流通しない」
「だからって自分の腕や足を?」
「ルルル・ラウドはそこに抵抗がなかった。だからネジを占める必要があった。共感できないだろう? そういうものだ。私たち魔女は極端なところまで行き着くと、誰にも共感されなくなる」
だからこそ、とアイリスは続ける。
「私たちは魔女狩りの情報を手にしたとき、事前準備を欠かさない。選ぶ魔女が本当に通用するか否か。複数の会議を同時並行して進めながら結論付ける。ルルル・ラウドが『氷姫』に共感できなかったなら私たちの失態だった」
顔の前で手を組み、肘を机にアイリスは付ける。
「不幸と幸福。どちらかに偏っている者たちを集めなければならない。どうしてそんなことをする? 平々凡々な魔女候補生がいてもいいはずだ。どうしてそうする? その理由は?」
もしかして私に尋ねているんだろうか。だとしたら、試されている。
「魔女狩りに共感できる極端さを欲しているから、ですか?」
「ほう?」
「『氷姫』という魔女狩りを初めて目の当たりにして実感しました。平々凡々では、魔女狩りの極端な感情には共感できません。不幸のどん底、幸福の絶頂。その偏ったところに立っている者たちを掬い上げ、摘まみ上げることで極端な感情に共感できる魔女を育て上げ、対処する……んだと、思います」
「……良い答えだ。しかし、貴様だけがその答えには行き着いていない。ここにいる誰もが、そしてほとんどの魔女候補生が当たり前に気付いていることだ。どうやらその自身のない答え方からすると貴様の師匠はこんな簡単なことも伝えていなかったようだが」
「ええ、はい。あんまり、詳しく教えてはくれなかったので」
「魔法だけか?」
「はい。あとは、気持ち? とかそんな曖昧な」
「眼は?」
「眼?」
「魔力魂は見えるか?」
「え、あ、はい。魔女であろうと魔女狩りであろうと……あ、でも、魔女狩りの魔力魂は露わになるまでは見えなくて」
「そうか……良い眼を持っている。その眼でどれほどの師匠の魔力魂を貫いてきた?」
「一年の間に、えっと、えーっと、多分ですけど365日の半分以上? 300日は言い過ぎですから、240回か250回くらい」
アイリスが「ふふっ」と笑う。こっちも笑えたらいいが下手な笑いが逆鱗に触れかねないので無反応を維持する。
「淫魔は貴様とドライトの長女が討伐。『氷姫』はルルル・ラウドの手によって討伐。これに間違いはないな?」
「はい」
「淫魔のトドメはどちらがした?」
「どちらでもありません。トドメを刺す前に『氷姫』が始末してしまいました」
「おや? それでは討伐という点では齟齬が生じるな」
「あ…………討伐、できていません、か?」
「そう怯えるな。今のは意地悪をしてみただけだ。そういった不測の事態はどこでも起きる。重要なのは魔が死んだか否かだ。貴様たちの活躍なくして淫魔は追い詰められず、『氷姫』が現れることもなかった。であれば追い詰めたことが貴様たちの手柄というわけだ。どちらの魔法がより淫魔に効いた?」
「私が、淫魔が共感した男子生徒の絶望感に共感したので。でも、アミューゼがいなかったら」
「事実を聞きたい」
「私、です。私の魔法が淫魔に一番威力を発揮しました」
「そうか。ならば聞きたいことは以上だ。あとはドライト家の長女のホムンクルスが報告書を仕上げて持ってくるだろう」
退室を促されているのが分かる。
「アミューゼのホムンクルスが女子生徒を炎から守ってくれました」
「……続けたまえ」
「私とアミューゼが炎の魔法を使った際、その身を挺して炎から女子生徒を庇ったんです。あれは私の落ち度です。感情の波を深く考えずに放ってしまったがゆえに、危険が迫ったんです。ファルシュが女子生徒を抱えたのはそのあとです。だから、アミューゼがいなければ私は人を殺していたかもしれません」
「なるほど。だが、こうも言える。アミューゼ・ドライトがいなければそれほどの火にはならなかった」
「であれば、私は淫魔に捕食されていました」
「貴様のホムンクルスが先に到着した」
「でも、そうだとしても『氷姫』の特徴を聞かないままに魔女狩りに挑んでしまって無駄死にしています」
「……面白い。不幸のどん底から拾われた貴様が悠々自適に過ごす幸福側のアミューゼ・ドライトをそこまで推すか。どうしてだ?」
「そんなの、アイリス・ブロワ様が仰った通りですよ。アミューゼは私の推しだからです」
今日の私はちょっとどうかしている。
長い長い沈黙。そしてそれを破るような大笑い。
「そこまで言うのなら仕方がない。アミューゼ・ドライトの功績も貴様と同等と記すとしよう。いやしかし、推しなどと言うか。口から出任せで私の考えを捻じ曲げさせるためにそこまで言うとはな」
「あ、あの」
「分かっている。意地悪が過ぎた。ちゃんと評価させてもらう。だが、あまり友好関係を積極的には築こうとするな。ここはいつ後ろから刺されてもおかしくない狂気の大釜の内部。いつだって目が血走った危ない連中の巣窟だ。とはいえ、積極的にでなければ、そう、消極的であればなにも問題はない。消えてしまいそうな薄っすらとした友好関係は時として貴様を守る導きとなる。知っているか? 創造の世界では魔女はよく悪者にされるが、その逆も少なくない。その世界の魔女は仲間と共に悪を討ちに行くそうだ。なんとも面白い話だと思わないか? 私たちのような自分本位な者たちが仲間を作るなど、な。だが悪を討ちに行くという面は一致している。私たちはいつの時代も悪には寛容ではない。悪魔、魔女狩りには特にな」
本当にこれ以上話すことがないといった圧を感じたので私は執務室を足早に退室した。
深く深く息を吐いて、執務室をちょっと歩いた先の廊下でうずくまる。緊張したし疲れたし、余計なことを言っちゃったなとも思うが後悔しても言ってしまったことが口の中に戻ってくるわけではない。無かったことにはならない。
「ミイナ・サオトメさん? あんたんとこのホムンクルスだがね。随分とボロボロでもう少し元通りになるのに時間が掛かるんだが、なーにをしたらあんな首だけになるんじゃ?」
お婆さんの魔女が私に連絡事項を伝えてくる。この人、どこの方言か分かんないんだよね。なんか色々混ざってる気がするし。
「お手数おかけします」
「ほーんに大切せーよ? ホムンクルスは容姿を担当魔女から外れるようにはするものの、自分から担当魔女を選ぶもんじゃ」
「え?」
「要はホムンクルス側は一目惚れした魔女を選ぶようになっちょるんよ。ホムンクルス側はそれを隠すんじゃーが、もしや魔女の一般常識をあんた、よー知らんのじゃないかと思うてね」
知らなかったし教えてもらうこともなかった。
「ほーんに大切にせーよ? もう少し掛かるがーの、ちゃーんと綺麗にしてあんたんところ返すさかい」
「はい、ありがとうございます」
お婆さんの魔女がそのまま廊下を歩き去った。
♭
《私の弟子を虐めるな~!》
「水晶玉で抗議するな、面倒臭い」
《ちゃんと弟子の成長を見守ってよね、アイリス・ブロワ♪》
「勘弁しろ。私は何十人の魔女候補を管理していると思っている?」
《やれ》
「やらん。むしろ貴様がやれ」
《やだよ~、MGBIになんか行くもんか》
「勝手な名称を付けるな。そもそも、ちゃんと弟子に『魔女の大釜』やその他沢山の魔女の常識について教えてやったのか?」
《んーん、教えてない》
「潰れるぞ?」
《だったらそれだけの才能だったってこと。私はね、まっさらな視点で魔女の世界を見てもらいたいわけ。すっごい辛いだろうしすっごい痛いだろうし一杯苦しいだろうし泣きもすると思う。でも、まっさらなあの子にしかできないことだってある》
「本来交わらない幸福と不幸が交わるか」
《私たちは、いがみ合う形でしか共にいられなかった。集うとしても出自や家柄、そしてプライドの塊たちだけ。虐げられ、苦しめられ、不幸のどん底だった子たちとはそこを出たあとも言葉を交わしてない。どうなったかも、どんな子がいたかも覚えてない。ミイナにはそうなってもらいたくない》
「だったらそれをそう伝えればいいだけのことだ」
《え、だって、師匠の威厳がなくなっちゃう》
「どこにプライド持ってんだ? 貴様のプライドはなんだ? 意味が分からん。そもそも友達が一人もいない貴様に、」
《いたもん! 友達いたもん!》
「黙れ。しかし、新しい風は吹くだろう。犠牲になるか、それとも大成するかはまだまだ見えてはこないが。それより、過去の『百日魔宴』について、まだ報告完了となっていない件だが」
《百日と白日と百合って漢字、似てるよね》
「確かに見間違うがそんなことは聞いていない」
《あー! あー! 電波が! もしもーし、もしも、もしもーし!》
水晶玉から声が聞こえなくなる。
「貴様はどの時代を生きている? そして水晶玉はスマホのように電波で通信して話す道具じゃないぞ」
アイリス・ブロワは自由人過ぎる旧知の友でありながら一切共感することのできなかった――そして今もまだ共感できそうにない魔女に辟易する。
「魔力魂を見ることのできる眼……か。それだけで研究対象となり眼球を穿り出されそうな勢いだが、その一面だけでミイナ・サオトメの評価は高くなる。あとはどれだけあの女が弟子になにを教えたか、だ。魔女の一般常識以外の一体なにを彼女は習得したんだろうな」
そう呟いてからアイリス・ブロワは軽く身震いを覚える。かつての旧知の友の容赦ない雷を身に浴び、一週間ほど生死の境を彷徨った記憶から来るものだ。もしもそれに匹敵する魔法の才を、魔力の使い方を学ばせていたのならば。
ミイナ・サオトメはいずれ魔女を殺してしまうだろう。
《あ! アイリス? 一つ気に掛けておいてほしいんだけど》
「電波はどうなった?」
《それはそれ、これはこれ。私の弟子を魔と戦わせるのはいいけど、誰かと戦わせるのは極力避けて》
「死なせたくないか?」
《うん、弟子と戦う相手がかわいそう》
「どういう心配だ……」
《だって私、そういう教え方をしたから。ま、最近は随分と規制が入って穏やかになったらしいから、アイリス側でなんとかできると思うから頑張ってね♪》
改めて水晶玉での通話が切れる。
「…………面白い」
しかしアイリス・ブロワは一言そう発するだけでなにかしらの対策を講じることもせず、次の書類の束を机の正面に置いて普段の仕事へと戻った。




