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 57話


「ほら、鼻をかみなさい」


 赤茶髪の女児がハンカチをワシの鼻に当てた。


 ワシは思いっきり鼻をかむと、ヒックヒックとしゃくり上げた。


「……あんな横暴が許されるなんてヒドイのじゃ。ヒック」


「ごめんね、あのバカがヒドイことして。

 まさかレイヴァリアちゃんが持ってきてくれたお菓子を、本人から奪ったうえに、手を上げるなんて思わなかったわ。

 ——ほら、痛いの痛いの飛んでいけ!」


 赤茶髪の子がまじないのような言葉とともに、ワシの頭を撫でてくれた。

 とたんに不思議な感覚があった。

 心深く刻まれた傷がフッと軽くなったのだ。

 驚いた。

 ワシは半神の能力で体の傷は完璧に治療できるが、心の傷までは治せないというのに。



「おかげさまで、もう大丈夫なのじゃ。ありがとうなのじゃ」


「ふふ、レイヴァリアちゃんは泣き虫なのね」


「ワシも知らなかったのじゃが、どうやらそうらしいのじゃ。

 ——ところで、お主達の名前を聞いてもいいかの?」


「そっか。自己紹介がまだだったわね。あたしはリリィ。10歳よ。それでこの子が——」


 リリィが、ワシの隣に座る栗色髪の女児を示した。


「アタシはユリ。5歳なの。

 よろしくなの、レイヴァリアちゃん」


「こちらこそよろしくなのじゃ、リリィ殿、ユリ殿」


 ユリはワシと同じ年じゃったか。

 次に、さっきまで泣いていた小さな子が手を挙げた。


「ミリナはミリナだよ! んと、んと……こんだけ!」


 白銀色髪の一番小さな女児——ミリナが指を三本立てた。

 ミリナはワシより早く泣き止んでおり、今ではケロッとしておる。

 たくましい子じゃ。


「そうか、ミリナ殿は三歳なのじゃな。よろしくなのじゃ」


「それで、あの離れた場所にいる子がサリー。11歳よ。

 女の子の中では一番の年長さんね。サリーは誰とも話したがらないの。それでね——」


 リリィが小声になり、ワシに耳打ちをする。


「——ギルはサリーのことが大好きなの。

 だからサリーにだけはヒドイことをしないのよ?」


 なるほど。

 じゃからあの娘の菓子だけ無事じゃったのか。

 じゃが、好きな異性の前で横暴に振る舞うのはどういうことじゃ?

 色恋よりも菓子の誘惑が勝ったということか。


 それにしても、ギルの奴め覚えておれ。

 いつか必ずギャン泣きさせてやるわ。


 ワシが半神らしからぬ黒い感情を抱えておると——


「はい、ミリア。一つあげる」


 なんとリリィ殿が自分のお菓子を一つ取り、ミリアの皿に置いたのじゃった。


「へへっ、これでみんな三つずつね。さぁ食べましょ」


 無償の愛がここにあった。

 まるで女神じゃ。

 いや、本物の女神であるアウレリア殿——あの大雑把そうな性格の御仁が自分のお菓子を他人に与えるだろうか?

 つまりリリィ殿は女神以上の慈愛の持ち主なのではないか?


 ワシへの対応然り。

 ミリアへの対応然り。

 女神とはかくあるべし、と言いたくなるようなお手本のような振る舞いではないか。


 ワシは感動で、またしても泣いてしまうところじゃったが気合で耐えた。


 恐るべし、リリィ殿。


 女神アウレリア殿よ、見ておるか?

 こういう子にこそ祝福を与えるべきではないか?


 ワシなんかよりな。


 ワシはうぬぼれておった。

 普通の子供など、半神の力を使わずとも簡単に籠絡できると。


 なんという愚か者なのじゃ、ワシは。


『対等な力関係』が、まさかワシが未熟故に成り立たないとはな。


「レイヴァリアちゃん、どうしたの? 

 なんか5歳の女の子らしからぬ難しい顔してるよ?」


「……己の未熟さを反省しておるのじゃよ、ミリア殿」


「ミリアドノじゃなくて、お姉ちゃんって呼んで欲しいな。

 小さな子はみんなそう呼ぶの」


 おお、これはあれじゃな。

 ヴィオラの言っておった『年上の子が言うことは、基本的に絶対服従すること』じゃな。

 少し照れくさいが、ルールなのじゃから仕方あるまい。

 ワシはコホンと咳払いをして、言った。


「了解なのじゃ。リリィお姉ちゃん。

 その、できればワシのこともみんなと同じように呼び捨てで呼んでほしいのじゃ」


「ふふっ、わかったわ、レイヴァリア」


 リリィお姉ちゃんがワシの頭を優しく撫でてくれた。

 ワシはヴィオラとクラリス院長のことを思い出した、

 ヴィオラはクラリス院長のことを『クラリス姉さん』と呼んでおったな。

 姉妹か――実にいいものじゃな。


 はからずとも、友達の条件である『対等な関係』が崩れてしまったが、ワシはなんともいえない温かい気持ちになった。


「ねぇ、レイヴァリア。

 あなたヴィオラさんとすごく親しそうだったけど、どういう関係なの?」


 リリィお姉ちゃんが、キラキラした目で訊いてきた。


「……それ、アタシも気になってたなの。

 あのヴィオラさんがニコニコ顔で頭を撫でてたなの」


 ユリも便乗した。

 ミリナはというと、ごきげんな様子でお菓子を大事そうに食べている。


 どうやら子供たちにとって、ヴィオラは憧れや尊敬の対象らしい。

『あいつはワシの弟子でのぅ。修行の度にボッコボコにしておるわ。カカカ』と本当のことはいわないほうがよいじゃろう。

 ヴィオラの名誉のためにも、ワシの友達作りのためにもな。


「ヴィオラとは、ちょっとした知り合いなのじゃ」


 と、ワシは無難に答えておいた。


 それから、ワシとリリィお姉ちゃんとユリの三人は『スノーレギンス』の話題で大いに盛り上がった。

 ヴィオラ達『スノーレギンス』の活躍を『人から聞いた話なのじゃが』という前置きをつけつつ多少の脚色を交え、面白おかしく話すと、二人は「それで?それで?」と食い気味に夢中になっておった。

 イースティア村のフレイムゴーレム討伐の話などは、とくに好評じゃった。

 ヴィオラたちの株がグンと上昇したに違いない。

 ワシのお陰じゃな。

 カカ。


 まだ三歳のミリナは話が理解できないようすじゃったが、ニコニコとワシらの話を聞いておった。



 まさか自分たちの話題で盛り上がっているとは知らないであろう弟子達は、

 これから新しいクエストを受ける予定じゃな。

 まぁ、アビーがこっそりついていっておるし、問題はなかろう。


 ちなみに、その後の昼食で、菓子を食べすぎであろうギルが大量に飯を残し、クラリス院長からこっ酷く叱られて、ギャン泣きしておった。


 カカ。

 ざまぁ。

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