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55話
「クラリス姉さん!」
孤児院の扉を開けると、ヴィオラが駆け出し、そこにいた女性に抱きついた。
「元気だった? クラリス姉さん」
「ふふ。おととい会ったばかりでしょ、ヴィオラ。
——それで、その子が例の?」
ワシのことは『ヴィオラ達の知り合いから世話を頼まれている訳アリの子供』と説明しておるそうじゃ。
まぁギリギリ嘘ではない。
ワシを派遣した女神殿は、この世界ぜんいんの知り合いみたいなものじゃからな。
「そう。この子がレイヴァリアさ……レイヴァリアちゃんよ」
「聞いていた通り、すっごくキレイな子ね」
クラリスと呼ばれた女性が、驚いた風にワシを見る。
耳が出るほど短い髪に、穏やかな光の青い瞳。
まるで男性のように短くした髪は、己を着飾ることより子供たちを優先している証であろう。
このこと一つとっても、立派な御仁じゃとわかる。
クラリス殿はワシに近づくと、スカートの裾を少し広げ、品のある礼をした。
「はじめまして、レイヴァリアちゃん。わたしはクラリス。クラリス・エイスター。この孤児院『ピクシーの家』の院長よ」
「ご丁寧にどうもなのじゃ。ワシはレイヴァリアじゃ」
エイスター?
ヴィオラと同じ家名じゃな。
「クラリス姉さんと私は義姉妹なの。ね、クラリス姉さん?」
「姉さんはやめてっていってるでしょ。わたしの方がすこしだけ早く生まれたってだけなんだから」
「それでも姉さんは姉さんだわ」
クラリス殿を見つめるヴィオラの目は、愛情に溢れておった。
ふたりには、なにやら事情があるようじゃが、お互いに心の底から慕っておるのがわかる。
姉妹か……。
なんともうらやましい関係じゃな。
「もう、しょうがない子ね。——それで、わたしはなにをすればいいの?」
「この子は少し変わってるせいか、友達が一人もいなくて、絶賛ボッチ中なの。
だからここの子たちと仲良くできたらいいなと思って。
お願いできる、クラリス姉さん?」
おい、言い方よ。
見ろ。
クラリス殿が可愛そうな目でワシを見ておるではないか。
「それはいいんだけど、ウチには乱暴な子もいるのよ。
こんなに小さくて可愛い子だと絶対に目をつけられちゃうわ。
もちろんわたしも気にかけておくけど、ずっと見てるわけにもいかないし。
もしなにかあったら責任が取れないわ」
クラリス殿の言葉に、ヴィオラが何故か胸を張って答えた。
「その点は笑っちゃうくらい大丈夫だから安心して頂戴。
こう見えて、この子ってば驚くほど頑丈なの。
体が大きいだけの子が、どんなに殴ろうが、蹴ろうが、斬りかかろうが、どこ吹く風よ。
気兼ねなく子供たちの中に放り込んで放置してちょうだい。
もし万が一、なにかしらの天変地異のような奇跡が起きてかすり傷を負ったとしても、クラリス姉さんを責める人は誰もいないわ。
そうでしょ? レイヴァリアちゃん?」
「うむ。どんな子供でも、どんとこいなのじゃ」
それにしても、なんという紹介の仕方じゃ。
まぁ間違ってはおらぬが。
おっと。
ヴィオラが目配せをしておるな。
ワシは昨日の打ち合わせ通り、手に持った袋を差し出した。
「お世話になるお礼に、どうぞなのじゃ」
「あら、ご丁寧にどうも。中身はなにかしら?」
「『こぐまベーカリー』の焼き菓子なのじゃ」
「え? 『こぐまベーカリー』って、あの貴族御用達の高級菓子店でしょ?
そんな高価なもの頂けないわよ!」
そこですかさずヴィオラのフォローが入る。
「大丈夫よ。この子は『こぐまベーカリー』の店長さんに可愛がられてて、そのお菓子は店長さんのご好意なの。だから安心して受け取ってね」
うむ。
予定通りの台詞じゃな。
ちなみに、ワシが『こぐまベーカリー』で働いておることは伏せることした。
子供たちと『対等な関係』になるのに支障があるかもしれんからな。
クラリス殿がワシを見たので、ヴィオラの言う通りだとワシは頷いた。
「そうなの? そういうことなら遠慮なく頂くわ。
ありがとうね、レイヴァリアちゃん。みんな大喜びするわ」
よしよし。
これでワシへの好印象は確定なのじゃ。
「それじゃ後はお願いするわ。頑張ってね、レイヴァリアちゃん」
ヴィオラがドサクサに紛れてワシの頭を撫でると、ワシへウインクをして去っていった。
あとはワシ次第というわけじゃな。
感謝するぞ、ヴィオラ。
それにしても、ヴィオラの頼もしかったことよ。
まるで立派な大人のように見えたわ。
修行のときは、泣きわめいたり、不平不満を言ったり、逃げようとしたり、いろいろと残念な娘じゃからな。
クラリス殿がワシの手を取り、歩き出す。
「いらっしゃい、レイヴァリアちゃん。みんなに紹介するわ」
さぁ、ここからが本番じゃ。
見ておれ、まだ見ぬ子供たちよ。
全員、我が友達にしてくれようぞ。
カカ。




