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 53話


 萌陽月の24日、第四木巡の日。


 ワシはいつものように焼き菓子屋『こぐまベーカリー』で店番をしておった。


「マスター。ねぇマスターってば」


 なにやらニャーニャーうるさいが、この猫と友達でもなんでもないワシは無視をした。


「ねぇマスターってば」


 そのときチリンチリンとドアについた鈴が鳴り、客が入ってきた。


 おっ?

 常連のリオネル殿じゃ。

 この御仁ならば、もしかしてもしかするかもしれぬ。


 ワシはコホンと咳払いをして、とびっきり可愛い声を出した。


「いらっしゃいませなのじゃぁん♪ リオネル殿ぉん~♪」


「ぎょぎょ! ど、どうしたのだ、黄昏の姫君よ。そんな甘ったるい声を出して?」


「別にいつも通りなのじゃぁん♪ 今日は何を買うのじゃぁん♪」


「そんなことより、なにやら『漆黒の君』が鳴いているのだが?」


「気のせいなのじゃぁん♪

 この猫畜生とは友達でもなんでもないので、無視しても問題ないのじゃぁん♪」


「そ、そうなのか。

 ま、まぁ仲良くやりたまえ」


「嫌じゃがぁん♪ ところでリオネル殿ぉん♪

 コホン。——わ、ワシとリオネル殿は、その、ととと友達じゃろうか?」


「む? 急に真面目トーンでなにを言うかと思えば、僕と黄昏の姫君が友達か、とな?

 ハハハ、そんな恐れ多いこと、とてもとても。

 僕と君との関係は、あえていうなら囚われの姫君と、姫を密かに応援する哀れな騎士といったところかな。

 ——きょうは「リンゴとハチミツのふわふわパン」をいただこう」


「……2400ZLじゃ。

 毎度ありなのじゃ」


 リオネル殿が店から出ていくと、ワシは深い深い絶望のため息を吐いた。


「はぁぁぁぁ」


「マスター。なんすか今の妙な猫なで声は?

 マスターみたいなお子様から発情期の猫みたいな声を聞くのって正直きついっす」


「うるさいのじゃ!

 ワシに文句ばかりいいおって!

 友達でもないくせに!」


「神様のノルマを達成するため、って態度があからさまで鼻につくんすよ。

 そんなんで友達とか言われても全然心に響かないっていうか。営業的っていうか。

 それとも嘘をついて友達面したほうがよかったっすか?」


「……嘘で友達になってもらっても嬉しくないのじゃ……そうか。そうじゃな。すまん、アビーよ。

 ワシはお主に八つ当たりをしておったようじゃ」


「わかってもらえればいいんすよ。

 それにしてもまさかマスターに友達がひとりもいないとは思わなかったっす」


「ぐっ……。はっきり言葉にするでない。

 その事実はワシの心を抉るのじゃ」


 そうなのじゃ。

 ワシは知り合いに会うたびに「ワシと貴殿は友達じゃろうか?」と訊いてまわったのじゃった。

 結果は全滅。


 宿屋『猫の尻尾亭』では——


『あたしとレイヴァリアが友達かって?

 バカ言ってないで顔を洗ってきな』とナズナ殿。


『友達? あたしとレイヴァちゃんが?

 うーん。友達っていうか従姉妹って感じ?』とトワ殿。


『友達かって? ふっ。俺とお前はもう家族だろ?

 それよりさらなる調整を重ねたかぼちゃパイを作ったんだ。

 ぜひ感想を……』とゴウ殿。


 焼き菓子屋『こぐまベーカリー』では——


『友達? それは……ごめんなさい。

 働いてくれている人とは友達みたいな関係にならないようにしてるの。

 なぁなぁになっちゃったら、お互いやりづらいでしょ?』と店長のクマノ殿。


『ともだちってなぁに?

 そんなことよりあびーちゃん、ちょうだい!』とモモ殿。


 同僚のオルドン殿、ミエル殿にも訊いたのじゃが、鼻で笑われてしもうた。


 ここまではよい。

 一応こうなることは想定しておった。

 問題は『スノーレギンス』の連中じゃ。


 ヴィオラ曰く。


『私とレイヴァリア様が友達かって?

 ……ねぇ。あなたにとって友達って、お腹を蹴って20メルもぶっ飛ばす相手のことを言うのかしら?』


 イリス曰く。


『友達? マジで言ってんの? マジウケる。

 ウチ的には友達なんて軽いくくりで語ってほしくないって感じ?』


 セレーヌ曰く。


『わ、わたしとレイちゃん様が友達?

 うーん。友達……ではないと思うんだけどなぁ。

 もっと深い関係というか、なんというか……』


 リリエット曰く。


『は? レイヴァリア師匠とわたくしごときが友達かですって?

 誰ですの、そんな神をも恐れぬ戯言を抜かした不心得者は!?

 わたくしが全魔力を込めてぶっ殺してさしあげますわ!』



 などと言われたのじゃ。

 正直凹んだ。

 あのクズの中のクズであるロギスという男ですら、友達がいたというのに、ワシときたら……。


「そんなボッチなマスター

 ——ボッチマスターに耳寄りな情報があるんす」


「む? そんな情報があるならさっさと教えぬか。

 あとボッチマスター呼びは腹が立つので止めるのじゃ」


「さっさと教えろってマスターがそれ言うっすか?

 教えようにも、マスターがずっと無視してたんじゃないっすか」


「くっ。それについては謝るのじゃ。

 で、その情報とは? 早く教えるのじゃ。早く早く早く早く」


「めっちゃ必死っすね。

 ヤーゴさんから聞いたんすけど、友達ってのは対等な力関係だと成立しやすいそうっすよ?」


 ヤーゴ殿とは、この地域を支配するボス猫で、大ボス猫であるアビーの秘書のような立場の御仁である。

 そんな人付き合い、じゃなくて『猫付き合い』の達人のような方のアドバイスなら、信憑性がありそうじゃ。それにしても——


「対等な力関係とな?」


「宿の人達も、この『こぐまベーカリー』の人達も、『スノーレギンス』の人達も、マスターとはなにかしらしがらみがあるっすよね?」


「言われてみれば……」


 宿屋の三人はワシの恩人であるし、『こぐまベーカリー』クマノ店長とは雇い雇われの関係じゃ。

『スノーレギンス』の四人に至っては、師匠と弟子という明確な上下関係が出来上がっておる。


 つまり、これまでの人達とは友達になる土台が最初からなかったわけじゃ。

 つまり、問題はワシじゃないのじゃ。

 つまり、ワシ悪くない。


「カカカ!そうか!

 そういうわけじゃったか!」


 ワシ完全復活。


「ところで対等関係な人間とは、どこにおるのじゃ? どこへ行けば会えるのじゃ?」


「それは……」


 そのときチリンチリンと客が入ってきた、と思ったら、その人物は——


「あの、レイヴァリア様……」


 ひょこっと首から上だけ見せたのは『スノーレギンス』のリーダーであり、我が愛弟子であるヴィオラじゃった。


「おお、よく来たのう。ヴィオラよ。

 で、なんの用なのじゃ?」


「あれ? 怒ってないの?

 昨日友達かどうとかって話の後、口を聞いてくれなくなったじゃない」


「それについては謝るのじゃ。ほれ、入ってくるがよい。

 ワシも、ワシの師匠じゃったゴミクズから『お前とワシって友達じゃよな?』なんて言われようものならキレ散らかしておるわ」


「そ、そう。よかったわ。わけ解んないことでケンカしたくないもの。

 それでみんなで話し合ったんだけど、レイヴァリア様に提案があるの」


「ふむ。提案とな?」


「昨日の話からすると、友達のいないレイヴァリア様は友達が欲しいって話よね?」


「う、うむ。恥ずかしながら」


「レイヴァリア様はまだ5歳なんだから別に恥ずかしいことじゃないわよ。

 それでね、友だち作りにちょうどいい場所があるの。

 よかったら、私と一緒に行ってみない?」

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