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 50話


 萌陽月の22日、第四月巡の日。


 ファルトンは腕利きの荒事師を3人雇った。


 金はかかったが、仕方なかった。


 ロギスから紹介された伝手を頼ったのは痛いが、裏稼業の知り合いなどいないファルトンに選択肢はない。

 おそらく、ファルトンの行動はロギスに筒抜けだろう。


 ファルトンは、昨日、『ブラッドハウンド』のパーティーハウスで、ガルヴァンから言われたことを思い出す。


「俺達『ブラッドハウンド』と『スノーレギンス』の決闘は来月の4日だ。

 俺達がAランクに返り咲く為には、絶対に負けられねぇ。絶対にだ。

 わかるな?ロギス、ファルトン。

 これが『ブラッドハウンド』の入団試験だ。

 なにをやるかは、お前たちで考えろ。

 なにがいいたいか、わかるよな?

 ただし、やり過ぎるなよ?

 この件に関して俺達はなにも言ってねぇし、なにも聞いてねぇ。

 すべてお前たちが勝手にやることだ」


 つまりそういうことだ。


「どっちが選ばれても恨みっこなしだからな。お互い頑張ろうぜ。ヒヒヒ」


 ロギスはそう言って、別行動を取ることになった。

 あのクズがどんな卑怯な手を選ぶか見当もつかない。


 ——俺は俺でやれることをやるだけだ。



 ‡


 萌陽月の23日、第四火巡の日。


 ——おかしい。


 雇った荒事師からの報告がない。

 正確には、荒事師の連絡係からの報告がないのだ。


 人に言いづらい仕事を頼むときは、連絡係を通すのが普通だ。

 実行役と面識を持たないことは常識であり、面識を持たないことが双方の自己防衛になる。


 その連絡係がやってこない。


 約束の時間はとっくに過ぎている。



 ——まさか失敗したのか?

 いや。

 それは考え難い。


 ファルトンが頼んだのは簡単な仕事だ。

 まず、一人が真夜中に『スノーレギンス』のパーティーハウスへ行き、彼女らが寝静まったのを見計らい、窓に石を投げる。

 次に、出てきた『スノーレギンス』のメンバーの手か足を毒矢で射る。

 これだけだ。


 もし毒矢が防がれたり、外したりしたら、逃げてもいいと言ってある。

 なのに、なぜ報告に来ない?


 ちなみに矢に塗られた毒は、命を奪うものではなく、数週間体調が少し崩れる程度の軽いものだ。

 目的は『ブラッドハウンド』との試合で『スノーレギンス』が負けることであって、殺す必要はないからだ。


 ——俺はロギスとは違う。


 罪のない人の命を奪うのは、もうごめんだった。

 あんな思いは二度としたくない。


 ——まぁロギスなら簡単に一線を越えるだろうがな。


 そこがロギス最大の強みだ。

 悪事にまったく躊躇がない。

 少しでも自分に利があると思えば、ためらうことなく行動する。


 ——今の状況ならロギスは……。


 ここでファルトンはあることに気づいた。

 気がつけばファルトンは『ロギスならどうするだろうか?』と考えていたのだ。

 寒気がした。

 ブンブンと頭を振って、自分に言い聞かせる。


 ——俺はあいつとは違う。あいつとは違うんだ……。


 悶々としながら、ファルトンは報告を待った。


 コンコン。


 扉がノックされた。

 やっと来たか。


 急いでドアを開けると——


「よっ、邪魔するぜ?」


 ズケズケと部屋に入ってきたのはロギスだった。


「なにしに来やがった。お前とは別行動のはずだ」


 ファルトンを無視して、ロギスは空いているグラスに酒を注ぐと、気怠げに椅子へ座った。


「お前がなにを焦ってるか当ててやろう。——連絡係が来ないから、だろ?」


 心臓が跳ね上がる。

 まるで心を読まれているようだった。


「どうして……」


「やつは来ないぜ? 実行役の三人と一緒に、仲良く治療院送りだ」


「は? まさか『スノーレギンス』と直接やり合ったのか!?」


「いいや。『スノーレギンス』は、襲われかけたことに気がついてすらいない」


「襲われかけたことに気がついていない?——どういう意味だ?」


「言葉の通りさ。荒事師の三人はお前の指示通り、まずは窓に石を投げようとしたそうだ。

 覚えてるのはそこまでだとよ」


「……なにを言ってる?」


「だから言葉通りなんだよ。気がつくと治療院で寝てたんだとよ。

 全員が両手両足を折られてな。

 しかも、なぜか連絡係の男も同じようにやられてたってわけだ」


「誰だ! 誰にやられたんだ!?」


「話を聞いてたのか? 

 気がつくと治療院のベッドだって言ったろ?」


「なんだよ、それ……」


「ヒヒ、誰にやられたのか、オレには見当がついてるけどな?」


「誰だ! 教えてくれ!」


 ロギスの肩を掴むファルトンの手を外し、ロギスが無言で手を出した。

 ファルトンは舌打ちをして、金貨をロギスの手に乗せた。


「ヒヒ、毎度あり。

 おそらくだがやったのは騎士団の連中だ。現場にいなかった連絡係までやっちまうなんて、『スノーレギンス』は、よほど騎士団長エルミナ・フェルスターに気に入られてるんだな」


 なるほど、とファルトンは思った。

 たしかにそう考えると辻褄が合う。


 騎士団の猛者なら裏社会の荒事師ごとき相手にもならない。

 連絡係の男も、以前からマークされていたのだろう。

 くそっ。

 あの忌々しい騎士団長め。

 

「ってわけで、オレは別方向から攻めてみる」


 ロギスがグラスの酒を飲み干した。


「悪いが勝負は貰ったぜ。——じゃあな」


「ちょっと待ってくれ!」


 帰ろうとするロギスの肩を掴んだ。


「教えてくれ、お前の計画を!」


「おいおい、今のオレ達は敵同士だぜ? 

 簡単に教えるとでも——」


「頼む!」


 ファルトンは手持ちの金貨4枚をロギスに握らせた。


「……まぁいいか。教えてもどうせ、お前には真似できないからな。——『スノーレギンス』には可愛がっているガキがいるんだ。そいつを攫って……続きを聞きたいか?」


 ファルトンは頷く。

 ここまで来て、聞かないわけにはいかない。


「試合の当日にガキの指が入った手紙を渡すのさ。『ガキの命が惜しければ……』ってな。まぁよくある陳腐なやり方さ。——じゃあな」


 まるでちょっと果物を摘んでくるって感じで言い放つと、ロギスは出ていった。


 ファルトンは呆然と立ち尽くす。


 ロギスはやるだろう。

 相手が子供だろうと躊躇しないはずだ。


 完敗だった。

 実に狡猾で、効果的なやり方だ。

 ロギスの言う通り、攫った子供の指を切り落とすなんて、ファルトンには無理だった。

 ファルトンにできるのは、せいぜい子供を攫うくらいだ。


 だがダメだ。

 それではダメなんだ。


 切り取った指を送ることで初めて最後の手紙の脅しが効くからだ。

『こいつはヤバい』と思わせないと、手紙の効果は半減するだろう。


 悲しいことに、ロギスと長く付き合ったおかげで、そのことが理解できてしまう。


 とことん非道になる覚悟。


 ファルトンにかけているものは、それだった。


 ——Aランクになる為だったら、俺だってガキの指の一本や二本……。


 いまさら覚悟を決めても、もう遅い。

 ロギスは今夜にもレイヴァリアを誘拐するはずだ。


 そして、ロギスの狙い通り『スノーレギンス』は試合に負けるだろう。

 つまり『ブラッドハウンド』に入るのはロギスだ。


 ファルトンはガリガリと頭を掻きむしった。


 どうしてレイヴァリアの誘拐を思いつかなかったんだ。

 どうして指を切り落とす覚悟ができなかったんだ。


 ——今の俺なら……。


 ファルトンの脳裏に、勝ち誇ったロギスの顔が浮かんでは消える。


 ロギスの顔なんて二度と見たくない——ファルトンはそう思った。


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