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45話
「ヘクチッ!!」
くしゃみをして、スンと鼻をすすると、ワシは、はて?と首を傾げた。
半神であるワシは、あらゆる病に抵抗力を持っておる。
つまり、風邪を引くことなどありえんのじゃ。
ならば、このくしゃみは、なんらかの予兆と言うべきか。
どこかのクズがワシのことを無視したり、ないがしろにしたりしている気がするが。
まぁどうでもよいか。
襲ってくるならいつでも相手になってやろう。
ザッザッザ。
ワシは慣れた手つきで宿屋『猫の尻尾亭』前を、ほうきで掃いていく。
まとまった金を手にしたのに、どうして宿の掃除をしておるのか?
それは、未だワシが居候だからじゃ。
結果から言うと、女将様は金を受け取ってくれなかった。
なぜ受け取ってくれないのかは、耳を赤くして教えてくれなかった。
ワシも、それ以上聞かなかった。
だって照れくさいじゃろ?お互いに。
つまりそういうことじゃ。
じゃから、こうして掃除をしておる。
相棒の姿はどこにもない。
「アビーの奴め。どこへ行きおった」
最近になって、アビーはワシと別行動をすることが多くなった。
別にいいのじゃが、気にはなる。
ワシが働いているときに、アビーが遊び呆けていると思うと、腹も立つ。
チリトリに集めたゴミを持って、店裏へ移動し、ゴミ箱へ入れておると、アビーが帰ってきた。
「ただいまっす」
「主が働いておるというのに、お主はどこへ行っておった……ん?」
「にゃー」
アビーの後ろで、見慣れぬ白い猫が鳴いておった。
怪我をしているのか、白猫は少し足を引きずっておる。
「マスター、紹介するっす。ヤーゴさんっす」
「にゃー」
白猫ヤーゴ殿が、ペコリと頭を下げた。
「これはこれはご丁寧に。ワシはレイヴァリアじゃ」
「にゃんにゃん」
「ヤーゴさんはここら一帯のボス猫なんすよ。
新入りはボスに挨拶するのが普通らしいんすけど、それを知らずに散歩してた自分がヤーゴさんとケンカになっちゃって、今では仲良しってわけっす」
「む?挨拶を忘れておったのか。
それはいかんなアビーよ。郷に入りては、じゃぞ?
ヤーゴ殿、ワシの相方が粗相をして申し訳ないのじゃ。
お詫びと言ってはなんじゃが——《再生》」
ワシが上級治癒魔法をかけると、ヤーゴ殿の怪我病気体調不良は完全回復した。
「よかったっすね、ヤーゴさん」
「にゃにゃん!!」
ゴロゴロと喉を鳴らし、ワシの足に頭を擦り付けた。
撫でるのは失礼じゃろうか、と思いつつも、我慢できずに撫で回してやった。
むむ。
かわいいではないか、ヤーゴ殿。
これがボスの風格なのか。
「もしや、ヤーゴ殿の怪我はアビーとのケンカで?」
そうならば、アビーを叱らねばなるまい。
神器であるアビーが地元猫に怪我を負わせるなど、あってはならんことじゃ。
「違うっすよ。自分とケンカしたのはだいぶ前っす。
ヤーゴさんの怪我は他のボス猫との縄張り争いで、いわゆる名誉の負傷ってやつっすよ。
ついでに言うと、自分も助っ人で参加したんすけどね。
あ、当然っすけど、相手に怪我なんてさせてないっすから」
なるほど。
最近アビーの別行動が多かったのは、そういった理由じゃったか。
なかなか猫ライフをエンジョイしておるではないか。
神器のくせに。
「それで、どうしてヤーゴ殿をここへ?
ワシに友達を紹介に来たのか?」
「それもあるっすけど、報告というか、相談というか、お願いというか……」
「はっきり申すが良い」
「じゃあはっきり言うっすけど、お金が欲しいんす」
「金じゃと? 別に構わんが、なにに使うのじゃ?」
「実は……」
‡
「では、ナズナ殿、トワ殿、ゴウ殿、おやすみなのじゃ」
宿屋の三人に挨拶をすませ、居候のワシは二階へ上がった。
アビーの姿はない。
ワシはベッドに座り、アビーの話を思い出す。
「まさか、アビーがのう……」
ワシはアビーの望み通り、金を渡した。
鉱山クエストで得た泡銭の半分、100万ZLじゃ。
よく考えると、アビーはワシの相棒なのじゃから、最初から報酬を渡すべきだったのじゃ。
神器であるアビーには物欲がないと、勝手に思い込んでおったわ。
100万ZLあれば、アビーの目的は叶うじゃろう。
アビーの目的?
それは――。
『何千という部下にごちそうを振る舞う』
これが金を要求した理由じゃ。
意味がわからんじゃろう?
ワシもわからんかった。
まぁ詳しく話を聞いて納得したがな。
なんと驚いたことに、この度アビーは、この大都市ルクセルティアに住む全ての猫の頂点に君臨したのだそうじゃ。
ヤーゴ殿はアビー直属の部下となった。
今日は、ボスであるアビーの、さらに上のボスのワシへ挨拶に来たというわけじゃな。
これも猫界隈のルールなのじゃろうか。
なんとも義理堅いことじゃ。
そして今夜、アビーのボス就任式が行われておる。
ワシも手伝うと言ったのじゃが、集会に人間を連れてくるのは猫界隈のタブーらしく、ワシは泣く泣く諦めたのじゃった。
猫の大集会か……いつか行ってみたいものじゃ。
そもそも、猫だけで買い物ができるのじゃろうか?
アビーが金貨を咥え、必死に買い物をする姿を想像すると、笑えるやら、可愛いやらじゃな。
カカカ。
まったくこの世界は退屈する暇がないわい。
集会と言えば、思い出すのは『イースティア村』のお祭りじゃな。
聖女に祭り上げられたシスター・ルシェルは元気にしておるじゃろうか?
ワシはあのときのこと——シスター・ルシェルに《再生》の能力を与えたときのことを思い浮かべた。
能力の授与は、ワシが勝手にやったことではない。
女神殿からお願いされておったのじゃ。
『もし、あなたが『資格のある者』を見つけ、あなたが『能力』を与えるべきだと判断したときは、どうかその者に祝福を与えてください』
女神アウレリア殿から、このように言われておったのじゃ。
シスター・ルシェルに会った瞬間、ワシは彼女が資格を有する者であることに気づいた。
すぐに能力を与えることも考えたのじゃが、どうせならばと元村長の追放に利用させてもらった、というわけじゃな。
ワシが半神となり、この世界に来て50日。
今のところ『資格のある者』はシスター・ルシェルただ一人じゃ。
探せばもっと見つかるかもしれんが、女神殿に『無理して見つけようとする必要はありません。というか、止めてください。マジで』と言われておる。
然るべきときに、然るべきタイミングで、然るべき人物に出会う運命なのだそうじゃ。
半神であるワシが自発的に動くと大幅に運命が狂うらしい。
なので女神殿は必死に止めたのじゃろう。
ということは、ワシはまたいつか『資格を有するもの』に会うということじゃろうか?
シスター・ルシェルと出会ったのも運命だったのじゃろうか?
まぁよい。
なるようになるじゃろ。
ワシは魔導ランプを消して、ベッドに潜り込むと、一瞬で眠りについた。




