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43話
冒険者ギルド素材買い取り部門職員、フィオルナ・アイゼンベルクは満足げに微笑んだ。
手にした紙には『落札価格2100万ZL』の文字。
彼女が丁寧に処理した『グロームベア』の素材が、想定より高く売れたのだ。
できるだけ外皮を傷つけずに、肉や内臓、魔石、そして骨を取り出すのは骨が折れた。
時間はかかったが、仕事は完璧だった。
出来上がったのは、傷一つ見当たらない『グロームベア』の剥製だった。
グロームベアの外皮は固く、その毛皮は剣も魔法も跳ね返す。
故に、倒すには、物量で毛皮を削り、そこを叩くしかない。
つまり『傷一つないグロームベア』を手に入れることは不可能とされていたのだ。
今回出品されたのは『奇跡の一品』というわけだ。
貴族たちが、こぞって入札するのも当然だろう。
落札者の情報は秘匿されているが、噂ではどこかの公爵らしい。
屋敷に飾るにせよ、王族へ献上するにせよ、2100万ZL以上の価値はあるはずだ。
「さて、セレナっちに報告しなきゃね」
セレナ——素材の所有権を持つ10歳の少女だ。
2100万ZLで売れたと知ったら、あの純朴な少女はどんな顔をするだろうか?
金貨にして210枚。
安全面から考えても、10歳の少女が2100万ZLもの大金を持って帰るわけはない。
なので結局は、彼女の口座に振り込むだけになるだろうが。
フォオルナが机に座り、セレナ宛の手紙を書き始めると——。
「「「「きゃぁっ!」」」」
突然聞こえた複数名の悲鳴。
「な、なに!?」
フィオルナが立ち上がると、光とともに、解体場所に人が現れた。
ボロボロの服に、泥だらけの顔。
よくみると、それは『スノーレギンス』の4人だった。
「い、生きてる! 私、生きてるわ!」
「か、帰ってきた! 帰ってこれたし! うわぁぁぁぁん!」
「デスワーム怖い、デスワーム怖い……ブツブツ」
「ま、魔力切れで一歩も動けませんわ……。いっそ殺してくださるかしら?」
元気が取り柄の彼女たちが、一様に絶望の表情を貼り付けている。
いったい、彼女たちになにが……。
「カカカ。今日教えたことを繰り返し自主訓練するのじゃぞ?
怠ればどうなるか……分かっておるな?」
悪鬼のように無慈悲な笑みを浮かべ、スノーレギンス達を見下ろすのは、レイヴァリアという少女だった。
少女の言葉に、スノーレギンスの面々は震えながら抱き合って、何度も大きく頷いた。
「レイっち? どういう状況なの、これ?」
「おお、ひさしぶりじゃな、フォオルナ殿。
例の鉱山クエスト完了の報告に来たのじゃ。
ホレ——《無限収納》」
スノーレギンス達の頭上に巨大な岩が現れた。
「「「「ひぃっ!」」」」
ズーンッ!!
岩の塊がスノーレギンスの元いた場所に落下して土埃が舞う。
「これが証拠じゃ」
フィオルナが絶句していると——。
「なななな、なんてことすんのよ! 私達を殺す気!?」
ギリギリで岩を躱したヴィオラが少女に噛みついた。
「カカカ。文句はあの世で言うがよい」
よく見ると、他の三人も逃げおおせたらしい。
「死んだあとで、どうやって文句言うのよ!」
「こ、ここでも安心できないし!」
「ぎ、ギリギリ間に合った……。大丈夫?リリエットちゃん」
「ふぅ。お陰で助かりましたわ、セレーヌさん。今のところは、ですが……」
4人の様子を見て、レイヴァリアは「カカカッ!」と大爆笑していた。
現れた岩は、確かに『フレイムゴーレム』の頭部だった。
こんな確たる証拠があれば、討伐を疑うものはいないだろう。
だが、とフィオルナは考えた。
——ここから往復で6日かかるイースティア村に行って、どうやって3日で戻ってきたの?
——フレイムゴーレムの頭に空いてる穴は向こうへ貫通してるけど、どうやったの?
——『スノーレギンス』の4人がボロボロなのに、どうしてレイヴァリアはキレイな顔で爆笑してるの?
次々に疑問が浮かんでくるが、フィオルナはすぐに考えるのを止めた。
なぜなら、眼の前の少女レイヴァリアは『普通』ではないのだから。




