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 42話



「ありがとう『スノーレギンス』!」

「ありがとう! ありがとう!」

「この恩は一生忘れません!」


 大勢の村人に見送られ、ワシ達は村を出た。

 ちなみにシスター・ルシェル、ゴルム殿、新村長のユーグ殿はいない。

 聖女様と話題になっておるシスター・ルシェルが現れると混乱が起こるので、別の場所でお別れを済ませてある。

 シスター・ルシェルがワシについてこようとするのを止めるのは大変じゃったがな。


 村から少し離れて、村人たちが見えなくなると——。


「きゃぁぁ! 1000万ZL! 1000万ZLだし! どうしよう! こんな大金見るの初めてだし!」


 イリスが重そうな皮袋を持って、ぴょんぴょんと飛び跳ねた。


「で、でもそのお金はレイちゃん様のものでしょ? 

 わ、わたし達はなにもしてないんだし」


 セレーヌが言うと、イリスはシュンと肩を落とした。


「そんなのわかってるし。いいじゃん、ちょっと夢を見るくらいさぁ」


 このやり取りで分かる通り、ワシらは1000万ZLを報酬として受け取っておった。

 これから復旧をしようという村から必要以上に金を受け取るわけにはいかんというのに。


 ワシは抵抗したのじゃ。


「知らん!」「人違いじゃ!」「ワシじゃない!」「証拠を出せ!証拠を出すのじゃ!」「ワシは認めん!」「あーあー、聞こえぬ、聞こえぬわ」


 あらゆる方法を試したのじゃが、スノーレギンスの娘達は『あー、はいはい。これは無理だわ』って顔で1000万ZL受領の契約書にサインをしたのじゃった。


「はぁ……」


 トボトボと歩くワシの肩を、ヴィオラがポンと叩いた。


「レイヴァリア様。あなたは陰謀とか策略とかに向いてないのよ。

 今度からなにかやる前に、私達かエルミナ様に相談したほうがいいわね」


「…………」


 言い訳する気も失せてしもうたわ。

 半神になったからといって、ワシの知能が上がったわけではないのじゃな。


「あなたが隠したがってることについては、バレバレだけど深くは追求しないから、そんなに落ち込まないでよ。——ん?」



 村から誰か走ってきてる?


「待ってーっ! ハァハァ」


 それは二人の子供——リンとリノじゃった。

 リノは小さな妹、リンを背負っておった。


「どうしたのじゃ。お主たち?」


 リノとリン——新しい村長ユーグ殿の子供で、村についたばかりのワシらに、村の事情を説明してくれた兄妹じゃ。

 追いついたリノがゼェゼェと息を切らしてリンを背中から降ろすと、リンがなにかを差し出してきた。


「レイヴァリア様、これ……」


 リンがワシに手渡したのは、黒猫を模した小さな石の彫刻じゃった。

 細部まで作り込まれており、まるで生きているような見事な品じゃ。


「父ちゃんに頼んで作ってもらったの!」


 リンが得意顔で言った。


「レイヴァリア様! 父ちゃんの足を治してくれてありがとう! じゃあね!」


「こんどは遊びに来てね!」


 そう言って、小さな兄妹は手を繋いで村へ戻っていった。




 ワシは受け取った彫刻を無言で見つめた。


「すごいっす!自分にそっくりっす!」


 肩に乗ったアビーが興奮気味に言った。


「不思議ね。あの子達には、誰が村を助けてくれたのか、わかってるみたい。

 どう? これでも村の人達からの感謝の気持を受け取らないつもりかしら?」


 ヴィオラの言葉に、ワシは折れた。

 ワシの負けじゃな。

 完全敗北じゃ。


「わかった、わかった。降参じゃ。報酬はありがたく頂戴するとしよう」


 ワシの言葉に4人の顔がパッと明るくなる。


「じゃが、貰った金はキッチリ五等分じゃぞ。

 おっと、文句はなしじゃ。

 これ以上師匠に恥をかかせるつもりなら、修行の件はご破産じゃ」


「……撤回する気は……なさそうね」

「つ、つまり……」

「ひ、一人、えっと……」

「200万ZL、ですわね……」


 4人は顔を見合わせると——。


「「「「いえーいっ!」」」」


 大きく飛び跳ねた。


「当初の予定だった60万ZLでも大金なのに、一人200万! 200万ZLよ!」

「レイっち様と出会ってからいいことずくしだし! ほんと初めて会ったときに襲いかかってよかったし!」

「に、200万ZLなんて大金どうすれば……。と、とりあえず、好きなものをお腹いっぱい食べよう!そうしよう!」

「そうですわ! 街へ戻ったら、高級料理店で祝勝会をしませんこと!?」


「「「賛成っ!」」」


 はしゃぎ倒す弟子たちの様子を眺め、ワシはニヤリと笑う。


「《転移》」



「「「「へ?」」」」


 景色が一変した。

 爽やかな草原だったはずが、いつの間にか草一本もない岩だらけの荒野に立っている。


 ゴゴゴ……。


 臓腑に響くような重い音とともに、地面の盛り上がりが移動していく。

 一つではない。

 何個もの盛り上がりが、周囲を移動しているのだ。

 その圧倒的な魔力による威圧で、弟子達は言葉をなくしておる。


「さて、お主たち。ずいぶんとワシのことをナメておるようじゃが?」



 へなへなと地面にへたり込んだ弟子共を、大人の姿になったワシが見下ろした。



「約束通り、お主らを鍛えてやろう。

 おっと逃げるでないぞ? ワシから離れた瞬間、お主らは『デスワーム』の胃袋じゃ」


 ワシは言った。


「修行開始じゃな」

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