40
40話
萌陽月の6日、第一土巡の日。
イースティア村では祭りが開催された。
主賓は『スノーレギンス』の4人と、新村長のユーグ殿。
そして——
「聖女シスター・ルシェル様に乾杯!」
「うぉぉっ!聖女シスター・ルシェル様に祝福あれ!」
この宴、一番の主役は、なんとシスター・ルシェルであった。
シスター・ルシェルは身動きができないほど村人に囲まれ、困ったように笑っている。
こうなるよう仕掛けたのは、ワシじゃがな。
昼の集会での出来事。
ゴルム殿から壇上に招かれたシスター・ルシェルは、高位神官しか使えない神聖術《再生》で、失ったルーグ殿の足をあっという間に復元したのじゃた。
それどころか、あふれる神聖力は会場にいた村人全ての怪我を治してしまっていた。
まさに奇跡の所業じゃな。
ネタバラシをすると、《再生》が発動される際、ワシの半神の能力を使い回復力を強化し、さらに、より劇的になるようにシスター・ルシェルの体が発光する演出をしたのじゃがな。
思ったよりも効果と光が強く、会場はまるで神が顕現したかの如くじゃった。
つまり、ワシはやり過ぎた。
結果、シスター・ルシェルは村人から、神の使徒である『聖女』認定され、今に至るというわけじゃな。
ま、まぁ、やってしまったことは仕方あるまい。
ワシは人混みからそっと抜け出した。
屋台で購入した仮面で変装し、アビー共に屋台めぐりをしておると、後ろから声をかけられた。
「いい村ね。レイヴァリア様もそう思わない?」
声の元へ振り返る。
その人物は銀白色の髪を風になびかせていた。
鎧は脱ぎ、村人から借りた民族衣装に身を包んでおり、すっかり村の風景に溶け込んでおる。
「カカカ。ルシェル殿にすっかり主役を奪われてしまったのう。ヴィオラよ」
ワシは仮面を外し、地面に腰を下ろした。
「それこそ願ったりよ。借り物の栄誉で祝われても居心地が悪いだけだわ」
ヴィオラがワシの横に座った。
「他のものはどうしたのじゃ?」
「イリスはタダ酒だって村の人達と飲み比べをしてるわ。
セレーヌは村の力自慢と腕相撲大会よ。
リリエットは子どもたちに魔法を見せてあげてるわね」
「そしてお主は、ワシを探しておったと」
「ええ、聞きたいことが山程あるの」
「ほう?」
「元村長が突然改心したことや、シスター・ルシェルの聖女騒動ことだけじゃないわ。
今にして思えば、坑道の中の魔導ランプや、魔物の死体のことだってそうよ。
あなたに関わってから普通じゃないことばかり起きてるの。
それも、私達にとって都合の良いことばかり。
——あなた、いったい何者なの?」
「ワシが何者かで、お主は態度を変えるのか?」
「変えない、とは言えないわね」
「ならば目を瞑ってくれぬか?ワシのことは、とびっきりかわいいだけの普通の娘として扱ってほしいのじゃ」
「それがあなたの望みなの?」
「じゃな」
「……そう。なら仕方ないわね。
私は……私達はあなたの望みを叶えないわけにはいかないもの。
でも、そんなに普通の生活がしたいのなら、どうして私達に関わったの?
この村のことだってそうよ。無視するか、適当に受け流しておけばよかったじゃない」
「それは無理じゃな」
「なぜ?」
「それをすると、ワシがワシでなくなるからじゃ」
「あなたが、あなたじゃなくなる?」
「他人の不幸を見過ごしてまで、普通の生活を送るつもりはない、ってことじゃ」
「ふふ、難儀な性格ね、あなたって」
「ワシもそう思っとるが今更この性格は変えられん。
もう諦めておるよ。カカカ」
「ふふふ」
「さて、せっかくの祭りじゃ。
よかったら一緒に回らぬか?」
ワシは立ち上がり、ヴィオラに手を伸ばした。
ヴィオラはワシの手を取り、立ち上がる。
「よろこんで。——でもその前に、もう一つだけいいかしら?」
「答えるとは限らんが、なんじゃ?」
「シスター・ルシェルが起こした奇跡。
あれはあなたの仕業ね?」
「シスター・ルシェルには資格があった。
ワシはそれを後押ししただけじゃよ」
「誰でもシスター・ルシェルみたいになれるわけじゃない、ってことかしら?」
「ワシにわかるのは、資格があるかどうかだけじゃな。
どうやれば資格を得ることができるのかまではわからん」
「レイヴァリア様にも、わからないことや、できないことがあるのね。
少し安心したわ」
「ワシは万能ではない。
目下の悩みは、ゴウ殿の作るカボチャのパイをどう克服するかじゃな。
ゴウ殿を傷つけないように断る方法を日々研究しておるよ」
「ふふふ、レイヴァリア様は、まだまだお子様なのね」
「カカカ、ほっとくがよい」
その後、ワシはヴィオラと共に心から祭りを楽しんだ。
夜ふかしは……まぁたまにはよかろう。




