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シスター・ルシェル視点
「ルシェルさんは、このベッドを使ってちょうだい」
言ったのは冒険者『スノーレギンス』のリーダー、ヴィオラさんだった。
「はい、ありがとうございます」
「私達は別の部屋にいるから、なにかあったら呼んでね。じゃあ、おやすみなさい」
ヴィオラさんが出ていき、一人になる。
特にやることもないのでベッドに入った。
明日はフレイムゴーレム討伐だ。
わたしが行くのは坑道の入り口までだけど、それでも気が高ぶっているのか、どうにも寝付けない。
それにしても、ヴィオラさん達は——みんなキレイだな。
しかもBランクの冒険者だという。
聞けば、20歳のリリエットさん以外は、全員が10代らしい。
いや。
もう一人いたわね。
金髪に金の瞳、貴族のような品があり、妙な話し方をする美しい少女。
名前は、レイヴァリアちゃん。
彼女は、まだ5歳らしいわ。
食事の後、ヴィオラさんから話を聞いたんだけど、
「あぁ、あの子のことは気にしなくていいわよ。っていうか、私達もよく知らないの。
昨日あったばかりだし。私達の尊敬する人が尊敬する子供ってことしか知らないわ」
だって。
さらに、とんでもないことを聞いたわ。
「実は、明日フレイムゴーレムを討伐するのは、あの子一人なの。
私達はそれを見るためだけに付いてきたってわけ。意味わかんないわよね?」
冗談……ではないらしい。
あんな小さな子が?と思いつつも、心当たりが一つだけあった。
‡
イースティアは、豊富な鉱石を有する山——その麓にある裕福な村だった。
週に一度は商人が訪れ、子どもたちの笑い声が絶えることのない活気のある村だった。
ほんの一年前までは……。
それが一年前、第一坑道にあらわれた魔物のせいで、すべてが変わってしまった。
魔物のせいで坑道に入れなくなり、鉱員を含めた村人は生活に困窮するようになった。
新たな坑道を掘ろうと無茶な採掘をするようになり、怪我人も続出した。
鉱山全体のリーダーだったユーグさんがいれば、そんな無茶をしなくてもよかっただろうに。
でも、ユーグさんは魔物が現れたその日に、他の鉱員を逃がすために片足を失ってしまった。
奥さんも数年前に亡くなって、まだ小さなリノくんとリンちゃんがいるのに、働けなくなってしまった。
「わたしに、もっと神聖力があれば……」
未熟なわたしの使える治癒魔法は第一位階の『ヒール』だけ。
せいぜい、小さな怪我を治すくらいしかできない。
もっと力があれば——第三位階の『リストア』が使えれば、ユーグさんも足を失わなかったのに。
不甲斐ない自分に腹が立つ。
でも……。
それでも、村の皆はわたしを頼ってくれている。
4名いた教会のシスターも、今ではわたし一人。
教会本部からは、わたしも村を出るようにずっと言われ続けていた。
だけど、それは違うでしょ。
村が困難に直面している今こそ、わたし達、神の僕が力を発揮するべきじゃないの?
女神アウレリア様なら、きっとそうするはずよ。
信じる気持ちが奇跡を生むんじゃないの?
だけど——奇跡は起こらなかった。
何組もの冒険者が魔物を倒しに来てくれたけど、全員が失敗した。
そして失敗した冒険者全員に、村の人達はお金を払ったのだ。
村長さんが集めて、冒険者に直接手渡しているらしいけど、本当かしら?
さらに数日前。
とうとう教会本部から手紙が——枢機卿の署名が入った手紙が届いた。
『王都の協会本部へ戻ったほうがよいのでは?』と。
文面は提案の体をなしているが、実質これは命令だ。
つまり、わたしは、この村を去らなくてはならない。
わたしを頼りにしてくれている人たちを見捨てて、王都に帰るのだ。
一人だけ、安全な場所へ。
手紙を受け取った日、わたしは朝まで祈りを捧げた。
どうか奇跡をお与えください、と。
‡
「まさか女神アウレリア様が、わたしの祈りを……」
寝返りを打って、考える。
そんな都合のいい話があるだろうか。
でも、もしかしたら……。
考えるうちに、眠くなってきた。
「もしかして……あの子が『使徒様』……。でも……」
奇跡を信じ、奇跡を疑い、わたしはそのまま眠りについた。




