19 ワシは強くない
19話
「レイヴァリア、明日の朝の朝は手伝いに来なくていいから、ゆっくりやすみなさい」
「じゃあね、レイヴァリアちゃん。おやすみー!」
女将様とトア殿が出ていく。
気持ちがフワフワと落ち着かず、鏡の前に移動した。
寝間着を着たワシが鏡に映る。
何箇所も補修したこの寝間着は、子供の頃のトワ殿が着ていたものだ。
《無限収納》には、寝間着も入っておった。
これとは比べ物にならないくらい着心地の良い高機能の代物じゃ。
じゃが、ワシは、この寝間着を望んだ。
普通の寝間着じゃから、ではない。
母親が子供のために用意した寝間着——それを、着てみたかったのじゃ。
——この手直しの一つ一つが親子の歴史であり、母の愛情なのじゃな。
右腕部分の補修箇所を、ソっと撫でた。
どんなに便利な機能も、とんでもない性能も、この寝間着に込められた思いにはかなわないのではないか、と思えてしまう。
窓の側に移動した。
透明板越しに夜空を見上げた。
星の瞬きを遮る鳥型の魔獣は、ここにはいない。
耳を澄ませると、遠くで赤ん坊のグズる声や、酔っぱらいの笑い声が聞こえる。
魔獣の断末魔は聞こえない。
縄張りを主張する魔蟲の警告音も、ここでは聞こえない。
魔導ランプの明かりを消して、生まれて初めてのベッドへ潜り込む。
やわらかい。
そして、あたたかい。
まるで、女将様やトワ殿に抱きしめられたときのようじゃ。
「なぁ、アビーよ」
頭の横で眠る準備をする相棒に話しかけた。
「なんすか、マスター?」
「ワシは、今までなにをしてきたのじゃろうな?」
「なにって、神竜を倒し、女神様に認められるほど修行してきたじゃないっすか」
「それで得たものはなんじゃ?」
「圧倒的な強さと、ご褒美みたいな神様の能力っす」
「圧倒的な強さ、のう」
「違うんすか?」
「強さとはなんじゃろうな。例えば、ワシと女将——ナズナ殿が命を賭した戦いをしたとして、どちらが勝つと思う?」
「ナズナさんとマスターっすか?そんなの考えるまでもなくマスターっす」
「いや、ワシは負ける。正確に言うと勝てん」
「にゃにゃ?それは、どういうことっすか?」
「ワシには女将様——ナズナ殿を殺すことはできんからじゃ。対して女将様はどんな手を使ってでも、ワシを殺すじゃろう。なぜだかわかるか?」
「にゃ……わからないっす」
「女将殿には、トワ殿やゴウ殿がおるからじゃ。生きなければならない理由があるからじゃ」
「……やっぱり、わからないっす。でも、マスターには自分がいるっすよ」
「そうじゃったな、ワシには心強い相棒がおるのじゃったな」
「忘れないでほしいっす」
「もう眠るとしよう。普通の子供は寝る時間じゃ」
「そっすね、色々ありすぎて、さすがに疲れたっす」
「おやすみ、アビー。明日も急がしい……」
意識はここで途絶えた。
‡
レイヴァリアが眠りについて、おおよそ4刻後、アビーの耳がピクリと動いた。
目を開けると、すぐにベッドから飛び降り、大きく伸びをした。
主である金の髪の少女は、安らかな寝息を立てている。
黒猫は、主が寝ているのを確認すると、闇に溶けるように、その姿を消した。
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