12 騎士団長の願い
12話
エルミナ視点
「どうしてですか!どうして二人が戦わなきゃいけないんです!」
セレナ嬢が震える声で叫ぶ。
「カカカ。セレナ殿は大げさじゃのう。これはさっきの試験とは違うぞ?
そうじゃな。兄弟姉妹でじゃれ合うようなものじゃ。そうじゃろう、エルミナ殿?」
鞘におさまったままの剣の柄を握りしめ……私は答えない。
いや。
声が出せなかった。
「ちょっと運動することになるでのう、危ないから下がっておれ。
——アビー、セレナ殿を頼むぞ」
「にゃー」
「キャッ! あ、アビーちゃん!?」
アビー殿が巨大猫になり、セレナ殿の服を器用に咥え、離れた場所へ連れて行った。
「さて、どうする?このまま始めるか、仕切り直すか」
このまま始めるか、だって?
なんて言い草だ。
私はとっくに始めている。
とっくの昔に戦いを仕掛け、レイヴァリア殿を、何度も何度も脳内で斬りつけている。
だが全ての攻撃がかわされ、防がれ、逸らされていた。
それどころか、全ての攻撃に合わせてレイヴァリア殿は反撃をしてきた。
そしてその全てが致命傷となりえたのだ。
今、この瞬間も、私の生殺与奪の権利を完全に握られている。
まさか、こちらが構える前に何度も殺されることになるとは——。
ここまで力の差があったとは——。
勝てない。
勝てるはずない。
もはやこれまで――
「ふむ、少し意地悪じゃったかの」
言われた瞬間、私を包みこんでいた死の予感が綺麗サッパリと消え失せた。
「ぷはぁーっ!——ハァハァハァ!」
私は止めていた息を吐いた。
全身が空気を取り込み、萎えかけていた気力が戻る。
「カカカ。そなたの力はそんなものではあるまい? さぁ構えてみよ。一番得意な型を見せよ。言っておくが、出し惜しみはせんほうがよいぞ?」
レイヴァリア殿は背中を向け歩いていく。
小さな背中だ。
体重は20キリグリムあるかないかだろう。
なのに今まで会ったどんな巨漢より、どんな巨獣より、その背中は大きく見えた。
なるほど、あのグロームベアが倒されるわけだ。
「ふむ?」
先の試合で使った木剣を拾い、レイヴァリア殿がこちらを向く。
そして構えた。
右足を引き、両腕を大きく開き、右手に持った木剣は真っ直ぐ天を指している。
なんという尊大で不遜で雄大な構え。
まるで巨大な滝のように激しく、巨大な岩のように静かだった。
「これはワシ独自の構えじゃ。訳あって、右手だけが力を持て余しておってのう。お主は真似するでないぞ?いざ、参られよ——ん?」
私は剣の柄から手を離し、目を閉じ三度深呼吸をした。
我ながらあり得ない行動だった。
敵を前に、武器から手を離し、目を閉じるなど、ただの自殺行為でしかない。
だが私の本能が、告げたのだ。
それが最善かつ唯一の勝ち筋だと。
「カカカ、やるな、エルミナ殿。そうこなくてはな」
思いがけない敵の称賛に、涙が出そうになる。
ここまで理解してくれるのか。
目の前の幼女は、今まで知り合ってきたどんな人間よりも私のことを分かってくれていた。
分かってくれている上で、私に期待をしている。
ならばその想いに答えなければな。
私は剣を抜き、低く構えた。
弓を引き絞るように、ギリギリと剣を引く。
「ほう、凄まじい構えじゃな。今この瞬間にも貫かれてしまいそうじゃ」
レイヴァリア殿はどこか嬉しそうだった。
ふふふ。
わかるぞ、レイヴァリア殿。
私も同じ気持ちだ。
さぁ、やろう。
命の削り合いを。
《後書き》
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