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格好悪いところは独り占め

 急な会議で招集されたフロイドが、不毛な話し合いから解放されたのは定時から三時間も経ってからであった。


 休みの前日に会議を入れたがる上の人間は一体何を考えているのだろう。


 週末は恋人(マディソン)と過ごすことが多いフロイドは、腕時計に目をやって大きな溜め息を吐く。

 ──今日は、せっかくマディソンが行きたがっていたレストランを予約していたのに。


 一緒に会議に参加していた副隊長のエイダンも、恋人(カレン)宅に行く予定だったようでフロイドに同調するように、長く息を吐いている。


「一緒に飯行く約束してたのに」

 フロイドが愚痴ると、「僕もですよ」と不機嫌そうな声が返ってきた。

 本当に、遠慮がなくなったなと思う。


「なあ、花屋ってもう閉まってるか?」

「残念ながら」


 仕事だったというのは、秘書官だから知っているだろうが二週連続のことなので色々と心配だ。

 エイダンも、同じことを考えているのか思案顔である。


「お前のお姫様の機嫌が良いことを祈ってる」

「ありがとうございます。僕もマディソンが機嫌が悪くないことを祈りますよ」


 ご機嫌取りの方法が何も思い浮かばないまま、エイダンと別れたフロイドは足早に恋人の元へ向かった。




 細長いアパートメントの四階一番奥の部屋のチャイムを鳴らすと、ちょうど十秒待ったところで扉が開く。


「お疲れ様」


 お腹空いたでしょう? と言うマディソンに、怒っている様子は見受けられない。

 重役ばかりの会議は、侮られない顔と態度を作って参加する為、非常に疲れるのだが、その疲れは可愛い恋人の「お疲れ様」の一言で今、吹っ飛んだ。


「いただきます」

「はい、召し上がれ」


 いつもよりも遅い時間の晩飯の為、量は控えた。満腹まで食べてしまえば、すぐ眠くなってしまうからだ。

 恋人の部屋に来て、ただ眠るだけなのは勿体ない。


「珍しいな、飲まないのか?」

 マディソンが持っているカップの中身は白湯だった。

 酒好きな女が珍しい。


「うん、ちょっとね」

「具合悪い?」

「ううん、ただ禁酒しようかなあって」

「どうして」

「あのね、フロイド」

「うん?」

「ちょっと先の話になるんだけど……」

「なんだ?」

「秘書官を辞めたいの」

「……なんで?」

「諸事情かしら」

「だから、その『諸事情』って何だ」


 あち、と言ってゆっくり白湯を啜る恋人に、フロイドは優秀だと誉めそやされる頭をフル回転させる──が、分からない。

 どうして、いきなりそんなことを言うのか。


「……」

「マディ?」


 マディソンは言うか言うまいかを迷っているようだったが、フロイドの目に捕まって観念した。


「七週目なの」

「え?」


 ななしゅうめ?

 口の中で二度呟いて、やっと『七週目』だと理解する。


「ねえ、もう『ごちそう様』?」

「あ、ああ」

「片づけるわね。何か飲む?」

「なあ、マディ」

「貰い物の紅茶があるんだけど、それでいい?」


 食べ終わった食器を下げるマディソンがキッチンに向かい、フロイドもフォークを持ったまま立ち上がる。


「いや、待て」

「マテ茶?」

「茶から離れろ……それより『七週目』って何だ?」

「分かるでしょ? そういう訳だから、」


「結婚しよう」


 フロイドはフォーク片手に、マディソンの言葉を遮った。


 しかし、すぐにプロポーズは格好良いものにしたかったという後悔の気持ちが湧いてくる。


 自分に『格好悪い』は無縁だと思って生きてきたのに、マディソンと出会ってから彼女にはそんな姿しか見せていない。


「あら、きちんと考えなくていいの?」

「考えたところで変わらない」

「そう?」

「ああ、それで……返事は?」

「もちろん、『はい』よ」


 勝てる気がしない──生きている内に、フロイドがマディソンに勝つことは果たして出来るのだろうか。


 母は強しとはよく聞くし、これからどんどん強くなっていくかと思うと頼もしいことではあるが、『格好良くて強い』は自分に譲ってほしい。

 そんなことを思いながら、フロイドは笑顔のマディソンを抱き上げた。






「俺も父親かあ」

「そうよ。頑張ってね、パパ?」

「あ、俺それやだ」

「?」

「子供が生まれても、マディは俺のことは名前で呼ぶんだ」

「はいはい」

「絶対だ」

「分かったわ」


 呆れた風のマディソンは、内心ホッとしていた。

 ──子供のことは嬉しかったが、それは自分の気持ちであってフロイドの気持ちではないからだ。

 だが、彼は子供嫌いではなさそうなので心配は杞憂だった。


 各面々から色々と言われそうだし、大嫌いなゴシップ雑誌には好き勝手に書かれてしまうだろうし、憂鬱に思うところも多々あるが、フロイドの妻として子供を産めることは素直に嬉しい。


「でも、マディ似の女の子に『パパ』って呼ばれるのはいいな、うん」

「男の子かも知れないじゃないの」

「嫌だ、女の子がいい」

「そう言われても……」

「『パパと結婚する』とか言われたらどうしよう」


「本当に仕方のない(ひと)ね、あなたって」

 マディソンは、夫になる男の頭を撫でながら呟いた。


 そして、マディソンのまだ薄い腹をさすりながらへらへら笑う男を見て、やはり帝国中の女達は騙されているな、と思った。



 マディソンは恋人の格好良いところを、カレンのように幾つも上げられない。


 だけど、フロイドの格好悪いところを自分だけが独り占めできていると思えば、これはこれでいいのかも知れないとも思う──相変わらず、重症だ。

 フロイドと出会ってから、マディソンはずっと患っている。




 どうせならこの男に似た子供が欲しい、と思うマディソンの願いが叶うのは少し先の未来の話。

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