ティールームでお喋り
今日、ベリルはニコルにお呼ばれされている。
レイとニコルの第一子、ブレットを見せてもらう為だ。
会場はグレインジャー家ではなく、キングストン城のティールームだ。
なんでも、グレインジャー家は改装中らしい。
直前で場所が変更になった理由は、誤魔化されたので深掘りしない。
広く豪奢な部屋は、ベリルとナイジェルの家の一階の面積より広い。
ここで二人の家が小さい訳ではないと強調しておきたい。
しかし、このティールームは広い……普通に一世帯、暮らせそうだ。
「や〜ん、可愛い~! 頬っぺた、ぷくぷく~」
赤ん坊──ブレット・グレインジャーを抱っこしてカレンが悶える。
以前、ベリルに色々教えてくれた綺麗なお姉さんだ。
「父親にそっくりね……いえ、彼はこんな無邪気な顔で笑わないわね。本当、可愛い」
カレンに抱っこされているブレットの頬を、指でぷにぷにしながらマディソンが呟く。
これには、ベリルも納得だ。
レイと顔はそっくりだが、ブレットの方が愛想が良いし、笑顔に邪悪さがまるでない。
「きゃ〜笑った〜」
カレンは、可愛い可愛いを連呼している。メロメロだ。
この分ではベリルが赤ん坊を抱っこするのは先になりそうだ。
「ニコルさん、疲れて見えるわ。体調は大丈夫?」
ブレットを抱くカレンを横目に、マディソンが心配そうに聞くと、「大丈夫です」とニコルが儚げに笑う。
なんでもニコルは、乳母を雇っていないそうだ。グレインジャー家の方針に沿ってとのことらしい。
お嬢様育ちのニコルにはさぞかし大変だろう。
「男共はどっか行っちゃったし、聞きたいことや愚痴なら聞くわよ」
実は、お呼ばれされたのは女性陣だけではない。各々のパートナーも、本日キングストン城にいる。
しかし、彼等はこの場にいない。
ブレットと対面してレイに似ていることを確認すると、どこかに行ってしまったのだ。
キングストン城にはビリヤードやダーツ等があるバーがあり、そこに行ったのだろうとニコルに言われた。
「レイは、職場でどうですか?」
「……暴君って呼ばれてるわね」
ニコルの質問に、少し迷ってからマディソンが答える。
「ごめんなさい、マディソンさん。きっと夫はあなたに、すごく迷惑をかけてしまってますね」
「いいのよ。迷惑をかけているのは、彼だけじゃないから気にしないで」
キッパリと答えるマディソンに、ニコルは安心──はしてないが、マディソンの人柄に好意と感謝を抱いたように見える。
「あの、ナイジェルは先輩方と上手くやれていますか? 第一支部に入ってすぐに怪我もしてたし、虐められたりしてませんか?」
今度はベリルが恐る恐る聞いてみる。
「そういったことはないわ。でも、第三番隊に売られた喧嘩は買ってるわね」
「……なるほど」
売られた喧嘩を買わない選択肢を持たない、みたいなことを昔言っていたのを思い出す。
虐められていないのならいいか、と安心する。
「ねえ、ベリルちゃんは、その喧嘩を買っちゃう彼と上手くいったのよね?」
ブレットをマディソンに渡しながら、カレンがにこりと笑う。
足の組み替えが色っぽい。
ベリルは顔を真っ赤にして「はい、その節はどうも……」と縮こまる。
ナイジェルを淡白な男だと思って、彼に手を出してほしくて、マディソンを通じてアレコレ相談したことはベリルの黒歴史だ。
……ナイジェルはそんな男ではなかった。
「オリバーったら、下半身野郎共にかなり揶揄われていたのよね」
「ちょっと待って~? その下半身何とかに、私のエイダンは含まれてないよね?」
「もちろん、含まれてるわ」
「やあね、エイダンは誰よりも紳士よ」
「付き合う前に手を出しておいて、紳士も何もないわ」
マディソンとカレンの話を聞きながら、大人の会話だなあと、紅茶に口を付ける。
「お口に合いますか?」
ニコルに問われて、少し緊張して頷く。
所作一つ取っても完璧なニコルは、ベリルより一年若いが落ち着いていて大人っぽい。
「ベリルさんが選んでくれたケーキのお礼が遅くなってごめんなさい。苺のケーキ、とても美味しかったです」
「い、いえっ、喜んでくれて良かったですっ」
ニコルの妊娠中に、レイがお土産を買うからとベリルを頼ってきたことがあったのだ。
レイは基本的に意地悪で暴れん坊で、取り扱い要注意の男だが、ニコルにだけは違うというのは何となく察せる。
あの男は、嫁にべた惚れだ。
「レイ、ブレットちゃんに焼き餅焼いてそう……」
ぽそりと呟くと、ニコルが年相応に「あははっ」と声を上げて笑った。
「当たり! ベリルさんって、レイのことよく分かってるね」
「うん、子供の頃からナイジェルと食堂に来てたから……『当たり』って、レイはどんな焼き餅を焼くの?」
「授乳してる時に『それは俺のだぞ、クソ餓鬼』とか言ってブレットに怒るの」
「お子様だね」
「そうなの」
ニコルとの会話はいつの間にか敬語が取れ、緊張も解けて話しが盛り上がる。
「へえ、グレインジャーって、家じゃそんな感じなのね」
「いいんじゃない? 子供よりも、ニコルちゃんが愛されてるってことでしょ」
途中から、マディソンとカレンも混ざる。
「フロイドも凄く子供っぽいの」
「エイダンもたま~~~に、甘えてくれるの~」
「レイは子供の頃から、ずっと子供っぽいです」
「ナイジェルは子供っぽくないです」
──そしてだんだん、愚痴なのか惚気なのか分からない話になっていった。
主に惚気ているのは年長者の二人である。
フロイドは、マディソンに言葉を尽くして愛を語り、ウザったいらしい。しかしそれを語るマディソンの顔は満更でもない。
ベリルはナイジェルに「好き」も「愛してる」も言われたことがないので羨ましいが、ニコルもレイにそういうことを言われたことはないそうだ。
カレンが言うには、十代男子にはなかなか言いにくい台詞だから、あと五年待てとアドバイスされた。
ちなみに、カレンはエイダンに、お願いして言わせているとのことだ。
ようやく、ブレットの抱っこの順番がベリルに来たと同時に、むさ苦しい空間に飽きた四人がティールームにやって来た。
「華やかな空間が一気に、第二番隊ね」
げんなりするマディソンの隣に、フロイドが座って何やら彼女の耳に囁き、小突かれているのを見たベリルは、やはり大人だなあと思ってしまう。
エイダンはカレンに印象が変わるほどの笑顔を向け、レイはニコルの額に手を当てて体調を心配している。
皆、ラブラブで、素敵な恋人と旦那様がいる。
でも、ベリルはナイジェルが一番格好いいと思う。
──言ったら戦争になりそうなので、言わないが。
「レイにそっくりな生意気そうな顔してるな、こいつ」
優しげな声でブレットの頬を撫でるナイジェルに、ベリルも笑って肯定する。
「でも、レイよりずっと可愛いよ?」
「確かに。……おっ、笑った」
「ちっちゃくて可愛いよね」
「まあ、レイの息子の割にはな」
「……いいなあ、赤ちゃん」
何気なく言ったこの言葉に、隣のナイジェルの顔が赤くなったことを知らないのはベリルだけだった。
──この後、フロイドとマディソンが授かり婚をする。
それを見たエイダンとナイジェルが、慌てて立て続けに結婚式を挙げて夫婦になった話はまた別の話である。
更に、四組の夫婦の子供達が幼馴染として育ち、恋をするのもまた別の話だ。




