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【完結】集団転移に巻き込まれても、執事のチートはお嬢様のもの!  作者: さき
第六章

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15:「ただいま」


 

 次第に強まる光に目がくらみ、周囲の景色がじょじょに見えなくなる。

 こうなると事前に聞かされているため不安はないが、それでも俺にぴったりとくっついてくるお嬢様を抱きしめた。神経が図太い――自覚はある――俺とは違い、お嬢様は繊細なのだ。慣れぬ光に不安になるのも仕方あるまい。


「大丈夫ですよ、お嬢様。俺は何があろうとお嬢様を離したりしませんから」

「そまり、なんて頼もしいの……。眩しくてそまりを見つめられないのが残念だわ」

「俺もです。ですが目で見られないかわりに、この腕で、体で、お嬢様の存在を確認させてください」


 ぎゅっと強く抱きしめれば、お嬢様も応えるように俺を抱きしめ返してくれた。

 なんて柔らかいのだろうか。この柔らかさ、温かさ、力いっぱい抱きしめたくなるが壊してしまいそうな恐怖も抱かせる細く儚い繊細さ。

 間違いなくお嬢様だ。そう俺が確信するのとほぼ同時に、ふつと意識が途切れた。




 白んだ意識がゆっくりと明確になっていく。

 そうしてはたと我に返り、同時に腕の中にいる存在をぎゅっと強く抱きしめた。


「こ、ここは……」

「場所の確認より先に私を抱きしめるなんて、無意識の愛ね」

「お嬢様、ご無事でしたか。それなら転移は……」


 転移は無事にいったのだろうか、と顔を上げて周囲を確認しようとし、見慣れた景色に目を見開いた。


 開けた土地、その先に建つ豪華な屋敷。

 西洋風の建物は歴史を感じさせる作りだが古びれた様子はなく、ヒビや劣化は見られない。正門から屋敷の玄関口まで真っすぐに道が伸び、歴史的建造物や博物館と嘯いても信じる者もいそうなほどだ。

 その建物に見覚えがある。……いや、見覚えどころではない。


「戻ってきたのね……。本当に戻ってこれたんだわ! お父様、お母様!!」


 お嬢様が声をあげ、俺の腕の中からスルリと抜けだして屋敷へと駆けていく。

 それとほぼ同時に屋敷から一組の男女が出てきて、愛しい娘の姿を見つけるその名前を呼んだ。

 諾ノ森家の屋敷の玄関口で、諾ノ森家の家族が抱きしめ再会を喜び合う。


 こうして、俺とお嬢様は晴れて元の世界に戻ってこれた。


 といっても、これで万事解決、めでたしめでたし……というわけではない。

 そもそもこの帰還もたった一日限りだ。俺達を転移させたマイクス君曰く、深夜日付けが変わると同時にまたあちらの世界に戻るらしい。

 長居は出来ない。それも頻繁に帰れるというわけでもなく、せいぜい月に一度だという。

 随分とあやふやではあるものの、仕掛け人であるマイクス君自身が仕組みを理解しきれていないのだから仕方ないだろう。無責任と罵るより帰れるだけ有難いと考えておくべきだ。


「なんにせよ無事に戻れたなら良しとしましょう。さぁお嬢様、せっかく戻ってこれたんですからこちらの世界でデートを……」


 デートをしましょう! と誘おうとするも、お嬢様は両親に抱き着いたままだ。涙声で「お父様、お母様……!」と二人をしきりに呼んでいる。

 俺の声はどうやらお嬢様の耳に届いていないらしい。

 さすがにこれを邪魔するのは気が引け、仕方ないと肩を竦めた。


「お嬢様、俺は用事を済ませて来ますので、どうぞ旦那様と奥様とごゆっくりお過ごしください」

「そまり、良いの?」

「えぇ、もちろんです。それとあちらの世界についての説明をお願いします」

「任せて! あのねお父様、私ちゃんと働いているのよ。それにねお母様、とっても素敵な人達と出会ったの!」


 俺の提案を聞き、両親にしがみついたままお嬢様が話し出す。向こうの世界では一人前だと得意げに話しているものの、頭を撫でられると途端に母親の胸元にぎゅっと顔を埋めて抱き着いた。愛らしい甘えん坊だ。

 これを引きはがすというのは酷というもの。それにいかに嫉妬深く独占欲の権化な俺といえども、家族の再会に茶々を入れるほど野暮ではない。


 そうして両親にしがみついたまま諾ノ森家の屋敷に入っていくお嬢様を見届け、俺は自室へと戻ると車の鍵を持ち出して駐車場へと向かった。――時間がないので、寮にある俺の自室が半分物置と化している事については言及しないでおく――

 約一年ぶりの自室にも懐かしさは感じず、車に乗り込んでもこれといった感覚はない。

 ……むしろ、


「いやぁ、まさか孫とのドライブがこんなタイミングで実現するなんてなぁ」


 と、さも当然のように助手席に乗り込む爺に一瞬にして憎悪が沸き上がった。


「くそ、さっき姿が見えなかったから死んだかと思っていたのに……!」

「一年ぶりに帰ってきて出会いざまにその言葉か。さすがわが孫、まったく変わってなくて安心した」

「そりゃどうも。爺、降りないなら勝手に連れて行くからな」


 降りるなら早くしろと言いつつ、さっさと出発の準備を整える。

 爺が一向に降りる気配がないのを横目で確認し、一度わざとらしく盛大な溜息をついて車を走らせた。もちろんこれはついてくる気満々な爺に対しての当てつけだが、まったく効果がないのは今更な話。


「しかし、突然いなくなったと思ったら突然帰ってくるとは。今までどこで何やってたんだ」

「精霊だのエルフだのがいる異世界で冒険者兼ドラゴンスレイヤー」

「……これが平時だったら、ついに頭がいかれたと嘆いたところだ。だがこっちの平穏さも今になって考えるとおかしいからな、なにがあってもおかしな話じゃないか」


 思い当たる節があるのか、爺が歯切れの悪い返事をしてくる。

『こっちの平穏さ』というのは、俺達がいなくなってからのこちらの世界の事である。

 極平凡な高校生が数十人、そして高校生達とは無関係な名家令嬢と側仕えが一人、ある日突然姿を消したのだ。どこかに行ったわけでもなく、帰宅の途中。それどころか小津戸高校の生徒達に関して言えば、走るバスの中で突如姿を消し、クラスメイトがそれを目撃している。

 普通であれば国内騒然となる事件だ。とりわけ諾ノ森家は世界に名だたる家でお嬢様はその一人娘なのだから、行方不明となれば世界規模の騒ぎになってもおかしくない。


 だが世間はこの事件を聞き流し、今では時折思い出したかのようにネットで噂があがる程度だという。

 残された家族は悲しみ……それでも以前の生活に戻っていった。


「お前とお嬢様が居なくなり、儂等も必死で探し回った。……だが不思議と探し回るだけだ。それも仕事や日常生活はこなしながら。お前が戻ってきてもこの件を大事にしようとは思わない」


 己の行動や思考が理解できないのだろう、眉間にしわを寄せつつ話す爺に、俺は「そういう事になってる」とだけ返した。

 これもまたマイクス君のーーもしくは彼が魂を売った悪魔のーー仕業である。元の世界では俺達の事はさほど事件とはならず、戻ったところで騒ぎにもならない……と。

 この話をした時のマイクス君はこれ以上ないほどに歪んだ笑みを浮かべていた。『当然じゃないですか、僕が死んでも世間は変わらなかったんですよ』と、そう言った彼の淡々とした声が記憶に蘇る。

 これもまた彼なりの復讐の一端なのだろう。


 それも含めて運転をしながら手短に全貌を話せば、爺が驚いたと言いたげに「そんなことが」と声を漏らした。

 孫を世界中どこにでも放り出すいかれた爺でも、さすがにこの話は驚くらしい。そのうえいつもより真剣みを帯びた声色で「よくぞ詩音お嬢様をお守りした」とまで言ってくるではないか。

 珍しく祖父らしい態度を取られると、どうにも居心地が悪くなる。誤魔化すように「当然だろ」と言い切り、運転に集中することにした。



 たまに雑談を交わしつつ運転を続け、目的地で車を停める。

 降りた爺が意外そうな表情をするも、俺の意図を察したのか「そうか」と呟いた。次いでどこかで時間を潰してくると言ってくるのは、俺に気を使ってのことか。


「それならちょうどいいや。このリストにあるもの買ってきておいてくれ」

「お前は気を使ってやった祖父を使いっ走りにするのか……。まぁいいが、なんだこのリスト。誰かへの手土産か?」

「向こうの世界に持って帰るもの」


 調達よろしく、と告げれば、爺が驚いた表情を浮かべた。

 ものを持っていけるのかと尋ねられ、俺も頷いて返す。もっとも、持ち込めるものには条件がある。

『あちらの文化や文明を壊さないもの』に限られ、それ以外は弾かれるという。それを聞き、俺とお嬢様はあらかじめ持って帰るものをリストにしておいたのだ。


「それで東京バナナとひよこ饅頭とマカロンか」

「本当はねるねるねるねも候補にあがってたんだが、お嬢様の『あれは魔法よ、こちらの文化を壊すわ』の言葉で却下された」

「……なるほど」

「魔法を信じるなんてお嬢様ってばなんて愛らしい。ねるねるねるねは魔法じゃなくて現代科学なのに」

「……そうだな。それじゃ、これは儂が用意しておいてやる」


 任せろと残して、爺が去っていく。その背を見届け、俺は目的地である霊園へと入っていった。

 通りがかった数人が意外そうな目で俺を見てくるのは、霊園という場に似合ぬ執事服からか、もしくは手ぶらだからか。どこかで献花でも買ってくればよかった。


「でもどうせ明日には会うしなぁ」


 彼の事だ、きっと俺が献花したと知ればわざとらしくギルド内で感謝を告げてくるだろう。

「素敵な花をありがとうございました」とあえて周囲に聞かせ、俺が好意で花をプレゼントしたと周囲の誤解を誘うに違いない。お嬢様以外どうでも良いはずの俺が、よりにもよって花を贈った……周囲がどんな勘違いをするかと想像すれば、言いようのない寒気が背を伝う。

 それを小さく首を横に振ることでなんとか掻き消し、手を合わせるだけで十分だと霊園の中を進んだ。




 深夜、日付が変わる直前。

 東京バナナとひよこ饅頭とマカロンの入った紙袋を手に、見送りの者達と別れを交わす。今の俺の姿はどこから見ても東京観光を終えて地方に帰る男だろう。別れの言葉も「諾ノ森家の警備をよろしく」だの「あっちでも元気でな」だの「また来月な」だのと軽い。

 薄情というなかれ。なにせ俺はお嬢様と帰るのだ、悲しむ要素は欠片もない。そして諾ノ森家の者達は、俺がお嬢様以外との別れを一切悲しまないことを理解している。ゆえにこの軽い別れであり、爺に至っては九時に寝た。


 そんな俺とは真逆、お嬢様は両親と抱きしめあって別れの言葉を交わしている。

 だが涙を見せず気丈に振る舞い、ぐいと目元を拭うと「私、大丈夫だから!」と声を張って告げた。次いで俺のもとへと駆け寄ってきて「そまりと一緒だもの!」と俺を見上げてくる。

 誰が見ても分かる強がりだ。だがそれを指摘するような者はこの場にはおらず、俺も小さく震える肩を優しく擦ってやった。


「旦那様、奥様、ご安心ください。どこに居ようと何があろうと、必ずお嬢様は俺が守ります」

「そまり……」

「さぁ、お嬢様。俺達の家へ帰りましょう」


 次第に周囲が光り輝くのを感じ、傍らに立っていたお嬢様を抱き寄せる。

 お嬢様も気付いて俺に抱き着いてきた。最後に両親へと告げる別れの声は震えてはいるが、それでも自分は向こうでちゃんとやれると告げる。まだ年若いのになんて立派なのだろう。

 そんなお嬢様を一際強く抱きしめた瞬間、まばゆさは最高潮となり、俺の意識がふつりと途絶えた。



 そうして俺達の家に戻れば、シンと静まった室内にお嬢様の深い溜息が響いた。

 見送りの姿もなく、もちろん諾ノ森家夫妻も居ない。暗い部屋と静けさが帰宅の実感と、別れの物悲しさを感じさせる。

 そんな中、俺に抱き着いていたお嬢様がパッと俺から離れた。誰にでもなく「ただいま!」と声をあげる。


「そまり、もう寝ましょう! 明日は朝からギルドに行って、杏里ちゃんと秋奈ちゃん達も無事に帰ってきてるかを確認しなきゃ!」

「……お嬢様」

「それにベイガルさんとマチカさんにお土産もご馳走しましょう。持ってこれる量にも限りはあるけど、これならギルドの皆さんや冒険者さん達にも配れそうね!」

「お嬢様」


 気丈に振る舞うお嬢様を呼べば、彼女が小さく体を震わせて言葉を詰まらせた。

 ムグときつく噤んだ唇。今にも泣きそうなのを無理に押しとどめているのだろう、眉間に皺が寄っている。


「お嬢様、よく泣かずに頑張りましたね」

「……だって、泣いたらお父様とお母様が心配するもの」

「そうですね。お嬢様……いや、詩音、今夜は一緒に寝よう」

「………………寝る」


 小さな体を優しく抱きしめて誘えば、お嬢様が震える声で答え、いつもより強く俺にしがみついてきた。



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