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【完結】集団転移に巻き込まれても、執事のチートはお嬢様のもの!  作者: さき
第六章

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05:答え合わせはコーヒー片手に

 

 かつて小津戸高校に在籍していた男子学生の名前を口にすれば、誰もが困惑の表情を浮かべた。

 西部さんと犬童さんは不安そうに眉尻を下げ、どういう事か説明を求めるように俺と霧須君を交互に見てくる。上津君達に至っては青ざめ震えており、今にもへたり込んでしまいそうだ。


 まるで信じられないものを見たと言いたげな表情だ。

 いや、事実信じられないのだろう。


 仮に目の前に立つ少年の素性が()()()小津戸高校の一生徒であったなら、彼等も驚愕こそすれ青ざめたりまではしなかっただろう。

 先に来ている者がいたのかと、前例があったと安堵していたかもしれない。



 だが彼だけは……。

 霧須豪斗(きりすたけと)だけは別だ。



 彼はこちらの世界はおろか、元居た世界にだってもう居るはずのない人物。

 それが目の前に、面影の無い姿で平然と立っていれば誰だって驚愕し恐怖するだろう。西部さんが震える声で「霧須君……?」と呼ぶが、その声には旧友を懐かしむ色は無い。

 困惑と疑いが綯交ぜになり、心のどこかで否定を乞うような声だ。冗談であってくれと願いつつ、この場の空気から決して冗談ではないと察しているのだろう。


 そんな周囲の反応に、霧須君が眼光を鋭くさせる。

 だが次の瞬間、彼はパッと表情を明るいものに変えた。晴れやかな笑顔だ。

 ここがいつものギルド内であれば、爽やかな少年のおどけた笑顔にでも見えただろう。

 もっともこの場ではその変化は異質でしかなく、彼の変わりように誰かが小さく息を呑んだ音が聞こえた。


「いやだなそまりさん、僕はそんな名前の人は知りませんよ。誰かと勘違いしていませんか?」

「おや、ここにきて白を切るつもりですか」

「そんな。でも話は聞きたいですね。どうして僕が、その霧須豪斗なんて男と間違えられたのか」


 濁り切った目を細めて明るく笑ったまま、――当人は否定しているが――霧須君が尋ねてくる。

 それに対して俺は肩を竦めることで説明の了承を示した。


 どうしてマイクス・キルリットが霧須豪斗が同一人物か分かったのかと言えば、他でもない、彼本人の言動が彼がこちらの世界の人間ではないと示していたからだ。

 そう告げれば、霧須君が怪訝な表情を浮かべて「僕が……?」と呟いた。


「君が、正確には『君の反応が』というべきですかね」

「どういう事でしょうか」

「君の反応が俺に違和感を覚えさせ、そして事実へと導いたんです。直近だと、先日のオムライスの時とか」


 先日のオムライスとは、保城さんと大場さんが経営するレストランに行った際のことだ。

 俺はそこに彼を呼んだ。建前としては「落ち着いて話をしたかったから」と言っておいたが、実際のところは確認するためだ。


「酷いな、僕は純粋にそまりさんに食事に誘われたと思っていたのに」

「それは失礼しました。ですが、俺がお嬢様以外の人物と、それも仕事外の私用で『落ち着いて話がしたい』なんてあり得ませんよ」

「確かに、そまりさんはそういう人ですもんね」


 冗談めかして霧須君が肩を竦める。

 もっとも、冗談めいた言葉を口にこそしているが目は笑っていない。いや、笑うように繕ってはいるものの、そこに一切の明るい感情を宿していない。

 底冷えするような笑みだ。


「オムライスはこちらの世界には無い料理。あの時、君はオムライスを見たことが無いと言っていましたね」


 当時の事を思い出しながら話せば、霧須君が頷いて返してきた。

 あの時、霧須君もといマイクス君はオムライスを知らないと言っていた。それどころか噂になっている『珍しい料理を出す店』の存在すら知らなかったという。

 情報屋ではあるものの得手不得手のジャンルはあり、料理関係には疎い。そう話していたのも覚えている。


 そうして連れだってレストランへと入ったのだ。

 そこでオムライスを注文し……。


「オムライスに絵を描いて頂きました。お嬢様は可愛らしい猫ちゃんの絵を、君は犬の絵を、そして俺は……」

「覚えてますよ。卵を大事そうに抱える雌鶏の絵、ですよね」

「えぇ、そうです。そんな俺に対して君は呆れたように言いましたよね。『なぜよりにもよってそんな残酷な絵を』って」

「そりゃ、誰だって……」


 霧須君の言葉が途中で止まる。

 自分で己の失言に気付いたのだろう。理解が早くて助かる。


 そう、あの時俺はオムライスに雌鶏の絵を描いて貰うように頼んだ。

 オムライスは卵料理。そこに雌鳥の絵をリクエストするのだから、趣味が悪いのは自覚している。

 同席した西部さん達や、運んできた大場さんが引き攣った表情をしていたのも仕方あるまい。


 ……だけどどうして、

 オムライスを知らない、オムライスの無い世界で生きてきたはずのマイクス君までもが、俺を悪趣味と捉えたのか。


「オムライスが卵料理と知らなければ、犬を描くのも雌鳥を描くのも同じことです。現にそのあとベイガルさんのオムライスに鶏夫婦の絵を描いたところ、彼は現物が目の前に来てようやく文句を言ってきましたからね」


 ねぇ、と同意を求めるようにベイガルさんに視線を向ければ、頷いて返してきた。

 料理の詳細を知らぬうちは「鳥の絵なら」と了承し、そして現物が卵料理と知って悪趣味だと訴える。あの時の彼の反応こそ、『オムライスが無い世界の人間の反応』なのだ。


 それを話せば、霧須君が僅かにたじろぎ、しばらく考えを巡らせたのちに「他のお客さんのテーブルを見たんです」と言ってきた。


「レストランには他にもお客さんがいて、僕たちより先にオムライスを食べていたでしょう。それを見て、オムライスが卵料理だと先に分かったんです」

「なるほど、そう来ましたか」


 確かにあの時、既に店内にはオムライスを食べている客がいた。

 なおかつレストランのメニューはオムライスのみなのだから、他の客のテーブルを見てオムライスが卵料理だと判断することは可能だ。

 それを話し終え、霧須君がじっとこちらを見つめてくる。俺の次の出方を窺っているのだろう。


 俺だってオムライスの件だけでマイクス君と霧須君を繋げたわけではない。

 他にもあるのだと、むしろオムライスの件は決定打に過ぎないと告げれば、霧須君の表情が険しくなった。


「霧須君だけだったら、俺も気付かずにいたでしょう。ですが残念ながら、俺にはベイガルさんという見本がいました」


 チラとベイガルさんを一瞥する。


 彼はこちらの世界で生まれ、そして生きてきた。

 貴族から王族になり挙句にギルド長という変わった人生こそ歩んではいるものの、正真正銘『こちらの世界の人間』である。

 俺達が元居た世界のことも知らず、オムライス等のこちらの世界にない文化は知らされて初めて触れる。


 彼はピラミッドのミイラを知らなかった。話した時の「ぴらみっどのみぃらぁ」という間の抜けた発音はいまだに覚えている。

 タコさんウィンナーを知らずに、ウィンナーで見事な頭足類八腕形上目タコ目の蛸を作ってきたこともあった。――これに関しては霧須君が「蛸……?」と怪訝な表情をしてベイガルさんを見たが、返事は「二度と作らねぇ」というぴしゃりとした一言だった――

 それになにより……。


「君と初めて会った時、俺はコーヒーをご馳走しましたね。俺がお嬢様にコーヒー牛乳を飲んで頂くために開発した、こちらの世界には無い飲み物」

「えぇ、頂きました。それが何か?」

「君はすぐに砂糖を入れていました。異世界の飲み物を一口も飲むことなく。コーヒーは苦いと知っていたんですよね」

「それは……」


 俺の話に、霧須君が言い淀む。

 きっとコーヒーの件は無自覚だったのだろう。過去を思い返すように視線を他所に向け、顔をしかめた。

 次いで名前を呼べば、まだあるのかと言いたげにこちらを見る。


 霧須君の失態はまだある。

 というより、次に俺が提示することこそ、彼の最大でありいまだ続く失態だ。

 そう告げれば、霧須君が身構えるように続く言葉を待った。


「君はかわいいものカフェに顔を出しても、頑なにコーヒーを飲みませんでしたね。お嬢様がサービスすると誘っても断っていた」

「それはコーヒーが……」

「カフェ特製の、ウィンナーが浮かんだウィンナーコーヒー。お嬢様が用意してくれる最高の飲み物。飲むかと尋ねれば、決まって君は何とも言えない表情で断っていました」


 お嬢様がウインナーをサービスで増やすと言っても、何とも言えない表情で拒否をし、時にはそそくさと退室してしまう。俺が「タコさんウインナーじゃないと認めない派ですか」と納得すれば「そんな過激派に入った覚えはない」と訂正してきた。


 聞き流してしまいそうな、他愛もないやりとりだ。

 だけど考えてみればおかしな話である。

 ウインナーが浮かぶウインナーコーヒーに対して、なぜあんな歯切れの悪い拒否をしてきたのか。仮にコーヒーかウインナーが嫌いだとしても、そう言えば良いだけの話なのに。


「反応せずには居られなかったんでしょう。なぜなら、君は……」


 これが決定打だと突きつけるように、霧須君を指差す。

 そうして声高に告げててやった。


「ウィンナーコーヒーがウィンナーを浮かべたコーヒーの事ではないと知っていたからです!!」


 俺の断言に、霧須君の表情が歪む。

 どうやら言い逃れ出来ないと悟ったようだ。盛大に溜息を吐き、「まさかこんなことで」と呟いている。随分と渋い表情だ。

 己の失態を悔やんでいる……というよりは、この展開に呆れを抱いているような表情に見える。


 まぁ、確かに俺も自分で言っていて締まりが悪い気はしないでもない。


 どれだけ勢い付けて断言しようがウィンナーコーヒーだし。

 しかもウィンナーが浮いたコーヒーだし。


 それでも話を進めようと改めて霧須君へと向き直れば、彼は呆れた表情のまま深く溜息を一つ吐いた。

 次いで頭を引っ掻くように荒く髪を掻き揚げ、眉間に寄った皺を指で押さえる。


「こんな馬鹿馬鹿しいことで暴かれるなんて、思ってもいませんでした」

「ですが霧須君の演技は見事でしたよ。俺以外誰一人として、霧須君のことには気づいていませんでしたし」


 お見事、と拍手を送る。

 これを煽りと取ったのか、霧須君が苛立たし気に俺を睨みつけてきた。

 そうして低く唸るような声で「そまりさん」と俺を呼ぶと、


「……その名前で呼ばないでください。聞くだけで虫唾が走る」


 嫌悪感をこれでもかと漂わせた低い声で言い放ってきた。

 その気迫に臆し、上津君と柴埼君が小さく悲鳴を上げる。犬童さんは掠れた声で彼を呼ぼうとし声を詰まらせ、西部さんは青ざめたまま俯いている。

 元より張り詰めていた空気がより重苦しいものへと変わる。



 ……その傍らで、


「ウィンナーコーヒーがウィンナーの浮いたコーヒーじゃないって、どういうことなの、そまり……」

「俺達が飲んでたコーヒーはいったい……」


 と驚愕するお嬢様とベイガルさんも、まぁ重苦しい空気を纏っていると言えるだろう。




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