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【完結】集団転移に巻き込まれても、執事のチートはお嬢様のもの!  作者: さき
第六章

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03:相談事

 


 お嬢様と一つの布団で眠るとなれば、一睡も出来ぬ理性と欲望のせめぎ合い……となるかと思っていたが、意外なことにぐっすりと眠れた。

 もちろんお嬢様に不埒なことはしていない。起き抜けのお嬢様に念のため確認したが、体の痛みも喪失感も無かったという。

 俺の欲望もそこまでだったのか、もしくは自分で思っていた以上に理性が強かったのか。


「なんにせよ、昨夜はお嬢様のおかげでよく眠れました」

「良かったわ。だって、今日は何か大事なことがあるものね」


 裏を含んだようなお嬢様の言葉に、俺は思わず目を丸くさせてしまう。

 その表情が面白かったのかお嬢様が悪戯っぽく笑い、「そまりの事ならなんでも分かるわ」と俺をツンと突っついてきた。

 どうやら全てお見通しだったようだ。

 昨夜眠れなかったことも、そして今日のことも……。


「さすがお嬢様、お見逸れいたしました」


 恭しく頭を下げて称えれば、お嬢様が得意げに胸を張った。

 ……だがさすがに企んでいる内容までは分からないようで、得意げに胸を張りつつもそっと俺の横につき、「後でちゃんと説明してね」と言ってくる。なんて可愛らしいのだろうか。




 そんな愛らしさと可愛さの詰まったお嬢様と共にギルドへと向かう。

 中に入れば既に受付嬢や西部さん達が仕事についており、お嬢様が「杏里ちゃーん」と嬉しそうに探し物屋へと駆けていった。朝の挨拶を交わし、次いでお嬢様はかわいいものカフェへと向かう。

 オシー達の頭を一匹ずつ撫でて回り、そして最後にカフェの一角で本を読んでいた犬童さんの頭まで撫でた。冗談めいたこのやりとりに、犬童さんどころか見ていた客達までもが笑う。


「それではお嬢様、俺は依頼をこなしに行ってきます。今日は簡単な採取のみなので、三時頃には帰ってこれるかと。カフェのお仕事、頑張ってくださいね」

「分かったわ。そまりも無理をしないようにね」

「えぇ、ではいってらっしゃいのハグを。なんだったらキスでも、いえ、キスの方が!」

「もう、そまりってば。ベイガルさんが今まさに射抜かんばかりの鋭さで睨みつけているのよ」


 自重して、とお嬢様が俺の腕を突っついて咎めてくる。

 昨夜は自ら俺の布団に入りそのうえキスまで――目測を誤ったが――してきたというのに、今は一転して恥じらいを見せる。なんてTPOを弁えた淑女なのだろうか、TPOのOはお嬢様のO。

 そんなお嬢様に見届けられ、俺はチラとベイガルさんを一瞥してギルドを後にした。





 出掛けにお嬢様に説明したとおり、今日の依頼は簡単なものだ。

 森に入り、奥地に生えている薬草を採取する。それだけである。

 だがその森はリコルさんやシマエさん達の住む森であり、人間がむやみに立ち入ることは好ましくない。時にはエルフや獣人達から敵意を向けられる恐れすらある。

 というわけで、彼等に縁のある猫の手ギルドに依頼がきたのだ。


 さっそく森に入って彼等に事情を説明すれば、採取の許可どころかラナーさんが案内を買って出てくれた。

 森の奥地に来るなら疲れさせてしまうとお嬢様を置いてきたが、案内してもらえるなら一緒に行っても問題なかったかもしれない。


「満田さんの様子はどうですか?」

「特に問題はない。最近は人間がこの森に来ると橋渡しをしてくれるようになった」

「橋渡しですか」


 意外だと俺が目を丸くすれば、ラナーさんが一度頷いた。彼の尻尾が揺れる。

 この森に来た当初こそ人間の男性に対して恐怖心を抱いていた満田さんだが、どうやら最近はそれも癒え、エルフや獣人達と人間との仲介をしているらしい。


 事の発端は、森に無断で入り込んできた冒険者の集団。

 一部のエルフや獣人達は彼等を侵入者と考え、人間が再び森を汚しに来たのではと警戒態勢を取りかけていたという。

 そこを満田さんが間に入り、冒険者達がただ迷い込んだだけだと聞き出し、森の出口まで案内し解決まで導いたのだ。

 エルフや獣人に対しては警戒していた冒険者達も、人間の、それも年若い満田さんには警戒を解いて内部事情を話したのだろう。


「なるほど、満田さんもこちらで出来ることを見つけたんですね」

「あぁ、俺達も助かっている」


 話しながら歩くラナーさんに嘘をついている様子や過剰に話している様子はない。そもそも彼等獣人は嘘やお世辞を嫌うというのだから、満田さんの橋渡しは純粋にこの森の役に立っているのだろう。

 良いことだ、と話を聞きながら頷く。

 元いた世界に帰れないのは満田さんも同じ。となれば、彼女もこちらの世界での生活の基盤を築くべきだろう。



 そんな話をしつつ森を進む。

 目的の薬草は随分と入り組んだ奥地にあるようで、これは案内が無ければなかなか面倒な依頼になっただろう。危険は無いが、戻りの時間が遅くなっていたかもしれない。


「ありがとうございます。おかげで予定通りに戻れそうです」

「お前に助けられたことに比べればこのぐらい造作ない。お前はこの森と祖先を救った、俺達やエルフにとって命の恩人とも言える」

「そんな、大袈裟ですよ。……というか、もしかしてまだ毎夜歌ったり吠えたりしてます?」

「安心しろ。俺達の感謝は尽きることはない。夜ごとエルフは歌い、俺達は吠え、感謝を示している」


 ラナーさんが誇らしげに頷いてくる。いったい何を安心しろというのか。

 相変わらずこの森の生き物は本当に人の話を聞かない。

 これは確かに満田さんという仲介役が必要だ。思わず「今度満田さんと話をさせてください」と肩を落とした。




 そうしてギルドへと戻れば、「そまり、おかえりなさーい」と愛らしい声と共にお嬢様が俺を出迎えてくれる。

 ぱふんと抱き着いてくるお嬢様のなんて愛らしいことか。俺も抱きしめて返し、労いの言葉を受け取る。

 そんな俺達のやりとりに、小さな笑い声が入ってきた。

 見ればマイクス君が苦笑しながらこちらに近付いてくる。


「そまりさん、相変わらずですね」

「こんにちはマイクス君。今日もお仕事ですか?」

「えぇ。ベイガルが珍しくシアム王子に手紙を出すらしいんで、それを受け取りに来ました。普段は返事すらしないのに、たまに自分から手紙を出すんですよね。どういう風の吹き回しなんだか」


 まったくと言いたげにマイクス君が横目でベイガルさんを見る。

 その視線に気付いたのか、受付嬢と話をしていたベイガルさんが「ひどい言い草だな」と文句を言いつつこちらに近付いてきた。手には封筒を持っており、どうやらそれがシアム王子あての手紙のようだ。


「裏があるように言うなよ。俺だってたまには家族に手紙くらい出す」

「おや、そうなんですか。てっきり一切の連絡を断絶したいのかと思いました」

「本音を言えば父親と兄とは断絶したいところだが、母親に心配かけるわけにはいかないからな。それに手紙の最後で昔よく食べた料理や菓子を懐かしめば、次の手紙には店への紹介状が同封されている」

「そうやって王家御用達のシフォンケーキだの何だのを用意していたわけですね」


 なるほど、と思わず頷いてしまう。

 思い返せば、ベイガルさんは例のシフォンケーキをはじめ希少なスイーツを多々手に入れていた。聞けばギルド長会議に出席する際にも茶菓子として持って行っているという。当人ですら『王家御用達』だの『紹介状必須』だのと言っている代物だ。

 それを頻繁に用意するのだから何かしら手堅いルートがあるのだろうと思っていたが、なるほど納得である。


 マイクス君が呆れを込めた表情を浮かべ、それでもと手紙を受け取って鞄にしまい込んだ。呆れて口を挟む気にもならないのか、もしくはお家問題には関わるまいと考えたか、もしくは仕事をこなして金を貰えればいいと割り切ることにしたか。

 そんなマイクス君の態度にもベイガルさんは悪びれる様子無く、「急ぎの仕事じゃないからゆっくりしていけ」と一声かけて去っていった。いつものテーブルに向かうあたり、オシーを撫でながら書類仕事でもするつもりか。


「ゆっくりしていけとの事ですし、カフェでお茶でもどうですか? ごちそうしますよ」

「そうですね。せっかくですからお言葉に甘えようかな」


 俺の誘いに、マイクス君が応じる。

 もっとも、カフェといっても可愛いものカフェである。結局のところギルドの一角、それどころかベイガルさんが仕事をしているテーブルの隣だ。

 俺達が座れば、お嬢様がちょこちょこと近付いてきた。エプロン姿で注文を聞くお嬢様の姿の愛らしさといったらない。思わずウィンナーコーヒーのウィンナー増しと、店員さんへのサービスで好きなものを注文してくれと頼んでしまう。

 お嬢様が「小粋なお客様」と俺を誉めつつ厨房へと戻っていく。なんて愛らしいのだろうか。

 その際に聞こえてきた「杏里ちゃん、そまりのおごりよ! 好きなものを頼んで良いって! このお店で一番高いものを頼んで売上アップよー!」という声にも愛おしさが募る。――なんて商魂逞しい――

 このやりとりに、向かいに座ったマイクス君が苦笑する。


「ここのギルドは相変わらずですね」

「そうですか? 俺は余所のギルドにはあまり行かないので、他がどんな雰囲気なのかは分からないんですけど」


 俺が依頼を受けているのは、ここ『猫の手ギルド』のみである。

 依頼の関係で余所のギルドに顔を出したことは数回あるが、それも簡単な手続き程度だ。受付嬢や偶然居合わせた顔見知りとは話をするが、余所では基本的に長居はしない。

 だが俺のようなタイプは別段珍しいわけでもないらしく、マイクス君曰く、一カ所のギルドに居着いて殆ど専属となる冒険者もいれば、依頼重視であちこち転々とする者もいる。まさに自由な仕事だ。



「どんなギルドが良いかは人それぞれですね。大きなギルドは登録者も多いのでどうしても業務的になってしまうんですが、そのぶん高額な依頼が多いし、腕の立つ冒険者が集まります。逆にここみたいな小規模なところは依頼の質は落ちますが、初心者にも適しているし融通も利きます」

「なるほど。確かにうちは初心者には適してますね。世話好きが多いし、そもそもギルド長があれですし」

「実をいうと、僕も初心者の冒険者に相談されるとよくここのギルドを紹介するんです」


 マイクス君が苦笑しながらギルド内を見回す。

 ベイガルさんはもちろん、ここのギルドに登録している冒険者は世話好きが多い。

 類は友を呼ぶというものか。お人好しなギルド長のもとにはお人好しな冒険者が集まるのだろう。

 そう俺が結論付ければ、マイクス君が楽しそうに笑った。


 そんな俺達のテーブルに、カップを二つトレーに乗せたお嬢様がちょこちょこと近付いてくる。

 そうしてコーヒーを二つテーブルに乗せると「ごゆっくりどうぞ」と軽く頭を下げて去っていった。

 なんて神がかった接客だろうか。ウィンナーが5本浮いた――というかもはや5本みちりと詰まった――コーヒーが輝いて見える。


「おや、マイクス君は紅茶にしたんですか。せっかくですからカフェ自慢のウィンナーコーヒーにすればいいのに」

「いえ、僕は紅茶が好きなんで……」

「そうなんですか。……あ、見てください! ウィンナーコーヒーのウィンナーの中に一匹タコさんウィンナーが潜んでますよ!」


 コーヒーの中から顔を覗かせるタコさんに俺が感動していると、マイクス君が溜息を吐いた。哀愁すら感じさせる深さの溜息だ。

 年下の少年に吐かせて良い溜息ではない。そう考え、コホンと咳ばらいをして場を誤魔化すことにした。


 そうして互いに注文した飲み物に口を着けて一息つき……ふと聞こえてきた声に揃えて視線を向けた。

 犬童さんがベイガルさんを呼び、彼の向かいに腰を掛ける。

 随分と深刻な表情をしており、彼女の様子から何かしら察したのかベイガルさんも手元の書類を傍らに寄せて聞く体制を取った。

 普段の犬童さんらしからぬ雰囲気に、自然と俺とマイクス君の会話も止まる。


「ちょっと、相談良いですか? 上津君と柴埼君のことなんですけど……」

「構わないが、あの二人がどうした?」

「彼等に、王都とか……別の場所で生活してもらいたいんです……」


 躊躇うような犬童さんの話に、ベイガルさんが「別の場所?」と尋ねて返した。


 上津君と柴埼君は、先日の一件で救助された小津戸高校の男子生徒だ。

 こちらの世界に来てからは暴力の日々に晒されていたようだが、その傷も今はだいぶ癒え、現在は宿の一室を間借りして犬童さんの原稿の手伝いやギルドの雑用を主な仕事としている。

 以前は犬童さんに嫌がらせをしていたが、ほかでもないその犬童さんに助けられたことで改心し、心からの謝罪のうえに友好関係を築いている。


「……そう、聞いていたんですけど」


 マイクス君が小声で尋ねてくる。その表情は「違うんですか?」と俺に答えを求めているが、俺は小さく頷くだけで返した。

 彼が疑問に思うのも無理はないだろう。今の犬童さんの声色からは到底友好関係を築けているとは思えない。言い難いことがあるのか躊躇い、らしくなく歯切れが悪いのだ。

 ベイガルさんもそれを気にし、「なにかあったのか?」と諭すような声で促した。犬童さんが俯き、それでも言葉にしにくいのか「ちょっと……」と濁す。


「なにかっていうか……やっぱり、うまくいかなくて。だから出来れば、彼等には離れた場所に行ってもらいたいなって……」

「そうか……。まぁ、住む場所と仕事の斡旋なら任せてくれ。それで、いつからが良い?」

「我がまま言って申し訳ないんですけど、出来るだけ早めで……。それで、あの、彼等に話す時には私の名前は出さないでほしいんです……」

「あぁ、分かった。それなら今夜にでも二人をここに呼んで話をする。王都の仕事を頼みたいとでも言っておけば疑わないだろ」


 うまく話をつけておくとベイガルさんが告げれば、犬童さんがほっと安堵の息を吐いた。改めるように頭を下げて頼む姿には安堵の様子さえ見える。

 そうして犬童さんは椅子から立ち、お嬢様と西部さん達のもとへと向かっていった。どうやらお嬢様達のところまでは話し声は届いていなかったようで、二人は楽しそうにお茶をして犬童さんを歓迎している。


「なにか、あったんでしょうか」


 お嬢様達とお茶をする犬童さんを見つめ、マイクス君が小さく呟く。

 どことなくいつもの声よりも低く、彼らしくない冷ややかさを感じさせる声だ。犬童さんを見つめる瞳も鋭く、まるでそこに別の誰かを見ているかのよう。

 だが次の瞬間にはパッと表情を普段の爽やかな青年のものに戻し「そまりさんは何かご存じですか?」と尋ねてきた。その様子だけを見れば、ただ気になって尋ねてきただけに見えるだろう。


 そんな問いかけに、俺もまた普段通り何食わぬ顔で、


「さぁ、俺は何も」


 とだけ返した。




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