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【完結】集団転移に巻き込まれても、執事のチートはお嬢様のもの!  作者: さき
第六章

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01:異世界あらため

 


「俺は常々、こちらの世界を『異世界』と呼んでいました。ですが最近思うところがあるんです」


 そう真剣味を帯びた声色で話せば、向かいに座るベイガルさんがコーヒーを飲みつつオシーを撫で、なおかつ書類に何やら書き込みながら「そうか」と答えた。

 相変わらずのながら作業である。だが今更な話なので文句を言うこともせず、チラと可愛いものカフェへと視線を向けた。


 お嬢様が犬童さんと共に猫っぽいものとドラゴンに囲まれている。

 先日つつがなく行われた3メートルデイを撫でて労う姿の愛らしさといったらない。

 次いでマチカさんがギルドに姿を見せると、嬉しそうに駆け寄っていった。椅子に案内すると膝掛けを渡し、暖かいものを振る舞う姿はまさに天使。

 そんなお嬢様を眺めていると、俺の中の考えが確固たるものとなっていく。


「俺達は別世界からきました。だからこそ今日までこちらを『異世界』と呼んでいた。ただ思うのです。お嬢様が存在しているこちらの世界が、はたして『異』なるものなのか!」

「犬童、後で良いから帰る前にドラゴンについて教えてくれ。研究所から質問がきてる」

「お嬢様が存在しているこちらこそが正しき世界。俺にとって居るべき世界! ならばこちらを『異世界』と呼ぶのはおかしいのです!」

「西部、悪いんだが手が空いてたら何か食うもん作ってくれないか?」

「色々と慌ただしく過ごしてきましたが、こちらに来てだいぶ経ちます。生活も安定していることですし、お嬢様が居るこちらの世界を正しいものとして、永住を考えるべきだと思うんですよね。……で、ここからが本題なんですけど」


 改めて話を仕切るように『本題』という言葉を口にすれば、今までよそに向けて話をしていたベイガルさんが「なんだ」と改めてこちらを向いた。

 どうやら俺のお嬢様談義を話の前振りとでも考えて無視していたようだ。なんて失礼なのだろうか……と思いつつ、これもまた今更なので言及しないでおく。


「俺やお嬢様達がこちらに来てだいぶ経ちますが、戻れる気配は一つもありません」


 こちらの世界に来てから早数ヶ月……どころか、そろそろ一年がたつ。いまや世界の仕組みも殆ど理解し生活も安定し、俺達の生活を見ても疑問に思う者はいないだろう。

 最初こそ異世界の文字を理解出来ずにいたお嬢様や西部さん達も、今では日常生活に必要な読み書きは難なく出来るようになった。

 それどころか、カフェ経営やギルドの契約について等々、必要な知識を得ようとしている。お嬢様達なりにこちらの世界での生活を考えているのだ。


「ある日突然こっちの世界に来たんだから、またある日突然もといた世界に帰れる……なんて楽観視も出来ません。いい加減、こちらの世界を『異世界』と捉えず、永住を念頭に置いて生活していくべきだと思うんです」

「そうだな。西部達には流石に言えないが、第三者の意見として言わせてもらうと、お前達が元いた世界に戻れる可能性は低いと思う。諦めろとは言わないが、こっちの世界で暮らしていくことを考えた方が良いだろう」


 きっぱりとベイガルさんが断言する。

 だが断言しつつも声を潜めているのは、お嬢様や西部さんに聞かせるのは酷だと考えているからだろう。


 元いた世界に帰れない、つまり家に帰れない。家族とも会えない。

 親の保護下で生活していたお嬢様達に突きつけるには、あまりに非情な話だ。とりわけ、お嬢様はもちろん、西部さんや犬童さんも家族仲は良好だったようなので尚更。


 そういったことに無頓着、かつ唯一縁のある肉親こと爺が諸悪の根源である俺からしてみれば「ですよね」と軽く受け入れられるが、お嬢様達ならば酷くショックを受けるだろう。薄々感づいているかもしれないが、それでも胸を痛めるに決まっている。

 かといって、いつまでも現実から目を背けているわけにはいかない。

 問題を先送りにするのはお嬢様達の為にはならない。


 そう俺が話せば、ベイガルさんが頷いて返してきた。

 彼はこちらの世界で生まれ、育ってきた身。先程自分でも言っていた通りこの件に関しては第三者だ。それでも真剣に話を聞いてくれるあたり人の良さが伺える。

 俺とお嬢様を拾ってくれたのが彼でよかった。


「だからこそ、改めて確認しなくてはならない事があります。なにより重要な事です」

「なにより重要なこと……?」


 俺の真剣な声色に当てられたのか、ベイガルさんが手を止めてじっと俺を見据えてくる。

 そんな彼の視線を受けつつ、俺は再びお嬢様へと視線をやった。

 マチカさんからの依頼書という名の買い物メモを眺め、「今日はシチューですのね。それと……明日はアップルパイを焼く予定でしょうか」と話している。ーーどうやら正解だったようで、マチカさんが微笑ましそうに焼いたらパイを持ってくると告げた。明日のギルドはアップルパイパーティーが開かれることだろうーー

 そんな麗しいお嬢様を眺め……、



「こちらの世界では、女性の成人って何歳ですか?」



 と、ベイガルさんに尋ねた。

 俺の質問を待っていたベイガルさんが、僅かに呆然とした後「……は?」と間の抜けた声をあげる。聞いたばかりの言葉が理解出来ないと言いたげな表情だ。


 だがこれは、こちらの世界での永住を考えるにあたり重要な事だ。

 いや、これほど重要な事はない。


「俺は諾ノ森家の旦那様に『お嬢様が成人するまで手を出さない』と誓いました。元いた世界の日本では成人は二十歳とされています。ですが、こちらの成人が別の基準であれば、俺はそれに従うまで!」

「本音は?」

「こっちの成人年齢によっては、俺はお嬢様が二十歳になるまで待たなくて済む! というか待ちたくない! それをふまえて、ベイガルさん、こちらの成人年齢を教えてください!」


 俺が意気込んで問えば、ベイガルさんが眉間に皺を寄せて露骨に嫌そうな顔をした。果てには「気持ち悪……」とまで言ってくるのだ。

 このオッサンモドキ、相変わらずオブラートという概念が無い。

 だが気持ち悪がっても答える気はあるのか、「成人ねぇ」と呟いた。


「お前達の世界では国規模の規定があったみたいだが、こっちの世界には『この年齢で成人』っていうはっきりしたものは無いな」

「そうなんですか? お酒や煙草はこの年齢に達したらとか、その手の決まりは無いんですか?」

「酒も煙草も、さすがに見て分かるぐらいのガキには売らないが、ある程度の外見と金さえあれば手に入れられる。いつから解禁するかは本人と家族次第だな」

「それなら仕事は?」

「仕事なんて、それこそ本人の環境次第だろ。現に俺は十三で家を出て、すぐにギルドに登録して働いてる」


 ベイガルさんの話に、なるほどと頷いて返す。

 曰く、こちらの世界においては『成人』という決まった年齢は無いらしい。酒や煙草、仕事、結婚……そういったものを解禁する年齢を決めるのは、国ではなく本人と環境だという。

 それでも思い当たる節があったのか、ベイガルさんが「そういえば……」と話し出した。


「女性の成人っていうのとはちょっと違うが、デビュタントは年齢が決まってたな」

「デビュタントですか。なるほど、それは麗しく気高く品のあるお嬢様に相応しい基準かもしれませんね」


 デビュタントとは、社交界デビューを迎える女性の事を示す。

 元居た世界では、異国の、それも一部の上流階級にのみ残されている昔の文化だ。

 だがこちらの世界では一文化として健在らしい。といっても、もちろんこちらの世界でも上流階階級のみの文化であり、ベイガルさんが「ギルド長には無縁の世界だがな」と皮肉気味に笑った。


 そんなベイガルさんの話に、俺の中で期待が湧く。


 日本での成人は二十歳とされていた。

 だが異国どころか異世界のデビュタントとなれば、二十歳を下回る可能性はかなり高い。

 そう考え、期待を込めてベイガルさんの話の続きを待てば、彼は「確か年齢は……」と呟き、


「十六歳、だったかな」


 と、うろ覚えながらに年齢を口にした。

 その瞬間、俺が立ち上がりガッツポーズを決めたのは言うまでもない。


「勝った! 俺の大勝利!!」

「……あくまで、この国のデビュタントの年齢だからな。それも絶対的な決まりってわけじゃない」

「いいえ、第二王子であらせられるベイガルさんが言うのだから間違いありません。今この瞬間、俺の中で、この国の成人年齢は十六歳と決定されました! ありがとうベイガルさん、貴方に出会えてよか」

「それ以上言うな! お前に感謝されると洒落にならん!」


 俺の感謝の言葉を、ベイガルさんが慌てて遮る。

 きっと以前に俺に感謝され、その後にシアム王子の訪問を食らったことを思い出しているのだろう。若干青ざめているあたり、兄弟間の溝はいまだ深い。ーーいくらベイガルさんが深く溝を掘っても、シアム王子は気付かず飛び越えてきそうだがーー


「安心してください。感謝して相手に不幸が訪れるのは、俺が欲も裏も無く純粋に感謝した場合です。今の感謝は、欲と裏にまみれ、溢れんばかりの下心から発せられた感謝です」

「それはそれで気持ち悪い」


 うぇ、とベイガルさんがくぐもった声で不満を訴えてくる。失礼極まりない。

 そんな俺達の会話が気になったのか、お嬢様が不思議そうに首を傾げつつ俺達のほうへと近付いてきた。それと、サンドイッチとコーヒーをトレーに乗せた西部さんも。


「お嬢様、つかぬ事をお伺いしますが、お嬢様はおいくつでしょうか?」

「私の年齢? それなら十五歳よ。もうすぐ十六歳になるわ!」


 誕生日が近いとお嬢様が嬉しそうに告げる。

 それを聞き、西部さんがパーティーをしようと提案しだした。お嬢様も喜んでおり、なんとも微笑ましいやりとりである。


「ところでお嬢様、先程ベイガルさんから聞いたんですが、こちらの世界では成人という規定年齢は無いようです」

「あら、そうなの? それなら幾つになったら大人を名乗れるのかしら」

「そこで、俺はお嬢様のために……あくまで、お嬢様のために、成人と言える年齢規定は無いのかと話を聞いたんですが、この国でのデビュタントは十六歳だそうです。十六歳になれば立派なレディ、大人を名乗れます」

「そうなのね! 十六歳なら、すぐに私も大人に……」


 大人になれる、と言い掛け、お嬢様が言葉を止めた。

 ポッと頬が赤く染まる。次いで両手で顔を隠し「そまりってば!」と可愛らしい声で俺を咎めだした。俺の言わんとしていることを察したのだろう。恥じらう姿が堪らない。

 そんなお嬢様の隣では西部さんが不思議そうに首を傾げている。だが恥じらうお嬢様にコソリと耳打ちされると、事態を察したのか顔を赤くさせて捜し物屋へと逃げていってしまった。

 お嬢様も頬を赤くさせながら「マチカさんの依頼をこなすのよー」とパタパタとギルドから去って行ってしまった。


「あぁ、恥じらうお嬢様の後ろ姿のなんて愛らしいことか。お嬢様が十六歳になるまであと少し……。お嬢様が成人するまであと五年と耐えていましたが、まさかここで短縮出来るなんて。異世界万歳、いえ、こちらの世界こそ俺にとって居るべき世界、我が世界万歳!」

「もはやお前を止める気にもならん」


 呆れをこれでもかと込めてベイガルさんが溜息を吐く。

 それに対し、さすがに俺も興奮しすぎた自覚はあるので、コホンと咳払いをして落ち着いたことを示しておいた。

 次いで「それで話なんですが」と改めて、可愛いものカフェの一角でオシーを撫でていた犬童さんに視線を向ける。

 ちなみに彼女は俺達が話している間、一貫して加わることなくオシーを撫で続けていた。聞こえていなかったのか、もしくは聞こえた上で加わるまいと考えていたのか。


「犬童さん、ちょっと来て頂いて良いですが?」


 俺が名指しで呼べば、犬童さんが微妙に怪訝な表情で立ち上がった。ーーこの表情を見るに、多分聞こえた上で加わるまいとしていたのだろうーー


「いくら18禁すれすれを描いているとはいえ、あまり生々しい話は聞きたくないんですけど……」

「ご安心ください、さすがにその話はもう終わりです。こっちの世界で生きていくための話をしたいんです」


 俺が話せば、怪訝だった犬童さんの表情が真剣なものに変わった。

 僅かに強ばりつつ、それでも一脚に腰掛けてじっと俺を見据えてくる。


 彼女もまた、元いた世界に戻れない可能性を感じているのだ。


 お嬢様はカフェの経営を、西部さんはギルドの契約について学んでいる。そして犬童さんもまた、最近ではこちらの世界の絵画や書物について学び始めた。先日はベイガルさんの口利きで王立図書館を見学していた。

 元より読書や創作物が好きな彼女は、こちらの世界で生きるにあたり、その手合いの仕事が出来ないかと考えているのだろう。幸い、国家レベルのコネ保有者が身近にいるのだから無理な話ではない。


「諦めたわけではないとはいえ、犬童さんも西部さんも、こちらの世界で生活を続けられるようにと行動していますね」

「そうですね……。なんとなくですが、こういう事を勉強したいとか、こんな仕事に就きたいとか、そういう話はするようになりました」

「悲観するでもなく前向きに検討する、良いことだと思います。……なので、ぜひ犬童さんに協力して頂きたいんです」

「協力……?」

「えぇ、今回の件、どうして俺達がこちらの世界に連れてこられたのか、裏で誰が糸を引いているのか……」


 黒幕がいると暗に伝えれば、犬童さんの顔色が一瞬にして青くなった。

 こちらの世界に連れてこられたことを、きっと彼女は『偶然』と考えていたのだろう。

 偶然、運悪く、自分達だった……と。

 そうではないのかと言いたげな表情に、俺は首を横に振って返した。ベイガルさんもこの話には眉根を寄せ、じっと俺を見据えて話の続きを促してくる。


 俺の考えはまだ憶測でしかない。

 だが多分、いやきっと……この憶測は正解だろう。

 だからこそ、


「こちらの世界で生きていくため、答え合わせをしましょう」


 そのために協力してほしいと告げれば、犬童さんとベイガルさんが真剣な表情で頷いた。



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