11:ハートをつくる、とは
秘密裏の闘技会というだけあって、初戦の男ほどではないが誰もがみな敵意に満ちている。殺そうという明確な意思こそ感じさせないが、確実に相手を仕留めようとしかけてくる。
かといって殺すことに執着しているわけではなく、相手が降参すれば殆どの者があっさりと手を止めるのだ。その際に勝利の余韻から煽りや侮辱の言葉は吐くが、追撃やとどめをささないだけマシだろう。
要は『勝った』という事実と、その高揚感が彼等にとって何より重要なのだ。あっさりと相手が降参したとしても、それは「圧倒的な力の差で長引かせず終わらせた」という誇示になるのだろう。
『闘技会』と呼ぶには物騒で血生臭く、さりとて『殺し合い』というほどの殺意はない。
無茶で無謀な力自慢達のルール無用の腕試し。その最中にうっかり殺したり殺されたりするだけなのだ。
今俺が相手をしている男も同様、無茶で無謀な男だ。俺がオレンジ色に灯したペンライトでぶっ叩いたせいで右肩から大きくひしゃげているが、屈することなく左の拳で殴り掛かってくる。だが半身を負傷した一撃は元々の威力の半減程度しかなく避けるのは楽だ。
軽く半歩後ろに下がることで躱せば、男がギリと歯ぎしりをして睨みつけてきた。
その顔色はだいぶ青ざめている。それと左足も引きずっており、見れば足首より少し上という本来あるべきではない場所が曲がっている。
満身創痍、それでも戦おうとする様は見事だ。やったのは俺なのだが。
「もう勝敗は決しているに近いので、降参した方が良いと思いますよ。今ならお医者様に見てもらえば何とかなりそうですし」
「うるせぇ……。お前のその澄ました顔に一発ぶちこまないと気が済まねぇ……!」
「それなら構いませんけど。長引くなら俺もお嬢様のファンサービスに応えられますし。……あ、お嬢様が『そまり ハートつくって』ってうちわを振ってる! ハートってどうやって作るんですか!? 知ってます!?」
「俺に! 聞くな!! くそ、ちょこまかと……!」
「ハート……ハート……? 貴方の心臓を抉りだして掲げればいいんですかね……」
「お前の思考回路はどうなってるんだ……。というか、せめて一撃ぐらい!」
一撃は当てたいと男が左の拳をふるってくる。満身創痍ではありつつも速度も威力もなかなかのものだ。
だがいかに強靭な一撃であろうと、お嬢様に応援されている俺には届かない。半身よじって男の拳をかわし、代わりにペンライトを左腕と負傷した右肩に叩きつけてやった。
骨が折れる感触が手に伝わり、男の悲鳴が続く。ダラリと両腕を垂らすのは先ほどの一撃でいよいよ両腕がいかれたのだろう。
「ハート……心臓を……心臓を抉ってお嬢様に捧げねば……」
「ま、待て、さすがにもう戦えねぇ……。降参だ、降参する。降参するから血走った目で俺を見るな!」
「降参は認めぬ……心臓を……貴様の心臓をよこせ……」
「おい、あっちでなんかやってるぞ!」
後ずさった男がひしゃげた腕を上げて一方を指さす。
勝手に設けた観客席だ。そこではお嬢様が愛らしく『そまり ハートつくって』と書かれたうちわを振り、その隣では西部さんが……。
両手の親指と人差し指をつけ、ハートマークをつくっていた。
「なるほど、ああやってハートマークを作るんですね! お嬢様、ハートマークですよ! 俺からのファンサービスを受け取ってください!」
「……こ、降参したいんだが」
「降参ですね、かしこまりました。ではこれにて閉幕ということで。お嬢様、ハートマークです! 俺のハートマークはお嬢様のものですよ!」
両手でハートマークを作ってお嬢様達の方へと向けて振れば、お嬢様が嬉しそうに表情を明るくさせた。俺のファンサービスに興奮しているのか、隣に座る西部さんの腕を掴んできゃっきゃとはしゃいでいる。
あれほどはしゃぐお嬢様を前にすれば、もう対戦相手などどうでもいい。それでもすごすごと帰っていく背中に一応の労いをこめて「お疲れさまでした」と告げておいた。
お嬢様への愛おしさが胸を占めるが、こういった時の挨拶は欠かしてはいけない。他の参戦者達は挨拶もなく口にするのは罵詈雑言や侮蔑恨みの言葉のみだが、仮にも俺はお嬢様に仕えているのだ、きちんと挨拶をせねばお嬢様の評価を落としかねない。
……のだが、なぜか「次会ったらぜってぇ殴り殺す」という恨みがましい返事をされてしまった。
今までのどの試合も最後には――相手が白目を向いて気絶していても――きちんと挨拶をしているのに、罵詈雑言で返されてしまう。
「まったくなんて野蛮なんだか、皆さん礼儀がなってないですね」
「……お前、あれだけ煽っておいて本気でそれ言ってるのか」
「ハリアンさん。煽るって俺がですか? 俺が誰を? 俺はお嬢様の愛らしさに常に欲望を煽られて……いえ、なんでもありません」
うっかり出そうになる本音を咳払いで押さえる。
そうして改めてハリアンさんへと向き直れば、彼はあきれたと言いたげに俺を睨みつけている。口元が切れて赤くなっており、頬に擦り傷ができて血が滲んでいる。見れば手首にも包帯を巻いている。
彼も俺同様に幾度と試合をこなしており、その最中に負傷したのだろう。といっても他の参戦者と比べれば軽傷の部類だ。聞けばそうとう腕が立つらしく、この闘技会でも幾度か優勝や好成績を収めているのだという。
「そんな方にお声を掛けて頂いたなんて、光栄に思わねばいけませんね」
「いっさい俺の方を向かずに手で変な形を作ったままでよく言えるな」
「これでも友好的な態度で……。お嬢様がランチボックスを掲げている! ランチタイムならぬ夜食タイム!」
お嬢様がランチボックスを掲げて俺に手招きをしている。なんて愛らしいのだろうか。
この物騒な闘技会の中でもお嬢様の清らかさは失われず、あの一角だけは爽やかさを纏っている。負傷し血反吐を吐いたり足を引きずっている者達がぎょっとしているが、外野なんて驚かせておけばいい。
「ハリアンさんもご一緒にどうですか? お嬢様の手作り料理は食べさせませんが、西部さんと犬童さんが作ったものならさしあげますよ」
「……遠慮しておく」
「そうですか、ではまた食後に。……そういえば」
言いかけ、窺うように周囲に視線をやる。
夜の闇の中、等間隔に設けられた街灯が闘技会周辺を照らす。そこにいるのは一触即発の空気を纏い、自分の試合を今か今かと待つ戦いに飢えた男達。
この場にいるのは勝ち進んでいる者達だけだ。敗者の姿は無い。ルール無用という荒々しさからか、敗者の殆どは再起不能か満身創痍、残ってのんびり観戦などという余裕もないだろう。
それらを眺め、さも「いまふと思いついた」と言いたげな声を取り繕った。
「賞品の少年二人はどこにいるんですか?」
「賞品か? それなら最初にお前を案内した建物だ」
「普通はこれ見よがしに飾りそうなものですが、屋内に隠してしまうんですね。彼等を連れていた方も見かけませんが」
「俺も詳しくは知らねぇが、あいつは出場しないみたいだな。仲間と一緒に建物の奥に籠ったきりだ。ガキ二人差し出して得た金でも数えてるんだろ」
「お金……。聞いていて気分の良い話じゃありませんね」
「俺もあんまり気分は乗らないな。あのガキ二人も厳重に管理してるみたいだが、試したいって奴には遊ばせてるみたいだし」
悪趣味だねぇ、とハリアンさんが鼻で笑う。どことなく侮蔑を込めた笑い方だ。
どうやら彼自身は今回の賞品には興味はないらしい。それどころか毎度参戦している闘技会に異物が紛れ込んだと難色を示している。それもただの異物ではない、随分とキナ臭い異物だ。
「あの時、賞品の少年達を連れていた人と他にもいましたよね。小柄でフードを被った方とか。あの方もいませんね」
「あぁ、あいつか? そういえばいねぇな。まぁ、全員参加ってわけでもねぇし、怖気づいたか面倒にでもなったんだろ」
そういったことは珍しくない、とハリアンさんが話す。
もとより無認可で行われている闘技会、誘われたからといって参戦する義務もない。直前まで参戦する気でいても当日になって「やっぱりやめた」も有りだという。
「あのフードの奴は妙に賞品のガキ共を見てたから、噂を聞いて来たは良いが、実物を見て興味なくしたのかもな」
「興味をなくした……」
「それよりお前、いいのか? あっちでもう飯食い始めてるぞ」
「そんな! 俺の応援なのに俺抜きで!?」
酷い! と慌てお嬢様達の元へと向かえば、ハリアンさんがまったくと言いたげに溜息を吐くのが聞こえてきた。




