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【完結】集団転移に巻き込まれても、執事のチートはお嬢様のもの!  作者: さき
第五章

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05:美味しいデザートと良い話



 保城さんが提案したデザート屋は、彼女達が営むレストランのある街から乗り合い馬車で十分程度離れた街にあった。

 そこは元いた街よりも活気があり、人の行き来も多い。王都ほどではないとはいえ、そこそこ栄えている街なのだろう。

 路地裏や小道には治安の悪さが伺えるが、大通りを歩いてデザート屋に行くぐらいならば支障はないはずだ。


 ……と思っていたのだけど。


「お前、猫の手ギルドのそまりだろ?」


 そう俺に声を掛けてきたのは、路地裏からひょいと顔を出してきた一人の男。

 いかにも怪しいといった風貌の男の口から『猫の手』という単語が飛び出すのは違和感を覚えるが、俺の所属名なので素直に頷いて返した。

 男の目が品定めするように俺に向けられる。露骨な視線は気分が悪い。

 不審な空気を感じ取ったのか、もしくは男の風貌に不安を抱いたのか、お嬢様が俺の背中に隠れた。西部さん達も困惑を露わに半歩後ずさる。


「そうですけど、なぜ俺の事を知ってるんですか?」

「ここいらじゃ有名だぞ。獣人とエルフが認めただの、十数年ぶりのドラゴンスレイヤーだの。相当腕が立つんだろ」

「まぁ、そこそこぐらいですかね」

「良い話があるんだ、ちょっと着いてこい」


 勝手に話を進め、返事も聞かずに男が路地裏へと進んでいく。

 どうしたものかと俺が背後を振り返れば、お嬢様達が困惑の表情を浮かべていた。

 明らかに怪しいし、この手の『良い話』が実際に良かった試しがない。


「お嬢様、明らかに怪しいんですがどうしましょうか」

「なんだか危険な香りがするわね。……怖い」

「デザートを食べに行きましょう!」


 さぁ! と意気込んで大通りを歩きだす。路地裏を進んでいった男の事など俺の脳裏から一瞬にして消え去ったのは言うまでもない。

 不安を抱いていたお嬢様の瞳が『デザート』の単語に輝き出し、俺の隣をちょこちょこと並んで歩きだした。なんて可愛らしいのだろうか。

 こんな愛らしく純粋なお嬢様を危険な路地裏になど連れていけるわけがない。良い話? そんなもの知るか。


 ちなみに、怪しい男は俺達が大通りに戻ったことに気付かず進んでいったようだ。

 西部さん達が「いいのかな……」という困惑の表情を浮かべつつ俺と男を交互に見やり、最終的には小走りで俺達を追いかけてきた。




「普通あの流れなら着いてくるだろ」


 と男が再び現れたのはデザート屋。

 華やかな店内には女性客が溢れ、甘いパンケーキの香りで満ちている。さすが料理好き女子高生が勧める店だけあり、内装もよく味も美味しい。お嬢様も大満足。

 そんな店内に厳つい男となれば浮いてしまうのも仕方あるまい。そのうえ、どうやら相当探し回ったようで苛ついているのが見て分かる。

 再び現れた男に――そして男の全身から漂う苛立ちを感じ取り――お嬢様が不安げに俺を呼んだ。西部さん達も怯えの表情を浮かべている。


「なに暢気に食ってんだよ」

「俺は一言も着いていくとは言ってませんよ。良い話よりデザートですから」

「……噂に聞いていた通り変な奴だな。まぁ良い、これを見ろ」


 男が一枚の用紙を机の上に放り投げて寄越す。

 どうやらこれが『良い話』の概要らしい。さすがに書面で出されては無碍にも出来ず、ならばとパンケーキにクリームを塗りながら記載されている文面に視線をやった。

 どれどれ……と読み進め、


「地下闘技場?」


 と書かれている不穏な単語を口にした。

 書かれているのは、地下闘技場で行われる大会の概要と、勝者に送られる賞金や賞品。おまけに参加者はこの書面を渡された者のみだという。

 つまりこれは概要でありながら参加証でもある。

 だがそれらが書かれていても国のサインもギルドのサインも無く、それどころか主催の名前すらない。

 何から何まで怪しい話ではないか。

 読み進めはしたものの興味はなく、男の方へとスイと滑らせることで拒否を示した。

 ……が、書面を覗いていた犬童さんが「これって」と小さく呟いた。


「この優勝者への賞品……これって、人間ってこと……?」


 異世界の言葉はまだ完璧には読みとれないながらも、単語単語を読んで推測する彼女の言葉に、西部さん達が一瞬にして顔色を青ざめさせた。

 お嬢様がふるりと震えたので、俺は慌ててその耳を両手で塞ぐ。


「犬童さん、突然物騒な発言をしないでください。お嬢様の清らかな耳が汚れてしまったらどうするんですか」

「いや、だってこれ……人間の、男って事ですよね……。それに、直ぐに体が治るって……」


 平和な日本で生まれ育った犬童さんには『人間が賞品扱いされている』という状況が飲め込めないのだろう、困惑しつつも書類を見つめている。畏怖を覚え、それでも目をそらせない、といったところか。

 対して俺はといえば、犬童さんの震える問いかけを「そのようですね」と淡々と肯定して返した。

 幸い、俺はよく分からない部族のよく分からない勝負の賞品にされかけた事が幾度かあるので、『人間が賞品扱い』という事態も違和感なく受け入れられている。

 ……幸い?


「とにかく、賞品が人間だろうが何だろうが、俺は地下闘技場なんて野蛮な場所に行く気はありません。そもそも、この国では人身売買は御法度じゃないですか」

「いや、その賞品は人間じゃない。……ここだけの話、人間と言えば人間だが、どこの国の者でもない。今まで生きてきた形跡がまったくないんだ。それにどんな傷を負ってもたちまち治っちまう」

「……それはまた不思議な話ですね」

「よくわかんねぇ国の話をして、わけの分からない事を訴えるんだ。学は無さそうだが、痛めつけても直ぐに治るあたり使い道はある。賞品にすりゃ箔がつくだろ」


 情もなく言い切る男の言葉に、犬童さんが「もしかして……」と呟いた。

 西部さんも気付いたのか、息を呑んで俺の方へと視線を向けてくる。

 きっと賞品が小津戸高校の生徒かもしれないと言いたいのだろう。傷が直ぐに癒えるというのも、授かった能力に違いない。


 ……もっとも、そこまで分かっていて、それでも相変わらず興味がわかないのだが。


「詳しくお話ししていただきありがとうございます。丁重にお断りさせて頂きます」

「……なるほど、五分以上話していると腹が立ってくるという噂も確かみたいだな」

「俺の知らないところで俺の不評が広まってる……。まぁ事実なので良いです。それより、俺は全く興味がないので、どこか他の強い人を誘ってください」


 そうあっさりと俺が断る。

 だがそれを遮るように「そまりさん!」と強く名を呼ばれた。

 呼んだのは犬童さんと西部さん。二人どころか、保城さんと大場さんまでもが俺を見つめている。その瞳が言わんとしている事は何か……。


 おおかた、賞品扱いされている小津戸高校の生徒を助けてくれと言いたいのだろう。


「嫌ですよ面倒くさい。俺にその賞品を助ける義理はありません」

「……それなら、その賞品を見に行くだけは駄目ですか?」


 せめてと言いたげな犬童さんの提案に、俺は溜息とともに肩を竦めた。

 次いでお嬢様の耳を塞いでいた手を放すのは、全ての返答はお嬢様次第だからだ。愛らしいお嬢様はこの物騒な会話を一切聞いておらず、ようやく己の耳が解放されると「お話は終わったのかしら?」と俺を見上げてきた。


「お嬢様、犬童さんが地下闘技場を見に行きたいらしいです」

「……こわぁい」

「ですよね、では食べ終わったら帰りましょう。お嬢様は暖かな日の光と星の輝きを受けるべき存在、地下なんて行く必要はありません」

「でも秋奈ちゃんが行きたいなら、私も行くわ! 友達の危険を見過ごすなんて出来ない! 友情は恐怖を退けるのよ!」

「なんて尊い……!」


 ふんと意気込むお嬢様が輝いて見える。

 地下闘技場に臆しつつも、友情のためにと恐怖を克服するお嬢様は淑女の鏡。この勇ましさは戦乙女と呼んでも差し支えない!


「というわけで行きます」

「一分足らずで自分の意見を変えたな。だが乗り気になったならそれで良い。俺は店の外に居るから、出てきたら声を掛けろ」

「畏まりました」

「その上品ぶった態度がいつまでもつのか楽しみだ。のんびりしてられるのもこれが最後になるかもしれないから、せいぜいゆっくり楽しめよ」


 ごゆっくり、と嫌みったらしく告げて男が去っていく。

 残されたのは不安そうにする犬童さん達と、「私も一緒だから大丈夫よ!」と彼女達を励ます戦乙女ことお嬢様。

 そして俺は……、


「ゆっくりして良いらしいので、せっかくですし皆さんもう一品ずつ食べましょうか」


 と、意気揚々とメニューを開いた。

 お嬢様が「お待たせしちゃ駄目よ。……でも、ミニパフェが私を呼んでいるわ」とチラチラとメニューを横目で見てくる。

 先程まで男に対して不安そうな表情を浮かべていた保城さんと大場さんは、今度は俺に対して怪訝な視線を向けはじめた。それに対して犬童さんと西部さんが、


「そまりさんはこういう人だけど、基本的には無害だから大丈夫だよ。利にもならないけど」

「で、でも、時々凄く頼もしいんだよ。いざっていう時……じゃないかもしれないけど、タイミングによっては頼りになるんだよ」


 とフォローを入れている。

 やっぱり不要なフォローは逆に怪しまれる気がするが、俺はこれといって何も言わず、イチゴパフェにするかバナナパフェにするかを悩むお嬢様を愛でる事に専念した。




 各自一品ずつ追加のデザートを頼み、食後の紅茶を堪能し、お会計時に「やっぱり払います」「いえいえお構いなく」の押し問答と会計票の奪い合いを繰り広げ、ようやく店を出る。

 一時間は優に越えていただろう。下手したら二時間かもしれない。

 それでも件の男は店から少し離れた場所で俺達を待っていた。足早にこちらに近付いてくる表情はだいぶ険しく、見るだけで怒っているのが分かる。


「お前、普通はさっさと出てくるものだろ」

「ごゆっくりと仰ったのはそちらですよ」

「とことんふざけやがって……。まぁ良い、着いてこい」


 ここで話していても埒があかないと、男が颯爽と歩きだす。

 ……が、時折ちらとこちらを振り返ってくるのは、先程の失態を踏まえてのことだろう。颯爽と路地裏へと歩き出したは良いが、誰一人着いてきていなかったのが相当堪えたようだ。

 それでもしばらく歩くと俺達が離れる事はないと判断したのか、最後に一度嫌みたらしく「ようやく覚悟を決めたか」と告げて歩き出した。もう振り返る事は無さそうだ。

 そんな男の後を歩きつつ、俺は次に出会う小津戸高校の生徒と今回の件の繋がりを考え……、


「お腹いっぱいで早く歩けないわぁ……」


 デザートを食べて幸せそうなお嬢様の一言を聞くや、歩く速度を一気にゆるめた。となれば当然西部さん達も歩みを遅くさせる。

 つまりまたも男が一人で歩いていく事になり、あっという間に道を曲がってその背が見えなくなったわけだ。




 その後、渡されていた書類に記載された地図を頼りにゆっくりと歩き――だいぶゆっくりである。お腹いっぱいのお嬢様を急かすなんて万死に値する――、地下闘技場へと辿り着いた。

 そこは活気ある大通りとは打って変わって陰鬱としており、薄汚れた建物や割れて放置された窓がいかにもといった空気を漂わせている。地下へと続く階段の前にはガタイのいい男が一人、警備とは思えぬ眼光で構えている。

 ……それと、


「なんで着いてこねぇんだよ」


 と苛立ち最高潮の件の男。

 それを軽く交わし、俺は階段を降りるお嬢様へ片手を差し出した。もちろんエスコートのためである。


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