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【完結】集団転移に巻き込まれても、執事のチートはお嬢様のもの!  作者: さき
第四章

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13:カフェと甘いイチゴ



 ようやく戻ってきた村は相変わらず長閑な空気が漂っており、王都に比べれば人も活気も何もかもが劣る。

 だが犬童さんは気にったようで、長閑な景色と口々に帰宅を労ってくれる村の人達を眺め、「良い場所ですね」と穏やかに笑った。オシー達も満更ではなさそうで、小さな子供が「猫ちゃん!」と声をかけると愛想よく一鳴きして返している。

 村人達からの労い、犬童さんからの賛辞、そしてオシー達の反応、それらを受けるベイガルさんもどことなく嬉しそうだ。


「確かに、お嬢様がこの村に滞在しているんですから、この村は世界一の場所ですね」


 尊いお嬢様は、存在しているだけでその土地の価値を高める。

 そう俺が話すも、ベイガルさんも犬童さんも返事をせず歩いていく。それどころかベイガルさんが村の事を説明しだして、完璧に俺は無視である。

 酷い話だ……と呟くもこれまた無視され、しばらく歩くとギルドの建物が見えた。



「いらっしゃいま……そまり!!」


 扉を開けた俺達を一番に歓迎してくれたのは、テーブルを片していたお嬢様。

 受付嬢顔負けの愛らしさで振り返り、俺を見つけるやその瞳を輝かせて俺のもとへと駆け寄ってきた。

 ポスンと抱き着いてくるこの愛らしさ。なんという天使!


「そまり、おかえりなさい!」

「ただいま戻りました、お嬢様。俺が居ない間に何か問題はありませんでしたか?」

「大丈夫よ、私ちゃんとそまりを信じて待っていたわ。……でも、『そまりが隣に居ない』それだけで私には大問題なのよ」

「もう片時も離れたくない、むしろ同化したい、お嬢様に取り込まれたい」

「んもう、そまりったら。同化しちゃったら抱き締めあえないわ。二人が個別に存在してるからこそ強く抱きしめ合えるのよ」

「なんという深い哲学……!」


 お嬢様を抱きしめつつ感動していると、割って入るように「秋菜ちゃん!」と声があがった。

 西部さんだ。ギルドの奥から出てきた彼女は犬童さんの姿を見つけると、先程のお嬢様同様に駆け寄ってきた。

 そのまま犬童さんに抱き着き……まではしないが、彼女の手を取る。


「秋菜ちゃん! 秋菜ちゃんもこっちに来てたんだね!」

「うん。西部ちゃんも元気そうでよかった」

「秋菜ちゃんも、そまりさんとベイガルさんに助けて貰ったんだね」

「いや、助けて貰ったというか、いつも通り散歩してたら二人が泥掛け合ってた」


 犬童さんの説明に、西部さんが怪訝そうな表情で俺とベイガルさんに視線を向けてきた。その瞳が「どういうことです?」と言いたげで、見つめられるとなんとも言えない気持ちになる。

 確かに犬童さんからしてみればそうかもしれないが、泥掛け合戦の前にはドラゴンとの戦いがあって……と説明したいところだが、ここは口を挟まないでおこう。泥を掛け合っていたのは事実だし。


 ちなみにお嬢様は西部さんと犬童さんのやりとりを見守りつつ、時折犬童さんの足元にいるドラゴンや猫達を見つめている。

 そわそわと落ち着きが無いのは、きっと西部さんから犬童さんの紹介を待っているのと、紹介をしてもらったら直ぐにでもオシー達を触りたいからだろう。

 落ち着きのないお嬢様のなんて愛らしい事か。


 そうして西部さんと犬童さんがひとしきり再開を喜び終えると、しびれを切らしたお嬢様が西部さんに近付いて彼女の腕をちょんと突っついた。

 お嬢様が俺の腕の中から離れて行ってしまうのは惜しいが、新たな友人を得られると期待に瞳を輝かせるお嬢様を見られるのだからプラマイゼロというやつだ。


「ねぇ杏里ちゃん、立ち話もなんだから……」

「あ、そうだね。秋菜ちゃんも疲れてるだろうし、どこかに座って話そう」

「私が紅茶を淹れるわ。その可愛い子達にはお水で良いのかしら? それともミルク?」


 ようやく自分も話に加われるとお嬢様が意気込む。

 そんなお嬢様と西部さんが、紅茶の手配にとギルドの奥へと向かっていった。



 そうしてギルドの一室を借り、いつの間にか現れたコラットさんも加わり、テーブルを囲んで座る。ーーコラットさんのみ座るというよりお嬢様の頭部に乗っている。いつもの定位置だーー

 ちなみにドラゴン達はお嬢様が用意したミルクを飲んでおり、それを見るお嬢様の瞳のなんと尊いことか。聖母の如き愛情深さ。

 だが犬童さんが一口紅茶を飲んでティーカップを戻すと、パッと彼女に向き直り軽く頭を下げた。


「私、諾ノ森詩音と申します。このギルドのお野菜部門とティータイムを担当しております。以後お見知りおきを」

「諾ノ森って、本当にあの諾ノ森なんだよね? 本物のお嬢様って初めて見た」

「そんな、今はしがないシフォンケーキリーダーよ」

「シフォンケーキ……? いや、今はいいか。えぇっと……私は犬童秋菜。杏里ちゃんとは一年の時に同じクラスだったの」


 お嬢様の麗しい気品ある挨拶につられ、犬童さんもたどたどしいながらによろしくと頭を下げる。

 次いで犬童さんがミルクを飲むドラゴン達に視線を向けた。数匹は腹を満たし終え、傍らに置かれたクッションの上でゴロンと横になっている。その姿には最初に見た時の巨体な威圧感は無い。

 お嬢様がそちらを見つめ、見惚れるように吐息を漏らした。


「秋菜ちゃんはあの子達と一緒に暮らしてたのよね? 可愛い猫、それと……ドラゴン? ドラゴンって小さくて可愛いのね」

「今は小さいけど、元々は3メートルぐらいはあるよ。猫もドラゴンも自分達の意思で大きくなれる」

「3メートルのもふもふ! 素晴らしいわ!」


 お嬢様が歓喜の声をあげる。

 きっと3メートルのもふもふに顔を埋める事でも考えているのだろう、表情はうっとりとしており夢心地だ。

 そんな愛らしいお嬢様を他所に、ベイガルさんが今後の事を話し出した。

 さり気なく俺の足を蹴っ飛ばしてくるのは、きっと『お嬢さんを見つめてないでお前も話に加われ』という事なのだろう。なんて横暴なのか。


「こちらの話を呑んで保護されてくれたんだ、衣食住の希望はどんどん言ってくれ」

「場所はどこでも良いんですが、この子達と暮らしたいです。出来れば共同生活とかは無しで」

「分かった。どこかに家を用意しよう」

「あと、仕事があればお金も稼ぎたい」

「なるほど、仕事か」


 何かあるか……とベイガルさんが考え出す。

 犬童さんの能力はドラゴン達に関すること。確かに国規模でみれば脅威かもしれないが、犬童さん自身は争いには不向きだ。ギルドの仕事には適していない。

 そんな中、お嬢様が「私に言い考えがあるわ!」と声をあげた。その表情は輝いており、名案を思い付いたと言わんばかりだ。知性に溢れている。

 そうして俺達の視線が自分に向けられたのを確認すると、お嬢様はクッションで寝ているオシー達に近付き、一匹ずつ撫でていった。

 まるで何かを確認するかのような真剣な顔つき。そうして満足そうに頷くと顔を上げた。


「秋菜ちゃんは、このギルドで『可愛いものカフェ』を営めばいいのよ!」


 お嬢様の高らかな声が室内に響く。


「……可愛いものカフェって、うちの子達で? 猫カフェみたいなやつ?」

「えぇ、そうよ。こんなに可愛いんだもの繁盛間違いなしだわ! ギルドの一角に囲いを作ってそこで皆を放し飼いにして、眺めたり触ったりしながらお茶を飲めるようにするの!」


 力強いお嬢様の説明に、犬童さんが圧倒されつつも猫達に視線をやる。

 そんな二人の会話に、いや、お嬢様の提案に、俺は感動して思わず立ち上がってしまった。素晴らしいと褒め称えれば、お嬢様が同意を得たと更に自信に満ち溢れる。

 対していまだ犬童さんはあっけに取られており、西部さんはどうしたものかと考え、ベイガルさんは呆れ……はせず、少し考え込むと「有りかもな」と呟いた。


「おや、有りですか? てっきり反対するかと思いましたが」

「ドラゴンは貴重な生き物だ。ゲン担ぎに触りたいと思う奴もいるだろう。上手いことご利益どうのって話が広がればギルドに人を呼べる」

「なるほど、確かに縁起物になれば客寄せにもなりますね」

「それにギルドでカフェを営むなら今後もオシーと一緒に……いや何でもない。とにかく俺も賛成だ、場所も提供しよう」


 コホンと咳払いをして平然と話すベイガルさんの白々しいことと言ったら無い。

 これはどう考えてもオシーが目当てだ。それで良いのかギルド長。

 だが俺が口を挟むより先にお嬢様が「決定ですのね!」と歓喜の声をあげた。そのうえカフェの内装を決めようと西部さんと犬童さんに話し出す。

 興奮で僅かに頬が赤くなっている。参考にと今まで行った猫カフェを語る口調はどことなく得意げだ。そのうえ「月に一度は3メートルデーにしましょう」と提案しだした。なんという敏腕プロデューサー。



 感動する俺を他所に、お嬢様達が可愛いものカフェの話に盛り上がる。やれ一角にはカーペットを敷いて土足禁止にしようだの、メニューはどうしようだのと盛り上がる様は、まるで女学校のワンシーンだ。

 その間にベイガルさんが犬童さんをギルドに登録する。相変わらずの書類詐称ぶりだが、今の犬童さんは身元も何も証明するものが無い状態、どこかに所属しておくのは彼女のためにもなるだろう。

 俺やお嬢様、西部さんも、今のところ『ギルド猫の手所属』としてこの世界に繋がっているのだ。

 これはためになる書類詐称だ。そう考えて黙っておく。




 そうしてひとしきり話し終え、手続きも済ませ、帰路に着く。

 犬童さんはしばらくは受付嬢の夫が経営している宿に寝泊まりし、どこか家が空いたら移り住むという事になった。

 多少離れた別の村でもオシー達がいれば行き来は楽に出来るのだ。手広く探せばすぐにでも見つかるだろう。


「秋菜ちゃんの事も早めに落ち着きそうだし、良かったわね」


 そう嬉しそうに話すのはお嬢様だ。

 家に付き、ポスンとソファーに転がり、上機嫌で話しかけてくる。

 そんなお嬢様を眺めつつ、買ってきた料理を暖めながら頷いて返した。

 だが正直なところを言えば、俺は犬童さんの事などどうでもいいのだ。彼女の衣食住を案じる気にもならないし、彼女がどこで生活しようが気にもならない。お嬢様が喜ぶだろうからオシー達を連れ帰りたくて、そのために犬童さんが必要だっただけ。それ以上も以下もない。


 彼女が近くに住むと知って嬉しそうな西部さんの気持ちにも、それどころか新しい友人を得て喜ぶお嬢様の気持ちにさえも寄り添えない。

 お嬢様が嬉しいから俺も嬉しい。ただそれだけだ。


「そまり、どうしたの?」

「……いえ、申し訳ありません。少し考え事をしていました」


 俺の手が止まったことに気付いたのか、お嬢様が心配そうにこちらへと歩み寄ってくる。

 見上げてくる瞳が不安そうだ。眉尻が下がっている。

 慌てて問題無いと宥め、お嬢様の唇にデザート用のイチゴを一つ寄せる。形の良い唇が微笑むと同時にイチゴを受け入れ「美味しい」と歓喜の声をあげた。

 次いでお嬢様は俺の腕に擦り寄り、再び俺を見上げてきた。先程の案じるものとは違い、その瞳はどこか蠱惑的だ。


「……ねぇそまり、秋菜ちゃんに聞いたんだけど、ドラゴンの髭と鱗を入手したのよね?」

「えぇ、今は王都のデザイナーに渡しています。加工が終われば連絡がくる手筈になっていますよ」

「そうなのね、楽しみ!」


 お嬢様が嬉しそうに笑う。

 なんて愛らしいのだろうか、その表情を見ていると俺の気持ちまで晴れてくる。

 それが顔に出ていたのか、俺を見てお嬢様がクスと笑った。

 次いでイチゴを一つ手に取り、それを口元に持って行き、チュッと一度軽く口を着けた。

 触れるか触れないか、まるで子猫にするようなフレンチキスだ。


「お嬢様?」

「これは前払い分よ」


 そう小さく笑いながら、お嬢様がイチゴを俺の唇に押し付けてきた。

 ゆっくりと口を開けば、俺の口の中にイチゴが転がり込んでくる。


 ……お嬢様がキスをしたイチゴが。


「お、お嬢様……!」

「ネックレス楽しみ。ねぇそまり、その時は……」


 お嬢様が妖艶に笑い、己の細い指先で自らの唇に触れた。

 柔らかな唇。先程イチゴにキスをした唇。……そのイチゴは今は俺の口の中。

 そしてネックレスを捧げれば、イチゴ越しではなく直接……。


 あぁ、なんという小悪魔だろうか……!

 お嬢様の魅力に眩暈さえ覚えそうなほどだ。


 ……もっとも、俺が呆けている間にイチゴをおかわりしようとするお嬢様の手は優しく掴んでおいた。

 デザートは夕食の後、いくらお嬢様と言えどもこれは譲れない。

 そう言い聞かせる俺に、お嬢様が再びクスと笑い、


「甘いものは全部終わってから……ね」


 と甘い声で告げてきた。

 お嬢様はイチゴより甘い!!





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