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【完結】集団転移に巻き込まれても、執事のチートはお嬢様のもの!  作者: さき
第四章

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10:ドラゴンと泥掛け合戦

 

 見えない何かに横腹を大きく殴打されて吹っ飛び、受け身も取れずにぬかるんだ地面を転がる。ベットリとついた泥が服を汚し、顔にまで泥がつく。

 痛いし気持ち悪いし、最悪だ。

 だが文句を言っている場合ではなく、起きあがると顔についた泥を拭って様子を伺った。


 周囲にドラゴンの姿は無い。というより元々見えなかった。

 ベイガルさんがこちらを見ているが近付いてこないのは、彼もまた周囲を伺い、不用意に動くまいと考えているからだろう。

 オシーがこの事態にものんびりと毛繕いしているのが気になるが、己も巨大な生き物ゆえにドラゴンを警戒していないのか。

 歪に地面のぬかるみが凹んでいるのは、きっとドラゴンの足跡だ。様子を伺っていると、ベチャリと音をたててまた一カ所凹んだ。移動している。


 そうしてしばらくすると、ゆっくりと、まるで色を徐々に濃くするかのようにドラゴンが姿を現した。

 何もない空間に……いや、何も無かったはずの空間に。


「姿を消すのか。これは厄介だな……」


 思わず唸るような声をだしてしまう。

 相手がドラゴンだろうと猫っぽいやたらと大きな生き物だろうと臆したりはしないが、さすがに『見えない相手』というのは俺も不利を感じてしまう。

 とりわけ相手は巨大でリーチが長く、ドラゴンという今まで見たことのない生き物なだけに動きの予測も出来ない。そのうえ足場は悪く、地面の泥濘や風でドラゴンの動きを察したところで、咄嗟の判断に体がついてきてくれない。

 せめてオシーのような、大きさこそ違ったとしても動きは馴染みのある生き物ならよかったのに……。

 ドラゴンなんて、この世界では当然としても日本では…………。


「……あれ、そういえば俺、あの時日本にはドラゴンなんて居ないって……」


 言ったっけ? と疑問を抱いた瞬間、「そまり!」と俺を呼ぶ声が思考を掻き消した。

 慌てて顔を上げれば、眼前に迫るドラゴンの鋭利な爪。ペンライトを盾にして受けとめるも一撃の威力は重く、バランスを崩しかけた俺の脇腹に追撃のように衝撃が走った。

 見れば、俺の脇腹に何かが不自然にめりこんでいる。見えない何かが。突然のことに対処も出来ず、衝撃と圧迫感で肺から一瞬にして空気が漏れる。

 それと同時にゆっくりと尻尾が現れた。胴体を見せつつも尻尾だけは消していたようで、見えないこの一撃は、さすがに俺も防ぎようがない。


「うぇ……ぐぅ……このっ!」


 呻きつつもペンライトを振るうが、不自然な体制からの全力とは言い難いその攻撃をドラゴンは容易く避けてしまった。

 再び俺の目の前でスゥと姿を消す。地面が大きく一度揺らいで泥が宙に舞い、少し離れた場所でベチャと音を立てて地面が凹んだ。姿は見えないが、きっと飛んで距離をとったのだろう。

 それを察し、ベイガルさんがこちらへと駆け寄ってくる。ちなみにオシーはいまだ毛繕いの最中だ。このオシャレキャットめ。


「そまり、平気か!」

「帰りたい……今すぐに帰りたい……帰ってお嬢様に『痛いの痛いの飛んでいけ』って癒してほしい……」

「よし、大丈夫そうだな」

「具体的にはベイガルさんに飛ばしてほしい」

「やめろ、その痛みは常人には耐えられない」

「失礼ですね、俺だって普通の人ですよ。ただ他の人よりちょっと頑丈で、骨折しても諾ノ森付の医者には『またお前か。ほらこれでも塗っておきな』ってオロナイン渡されるぐらいですから!」


 俺だって怪我もするんだと訴える……が、それに対してベイガルさんは「はいはい」だけで済ませてしまった。酷い。……諾ノ森家の人達が酷いのは今更なので、あえて今はベイガルさんの酷さだけを訴えておく。

 だがそうやって喚いている時間もなく、ベイガルさんがあっさりと「それで」と話を改めてしまった。こうなっては俺も話を続ける気にはならず、眼前の……ドラゴンが居るであろう場所へと視線を向ける。


 相変わらずそこには何もなく、ぬかるんだ湿地帯だけが広がっている。

 うんざりするほど見てきた光景だ。この土地に着いて以降、似たような光景を眺めつつ延々と歩いてきた。

 ……だけど、たぶん、そこにドラゴンがいるのだ。姿こそ見えないが、きっとこちらの出方をうかがっているに違いない。


「見えない相手っていうのは厄介ですね……。見えてたら根こそぎ髭をもぎとって鱗も頭の天辺から尾の先まで一枚残らず剥いでやるのに……」

「憎悪がひしひしと伝わってくる。たが確かに姿が見えないってのは対処方が無いよな」

「姿全部とは言わなくても、せめて胴体の一部と、あの尻尾の位置さえ把握出来れば……」


 胴体が分かればそこからくる手足の攻撃はおおよそ検討がつく。あの尻尾も動きは独特でムチのように鋭いが、視覚でとらえられれば避けることは可能。

 だがドラゴンもそれは把握しているのだろう、泥がつかないように動き回っているようで、僅かについた泥もすぐさま払い落としてしまう。そして綺麗さっぱり消えてしまうのだ。

 きっと目印に泥を投げつけたとしても一瞬で振り払われて終わり。そもそも、巨大なドラゴンの胴体と尾の両方にとなれば、大量に泥を投げつけるか高所からぶっかけるしかない。


 どちらも、今の状況では不可能だろう。

 そう俺は諦め掛けたが、ベイガルさんは何か考え込むように視線を落とした。


「一部と尻尾か……。そまり、それが見えればあれを倒せるか?」

「確実とは言いませんが、この脇腹の痛みぐらいはやり返します。あと隙をみて髭をもぎ取って鱗はぎ取るまではします」

「それだけ出来れば上等。よし、一瞬だが姿を見れるようにしてやる。その間に叩け」

「姿をって……出来るんですか?」

「こう言うのは後方支援の役目だ」


 任せろ、と一言告げて、ベイガルさんが荷物を漁る。

 そうして取り出したのは、組み立て式の弓だ。しなやかでいて頑丈な作りをしており、グリップもきちんと設けられている。アーチェリーで使う弓を彷彿とさせる。

 それを手早く組み立て、次いで鞄から矢を取り出す。


「弓ですか。なるほど、だから後方支援」

「そういうことだ。百発百中、腕に自信がある! ……とまでは言わないが、人には中てないから安心しろ」

「わぁ、安心出来るー。という冗談はさておき、弓でどうするんですか?」

「袋に泥を詰めて上に放って、ドラゴンの真上あたりからバーン!ってやる」

「頭の悪い人の説明やめてください。でも理解できました」


 ベイガルさんがドラゴンの真上で泥の詰まった袋をバーンとやればーーどうやってバーンとやるのかは定かではないが、なにかしらの方法でバーンとやるのだろうーー袋につめていた泥がドラゴンの頭上から降り注ぐ。

 そうすればドラゴンのだいたいの位置がわかり、それを俺がバーンと倒すわけだ。

 知能指数がいささか低めな説明だが、分かりやすいことこの上ない。


「ベイガルさんが弓を放つためには、ドラゴンをこっちに来させた方が良いですよね。止まっているところに放っても、すぐに泥を落とされたら意味がないし」

「あぁ、一瞬で片をつけたいところだな。そまりが囮になって離れた場所から俺が弓を放つ、これでどうだ」

「囮ってはっきり言わないでください、ベイガルさんが安全な作戦じゃないですか」

「『後方支援』と書いて『安全な場所で高みの見物』と読め」

「元の字数に対して読みが長すぎる」


 文句を言いつつ、ペンライトをオレンジ色に切り替えて了承を示す。

 ドラゴンは未知の生き物、火やら水やらなにが効くのか分からないので、ここはシンプルに打撃でいくのが一番だろう。

 オシーの時のように魅了は……と考えたが、ドラゴンの生体が分からない以上へたに魅了するのも恐ろしい。愛情を伝えるための甘噛みでも死にかねない。


 理想は一撃で気絶、それが無理でも撤退させるぐらいは……。


 そう考え、ドラゴンがいるであろう方向へと向き直った。

 ベイガルさんがすでに少し離れた場所に陣取り、弓を構えている。ちなみにオシーは先程から周囲の草を嗅いだり蝶々を追いかけているので、もうこいつに関しては無視しておくに限る。

 今俺がすべきことは、ドラゴンをこちらに招くこと。俺に突進させるように挑発しなければ……。


「暴言とか挑発なんて品の無い言葉は馴染みが無いんですが、仕方ありませんね」


 コホンと一度咳払いをする。

 日頃から乱暴な言葉はお嬢様の耳に入らないようにと、俺自身も言葉遣いには気をつけてきた。だが今の状況ならば仕方あるまい、ドラゴンを挑発しなければ……。

 だからこそ意を決し、スゥと息を吸い込むと中指を立ててドラゴンへと声を掛けた。



 ・・・・・・・・・


 場所は変わってギルド『猫の手』

 紅茶を飲みつつ杏里の物探し屋の手伝いをしていた詩音が、突然カッと目を見開いた。


「ぴーーー!」

「し、詩音ちゃん!? どうしたの!?」

「ぴーー! ぴっ……。あ、あら、私ってば」

「何かあったの? どこか痛い?」

「大丈夫よ、杏里ちゃん。なんだか突然、何かを遮らないといけない気がしたの」

「そ、そうなの? どこも悪くないなら良いけど。もしかして、そまりさん達が関係してるのかな?」

「そうかもしれないわ。もしかしたら、そまりが品の無い言葉を言ったのかもしれない。夫の暴言を遮るのも妻の役目だものね……ぴぃー」

「NGワードだね。そまりさん達、誰かと言い争ってるのかな」

「ぴー、そうかもしれいわね。ぴー、ぴー」

「かなり言ってるね。大丈夫かなぁ」


 なにが起こってるんだろう……と杏里が不安そうにチラとギルドの一角に視線を向ける。

 そまりとベイガルがいつも座って話している場所だ。たまに杏里も同席するが、片や詩音を絶賛し、片や仕事のことをぼやいて……とまったく話が噛み合っていなかった。それでも暇さえあれば二人で座っている。

 そんな二人の姿が見られないのは、そまりに助けられ、ベイガルに衣食住を保証された杏里には不安でしかない。

 大丈夫かな、と小さく呟けば、詩音がきゅっと手を握ってきた。


「大丈夫よ、杏里ちゃん。きっとそまりもベイガルさんも元気に帰ってくるわ」

「詩音ちゃん……。そうだね、信じて待ってなきゃだめだね!」

「ぴーー、ぴっ、ぴーーー!」

「ありがとう、なにも分からないけど、励ましてくれてるのは分かるよ!」


 もう大丈夫! と杏里が笑えば、詩音がぴーぴー言いながらも微笑んだ。

 二人の少女のこのやりとりに、たまたまギルドにいた冒険者達も穏やかに笑う。……一部「あいつどんだけ暴言吐いてんだ」だの「そまりのあの性格で言葉使いが悪いとなると、もはや人と呼べるかどうか」だのと話している者もいるが、ギルドは今日も長閑で平穏と言えるだろう。



 ・・・・・・・・・・



 Fワード連発しまくったかいがあって、ゆっくりと姿を現したドラゴンは明らかに俺へと敵意を抱いているのが分かった。

 どうやら言葉を理解出来ているようで、髭が大きく揺らぎ、尻尾が逆立ち、髭だが怒髪天を衝くとはまさにこのことだ。

\ぴーーーーー/あたりが効いたのだろうか。……名誉毀損で訴えられたらどうしよう。


 しかし怒らせるのは当初の目的通り、鋭い瞳がギロリと俺を睨みつけてくる。

 そうしてドラゴンが一瞬にして姿を消すと、いたはずの地面から土が跳ねた。


 来る。


 そう察すると同時に、ヒュン!と風を切る高い音が聞こえてきた。

 ベイガルさんが矢を放った音だ。続いてもう一度高い音を鳴らす。

 次の瞬間には頭上で何かが破裂した。たぶん泥を詰めた袋だろう。

 うまいことドラゴンの頭上で弾けさせたようで、突然ふりかかってきた泥にドラゴンが足を止め、驚愕の声をあげた。自分に襲いかかったものの正体に気付いていないのか、振り払うように体をねじり暴れる。


 その動きもすべて、姿こそ見えないが体についた泥が教えてくれる。

 なにもないはずの空中に泥だけが浮かぶ様は奇怪としか言いようがないが、今の俺にとっては有り難いことこの上ない。なにせドラゴンの動きも、そして俺へと攻撃を仕掛ける尾の動きさえも教えてくれるのだ。


「よし、これなら……!」


 ムチのように体を狙ってくる尾の一撃をペンライトで受けとめる。

 くると分かればいかに衝撃が重くとも持ちこたえることができ、振り払うと共に再び構えなおしてドラゴンへと……否、ドラゴンに掛かった泥へと駆けた。

 胴についた泥からだいたいの部位を推測し、前足に一撃をくらわせる。呻くような鳴き声と共に宙に浮いていた泥がうごめくのは、きっと俺の一撃でバランスを崩したのだろう。若干泥の位置が低くなったのは倒れかけたからか。

 ならばと再びペンライトを構え、襲いかかってくる尾をすんでのところで交わす。

 そうしてドラゴンの横っ腹に、渾身の力を振り絞ってペンライトを叩きつけた。


 重い殴打の音がする。それに続くのは、威嚇とも驚愕とも違う甲高い鳴き声。

 同時に宙に浮いていた泥がゆっくりと地面へと向かい、最後に一度大きな衝撃と共に地面が抉れた。次第にそこに色がついていき、横たわるドラゴンの姿が露わになる。

 気絶したのだろう、起きあがることはないが、腹部は微かに上下している。


 それを確認し、俺は額から垂れてくる泥を汗と共に拭った。

 次いで耳についた泥と、髪についた泥も払う。あと頬にもついているし、これは口に入らなかっただけマシというもの。……いや、なんか今、口の中がじゃりっとしたからたぶん口にも入ってる。


 ……落ち着いて考えてみれば分かることなのだが、囮である俺の目の前にドラゴンが迫り、そのドラゴンに頭上から泥をかける、となれば、当然だが俺にも泥が掛かる。

 頭上からビッチャビチャの泥シャワーだ。そのうえドラゴンが身をよじってくれたおかげで、正面からも泥が跳ねて掛かった。つまり、全身泥まみれ。

 ちなみに、そんな俺とは真逆にベイガルさんは小綺麗なままで、弓を片手にこちらへと駆け寄ってきた。


「よくやった、そまり!」

「ベイガルさんのおかげです。……なんて言うと思ったか! くらえ!!」


 ベイガルさんが射程内に入ったのを見計らい、足下の泥を大きく蹴り上げた。

 ダパァッ!!と豪快な音がして、ベイガルさんが顔面から泥を浴びてすっころぶ。


「ふははは、ざまぁみろ! 高みの見物なんてさせませんよ!」


 高らかに笑ってみせれば、ゆっくりと起きあがったベイガルさんが無言のまま弓を構えてきた。このオッサンモドキ、射抜くつもりだ。

 だがそうはさせまいと俺も再び足下の泥を蹴り上げて阻止するも、ベイガルさんは自分に掛かった泥を拭った手で投げつけてきた。


 そうして気絶したドラゴンを余所に男二人の泥まみれ合戦をすること数分、


「おーい、ネコッポイノ3号とドラゴンッポイノ1号どこいったー? そろそろ帰るよー」


 と間延びした声と共に、普通サイズの猫と、同等サイズの小型ドラゴンを数匹抱えた少女が森の中から現れた。



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