言い渡される婚約破棄
「東宮、晃仁の名において、式部卿宮、言継と内親王、景子の婚約を解消するとこの場に宣言する」
勝ち誇った顔で異母兄が言い放った。
その言葉を、日本語として認識できなかった私は、別に悪くないと思う。
意味が分からなかった。
何故か引っ立てられた私が今おかれている状況も、向けられる侮蔑の視線も、悦に入っている様子の晃仁も、彼の隣で微笑む美貌の少女も、何もかも理解できなかった――理解したくなかったのかもしれない。
背後で、言継と朔夜が何かを訴えている声がする。けれど彼は近衛府の役人らしき人達に抑えられて私の元にたどり着く事すら出来ない。
私は、一人だ。
広い広い内裏の中庭。
その真ん中に引きずり出されて、体格の良い男の人に膝をつく形で取り押さえられている。
当然髪は乱れ、衣も汚れている。扇で顔を隠す事など許されるはずもない。
まるで罪人。
私は、内親王だ。この国の最上位である帝の娘。
何の罪も犯していない……いや、たとえ罪を犯していたとしてもこのような扱いを受けるいわれはない。身分とはそういうものだ。
それなのに、彼らは当たり前の顔をして私を糾弾する。
何故。どうして。いったい何がおこったと言うの。疑問は次々と浮かび上がり、けれど震える唇はまともな音を紡ぐことが出来ない。
わかっているのは、このままではいけない事。ただそれだけ。
だから私は混乱する頭で、必死にこの場を収める道を探す。
どこからか、あまいにおいが、した。
謎の光の効果で目を覚ました言継は、私を内裏まで送ってくれた。
別にいいって言ったのに、心配だからと譲らなかったのだ。
……ずっと抱きしめててくれたのは、嬉しかったけどね。
ガタゴトと揺れる牛車の乗り心地は決していいものではない。それでいて速度が遅いのだからもはや拷問だろう。
往路は割と頑張って耐えたのだ。私は。
それに比べて復路の快適な事といったら……! 言継の膝の上に乗っているから揺れも軽減されるし、回された腕はあったかいし、なんかいい匂いするし、甘えてすり寄っても紫の咳払いは聞こえないし。
もうずっとこの時間が続けばいいと思ったのは内緒だ。
牛車の隅っこで朔夜が必死に視線を逸らしていたことに関しては目をつぶろう。必要な犠牲だったのだ。
そんな幸せな旅路は、内裏の門をくぐると同時に終わった。
最初に聞こえたのは、怒号と牛飼い童の悲鳴。
それから牛車が大きく揺れて、御簾が乱暴にはねのけられた。
大きな腕が伸びてきて、怖くて思わず言継にしがみついた。
目を開ける事も出来なかったから、何が起こったのかはよくわからない。
けれど気がつけば私は外にいて、地面に転がされていた。
「ああ、そうそう。景子、お前は近々内親王の地位も剥奪されることになる」
晃仁が嗤う。
隣に並んだ娘を抱き寄せながら、声高に宣した。
細められた眼差しに浮かぶ色は、愉悦。
「神子の地位はお前のような下賤の娘ではなく、華陽こそが相応しいのだよ」
晃仁の隣、扇で顔を隠すこともなく少女が笑う。
大きな瞳を嬉しそうに細めて、形の良い桃の唇で弧を描いた。
頬を薔薇色に染め上げた姿は本当に愛らしく、見るものを虜にするだろう。
「……どういう、事ですか」
異母兄様、と呼ぶ声はうまく動揺を隠せただろうか。
後ろで「景子を離せ」と言継が叫んでいたが、私を抑える力が緩められる気配はなかった。
袖の下できゅっとこぶしを握って、なるべく冷静に見えるよう、ゆっくりと顔を上げる。
「お前に異母兄とは呼ばれたくないね。あさましい景子。どういう事かを聞く前に自分で考えなよ。少し考えたらわかるでしょう? 皇室はね、もうお前なんていらないんだよ」
元より、私には内親王宣下は行われないはずだった。
おそらく女王として降嫁するか、どこかの尼寺へと入る未来が用意されていたのだろう。
それが異能の開花によって壊れた。
立場を明確にするために内親王の地位を与えられ、皇室にその血を残すために言継との婚約が整えられる事になる。
全ては、この身が有する神の力がもたらした事だ。
それを、もういらないと。東宮が言う意味を、彼はわかっているのだろうか。
あまいにおいが、つよくなった。
私、このシーンが書きたくて書きたくて仕方がなかったんです!
A氏「……よってBとCの婚約を破棄する!」
B&C「いや、お前、関係ないだろ」
みたいな婚約破棄(笑)が書きたくてこのお話考えました(ぶっちゃけた)
全然予想と違う感じに仕上がりました(知ってた)
(活動報告にて謎のクイズ大会してますので朔夜君が好きな方は覗いてみるといいかもしれません)




