第8話 偽装夫婦
翌日。
カタリナたちのアジト。
「はい、完成!」
ミネが新しい身分証明書を差し出す。
ユーリが受け取って確認した。
「セリーン・フェルナ。商人の娘……
……待て」
ユーリの表情が固まった。
「配偶者:ユリウス・フェルナ……!?」
「えっ!?!?」
セリナが跳ね上がる。
カタリナはケラケラ笑っている。
「ふふふ、面白いでしょ?」
「面白くない!!」
ユーリが叫んだ。
「なんで俺が夫なんだ!」
「夫婦同伴のほうが自然でしょ?
若い令嬢が護衛の男三人を連れて旅してたら、怪しまれるに決まってる」
サクラモカが淡々と説明する。
「それに検問でも疑われにくいわ。
夫婦なら大体の理由は通る」
「……まあ、理にはかなってる」
レオンが頷く。
「おい、お前まで納得するな!」
ユーリが抗議するが、カイルは腹を抱えて笑っていた。
「あはは!ユーリが結婚!最高!」
「カイル、笑うな」
「じゃあ俺が夫役、代わろうか?」
「…………このままでいい」
ユーリは即答で却下した。
セリナは顔を真っ赤にして俯く。
「あの……私……その……」
「大丈夫大丈夫、セリナ」
カタリナがやわらかく声をかける。
「あなたを守るための策よ。全部演技でいいの」
「……はい」
小さく頷くセリナ。
「ぷぷ……それに面白いし。
ユーリって堅物だもんねぇ、ぷぷぷ」
そしてカタリナが小声で追撃して、
ユーリは深いため息をついた。
「……分かった。仕方ない」
「よし、決まり!」
カタリナが手を叩く。
「船も用意したわ。小型の民間貨物船。
丈夫で、しかも目立たない」
「助かる」
ユーリが礼を言うと、ミネが横から飛び出す。
「オマケで推進力を最新イオンスラスターに変更しました!
軍船以上に速いですよ!」
「イオン……スラスター?」
「はい!最新型です!
推進剤いらず! イオン・ビームで超高速亜光速航行!」
セリナの頭に「???」が浮かぶ。
すぐにサクラモカがフォローした。
「気にしなくていい。ミネはオタクだから。
“すごく速くした”だけ覚えておけばOK」
「あ、はい……ありがとうございます」
ミネは満足げに続ける。
「見た目は商船ですが、隠して青色レーザー砲3門と
オートキャノン2門積んでます。弱い海賊なら瞬殺!」
「え?」
固まるセリナ。
一方、カイルは大興奮だ。
「うおお!普通に軍艦じゃねぇか!!」
ミネがドヤ顔。
ユーリは気を取り直し、カタリナに頭を下げる。
「本当に助かった。この恩は返す」
「はいはい、期待して待ってるよ。
まあ私は皇太子がムカついただけなんだけどね。
徹底的にざまぁしてあげよ?」
カタリナの屈託ない笑みに、セリナは苦笑する。
「と、とにかく……ありがとうございました。
皆さん、行きましょう」
「おねーちゃん、案内してあげて。暇でしょ?」
「はぃぃ!案内します!」
(え……カタリナさんって団長……だよね? ざ、雑用……?)
・ ・ ・
格納庫。
小型の貨物船が停泊している。
「これが新しい船か」
ユーリが確認する。
「ああ。名義はユーリ・フェルナ。
商人として登録済みよ」
「本当にありがとうございました」
セリナが深く頭を下げる。
「気にしないで」
カタリナが笑い、そして少し真剣な表情になる。
「……セリナ、“幸福量保存の法則”って知ってる?」
「え?」
「人は皆、一定の幸福量を持ってるの。
不幸が来たなら、必ず後で反動の幸福も来る。
ずっと不幸な人生なんてない。
だから……もうすぐ、ちゃんと幸せが来る」
「……ありがとうございます」
カタリナはセリナの肩を軽く叩いた。
「また会いましょう」
「はい!」
船が発進する。
カタリナは手を振って見送った。
「いい人たちでしたね……」
ソフィが微笑む。
「ああ。本当に助かった」
ユーリが頷く。
船はニャルディアを離れ、静かに宇宙へ向かった。
・ ・ ・
「次の目的地は?」
「中継惑星ヴェルニャだ。
そこで補給して、辺境のフィンニャルド星系へ向かう」
「グレイヴ公爵のところですね」
「ああ。ヴェルニャまでも二週間はかかる」
長い旅。
でも——セリナは、もう不安ではなかった。
(……皆がいてくれる)
窓の外で星々が流れていく。
カイルがレーダーに目を細めた。
「ん?」
「どうした?」
「軍艦が三隻、こっちに向かってくる。
進路を塞ぐ動き……検問かもしれない」
ユーリが舌打ちした。
「普段なら、身元のはっきりした商船は止められないんだがな」
空気が一気に張り詰める。
「いいか。商人と護衛になり切れ。
怪しまれたらアウトだ」
「了解」
全員が頷いた。
軍艦が接近する。
『商船フェルナ号、停船せよ』
「了解しました」
船を止めると、五人の私設軍人が乗り込んできた。
「身分証を」
ユーリが全員分を差し出す。
「ユリウス・フェルナ。商人。妻のセリーン。護衛二人。侍女一人」
軍人たちは積荷検査へ向かった。
セリナの手が震える。
ソフィがそっと握ってくれた。
(……大丈夫。演技……演技……)
やがて戻ってくる。
「積荷、問題なし」
「ニャルディアで仕入れた商品をフィンニャルドで売る予定です」
隊長が頷いた。その瞬間、
若い軍人がセリナをじっと見つめた。
「待て。この女……珍しい髪色だな?」
(バレた——!?)
ユーリが、自然にセリナの肩を抱き寄せる。
「そうですか? 故郷のヴェルニャでは特に珍しくもないですが……
まぁ、私たち新婚でして」
そして——セリナを熱っぽく見つめた。
「この桃色に、惚れたんですよ」
「っ……」
セリナも慌てて演技し、ユーリを見つめる。
自然と頬を赤く染まった。
視線が絡まる。
若い軍人は照れたように視線をそらした。
「……そうか」
「邪魔したな」
軍人たちは船を降り、ドッキングが解除される。
軍艦は離れていった。
・ ・ ・
「終わった……」
セリナが力を抜く。
「よくやった、セリナ。演技上手かったぞ」
「あ、ありがとうございます……」
(ユーリに抱き寄せられた……)
肩の温もりがまだ残っている。
カイルはすでにニヤニヤ。
「いや〜ナイス新婚プレイ!」
「カイル黙れ」
ユーリの耳も、ほんのり赤い。
レオンが呟く。
「……これからこういう場面、増えるな」
「ああ。夫婦として完璧に演じる必要がある」
セリナは小さく頷いた。
(夫婦として……)
胸が、また高鳴る。
・ ・ ・
中継惑星ヴェルニャに到着し、宿へ向かう。
「二部屋お願いします」
「身分証をお願いしますね」
受付の女性は確認すると、にっこり笑った。
「まぁ、ご夫婦ですね。ちょうどよかったです。
空きは……シングル三人部屋が一つと、ダブル一室だけです」
ソフィ、レオン、カイルの表情が一瞬で固まる。
「残りがそれだけなら仕方ない」
ユーリが言うと、
「では、ご夫婦はこちらのダブルで」
「えっ……」
今度はユーリとセリナの二人が同時に固まった。
受付は嬉しそうに鍵を渡す。
「ご新婚さんですよね?」
「ち、違——」
「はい、どうぞ。特別にいいお部屋です!」
「あ、あぁ、ありがとう」
ユーリは魂が抜けたように礼を言った。
・ ・ ・
部屋に入る。
「…………」
「…………」
気まずい沈黙。
「お、俺は床で寝る」
「でも……」
「いや、これでいい」
ダブルベッドを前にして、再び沈黙。
「あの……本当に床で大丈夫ですか?」
「ああ。気にするな」
毛布を床に敷くユーリ、そしてセリナは
顔を真っ赤にしつつ困惑している。
(ユーリと……同じ部屋……)
でもさっきからずっと思っていたことを、
勇気を出して言う。
「あの……ソフィと交代したほうが……?」
その瞬間ユーリが「なんで気づかなかったんだ」という顔で飛び出し、
しばらくしてソフィが飛び込んできた。
「うえぇぇんセリナ様ぁ! よかったぁ!
私、男二人と一緒の部屋かと思いましたぁ!」
セリナは笑いながら、ソフィの頭を撫でた。
・ ・ ・
男部屋。
「いや〜ユーリ、ノリノリでダブルの部屋に行きましたね?
今夜、お楽しみ予定でし——」
がふっ!!
枕がカイルの顔面に突き刺さった。
・ ・ ・
翌日、補給中。
「あら、素敵なご夫婦ね」
「え、あ、はい……!」
「新婚?」
「いえ、その……」
「旦那さん、優しそうねぇ」
ユーリもセリナも、相変わらずまだ照れが抜けない。
ある意味、初々しく、上流階級の新婚のようだと
いえばそうかもしれない。
店を出たあと。
「……演技、難しいな」
「ユーリだって顔真っ赤でしたよ」
「お前もだろ」
そろって逆方向を向く。
後ろでカイルが肩を震わせていた。
「ぷぷっ……」
「カイル、黙れ」
「いや、何も言ってねーってば。
……でも本当に新婚みたいでさー」
「違う!!」
見事にハモるふたり。
・ ・ ・
その夜。
ソフィはすぐ寝た。
セリナはベッドの上で、
(新婚に見えるんだ……
演技なのに……)
胸が高鳴る。
男部屋では、ユーリが眠れずにいた。
(……余計な設定つけちまった)
脳裏に浮かぶのは、セリナの顔。
(くそ……面倒くさい)
お互い、なかなか眠れなかった。
・ ・ ・
翌日。
船はヴェルニャを離れる。
「時折寄港はするが、これから2ヶ月の旅だ」
(2ヶ月……長い……)
でも、不思議と嫌ではない。
(ユーリと……夫婦役で)
胸がまた高鳴った。
星々が流れる。
辺境へ——グレイヴ公爵のもとへ。
そして、
偽装夫婦の旅は、続く。
ちょっとずつ接近していく二人。あれですね、偽装夫婦設定が効きましたねっ!
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