10. 連絡通路
■ 17.10.1
俺とルナ、それにエリエットを加えた俺達三人は、ほの暗く各階の踊り場に灯る階数表示だけが存在する明かりの全てである階段を駆け上がっていた。
「十四階に北のビルとの間に繋がる連絡通路があるわ。頑張って。」
齢のせいか普段の運動不足のせいか、十階そこそこ程度の高さの階段を昇ってきただけで息が上がり、足がだるくなってきた。
リフトを使わないのは、追っ手にも当然ネットワーク上でこっちを追跡している連中がおり、不意打ちを食らわないためだ。
リフトに乗っている時にリフトを止められたら最悪立ち往生する。
リフトの制御はメイエラ達が防衛してくれるとしても、そもそもこのビルのパワー自体を乗っ取られたら打つ手がなくなる。
ビルのパワーコントロールを防衛したとしても、その上流を乗っ取られれば結局同じだ。
防衛しなければならない範囲が際限なく広がっていくいたちごっこをするくらいなら、最初から階段を使った方が良い。
という問題があるとしても、現実は非情だ。
自分の息が段々荒くなってくるのを自覚する。
派手に市街戦を行ったり、密林の中でサバイバルしたりと、ここのところ派手なアクションの多かった俺だが、それは全部AEXSSのお陰だ。
こりゃ本格的に運動して多少は身体を鍛えんと拙いな、と思ったところで思い直す。
いやいや。
そんな事をしていたらまた「荒事専門の運び屋」だとか「傭兵団長」だとか言われる羽目になるんだ。
最低限健康を維持できるだけで充分だ。
などと下らない葛藤をしながら十四階に辿り着く。
十四階のドアを開けビルのフロアに出ると、どうやらそこは近隣階の住人用の公共スペース階の様だった。
手近なところで買い物を済ませるためのドラグストアの様な小さな店や、ファストフードに類されるような軽食を売る店などが幾つかと、住人用のジムや半ば公園のようになった空間などが広がっていた。
近隣階の住人や或いは近くにあるオフィスで働いている者達なのだろう、フロアには混み合っているという程では無いが、しかしそれなりの数の通行人や買い物客がいる中を、悪目立ちしないように普通のペースで歩く。
レジーナがAARで表示してくれている黄色い誘導線はちゃんと表示されており、北隣のビルに抜けるための連絡通路への最短ルートを示し続けてくれている。
「メイエラ。ブルキャルだったか? 追っ手は今どうしてる?」
「とりあえずすぐ近くには居ないけど、余り宜しくは無いわね。さっきのビルにいた連中は地上に降りたわ。ただ、さらに応援を呼んだみたいで、不審な動きをする大型ビークルが三台接近中よ。合わせて十一人。一番早いのが300秒程度で到着する。
「細かな位置は特定されていないと思うけど、そのビルの中にいることはバレてるわよ。とすると、地上に降りるかその階の連絡通路を使うかの二択だから、連絡通路辺りじゃ気をつけて。」
「オーケイ。とりあえずは、視野の中に怪しい動きをする奴は居ないようだ。」
そう言って、通路に近い所に厨房設備を置いて良い匂いを辺りにまき散らしている軽食店の前を通る。
店の中には二十名分ほどのイートインスペースがあり、1/3程が客で埋まっている。
店の人間が二人厨房で働いており、煮物か惣菜かと云った様な料理を大鍋から掬い上げて、客に出すための小皿に盛っていた。
美味そうな匂いについ吸い寄せられてしまいそうになるが、そこはぐっと我慢する。
そう言えば今日は、ボスロスローテでお茶請けに出てきた菓子以外まだ何も食べていなかった。
無事レジーナに戻って安全が確保できればいくらでも食える。
そう思って、思わず止まってしまいそうになる足を意思の力で動かし続ける。
「・・・お腹空いた。ここ何日も碌なもの食べれてないのよ。」
俺の斜め前をいくエリエットが、恨めしそうに店先の料理を眺めている。
確かにあちこちから美味そうな匂いが漂ってきて、その中を歩いているだけで腹が減ってくる。
が、流石にここで足を止めて買い食いしている場合じゃ無い。
折角追っ手を引き離して得た時間的余裕を無駄に食い潰すわけにはいかなかった。
余裕がある内に追っ手を完全に捲いてビークルに乗り、レジーナに戻らねば。
「済まんな。もう少し我慢だ。船まで行ったらたらふく食わせてやる。」
「仕方ないか。食事は別料金?」
「貨物船じゃ無いんだ。そんなセコいことはせんよ。船内で提供する一般的なサービスは全て込みの料金だ。」
レジーナも貨物船ではあるのだが、ここで言うところの貨物船とは、旅客運送を主業務としておらず、船の空きスペースに無理矢理旅客用の船室を作り、何もかも最低限ギリギリのサービスを提供するような格安旅客運送の事を指している。
そんな格安旅客運送では、シャワーや食事、場合によっては寝るための布団や毛布までが有料オプションとなっている。
それに対して、小綺麗で充分な広さと設備のある専用の客室を複数持ち、シャワーも自由に使え船内エンターテイメントもそれなりに充実しており、地球のまともなレストラン並みの食事を提供するレジーナは一応高級旅客船に分類される。
当然、それなりの旅客運賃を取るが。
「やった、食いまくろ。テラ料理出るんだよね?」
「それが希望なら、もちろんだ。」
そんな事を話しながらフロアを歩いていると、隣のビルとの連絡通路が見えてくる。
幅30mほどありそうな広い通路は、床以外の三面が透明なガラス張りになっており、かなり見晴らしが良い通路のようだ。
ブルキャルの追っ手がこのフロアに到達したという情報は無いが、外からもこちらがよく見える通路に俺達は辺りを警戒しながら差し掛かる。
長さ100m足らずの連絡通路の1/3程を進んだだろうか。
何気なく外を見た俺の視野の端を何かが横切ったような気がした。
振り向いてその何かを眼で追う。
俺達の後方、連絡通路が今まで歩いてきたビルと接続している辺りの空中、連絡通路のすぐ上に黒い人影が浮いているのを発見した。
「ルナ、後ろだ! 外にLASが居る。クソが! メイエラ!?」
「そこカメラの死角になってる! 通路の下に隠れてた! ID反応無し! ゴメン、全く気付けなかった!」
LASは通路の外の空中に浮き、両手に持った銃のようなものをこちらに向けている。
隠れて行動するために、LASも武器も中身の人間も、全てIDを潰してあるか或いはマスクして探知できなくしているのだろう。
「突っ切ります。走って!」
そう言って、一瞬振り返ったルナがダッシュする。
俺達も慌ててその後を追う。
すると、前方の通路の左右の物陰から男が六人ほど現れて通路を塞ぐ。
ダッシュしようとしたルナが立ち止まる。
俺達はAEXSSを着ていない。
勿論エリエットも何も着ていない。
ルナがダッシュで男達を蹴散らしたとしても、俺達二人を狙い撃たれる、或いは流れ弾が当たる危険がある。
戻るか。
振り返った俺の視線の先、先ほど通ってきた通路の袂、左右の店や障害物の陰からこちらも七人の男が現れる。
完全に挟まれた。
ビル間の連絡通路という、横に逃げられない空間で。
俺とルナだけなら連絡通路の窓を叩き割って飛び出すという選択肢も採れるが、エリエットも一緒では無理だ。
「クソ、後ろにも居やがる。追っ手は居ないんじゃなかったのか?」
「そいつらブルキャルじゃないわ。ゴメン。現在特定中。逃走経路探索中。」
メイエラとレジーナが接近に気付かなかったということは、余程上手く誤魔化してさりげなく近付いてきたか、或いはどいつもこいつもIDをマスクしてネットを遮断しているのか。
ぼやいていても仕方が無い。
今は目の前の連中に対応しなければ。
幸い、俺達を挟み撃ちにした連中はこちらを問答無用で撃ち殺すつもりは無い様だった。
そうで無ければ後ろのLASがとっくに撃っている。
「ルナ、前に突っ切れ。エリエット、ルナに付いて絶対離れるな。全力で走れ。」
前方を塞ぐ男達の手に武器が握られていないことを確認してルナに指示する。
同時に、目の前のエリエットの背中を軽く押す。
同時に俺は振り返って、後ろを塞ぐ男達に向かって走り出す。
俺達の前後を塞いで追い詰めたと思っていたのだろう、男達のニヤニヤと嗤う顔が凍り付く。
通路の中央で先頭を歩く男に向かって真っ直ぐ突っ込む。
全力で加速しながら全く速度を緩めず、男に体当たりしながら腹に右肘を突き込んだ。
吹っ飛び床に崩れ落ちる男を踏みつけ、そのまま男達の囲みの向こうに走り抜ける。
男達は、自分達に向かって真っ直ぐ突っ込んできた俺に完全に気を取られ、全員がこちらを向いている。
当然、三人とも同じ方向に逃げると思っただろう。
男達の囲みを抜けた俺は全力で急制動を掛け、再び男達に向かってダッシュする。
当然、囲みを抜けてそのまま逃げると思っただろう?
まさか俺が戻ってくるとは思っていなかった男達が、予想外の事態に固まっている間にもう一人全力で蹴り飛ばして片付ける。
その隣の男に殴りかかったところで、呆けていた男達も再起動して動き出す。
遅い。
俺の動きに反応した三人目に、殴りかかると見せかけて腹を蹴り飛ばす。
男と一緒にすっ飛んでいき、腹を蹴った状態のまま男を壁に叩き付ける。
「んのヤロウ!」
「ナメんなクソが!」
再起動の終わった残り四人が怒声を上げて駆け寄ってくる。
一番手前に殴りかかると見せかけて、しゃがみ込んで足を払う。
その勢いのまま向こう側の男に近付き、伸び上がる勢いで右の昇脚で顎を蹴り上げる。
こっちに突っ込んできていた勢いもあって、男の身体は空中で半回転して後頭部から床に落ちた。
頭を床に打ち付ける嫌な鈍い音がした
殴りかかってくる男の右手を俺も右手で外に弾き、そのまま腕を絡めるようにして右脇に固定する。
拳を握って男の肘に回した右手を、左手で支えて力一杯外側に捻り、同時に身体の向きを変えて男の右肘を有り得ない角度に曲げる。
硬い何かが折れる軽い音がした。
男が絶叫を上げる。
骨折の激痛に動きを止めた男から離れ、右脚で蹴り飛ばして壁に叩き付ける。
後ろから跳び蹴りを食らわしてくる男をサイドステップで避ける。
残念、動きは通路脇の店舗入口のガラスに全部映っていて丸見えだ。
跳び蹴りの目標が消えて踏鞴を踏む男の腹を蹴り上げる。
身体を二つに折った顔面に膝を突き上げ、上半身が浮き上がった首に右の手刀を叩き込む。
最初に足を引っかけた男が体勢を立て直して殴りかかってくる。
その右手を左手で外に弾き、そのまま体当たりしながら右肘を顔面に突き入れる。
鼻の骨が折れる感触がした。
腹に左膝を突き入れ、身体を折った男から一歩離れる。
丁度良い位置の顔面を右脚で蹴り上げると、男は後ろ向きに昏倒した。
一歩飛び下がり、全体を見回す。
最初に斃して踏みつけた男が、呻きながらも起き上がろうとしていた。
ルナ達を追いかけるために走り始め、行きの駄賃でその顔を蹴り飛ばして昏倒させる。
そのまま連絡通路を全力で突っ切る。
思った通り、LASは撃ってこない。
俺達を挟んだ男達が手に武器を持っていないと分かった時点で、LASが手に持つ武器はただの脅しだと思っていた。
どうやらその予想は当たっていたようだ。
LASが持つような武器で生身の人間を撃てば、即死どころか下手すれば肉片に変わる。
殺す気が無いのならば、捕らえて何かに利用するつもりだろう。
殺してしまっては利用価値がなくなる。
通路を走る俺に、LASは両手の武器をポイントするがやはり撃っては来ない。
そういう上からの指示なのだろう。
そのまま通路を走り抜ける。
すでにルナ達の姿は見えないが、通路を渡りきったところに二人の男が倒れていた。
当然、ルナの仕事だろう。
残り四人か。
「レジーナ、ルナの位置は把握しているな。」
「はい。マサシの前方約100m、リフトホールに到達するところです。」
「リフトを使うのか?」
「大丈夫よ。充分時間があったからそのビルの管理システムはすでにこちらのコントロール下にあるわ。そのビルには独立したパワーユニットがあって、停電時にもリフトが動かせる。」
と、メイエラが割り込んできた。
なるほどそれは有難い。
俺は駆け足でルナ達の後を追う。
あれだけ暴れたのだ。今更駆け足で目立つことを気にしていても仕方が無い。
レジーナの引いてくれた誘導線に沿って急ぐと、すぐに前方から争っている男達の声が聞こえてきた。
通路の角を曲がり俺がリフトホールに到着するのと、ルナが最後の一人をムーンサルトキックで吹き飛ばすのが同時だった。
ルナに顎を蹴り上げられた男は空中で見事な半回転を決めて、まともに頭から床に落ちた。
「流石だ。」
「光栄です。でもこの程度では相手にもなりません。」
と、汗一つかかず無表情のルナが言う。
彼女の格闘戦技術は俺よりも遙かに上なのだ。
幾ら荒くれ者とは言っても所詮銀河種族の身体能力では、地球人の、しかも機械知性体が操る生義体としても、肉体強化をした上で鍛練を積んだ事でそれなりに上位になるであろうルナの相手になろう筈も無かった。
「状況が変わらない内に降りようか。」
「はい。」
ルナの後に付いていくようにエリエットに再び促し、俺達は到着したリフトの箱の中に乗り込んだ。
地上に降りれば街中に紛れ込んでビークルの到着を待つことが出来る。
これでやっと自分の船に帰る目処が立ったと、俺はリフトの中で大きく息を吐いた。
いつも拙作にお付き合い戴きありがとうございます。
久々の殴り合いです。
銀河種族と地球人の間での素手での殴り合いですが、中学生と高校生の喧嘩という感じで理解して戴ければ。
銀河種族側がかなり身体能力に恵まれている者で、地球人側があまり喧嘩慣れしていない一般人だったりすると案外簡単にひっくり返されます。
その点マサシは場慣れもしており、最近では荒事も多いので、下手すると地球人のやくざ相手でも殴り勝てたりするレベルです。
ところでLASは何しに出てきたのか、って?
・・・・さて?




