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夜空に瞬く星に向かって 第二部  作者: 松由実行
第十七章 ダウンタウン・ガール
81/82

9. ビル伝い


 

 

■ 17.9.1

 

 

「メイエラ、このビルの七階から十階はどんな場所だ?」

 

 上からも下からも追っ手が来て挟み撃ちにされるなら、途中で横に逸れるしか無い。

 かと言って、逃げるところの無い居住階だったり、逆に足を踏み入れた瞬間に警備が駆け付けてきたり、或いは問答無用で警備システムに撃ち殺されたりするようなヤバイ場所だったりする所に逃げ込むわけにも行かない。

 

「見取り図手に入れておいて良かったわ。四階から八階は雑居のオフィスフロア、九階から十五階は居住フロア、十六階は住民用の施設フロア。八階に行って。誘導する。」

 

「諒解。ルナ、八階だ。」

 

「諒解。」

 

 追ってくる男達にちょっかいを出していた俺に比べて、ルナとエリエットはかなり先行している。

 すぐに八階に到達するだろう。

 

「それとメイエラ、エリエットと繋いでおいてくれ。会話を追っ手に聞かれるのは拙い。」

 

「諒解。バックアップしている奴がかなり強いプロテクトを掛けてる。接続申請中。」

 

 六階を通過する俺の頭上で、ドアを開ける音がする。

 二人は八階に到達したようだ。

 要は非常階段なのだろう、この閉鎖的な階段のスペースでは少しの物音でも大きく反響する。

 声に出して会話などしていたら、追いかけてくる連中に丸聞こえになってしまう。

 

 俺が八階に到達すると、フロアに抜けるドアを押さえた状態でルナが待っていた。

 

「どうした?」

 

「簡単なトラップを仕掛けます。」

 

 そう言ってルナが手に持った丸いものを階段に投げる。

 それは階段を転がり落ちて七階との間の踊り場まで転がって止まった。

 

「リモートのフラッシュバンです。追っ手が来たところで起動します。」

 

 何でそんな物を持っているんだ。

 もともとボスロスローテに寄って、その後ダマナンカスで買い物をするだけの予定だったはずだ。

 そう言えば、スカートの中から反応弾を取りだした奴も居たな。

 備えあれば憂い無し、ということで納得することにする。

 

 俺がドアを抜けるとルナはドアを閉め、小型のレイガンでドアノブを破壊した上でドアを何カ所か融かして溶接した。

 だから何でそんなものを・・・いや、もう突っ込まないことにしよう。

 

 八階のフロアは幅3mほどの通路の両側の所々にドアがあり、そのドアにはそこに入居している会社の名前が表示してあった。

 オープンフロアではないので、両脇にある筈のオフィスの中が見えたりはしない。

 

「15m先、右側のドアから中に入って。今は空き事務所になってる筈。」

 

 メイエラの指示で廊下を駆けていたルナが立ち止まると、その目の前でドアのロックが外れて右にスライドして開いた。

 中は薄暗く、メイエラが言ったとおり使われていない空き事務所になっているようだった。

 ルナに続いてエリエット、そして最後に俺が事務所の中に飛び込む。

 ドアが閉まるとルナが開閉用のパネルをレイガンで撃って破壊し、さらにまた数カ所を融かしてドアを溶接する。

 

 その時、ドアの向こう側から激しい爆発音が聞こえた。

 どうやら追いかけてきた連中が、ルナが投げたフラッシュバンを食らったようだ。

 ということはすぐに八階に到達するだろう。

 こちらのIDにはメイエラがマスクを掛けているので、例えブルキャルがハッカーのバックアップを受けていたとしても俺達が八階のフロアに居ることはすぐにはバレない。

 バレたとしても階段のドアは溶接してあるので簡単には開かない。

 とは言え、八階フロアという半ば袋小路のような場所に入り込んでいることに変わりは無かった。

 

 さて、どうしたものかな。

 窓から飛び降りるには、生身の身体には八階という高さは少々高すぎる。

 ルナならばビルの壁面の突起物を利用して地上まで降りられるのかも知れないが、俺には無理だ。

 ましてやエリエットに出来る筈は絶対に無い。

 そもそも今入り込んでいる事務所スペースには、ビルの外に出られる窓のようなものは一切見当たらなかった。

 

 少々焦りながらこの袋小路からどうやって脱出するか考えていると、ルナがすたすたと歩いて事務所の奥に向かう。

 脱出用の非常口でもあるのだろうか。

 だとすると、非常用の簡易リフトや何らかの昇降器具があるかも知れない。

 と思ってルナの後に続いて歩き出そうとしたその時、ルナがスカートの裾辺りで手をひらひらと動かしたかと思うと、そのままの動きで右手を軽く振った。

 次の瞬間、斜め下に伸ばされたルナの右手には黒い刀身の抜き身の刀が握られていた。

 ・・・毎度思うのだが、一体どこから・・・いや、何でも無い。

 

 切っ先が床に届きそうな刀を伸ばした腕に下げて構え、濃い赤色のスカジャンとライトグリーンのギンガムチェックのスカートに身を包んだルナが歩く姿は違和感しか無い。

 AEXSSを着ているときの黑メイド姿だと、同じ黒い刀を構えていたとしてもどことなく納得させられてしまう雰囲気があるのだが、まるでハイスクールの学生の様な今の恰好では、手に持ったあまりに物騒な見た目の武器と、それに全くそぐわないごく普通のティーンエイジャーの様な恰好がまるで一致していないからだ。

 

 その見てくれの不一致など気にかけることも無い素振りでルナはそのまま歩き、そして何も無い壁の前に辿り着いた。

 まさか、な。

 と思ったらそのまさかだった。

 

 壁の前でさして構えることも無く、しかし目にも止まらぬ速さでルナは刀を何度か振るった。

 そしておもむろに右脚を上げると、正面の壁に蹴りを入れる。

 次の瞬間、切り取られた壁が幾つもの破片となって外に落下していき、オフィスの壁には人一人が充分に通り抜けることが出来るだけの大穴が空いていた。

 切り取られた壁の穴から、裏通りを挟んだ向こう側のビルの壁面が見える。

 マジか。

 

 ルナは無造作に一歩踏み出すと左手を正面に突き出す。

 軽い破裂音の様な音がしたが、ルナの身体に隠れて何が起こっているのかよく見えなかった。

 するとルナはビルの外の空中に向かってさらに一歩踏み出し、そして吸い寄せられるように隣のビルの壁面に横向きにしゃがむような体勢で張り付いた。

 どうやら左腕に仕込んでいたワイヤーのようなものを隣のビルの外壁に撃ち込んで、そのワイヤーを使って移動した上で壁面に張り付いた様だったが、余りの展開にあっけにとられた俺は、声も出さずにそのルナの行動を眺めるばかりだった。

 

 壁に横向きにしゃがみ込んだルナは再び右手の刀を振るった。

 一瞬ルナが何をしたか分からなかった・・・いや、分かってはいるのだが理解が追い付かなかったのだが、数秒後隣のビルの外壁にこちら側と同じ様な大きさの大穴が空き、その穴の部分を構成していた壁材が滑るように落下していく様子を見て俺の予想が正しかったことを認識した。

 

 ・・・・・・ルナは一体どこに向かって行っているのだろうか。

 いや、分かっている。

 彼女なりに自分の存在理由を探して、そして行き着いた先が船内の管理をすることと、俺の安全を守ることに意義を見出したのだろう事はこれまでの彼女の言動から理解している。

 だが何と言うか、すでにその様な小さな枠組みなどとっくに飛び越えてさらにその向こうのどこか遙か彼方に向かって果てしなく疾走して行っている様な気がしてならない。

 その内ある日突然何とか流師範とか、免許皆伝とか書かれた免状を引っ提げて現れたり、宇宙のどこかで行われている天下一ナントカ会とか名前が付きそうな荒くれ者の集まるトーナメントの上位に俺が知らない内に名前が載っていたりとかしそうな気がしてきたが・・・いや、止めておこう。

 

 これは余り深く考えてはいけない問題のような気がしてきた。

 そう、ルナの人生はルナのものなのだ。

 YOLOというやつだ。

 彼女には彼女自身の人生を選択する自由と権利があるのだ。

 何もかも俺が口出しして良いというわけじゃないのだ。

 ・・・ということにしとく。

 

「マサシ、早くしてください。追い付かれます。」

 

 俺が思考の渦というかブラックホールに落ち込んで事象の地平線の向こう側を迷走している間にも事態は動いており、エリエットはルナの助けを借りてすでに穴の空いた向こうのビルに飛び移っていて、あとはこちらに残っているのは俺だけとなっていた。

 

「あ、ああ。すまん。」

 

 そう言って俺は何も考えずに助走を付け、ビルの壁面から空中へ飛び出した。

 が、踏み切った瞬間に思い出した。

 しまった、今日はAEXSSを着ていないんだった。ヤバイ。

 明らかに飛距離の足りない俺のジャンプだったが、隣のビルの壁の切断面に叩き付けられて落下するよりも前に、空中でルナの手が伸びてきて俺の服を掴み、そのままの勢いで隣のビルのフロアに転がされることとなった。

 無様である事この上ない。

 

「マサシ、忘れないでください。今日は私達二人ともAEXSSを着用していません。それを考慮した逃走経路を選択してはいますが、その点に留意して行動して戴く必要があります。」

 

 外壁面に撃ち込んだワイヤーを使ったのだろう、振り子のような動きで軽くビルの中に飛び込んできたルナが見事な着地を決めた後に言った。

 

「ああ、すまん。」

 

 最近はこういう場面に出くわしたときには、大概AEXSSを着ていたので、無意識のうちにAEXSSを着ているものとして行動していた。

 AEXSSが無ければ力は数分の一になり、弾を食らえば確実に怪我をする。そもそも空を飛べない。

 

 だからといって、今日のようにただ単に知人を訪ねた後に街でちょっと買い物をして帰るだけの予定だった上陸に、毎回AEXSSを着て物々しい恰好で行く気にはなれない。

 そこはもう、今日は運が悪かったと割り切るしか無い。

 

 飛び移ったビルの中は倉庫か何かだったようだ。

 よく分からない金属の塊や、その梱包だったと思われるプラスチック製の箱など、様々な物が乱雑に積み上げられ埃を被っていた。

 ルナを手伝い、そのような箱のうち大きく重いものを持って床を引き摺って動かし、今このビルに飛び込んできた壁の穴の前に置いて穴を塞ぐ。

 これで相手は、重い箱を吹き飛ばす程度の余程の火器を持っていない限りは、簡単に俺達を追って来れなくなるだろう。

 

「時間を稼げたので、追っ手を捲く経路にするわ。地上に降りて逃げると目立つ。ビルの間の連絡通路を使う。」

 

 メイエラが言い、次の瞬間には誘導用の黄色い線がAARで視界に浮かび上がった。

 

「ルナ、大丈夫だと思うが、先導してくれ。俺はケツを気にしておく。」

 

「諒解。移動開始します。」

 

 エリエットにも聞こえるように音声で会話し、そしてすぐにルナが早足で歩き始める。

 俺達が飛び込んだ倉庫部屋の扉は安物の物理的な鍵が内側から掛かるタイプだったので、すぐにロックを外して部屋の外に出る。

 外は全く人気の無い暗い廊下だった。

 エリエットを間に挟み、廊下を早足で移動する。

 他に音の無い廊下に三人の足音が反響する。

 

「エリエット、と呼べば良いか?」

 

 俺の前を進む彼女にマジッド語で話しかける。

 

「うん。アンタは、バシースで良い?」

 

 と、流暢なマジッド語で返答があった。

 

「マサシだ。そのあだ名は余り好きでは無い。」

 

「そうなの? 格好いいと思うけど。」

 

 エリエットはここまでの激しい逃走劇で、未だ少し息が上がっているようだ。

 大きく息をしながら話す。

 

「人それぞれだ。マサシにしてくれ。」

 

「分かった。彼女は?」

 

「ルナだ。」

 

「船はどこにあるの? 逃げ切れる?」

 

「船はビスニステだ。追っ手を捲いてビークルを使う。」

 

「うわ、遠い。いいわ、何とかする。」

 

 その言い方は、自分のバックアップをしている誰かに頼んでアシの着かないビークルを調達するように聞こえた。

 ふむ。

 別々の指示でちぐはぐなことになるのも面倒だ。

 

「提案だ。お前のバックアップをして逃走を助けているハッカーがいるだろう? ウチの船のクルーと連携するように言ってくれ。その方が何かと都合が良いはずだ。」

 

 バックアップがいることを見抜かれ、少し驚いたらしい。

 後ろを歩く俺を振り返り、しかしすぐに前を向いた。

 こちらに腕の良いネットワークチームがいることは前情報として知っていたのかも知れない。

 ならば、自分のバックアップをしている者が居ることが知られてしまうのは、少し考えれば分かる。

 僅かな間があって、エリエットが再び口を開いた。

 

「・・・アンタんトコのクルーの名前は?」

 

「メイエラ。他にもいるが、とりあえずはメイエラだ。今彼女が中心になってこの件での俺達をバックアップしている。」

 

「りょ。こっちのもアンタんトコのクルーに気付いてたみたいね。こっちの名前はイールディ。」

 

「メイエラよ。大船に乗ったつもりでいなさい。」

 

「イールディ。詮索されるのは好きじゃ無い。」

 

 互いのバックアップチーム同士が自己紹介のために通信する。

 イールディの声は、エリエットと同年代の女の声に聞こえたが、ネットワーク越しの音声通信の声など幾らでも偽装できる。

 さてこれで本格的に逃走の用意が整ったわけだが。

 整えた甲斐無くこの後はイージーモードですぐにレジーナに戻れればそれに越したことは無い・・・んだが、多分そんなわけにはいかないんだろうなあ・・・

 

 などと、縁起でも無いことを、前を歩くエリエットの肩越しに前方に見えてきた階段を眺めながら考えていた。








 いつも拙作にお付き合い戴きありがとうございます。


 「・・・また詰まらぬ物を斬ってしまった。」


 そう言えば、某魔王城のメイドさんとか、誰も彼もが黒い刀を柄って似た様な芸当しますね。

 ・・・「黒い刀」シリーズとかいってシリーズ化するとか。

 そのためにはもう何人か黒い刀を振るうメイドキャラが出る話を書かないとダメですね。

 あっ、石を投げないで。

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