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夜空に瞬く星に向かって 第二部  作者: 松由実行
第十七章 ダウンタウン・ガール
80/82

8. エリエット


 

 

■ 17.8.1

 

 

 俺が飛び込んだビルの一階はどうやら雑居階だったようで、ビルの中を区分けして幾つも造られた通路の両側に間口5~6mほどの小さな店舗がひしめき合うように並んでいた。

 その小さな商店の商品は店の棚に並べられているだけで無く、通路にまではみ出した棚に山積みされていたり、衣類や小物を掛けたハンガーのようなものが通路に置かれていたり、果ては通路のど真ん中に小さな屋台のような店舗まで出ていたりして極めて雑然としていて、ただでさえ広くない通路が大きく圧迫されており、その中を意外と多い買い物客が歩き回っているので真っ直ぐ歩くことさえ難しいような状態だった。

 

 地球に比べれば自由で多彩な文化というものに乏しく、各居住星の名産品などという物が少ない銀河種族達だが、それでも数千もある銀河人類居住星からありとあらゆるものが集められまた送り出されるこの自由貿易港ダマナンカスには、それら銀河中から集まってくる大小様々なもので溢れ返っている。

 まるで地球の東南アジアか中東の市場のような混沌とした状態のこのフロアは、そういった見たことも無い様な珍しい様々なもので溢れ返っていた。

 

 実はこういう雑然混沌とした市場のような場所は結構俺の好みで、山のように積み上げてある様々な珍しい商品に興味を引かれ思わず目を奪われそうになってしまうのだが、今はそれどころでは無い。

 俺は前方数十mを買い物客や通路に並べられた商品を掻き分けるようにして進む長いダークブラウンの髪と黒いレザージャケットの少女の姿を見失わないように、彼女と同じようにして周りのありとあらゆる物を掻き分け押し退けながら混沌とした市場の中を進み続けた。

 

「エリエット! 待ってくれ! お前の依頼を受けたマサシだ!」

 

 混沌とした市場のような通路の中で互いの進行速度が低下し、先ほどまでよりかなり距離が詰まったので彼女の耳に届くように声を上げる。

 こんなところで大声を上げれば、当然周囲の人々の注目を集めてしまうのだが仕方ない。

 表通りに出れば、レジーナがC2と命名した追っ手のグループと鉢合わせする可能性がある。

 そうなれば実力行使で依頼人を確保するまでのことなのだが、出来れば余計な面倒を避けて追っ手に見つからないように依頼人を確保して、この場を脱出したい。

 

 だが予想したとおり、俺の声が届いていないことは無い筈なのだが、依頼人はこちらを振り返ることも無く背を向けたまま全力で逃走を続けている。

 どうやらメイエラが言ったとおり、依頼を受けた俺の振りをした追っ手の一人だと思われているようだ。

 こうなればどうやってでも追い付くか、或いは正面に回ったルナと挟み撃ちするかしかない。

 

「ビル正面に到着。表通り側出入口はここ一箇所のみです。ここで待機しますか?」

 

 すると丁度回り込んだルナからの連絡が入る。

 

「いや、中に入ってくれ。そこだと追っ手が追い付いてくる。出来れば連中に見つからずに確保したい。」

 

「諒解。中に入って反対側から挟み撃ちにします。」

 

「依頼人のIDを特定。ルナ、マップを。」

 

「やっと捕まえたか。」

 

「マサシと同方向に高速でノードを移っていくIDで絞り込んだ。今は頻繁に通信してる。相当焦ってるわね。もう離さないわよ。」

 

「グループC1が裏口に到着。グループC2が正面に到着するまであと10秒。」

 

「絶対にこのビルの中で確保するぞ。地元やくざと殴り合いとか考えるだけで面倒だ。」

 

 殴り合いだけなら、地球人の肉体的アドバンテージで負けることは無いだろうが、当然相手は飛び道具を持っているだろう。

 ハバ・ダマナンでは、ハンドガンなどの小火器の携帯は一般に認められている。

 だから俺も化学式のハンドガンとナイフくらいは持っている。

 だが、一般人でもハンドガンを携行しているこの都市で、やくざがハンドガンなどと言う可愛い武器で武装しているとはとても思えない。

 最低でも目立たず持ち歩ける中では最強のサブマシンガン、もしかするとブラスタやレイガンなどという物騒な代物で武装している可能性だってある。

 そんな奴等と、AEXSSも着ていない生身の状態で撃ち合いをやりたいとはとても思えない。

 

「諒解。目標を視認しました。確保します。」

 

 依頼人が逃げて行く先、ビルの正面入口から入ってきたルナが依頼人を見つけたらしい。

 ゴチャゴチャとした障害物が多くて、俺はまだルナの姿を確認できていない。

 が、突然前方から人のざわめきのような音が聞こえた。

 

「目標を確保。目立たないところに移動します。」

 

「よくやった。レジーナ、ルナの所まで案内してくれ。」

 

「諒解しました。誘導(リード)ラインに沿って進んでください。ルナにマーカを表示しました。」

 

 俺のAARにレジーナが投映している黄色い線を辿って進むと、少し先で線は右に曲がり、商店と商店の間の通り抜け用の通路を通って、その向こう側のバックヤードへと消えていた。

 その黄色い誘導ラインを辿ってバックヤードに入る。

 バックヤードは、商店の並ぶ表通りよりもさらに混沌としていた。

 仕入れた商品の箱が山積みにされ、梱包を解いたあとの梱包資材のゴミの山があちこちにあり、その中で商店で働いている店員達が食事をしたり談笑していたりする。

 そのゴチャゴチャした中をかろうじて人が通れる細い通路が曲がりくねって続いている。

 大きな荷物を抱えた者や、見たことも無い奇妙な動物を連れた者などとすれ違い、掻き分けるようにして辿り着いた先に、ちょっとした休憩スペースの長椅子に依頼人を横たえ、膝枕をして座るルナがいた。

 

「依頼人はどうした?」

 

「確保と同時に騒がれるのが確実でしたので、意識を奪って病人を介護する振りをしてここまで連れてきました。起こしますか?」

 

 なるほど。

 さっきのざわめきは、急に昏倒した「急病人」の発生によるものだったか。

 

「そうだな。起こしてくれ。早い方が良い。」

 

 気絶した少女を抱えて逃げるような、目立つ上に移動速度が落ちる真似はしたくない。

 依頼人には自分の足で歩いて貰わなければ困る。

 ルナがスカジャンのポケットから小瓶を取り出して蓋を開ける。

 瓶の口を依頼人の鼻に近づけると、少女は軽く呻き声を上げて顔に表情が戻る。

 気付け薬を嗅がせたらしい。

 ・・・なんでそんな物を持っているんだ。

 

 眉を顰めた依頼人が眼を開けた。

 状況が飲み込めないうちにルナが口に手を当てて塞ぐ。

 

「騒ぐな。ブルキャルの追っ手がすぐ近くまで来ている。エリエットだな? 俺があんたの依頼を受けたマサシだ。グロードレリ運送業ギルドにアンタが出した依頼だ。エージェント・ペグネレイスアを介して依頼を受けた。アンタをヒルデル本星まで送り届ける、で合っているか?」

 

 少女の思考が落ち着いて状況を把握し、俺の言葉を理解するまで待った。

 ルナの手に口を塞がれて拘束され、モゴモゴ言って暴れていた依頼人が喚くのを止め、落ち着いた眼で俺とルナを見比べる。

 

「理解してくれたか? 俺が船長で、こいつはウチの船のクルーだ。アンタの安全確保まで依頼のうちだ。俺達はそれを遂行する。理解できたら頷いてくれ。」

 

 光を受けた鳶色の眼が俺を真っ直ぐに見て、落ち着いた動作で頷いた。

 

「よし。じゃあもう叫んだりするなよ? ブルキャルの追っ手がすぐ近くに居る。声を出すと居場所がバレる。理解できたか?」

 

 少女が俺とルナを見比べながらもう一度頷く。

 

「オーケイ。ルナ、手を離してやってくれ。これでまだ騒ぐようなら見捨てる。」

 

 依頼も失敗で構わない。

 そもそも依頼人が、条件とした依頼人の安全確保という条項に対して非協力的であれば、こちらも正当に依頼を放棄できる。

 グロードレリとの関係構築は難しくなるだろうが、前にも言ったように今はそこまで仕事に飢えているわけではない。

 

 ルナの手がエリエットの口元から離れたが、彼女は口を噤んだまま声を発しなかった。

 

「色々話したいところだが、ブルキャルがすぐそこに居る。アンタの顔は割れている。俺達も多分そうだろう。静かにこの場を離れるぞ。付いてこい。

「レジーナ、脱出経路を。」

 

 偉そうに付いて来いなどと言ったが、レジーナ頼りだ。

 

「誘導ラインに沿ってバックヤード奥に進んでください。物資搬入用のリフトか、従業員用の階段を使って上階に行き、十六階にあるビークル乗降用のベランダまで誘導します。」

 

「メイエラ、俺達の顔も向こうにバレてるか?」

 

「依頼人に協力者がいることはもうバレてるから、まあそうでしょうね。カメラ映像も確認しないような間抜けでもないでしょ。グロードレリを通してアンタが依頼を受けたことも特定されてるかも。」

 

「ち。俺達の進行方向のカメラを乗っ取ってくれ。あと、念のためIDもマスクしてくれ。」

 

 どうせその内バレるのだ。

 だが、もう少しゆっくりバレてくれても良かった。

 

「もうやってる。」

 

「上出来。移動する。」

 

 そう言って俺達は、ルナを先頭にその後ろに依頼人、更にその後ろに俺という順番で、悪目立ちしないように表面的には平静を装いながらも、できるだけ音を立てず可能な限り早足で移動し始めた。

 

「C1がバックヤードに入ってきました。」

 

 まだ階段もリフトも視野にさえ入ってこない時点でレジーナからの警告が飛んだ。

 後ろを気にすれば、確かに後ろから何かを倒したりぶつかったりする音と、周囲の人間が抗議の声を上げる音が聞こえてくる。

 案外近い。

 こっちは音を立てられないが、向こうはそんなのお構いなしだ。

 出せる速度に差がある。

 

「ダメだ。追い付かれる。走れ。」

 

 ルナがダッシュする。

 呆けている依頼人の背中を軽く叩くと、一瞬飛び上がった後にルナの背中を追いかけて走り始める。

 俺は右手でホルスタからハンドガンを引き抜くと、セーフティを外してすぐに依頼人の後を追った。

 

 誘導ラインが右に曲がっているのに沿って、ルナの姿が右の壁の影に消える。

 依頼人がその後を追う。

 彼女達の後を追って飛び込んだ空間には、薄暗がりの中につづら折りの薄汚れて埃っぽく半ば物置と化した階段が上へと続いていくのが見えた。

 

 ゴミを蹴り飛ばしながらルナが上階に向かって登っていく。

 少し遅れて依頼人がその後を追うが、先ほどからの追跡劇で体力を消耗しているのかかなり息を切らしている。

 そのすぐ後に続く俺は、体力的に限界が近い彼女に手を貸してやりたいが、かといって眼の前で揺れている若い女の尻を押すわけにも行かず、もどかしく思いながら後ろを気にしつつ二人の後を追う。

 ルナと俺が立てる足音が階段に響く。

 依頼人は柔らかな素材のブーツを履いているようで、それほど足音はしない。

 

 階段が折れ曲がっているのに沿って何回か方向転換をして、四階フロアへと抜けるドアが視野に入る頃、階段の下の方がにわかに騒がしくなった。

 どうやらC1のグループが階段に到達したらしい。

 

「いたぞ! こっちだ!」

 

 下から男の声が聞こえ、階段に沢山の足音が反響する。

 何でバレる?

 

「それだけ音を立ててりゃね。確信はなくても、とりあえず自分達から逃げていく獲物を追ってるんじゃない?」

 

 ネコ科の猛獣か何かか。

 腹立たしいのは、連中のその行動が正しいという事だ。

 

 更に速度を上げて階段を駆け上がっていくが、明らかに依頼人の息が上がっており、足の運びも遅い。

 まずいな。追い付かれるぞ。

 仕方ない。

 相手がコイルガンや、軍用のアサルトライフルなどを持っていないことを祈ろう。

 

 五階のドアが見えるようになる階段の折り返しで俺は足を止める。

 足を止めた俺に一瞬こちらを振り返る依頼人に向かって先に行けと目線だけで促すと、頷いて再び階段を駆け上がり始めた。

 よし良い子だ。

 俺は視線を下に戻すと、ハンドガンを構えた。

 この階段は、折り返している階段の間に僅かな隙間しか開いていないタイプだが、それでも数階下の踊り場を通る男達の姿を確認する事は出来る。

 

 その細長い視野の中を、黒い人影が横切った。

 トリガーを引く。

 火薬式ハンドガン特有の爆発音が耳を塞ぎたくなるほどに階段の空間に激しく反響し、銃口から吹き出すマズルフラッシュで周囲が一瞬明るくなる。

 マズルフラッシュの明かりで一瞬目が眩み、追っ手に当たったかどうか確認出来ていないが、多分当たってはいない。

 当たってなくても良い。

 このでかい音でびびらせることと、こっちが一応火器を持っていて安易に追跡出来ないことを知らせるだけで、追っ手のスピードを少しでも鈍らせることが出来れば良い。

 

 向こうが持っているのがハンドガンなら、撃ち返されてもそう当たりはしないだろう。

 軍用のアサルトライフルなどを持っていやがった場合、高速の徹甲弾などを撃ち込まれると階段ごと崩落して墜落死することになるが。

 建材用の硬化発泡セラミクスで作られた階段の構造物など、10km/sで打ち出される15mm径の重金属の弾丸の前では、ポテトチップスかクッキーと大して変わらない。

 連射されれば、下町のこんな粗末なビルなど一瞬で蜂の巣になる。

 

「あ。ヤバい。接近中の大型ビークルB2、高度変更。これは、十六階のビークルポートに付ける気ね。向こうの方が確実に早い。挟まれるわよ。」

 

 ・・・クソッタレが。

 機転が利く頭の良いヤクザなんざクソ食らえだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつも拙作お読み戴きありがとうございます。


 作中でも書きましたが、東から南アジアや中東辺りにある、ゴチャゴチャとしたマーケットをモチーフにしています。

 何を売っているのか分からない、その内自分の位置も見失ってしまいつつも、それでも見たこともない珍しい物に次から次へと思わず目移りしてしまう、混沌として雑然としてごちゃごちゃなあの雰囲気が大好きです。

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