表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夜空に瞬く星に向かって 第二部  作者: 松由実行
第十二章 トーキョー・ディルージョン (TOKYO Delusion)
8/82

8. 事務所侵入

 

 

■ 12.8.1

 

 

 深夜。

 昼間でも陽の光が差さない都市最下層は、一層の闇に包まれる。

 上層の華やかで明るい明かりもここまでは届かず、まばらに灯る街灯から発せられる明かりはそこかしこに存在する闇に飲まれてしまい、辺りを明るく照らすには余りに少ない。

 まだ夜も早い時間であれば所々に存在する商店の明かりや、或いはまだ起きて活動してる住人が点した明かりが存在してもう少しマシな状態になるのだが、日付も変わろうとするこの時間ではそのような明かりも殆ど消えてしまっている。

 ガラクタやゴミが放置されたままの暗い路上には殆ど人影も無い。

 こんな時間に最下層をうろつけば、多少腕に自信があろうとも、不意打ちや闇討ちを受ける事になる。

 ましてや戦う力の無い者は、目的地に辿り着く前に襲われ身ぐるみ剥がされて、翌日の朝の明かりを死体となって受けることになる。

 そんな最下層の夜の道を好んで歩きたいなどと考えるものは居ない。

 

 二層目、三層目と層を上がるに従って明るく小綺麗で未来的な都市の光景が広がり、空をビークルが行き交い、空中にホロ画像が投映され、路上には色とりどりの衣装に身を包んだ人々が多く行き交う大都市も、最下層となればそんなものだ。

 それでもまだ東京は他の大都市に較べて治安が良い方なのだ。

 最下層であってもエネルギー供給が行われ、ネットワークの電波も飛んでいる。

 かなり怪しくはあるが、警察の権力もなんとかギリギリ最下層まで及んでいる。

 

 最下層へのエネルギー供給を打ち切り、都市警察も最下層で起こっていることには目を瞑り、その他都市機能を管理する役所のあらゆる部署から存在しないもののように無視される。

 力のみが支配する暗闇の世界で、まるで都市から分離された地下都市に棲む人外か或いは下水道に住み着いたドブネズミの集団かという風に扱われ、最下層とその住人はそこにいないもの、無いものであるかのように扱われる。

 そのように最下層を切り捨てた都市も多い。

 

 俺達は今、そんな都市最下層の暗闇の中に潜み、時が来るのを待っている。

 横を向けば、俺と同じ様に暗闇の中に潜むルナの姿が見えるが、それはヘルメットの暗視機能が働いているお陰であって、ほぼ黒に統一されたメイド服に似せたAEXSSに身を包む彼女を暗闇の中肉眼で認識するのは困難だろう。

 アデールとニュクスの姿を認識することは出来ないが、別の待機場所で俺達と同じ様に闇の中に潜んでいるはずだった。

 クニとやつがかき集めたやくざ者達も同様だ。

 

 例の第三伊島ビルを俺達が囲んでいることをカルト野郎と中華マフィアに気取られないように、全ての通信をOFFにしているため、誰かと話をする事も出来ない。

 ヘルメットの中、自分の呼吸音だけがやけに大きく響くのを聞きながら、視野の下の端でシールドバイザーに青白く投映されるデジタル時計表示の数字が一秒ごとに増えていくのを眺める。

 目標の第三伊島ビルはここからでは見えない。

 見えるのは俺達が潜んでいるゴチャゴチャと物が置かれゴミが散乱した狭い路地裏の光景と、見上げれば建物の狭い隙間に暗く蓋のように覆い被さる第二層の底部のみ。

 戦闘にならず上手く突入できれば良いが、それは希望的観測が過ぎるというものだろう。

 数十人居ると見られている中華マフィアどもは、改造された軍用のHASまで持ち込んでいるのだ。

 連中が武装していないわけが無かった。

 

 不意に電子音が鳴った。

 時計の表示は、あと1分で定刻になることを示している。

 秒の表示がひとつ、またひとつと増えていく。

 再び電子音。

 30秒前。

 落ち着いているつもりが、自分の呼吸が浅く速くなっていることに気付く。

 一度息を止めて、意識してゆっくりと普通の呼吸に戻す。

 吐いた息が口もとのエアコンユニットのスリットに当たって立てる音が妙にうるさく感じた。

 電子音。

 10秒前。

 そして一秒刻みの電子音がカウントダウンを始める。

 3、2、1。

 ひときわ長い電子音が、日付が変わったことと、そして行動開始の定刻であることを告げた。

 

 全通信をONにしながら狭い路地を駆け出す。

 後ろでルナが地面を蹴って飛び上がる音が聞こえた。

 地面を蹴る自分の足音に混ざって、突き出した配管や建物のベランダ、換気扇の排気口などを次々に蹴って高度を上げていくルナの足音が頭上から聞こえる。

 路地の端に達したところで止まり、角から目標のビルの方を覗う。

 「蘭」と書かれた紫に光る看板は今日も闇の中に妖しげな光を投げかけ、周りに他の明かりが殆ど無い中でそこだけよく目立つ。

 店の前に人影は無い。

 

「マサシ、定位置に着いた。」

 

 できるだけ目立たないように指定された位置にしゃがみ、ONにした通信に向かって呟く。

 さらに右腕に持ったアサルトライフルをいつでも撃てるように構え、目標の建物に銃口を向ける。

 

「アデール、準備(スタンデ)完了(ィングバイ)

 

「ニュクス、オーケイじゃ。」

 

「ルナ、定位置に着きました。」

 

「ワシじゃあ。いつでもええど。」

 

 全員が予定の位置に着いたことを報告する。

 

「目標建造物へのパワー供給をカット。目標建造物周囲300mのノードを無効化。同じく固定回線をカット。目標、ネットワークブラック確認。以後の通信は量子通信を使用。」

 

 見ている目の前で1Fの飲み屋の妖しげな看板を含めて、ビルの明かりが全て消えた。

 

「マサシ、アデール、射撃開始。」

 

「諒解。」

 

「諒解。」

 

 タイムキーパー役をしているメイエラの声と共に俺はAAR表示されるガンレティクルを第三伊島ビルの六階の窓に合わせ、トリガーを引く。

 反動など殆ど無く銃弾が撃ち出され、六階の窓を確実に捉え、防弾ガラスを貫通して室内に入った。

 ライフルが生成できる最大径である30mm径の銃弾は、着弾と同時にメタルキャップが拉げ、破壊された弾体が室内に撒き散らされる。

 弾体の炸薬の代わりに詰まっているのは催涙弾と似た様な成分の化学物質で、吸い込めば咳き込み、涙とクシャミが止まらなくなる。

 俺達突入部隊は、真空でも活動できる若干一名を除き、皆AEXSSのヘルメットを被っているため影響を受ける心配は無い。

 ヘルメットを持たないクニとゆかいな仲間達からなる一階店舗へのカチコミ組の妨げにならないよう、二階と一階には撃ち込まないことになっている。

 

 第三伊島ビルは暴力団の組事務所らしく、全ての窓ガラスが防弾ガラスになっているが、最高で30km/sもの弾速で徹甲弾を撃ち出せるアサルトライフルにとって防弾ガラスなど紙も同然だった。

 むしろ今回使った特殊弾にとっては通常のガラスよりも防弾ガラスの方が都合が良く、着弾と同時に強い抵抗を受けて弾体を覆うメタルキャップが完全に破壊されつつ貫通し、効率よく室内に薬品をぶちまけることが出来る。

 俺はその特殊弾を全ての窓に向けて三発ずつ撃ち込んでいく。

 六箇所ある六階の窓全てに撃ち込んだら五階に移る。

 今頃ビルの裏側でも、俺と同じ様にアデールが各階の窓に向けて特殊弾を撃ち込んでいるところだろう。

 

「六階終わったぞ。五階に移った。」

 

「諒解。突入します。」

 

 視野には入らないが、俺の頭上20mくらいの高さの位置でどこかの家のバルコニーの屋根に待機している筈のルナの声がした。

 五階の窓に次々に特殊弾を撃ち込んでいる俺の視野の中を、一瞬黒い影が横切り、影は六階の端の窓を破ってビルの中に飛び込んだ。

 俺は五階の窓を終わり、さらに四階に移る。

 

 その頃にはどこから湧いて出たか、五人ほどのガタイの良い男達がビルの一階にある店の前に現れ、突然の停電を不審に思って店から出てきた男達と乱闘になっていた。

 四階の窓を全て撃ち終えた後に、その様子をズームにして確認する。

 もし相手側がハンドガンやSMGを持ち出してきて不利な状況になるようなら、狙撃して援護することになっている。

 数秒間の観察で、店の前の乱闘が未だ伝統的な殴り合いに終始していることを確認し、俺は三階に特殊弾を撃ち込む作業に戻った。

 

 ビルが中華マフィアに占領される前、伊島組が使っていた頃は、三階はクニが世話になったという若頭と、店のママをやっている美姫という女の二人が住居に使っていたらしい。

 美姫は今でも三階に住んでいると考えられるが、美姫以外の住人がいる可能性もある。

 三階にもたっぷりとパーティースモークをプレゼントする。

 二階は他の階とは独立しており、見た目の体裁を保つため、組のフロント企業ではないどこかの会社の事務所となっている。

 店子の会社は今も変わっていない為、二階は襲撃の対象外だ。

 

 とりあえず割り当てられた仕事を終え、ビルの一階を見ると、店の前では乱闘がまだ決着着かず継続されていた。

 思いの外一階に男が多く手こずっているのだろうか。

 余計な世話かと思いつつ、弾頭をゴム弾に変え、弾速を600m/sにセットして中華マフィアらしい男を次々に撃つ。

 音速の倍近い速度の20mmゴム弾をぶち込まれた男は派手に吹っ飛んで壁に叩き付けられる。

 死んだかな。

 死にはせずとも、アバラが何本も粉砕されたか、内臓が破裂したかしたはずだ。

 戦線復帰はあり得ないだろう。

 本来非殺傷の為のゴム弾だが、今回は目的が違う。

 死んでしまったら、運が悪かったと諦めてもらおう。

 俺が数人ゴム弾で撃ち斃すと、店の前の戦いは防衛側が一気に不利になり、残りを殴り倒した後に店のドアを蹴り開けて男達が店内に突入していくのが見えた。

 とりあえず一階はクニ達に任せる。

 俺はアサルトライフルを持ったまま路上を走る。

 

 辺りには人影は無い。

 当然だ。

 この最下層で深夜に激しく争う音がして、それに近付こうなどと云う間抜けな奴など居ないだろう。

 そんな奴は、その好奇心が理由でとうの昔に死んでしまっている。

 誰も窓の隙間から辺りを覗き見ることさえせず、固く窓と戸を閉ざし、何でも良いからとにかく面倒事が自分に降りかかってこない様に、部屋の奥で震えている筈だ。

 警察など、やって来るのを期待する方が無理だ。

 どちらが勝つにせよ、さっさと争いに決着が付いて終結する以外に、平和が戻ってくる事は無い。

 

 俺は第三伊島ビルの前まで走ってきて、そのままAEXSSのジェネレータを起動する。

 身体がふわりと浮き上がり、走ってきた勢いから更に加速してビルに急接近する。

 そのまま、先ほど銃弾を撃ち込んだばかりの三階の右端の窓に突っ込む。

 二重の防弾ガラス窓は一瞬だけ抵抗を示したが、AEXSSバックパックの高出力重力推進ユニットの力に抗うことは出来ず、一瞬で吹き飛び、罅だらけのねじ曲がったガラス板となって室内に吹き飛ばされる。

 

 メイエラが調査したビル内の信号強度の履歴から、目標のカルト野郎はビル五階中央辺りに存在する何らかの端末の中に潜んでいるらしいことが判っている。

 問題は、例の炎狼改4型とか云う中華HASモドキがまさにその端末であるかどうか、だ。

 幾ら強力な戦力になり得るとは言っても、中華マフィアが突然天から降ってきた宗教かぶれの正体不明のAIに虎の子のHASのコントロールを易々と渡すとは思えない。

 いや、思いたくない。

 だが往々にして、この手の嫌な予感というか、一番そうなって欲しくないこと、というのは当たっていることが多い。

 

 窓から飛び込んだ室内は真っ暗だった。

 勿論俺の視界は、ヘルメットに備えられた暗視カメラの映像で、真昼のようにとまではいかないまでも、行動に不自由しないほどには明るい。

 俺が撃ち込んだスモークが薄らと立ちこめるその部屋は、リビングルームの様な作りをしていた。

 クニが言っていた、伊島組の若頭とバーのママが同棲していたスペースだろうと見当を付ける。

 白くクロスの張られた奥の壁に近付き、壁に埋め込まれたドアのノブに左手を掛け、右手でライフルを構えながらドアを開ける。

 予想に反してドアの向こうに人影はない。

 

 窓を派手に叩き割って突入してきたのだが、三階から六階まで全ての窓に銃弾を叩き込まれ、さらに室内にスモークまで投入された上に、各階に一人ずつ窓から突入してくれば、いかな中華マフィアと言えども人手が足りないのだろう。

 真っ先に突入した六階のルナと、四階のニュクスに対応しようとして、あとから突入したこちらに気付いてさえいないのかも知れなかった。

 

 ビルの大きさを頭に入れ、廊下を歩きながらドアを一つずつ全て開けていく。

 左眼の視野に投映されているビルと部屋の概形ののマッピングが、ドアを開けて室内を確認する度に少しずつ書き加えられていく。

 トイレ、浴室、ベッドルーム、キッチンと、いかにも誰かが住んでいるといった部屋が、ドアを開ける度に明らかになる。

 ドアを開ける度に銃口を向け緊張して中を覗うが、今のところ誰も居ない。

 やがて廊下は終わり、玄関と思しき場所に出る。

 まだ三階のマップは埋まりきっていない。

 玄関のドアを開けた向こうにまだかなりのスペースが残っている。

 そして、明らかに何人もの人間が慌ただしく行き来する気配がドアの向こう側にある。

 

 右手にアサルトライフルを構えたまま、玄関にしては随分広いスペースを抜けてドアに張り付く。

 間違いない。

 ドアの向こうに複数の足音が聞こえる。

 扉のレバーを回してみたが、ロックがかかっていて動かない。

 メイエラかノバグにロックの解除を頼んでもいいが、向こうも忙しいだろう。

 俺はライフルの弾種を徹甲に変え、ドアから一歩引いて銃口をレバーに向けて引き金を引いた。

 暗闇に火花が弾け飛び、金属の破片が吹き飛ぶ。

 十発近くの徹甲弾を撃ち込まれてドアノブ辺りがグズグズに破壊されたのを確認して、ドアを蹴り飛ばした。

 右手に構えたライフルの向こう側、スチール製のドアが音を立てて勢いよく開いた。

 

 

 

 

 


 いつも拙作お読み戴き有り難うございます。


 300年も経てば、ビルの上階への突入も様変わりします。

 六階でもラペリングなど必要なく、地面(?)からダイレクトに窓を破って突入です。

 そもそもAEXSS着てるなら、スモーク弾撃ち込んだり、窓ガラス破ったりする必要さえないんじゃ・・・

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ