表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夜空に瞬く星に向かって 第二部  作者: 松由実行
第十七章 ダウンタウン・ガール
79/82

7. 路地裏追跡劇


 

 

■ 17.7.1

 

 

 ゼリスンラーイはいわゆる出会いバーの様な店で、主に女が店のテーブルに座り客待ちをして、店にやって来た男が気に入った女の居るテーブルに座り、交渉の末様々な条件の折り合いが付くと男は女を連れて店を出る、というシステムのようだった。

 男も女も、テーブルに座るためには少々高めの価格設定の飲み物を必ず頼まなければならない。

 多分店は、客の注文する飲食物の代金と、客待ちをする女から幾らかのテーブルチャージを取ることで成り立っていっているのだろう。

 

 薄暗く少々派手めの色合いをチョイスした照明が所々に落ちる店の中には、酒と煙草と食い物とその他様々なものの匂いが混ざった空気が充満しており、その匂いを震わせてかき混ぜるかのように大きめのボリュームでビートの効いた曲が流れていた。

 俺とルナはその色々な意味で不健康そうな店の空気を我慢して、かなりの時間粘って依頼人の姿が現れるのを待っていたが、俺が煙草を三本灰にして、二杯目のピレックを飲み干す頃になってもエリエットという偽名を名乗る少女は現れなかった。

 

 店に現れないならば、どこかで追っ手と追いかけっこをしているのかとも思ったが、メイエラから何の連絡も無いという事は街中の監視カメラに写るような派手な逃走はしておらず、どこかに潜伏して追っ手をやり過ごすような逃げ方をしているのだろう。

 それならそれで掲示板に何らかの書き込みをすれば良いだろうと思うのだが、カメラが完全に死んでいるエリアでなければネットにアクセスしないと云う謎のポリシーを守っているので、書き込む機会を得られていないのだろう。

 

 依頼人のポリシーがどうあれ、男と女が逢い引きを繰り返し健康そうでも無く健全そうでも無い店の中でただずっと待たされるのは、こちらも段々焦れてくる。

 しかし依頼人を探しに行こうにも彼女の最近の位置情報が無く、この店で待つ以外に何の手がかりも無い状態では、移動してしまえば依頼人と落ち合える可能性が大きく下がってしまうだけだった。

 

「居た。」

 

 メイエラが突然声を発したのは、空になったグラスを睨み付けて、追加のピレックを頼むか、或いは次はアルコールの入っていない飲み物にするかと、グラスを空にしたままカウンターに座り続けている俺達にチラチラと視線を送っている店員からの圧に耐えている時だった。

 

「どこだ。近いのか。」

 

 主語の無いメイエラの発言だったが、今この瞬間こういう言い方をする対象は限られている。

 いい加減焦れているというのもあったが、それより何よりマフィアから追いかけられているという依頼人の安全というのが先に立った。

 一体何をして追われているのか知らないが、追っ手のマフィアに捕まった後十七才の少女である依頼人がどうなるかなど、余り想像したくはない。

 だから近ければこちらから出向いていって保護するつもりだった。

 

「二ブロック先で表通りの複数のカメラに引っかかった。これは・・・カメラの視野関係無しで逃げるしかないほど切羽詰まってるか、ワザとカメラに引っかかって早めに保護してほしいと言っているか、どっちかね。必死で走ってる。どっちにしてもヤバイわよ。」

 

 どうやら次のグラスは注文しなくて済みそうだった。

 ルナに声を掛けることもなく俺はスツールから床に滑り降りた。

 同時にルナの靴が床に設置する固い音が聞こえる。

 

 女を物色するでも無くカウンターに長っ尻の邪魔な客がやっと席を立ったと安堵する店員に一瞬だけ視線を向けて礼を言い、俺達は店の出口へと向かった。

 ドアを開けて階段に脚を掛けたところで走り始め、二段飛ばしで一気に地上に駆け上がる。

 

「レジーナ、誘導。周囲を警戒。」

 

 階段を駆け上がりながらレジーナに誘導を要求した瞬間、AARで眼の前に黄色い線が引かれ、階段の出口で右に曲がっているのが見えた。

 

「地上に出て右。直線800mです。目標は移動中。誘導は動的に変更します。」

 

 駆け上がった勢いのまま歩道に飛び出して着地する。

 ちょうど脇に居た通行人が声を上げてのけ反る。

 お構いなしに黄色い誘導線が示す方向に向きを変えて走り始める。

 依頼人が危機的状況にあるなら、目立たない様に等と言っていられない。

 

 路上に置かれた自転車に似た人力の乗り物や、通り沿いの商店に荷物を搬入するための荷車、店先に積み上げられた荷物や、それらを避けて歩く通行人など、歩道上に存在するありとあらゆる障害物を避けながら全力で加速する。

 眼の前で俺が方向転換した通行人が驚きの声を上げて立ち止まる。

 搬入する荷物の上を飛び越えられた運送業者が驚いて喚く。

 避けきれなかったゴミの山を蹴り飛ばすと、積み上げられたゴミが音を立てて辺りに散乱する。

 

「ルナ、先行しろ。」

 

 脚力も体力も反射神経も、全ての身体能力が俺より高い彼女の方が早く着く。

 

「諒解。」

 

 ルナの声が聞こえるのと前後して、俺のすぐ後ろで固い足音が響いた。

 一瞬で俺を追い抜いたルナは、ジャンプして歩道脇に置いてあった牽引車のハンドルを蹴ると更に高く飛び上がり、通信機器格納用のボックスを蹴って更に高く飛び上がる。

 看板を支えている支柱を蹴って空中で加速し、ビルから突き出しているよく分からない構造体を蹴って速度を上げて高く飛び上がった。

 何処かの商店の看板、道路標識の支柱、街灯を支えているアーム、建物から突き出したベランダや換気口、よくぞ瞬時に次の足場を判断出来るものだと呆れるほどに、ルナは空中に存在する様々な物を足場として利用し、まるで羽根でも生えているのではないかと思えるほど身軽に空中を飛び回って、地上でもたつく俺の何倍もの速度で進んでいく。

 

 足元に様々な障害物が転がっている俺は、そんなルナにばかり見蕩れているわけにも行かない。

 視線を地上に落とし、障害物を幾つか避けて再び空中に眼を戻したときには、既にルナは俺の視界から消えていた。

 

「目標発見。確保します。」

 

「気をつけて。前方の角を左に曲がったところに追跡者が五名。」

 

「反対側に路地を抜けたところに大型のビークルが一台。連中の応援が四人乗ってる。てゆうか、依頼人を拉致したらそのビークルに連れ込むつもり。」

 

「依頼人が建物の中に逃げ込みました。追跡します。」

 

「追っ手が角を曲がってきます。ルナ、20m前方にスモーク。」

 

「諒解。スモーク投擲。建物に入りました。」

 

「北西4.5kmに更に増援と思しき大型ビークル一台。現場に急行中。中に六人。連中が呼んだのね。もっと呼ばれる可能性あるわよ。」

 

「追っ手は依頼人とルナを見失いました。この追っ手をグループC1と命名。グループCIはスモークエリア手前で立ち往生。表通りのビークルをB1、接近中のものをB2とします。」

 

 地上をのたうち回るように障害物を避けて現場に向かっている俺にも、先行したルナとレジーナとメイエラが交わす通信が聞こえる。

 なんかさっきから微妙にヤバゲな言葉が飛び交っているのだが?

 スモークグレネードとか、非殺傷系とはいえ既に武器使ってるじゃねえか。

 俺がまだ依頼人の居場所までの半分しか進んでいないうちに、先行したルナは依頼人と接触するよりも前に半ば戦闘状態に突入してしまったようだった。

 

「追っ手の武装状態は分かるか?」

 

 十七才の少女を追い回すだけなので、幾らマフィアと言えども重武装しているとは思えないが、万が一という事もある。

 追いかけてくるマフィアから逃げ回るだけならば何とかなるが、その追っ手がもし重武装していたらこちらも重武装した奴の応援を頼まなければならない。

 

「武装不明。銃器のIDとセキュリティは潰してあるみたい。反応無し。データの出入りから、LASやHASは居ないみたいだけれど。」

 

 当たり前だ。

 生身の子供一人追いかけるだけでHASなんぞ持ち出すバカが居るものか。

 

「マサシ、急いで下さい。依頼人が折角隠れたビルから飛び出しました。表通りです。B1まで120m。」

 

「ルナは?」

 

「まだ追いつけていません。依頼人はルナも追っ手の一人と誤解している模様。」

 

 そりゃそうだ。

 人間とは思えない身体能力で空中を飛んで追いかけてきたら、そりゃ誰だってそんなおっかない奴からはとりあえず逃げるだろう。

 

「依頼人かバックアップに連絡付かないのか。」

 

「まだID不明。依頼人は依然通信を全てOFFにしたままよ。」

 

「掲示板は?」

 

「だからネットに入ってないんだって。」

 

「それでも一応書いておけ。」

 

「向こうは絶対マサシとルナの姿知ってるわよ。」

 

「じゃあなんで逃げる。」

 

「はめられたと思ってんじゃないの。」

 

 なるほど。

 俺の振りをして追っ手のマフィア関係者が依頼を受けたのだと思っているのか。

 

「依頼者の姿を目視したB1から応援が出ました。三人。一人はB1内に残留。この三人をグループC2と命名。B1がビルに突入。ルナが廊下に築いたバリケードで二十秒ほど稼げる予想。リモートグレネード仕掛けてありますが、起爆しますか?」

 

「やめろ。殺したらシャレじゃ済まなくなる。こっちが依頼人と合流するまで絶対誰も殺すな。」

 

 追っ手のマフィア達が、俺達が依頼を受けて依頼人の保護に向かっていることを知っているかどうか分からないが、武器を使用した時点で向こうにもはっきりと分かるだろう。

 そうなると、依頼人の身柄を俺達にかっ攫われるくらいなら殺してしまえ、という方針転換をしないとも限らない。

 目眩ましのスモークくらいならまだ思い止まる可能性もあるが、武器を使用したら向こうも使い始めるに決まっている。

 

「目標が進路変更。マサシ、そっちに行っています。次の路地を右に入ってください。」

 

 表通りを真っ直ぐ伸びていた黄色い誘導線が、50mほど向こうで急に右に曲がった。

 さすがに十秒かからずその距離を走破し、誘導の通り右側のビルとビルの間の路地に飛び込む。

 

「クソッタレが! 誰だこんなトコにゴミ山積みにしやがったのは!」

 

 道幅が2mも無いビルの隙間の路地はまるでゴミ溜めのようだった。

 壁に沿って積み上げられた何か良く分からない箱、放置された壊れた機械、路上に大量に散乱するゴミや食い物のパッケージ。

 物理的に針路を邪魔する箱を蹴り飛ばし、何が溶けているのかよく分からない色の水溜まりを踏みつけて滑り、意外に重量のある機械部品の屑に躓いてよろめく。

 

「マサシ、早くその路地を抜けてください。依頼人が通り過ぎます。」

 

「分かってる。クソ、なんでこんなトコをそんな速く移動できんだ。」

 

「裏通りも、地元民が日常的に利用する主通路は比較的障害物が少ないです。」

 

「依頼人は何で地元民が通る獣道みたいなの知ってるんだよ。」

 

 眼の前に現れた、グチャグチャに積み上げられた金属屑のバリケードの様な山を蹴り飛ばしながら喚く。

 

「ここの都市はどこも大体似た様な状況です。住人には感覚的に分かるのではないかと。そのバリケード、飛び越えられませんか? その方が早いです。」

 

「飛べるかこんなモン。こっちゃルナみたいに肉体強化してない生身のヒトなんだ。無茶言うな。」

 

 と、俺の背丈よりも高く積み上がっているゴミの山を見上げる。

 飛び越えることは出来なくとも、確かに乗り越えた方が早い。

 俺は金属屑の出っ張りを掴んで身体を引き上げようとした、が、持った金属屑がすっぽ抜けて後ろに転倒しそうになって蹈鞴を踏む。

 クソッタレめ。

 こんな汚い所で転ぶなんて絶対ご免だ。

 

「色々と物騒なことも多いですし、マサシもそろそろ肉体強化を検討した方が良いと思うのですが。」

 

「事故か何かで、身体半分くらい、吹っ飛んだら、治療の、ついでに、な。」

 

 助走を付けてガラクタを蹴り飛ばし、山の上に取り付く。

 そのままよじ登り、瓦礫の山の向こうが見えた。

 20mほど向こうに裏路地の交差点があり、横向きに走っているのがレジーナ言うところの裏通りの主通路らしかった。

 

 と、見ている眼の前でその主通路を全力で走って眼の前を横切る人影がひとつ。

 風に乗って舞うダークブラウンの長い髪、レザージャケットの様な黒い上着。

 赤いキャップは被っていないが、あれが間違いなく依頼人だ。

 

「依頼人を確認。クソ、先に行かれた。」

 

 そう言いながら瓦礫の山から飛び降りて走り始める。

 食い物のパッケージを踏みつけてよろめき転びそうになる。

 壁に手を突いて体勢を立て直し、ダッシュする。

 すぐに裏路地の交差点に辿り着いて、右を見ると依頼人は既に100m近く向こうを走っていた。

 確かにこの通りは道幅も広ければ、路上に転がっているゴミや瓦礫の量も少ない。

 その分、パラパラと地元民らしいラフな格好の通行人の姿が見えるが、鬼気迫る全力疾走の依頼人の姿を見て皆泡を食って左右に飛び退いている。

 

 頭上から固い金属音が聞こえ、咄嗟に見上げると濃い赤のレジーナスカジャンを着たルナが、両脇にそそり立つ巨大な壁の様な建物から突き出す通気口や何かの支柱を蹴り飛ばして空中を移動して行くのが見えた。

 スカジャンに合わせたのか、淡いグリーンのギンガムチェックの膝丈のスカートを履いているのだが、空中機動の激しい動きで下着が丸見えだ。

 まあ、そんな事を気にしている場合じゃない。

 

「ルナ、そのまま加速して依頼人の向こう側に着地しろ。俺も追い付く。挟み撃ちにして止めるぞ。」

 

「諒解。」

 

 裏路地の枝道がどれもさっきの様な状態なら、依頼人の逃走経路は相当絞れるはずだ。

 ビルの中に入られると面倒だが、その場合は俺が中に入り、ルナにはそのまま空中機動で枝道を伝って先回りして貰おう。

 

「マサシ、後方300m、C1の追っ手が迫っています。東側表通りは、C2がC1とほぼ並行に移動中。注意願います。」

 

「諒解。」

 

 最近は贅沢を覚えて余り走らなくなり、昔に比べて明らかに走る速度が遅くなっている俺だが、それでも地球人の身体能力は依頼人のそれを勝っている様だ。

 何事かと驚いてこちらを見ている通行人の注目を無視して全力疾走すれば、前方を逃げていく依頼人との距離が明らかに短くなっていく。

 

 依頼人との距離が半分程度になり、裏路地の終わりがすぐ向こうに見えてきたところで、運悪く左側のビルの裏口から誰かが出てきた。

 突然全力疾走の女の子に直面して驚き立ち竦む男を吹っ飛ばして、依頼人は開いた裏口からビルの中に飛び込んだ。

 クソ、また面倒なことを。

 

「このまま表通りに出て、建物の正面入口に回ります。」

 

 ルナが空中をそのまま跳ね続けて裏路地の出口へと向かった。

 

「諒解。こっちはビルの中を追跡する。」

 

 ビルの中を上階に向かえば、積層構造をしていないこの街では袋小路になる。

 高層階の連絡通路で繋がっているビルも多いが、それを当てにするほど依頼人もバカでは無いだろう。

 このビルの中で依頼人を確保出来る。

 そう考えながら、突き飛ばされ路上に尻餅を突いた哀れな通行人を脇目に、まだ閉じきらない裏口のドアを強引に開いて、俺もビルの中に飛び込んだ。

 

 

 

 

 

 

 


 いつも拙作お読み戴きありがとうございます。


 映画とかでもよくある路地裏の追跡劇ですねー。

 一度書いてみたかったのですが、上手く緊迫感が乗らないですね。

 まあ、それほど緊迫した状況ではないので仕方ないのですが。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ