2. グロードレリ運送業ギルド
■ 17.2.1
俺達はボスロスローテ・インターロジスティクス社でしばらく話をした後、ビークルを呼びつけた。
久々のダマナンカスで、買い物をしたいという理由もあった。
ルナは食材を調達したいと言い、ブラソンは毎度の如くネットワーク関連のジャンク屋に行きたいと言った。
という理由もあったが、仕事が舞い込んできたというのが主な理由だった。
「マサシ、グロードレリ輸送業ギルドから呼び出しが来てるぞ。多分、仕事の依頼じゃないか。」
「なんでアンタがそんな事知ってるんだ?」
ハファルレアとエイフェを交えて、仕事の話半分、雑談半分といった話をしているところで、アレマドが話を振ってきた。
グロードレリ輸送業ギルトというのは、要は他の商船組合などと同様の仲介業者だ。
他の商船組合を通して、何度か単発の仕事を請け負ったことはある。
が、大手ではないのでグロードレリ自体に俺の名前も、レジーナのIDも登録はしていない。
中小の仲介業者が大手のネットワークを利用して、大手経由で仕事を依頼するということはよくある。
当然、その場合中継ぎを依頼した大手から手数料を抜かれてしまうのだが、それでも手元の依頼が塩漬けになってしまい、信用を目減りさせてしまうよりはましなので、中小の業者は涙を呑んで大手に頼る事がままある。
「お前、グロードレリにID登録してないだろう? 俺んトコに繋ぎ付けてくれと連絡があったんだ。」
「アンタんトコじゃ無くても、他の組合に問い合わせりゃ良いだろうに。」
以前グロードレリの依頼を受けたときは、どこだったかの大手組合で依頼を受けたら実は大本がグロードレリ発の依頼で、委託を受けた大手が仲介した案件だった。
何か理由があって俺がわざわざグロードレリを選んで依頼を受けたわけではないので、グロードレリに登録するようなことはしていない。
そんなたいして馴染みでも無い中小の仲介業者からわざわざ指名で依頼が舞い込むというのは、少々奇妙だった。
「他の商船組合通すと手数料抜かれるからだろう。俺の会社は仲介業務をしてるわけじゃないからな。繋ぎ取るくらいで金は取らん。ウチは一応グロードレリに登録している会員だという繋がりもあるしな。」
「ふん。で、依頼の内容は?」
「知らんよ。幾ら会員とは言え、第三者に依頼内容を垂れ流すようじゃお話しにならんだろう。必要なら連中の代表IDを渡すが?」
「メイエラ。グロードレリ輸送業ギルドの代表IDを知っているか? ダマナンカスにも事務所がある筈だ。」
「勿論。転送しておいたわ。」
「有難い。礼を言う。持つべきものは腕の良いダイバーの友人だな。」
「公共データベースの情報よ。褒めたって何も出やしないわよ。」
アレマドとの会話の間にメイエラと連絡を取り、グロードレリの代表IDを手に入れた。
「いや、大丈夫だ。公共データベースに載ってるだろう。調べはすぐ付く。」
「そうか。出来れば早めに連絡してやってくれ。少し急いでいる風だった。」
「諒解。今ここで構わないか?」
「ああ、俺は構わんよ。」
一応アレマドに一言断り、皆が会話に花を咲かせている中で一人黙ってグロードレリに連絡を取る。
代表IDに音声通話での呼び出しを掛けると、相手はすぐに出た。
「はいこちらグロードレリ運送業ギルドダマナンカスオフィスです。」
「おたくのギルドが俺に連絡を取りたがっていると、ボスロスローテ・インターロジスティクス社から聞いた。俺はマサシ・キリタニ。貨物船レジーナ・メンシスⅡの船長だ。」
「少々お待ちを・・・はい、ご連絡戴きありがとうございます、キリタニ船長。仰るとおり、弊社から連絡を取ろうとしていました。」
「で、何の用だ? 俺の船指名で依頼の仲介か?」
「はい、仰るとおりです。旅客の輸送業務の仲介です。依頼主から貴船の指名がありました。」
「成る程ね。依頼内容は今このまま伝えて貰えるのか?」
「申し訳ありません。貴船は弊社会員に登録戴いていないため、データ転送では依頼内容の秘匿性保持が確約出来ません。弊社事務所にまでご足労お願いしたいのですが宜しいでしょうか。」
それほど馴染みのない仲介業者が指名で仕事を依頼したいというのに、わざわざ連中の事務所まで脚を運べと言われるのも面倒な話だ。
少し前なら、突然舞い込んできた仕事に二つ返事でOKしていただろうが、あいにく最近は仕事をえり好みできる良い身分になってしまった。
面倒な依頼をわざわざ受ける必要も無い。
だが、思い直して少なくとも依頼内容を聞くだけは聞いてみることにした。
要は、アレマドを仲介として依頼の紹介を受けたようなものだ。
グロードレリという組織の中でのアレマドの顔を潰すのも余り宜しくないだろう。
・・・こうやって、世の中との色々なしがらみが増えていくのだが。
■ 17.2.2
ボスロスローテのビルを出て、俺達は二手に分かれた。
ブラソンはジャンク街に行くと言い、一人で別のビークルを手配して環状軌道ステーションであるエレ・ホバへと向かった。
ダマナンカスにもジャンク街はあるのだが、交通の便の良いエレ・ホバの方が規模も大きく、掘り出し物も多いのだという。
俺とルナはブラソンとは別のビークルを呼び、ダマナンカス中心部へと向かった。
ルナも食材の仕入れを中心とした買い物がしたいと希望していたのだが、それよりも俺の護衛としてまずはグロードレリの事務所に同行し、帰りに買い物をする事にしたようだった。
機械知性体だけあって、ルナの買物は効率的で短時間で終わる。
ヒトの女の様な、ウンザリさせられる長時間且つ非効率的な買物の仕方はしない。
グロードレリから船に戻る途中で彼女の買物に付き合うのも悪くない。
グロードレリ運送業ギルドは、オフィスや倉庫を含めてダマナンカス市内に幾つもの拠点を持っているようだった。
俺がコンタクトを取ったのはその中でも最大のオフィスであり、惑星ハバ・ダマナン上での本部とでも言うべき拠点だったという事が後から判明した。
ダマナンカスは他の多くの都市が採っているような立体的な積層構造を持たない、基本的に地表平面に広がる都市だ。
そのため最大幅が1000km近くにもなる広大な都市部を擁しているのだが、下手に層状の立体構造を持ち狭いエリアに様々なものが詰め込まれ集中する都市の様にゴチャゴチャしておらず、何をするにも移動距離が大きくなると云う欠点を除けば、俺はこういう余裕を持った都市構造の方が好きだった。
俺に出頭を要求したその本部オフィスは、ダマナンカスの所謂ダウンタウンの中でも治安の良いエリアにあった。
ダマナンカスは余りに広すぎて、どこからどこまでがダウンタウンで、どこから先がアップタウンなのかと問われるとかなり返答に困ってしまうのだが、一般的には昔から人が住んで市街地であり多少ゴミゴミとしたエリアがダウンタウンで、綺麗に区画整理された市街地に高層ビルが建ち並び、小綺麗でいかにも都会的な印象を受けるエリアのことをアップタウンと呼んで差し支えないだろう。
同じアップタウンでも、多くの企業がオフィスを持つビジネスエリアと、超巨大星間企業やコンツェルンなどが背の高いお綺麗な自社ビルを建ち連ねるアッパービジネスディストリクト、金持ちばかりが住む高級アパートメントが建ち並ぶレジデンシャルエリアや、さらに大金持ちがデカい一戸建てを建てその広さに比例したデカい顔をしているエクスクルーシヴなど、幾つものエリアに分かれている。
それはダウンタウンも同じで、昔から多くの人々が暮らし、中小の企業の事務所や商店も一緒にごちゃ混ぜで存在するセンターダウンタウン、比較的小振りな商業施設が多く軒を連ねるマーケットエリア、少々うらぶれた雰囲気が漂い、その印象通り治安も余り宜しくないランダウン、ほぼスラムと言って良い治安も悪く見た目も悪いブライトなど、幾つものエリアに分かれている。
グロードレリのダマナンカス中央オフィスはセンターダウンタウンにあった。
数多くの企業のオフィスや店舗などが雑多に詰め込まれた三十階ほどの低層のビルディングの三階から八階までのフロア全体を占有する、なかなかの大きさのオフィスだった。
もっともこれが大手の運送組合ならば、三十階建ての自社ビル全てが自社オフィスという規模になるので、それを考えれば確かに中小規模に分類される組合なのだろう。
ボスロスローテのような、かなり趣味に偏り過ぎた運送業者が登録していることから考えると、多分取扱量よりもニッチな需要を攻めて利益を上げるような、そういう仕事の仲介で成り立っている組合なのだろうと思った。
ビークルを降りたルナと俺は、思ったよりも地味な作りの正面エントランスからオフィスに入った。
正面に十名ほどの窓口係が立つ長いレセプションデスクがあり、俺は迷わず真っ直ぐにそのデスクへと歩いた。
「グロードレリ運送業ギルドへようこそ。本日はどの様な御用向きでしょうか?」
「俺を指名した依頼があるから出頭しろと言われてやって来た。」
俺が近付いてくるのに気付いてカウンターの向こう側で営業用スマイルを浮かべたレセプション係に単刀直入に切り出した。
「お名前を伺っても? 当ギルドのIDをお持ちならばご提示願います。」
「貨物船『レジーナ・メンシスⅡ』の船長、マサシ・キリタニだ。ここのギルドに登録は無い。」
「畏まりました・・・キリタニ船長、当ギルドへようこそ。確認が取れました。間もなく担当の者が参りますので、このままお待ち願います。」
何人かよく分からない、ブラウンゴールドの髪を緩く捲いたスレンダーな美人が顔に浮かべた満面の営業用スマイルをこちらに向ける。
「ご自分の船を所有しておられるのでしたら、お待ちの時間の間に当ギルドにご登録戴くのは如何でしょうか? 当ギルドはテラからの貨物を多く取り扱っておりますが、テラ船籍の貨物船とテランの船長の登録数がまだ少なく、今ならばかなり有利な条件でお仕事をご紹介できますよ?」
どうやらこのギルドの取り扱い貨物の分野は、俺の想像からさほど大きく外れてはいないようだった。
地球産の商品の取り扱いが多いなら、地球人の船長と地球船籍の船の登録は喉から手が出るほどだろう。
俺達中小の貨物船を所有する運び屋の仕事は、ただ単に港から港に貨物を運ぶだけでは無い。
船も人間も小回りが効く小型貨物船と個人経営の船長の組み合わせであれば、荷物受け取りのため現地入りした際にただ単に準備された荷物を受け取るだけで無く、ついでに組合が指定した様々なものを調達するお遣いを頼むという使い方も出来る。
ましてや地球人船長であるのならば、その調達物資の内容までをも丸投げして、「面白い売れそうなモノ適当に買ってこい」という無茶振りも出来るかも知れない。
そしてそのその無茶振りで得た商品が思いの外大当たりするかも知れない。
今既知銀河は、雑多な文化を有する地球を情報発信源としてありとあらゆる「新しい」ものが流れ出し、玉石混交、何が大当たりして大もうけに繋がるかと多くの商社や運送組合などが地球文化に群がっている状態と言って良い。
あらゆる事において保守的で動きの遅い銀河種族もぼちぼちとその目新しい文化を受け入れて、嗜好品や娯楽、服飾やグルメから場合によっては技術まで、様々な物が突然局所的なブームを発生し大きな儲けを生み出すか分からない、混沌とした状態にある。
俺のような個人事業主では資金力が足りずそんな一山当てる話も夢の又夢で縁遠いものだが、巨大商社や商業組合、運送組合などの資金力のある連中からしてみれば、地球という惑星は多くの宝石が眠る巨大なビジネスチャンスが埋蔵する鉱山にも見えていることだろう。
さて俺としては、そのテラ・ラッシュとでも言うべきビッグドリームなビッグウェーブに乗るべきか、或いは既に金は足りているとして無視するべきか。
付き合う商船組合の数が多くなると依頼がぶつかったりしてスケジュール調整が面倒だというのもあるし、ただ単に付き合いが煩雑で面倒臭いというまさに俺らしい理由もある。
その様な事を考えながらふと視線を上げると、満面の笑みを湛えた受付嬢と視線が合い、彼女が湛える営業スマイルが更に深みを増して燦然と輝き始める。
相手に威圧感と警戒心を与えないようにする為の笑顔というものにも、相応の圧力があるのだと知った。
「・・・分かった。事務手続きは彼女とやってくれるか。ボスロスローテ・インターロジスティクスからの紹介だ。あそこの仕事を優先度高めにしてくれると助かる。」
と言って俺は、すぐ後ろに控えていたルナを視線で示した。
「畏まりました。では手続きに移らせて頂きます。」
ルナに視線を移した受付嬢の前の空間にホロ画面が開き、一歩前に出て俺の横に並んだルナの前にも同じ様な画面が開いた。
この手の事務手続きはうっかりものの俺がやるよりも、ルナとレジーナに任せておいた方が良いだろう。
今回の依頼の担当者が来るのを待って手持ち無沙汰な俺は、いつもと違って柔らかな笑顔を顔に浮かべてテキパキと手続きを進めていくルナの横顔を眺めていた。
いつも拙作お読み戴きありがとうございます。
ギルドと言えば受付嬢。
ちなみにすでにお気づきと思いますが、この場合のギルドは異世界ものによくある国を跨いだ独立組織ではなく、本来の意味に近い同業者組合としてのギルドです。
そう言えば、イルヴレンレック商船互助組合以外に、根拠地であるダマナンカスの運送組合の事を詳しく書いてなかったなーと思ってちょっと書いてみました。
ま、イメージ的には異世界ものの冒険者ギルド一階がそのまんまSF的に近代化した感じなんですけどね。




