1. ビスニステ臨海宙港
■ 17.1.1
陽光を受けて白銀色に光るレジーナのスリムな船体が僅かに緑がかった青い惑星に向かってゆっくりと降りていく。
今俺の視野には高度1万kmから4万kmまでの間を航行する他の船舶と、地表と環状ステーションの間を行き来するビークル類が表示されており、非常に賑やかな状態になっている。
交通量の多い惑星圏内に降下するので、万が一何かあった場合に備えてブリッジの自席に座ってCLI(思考伝達インターフェース)に接続している。
操縦自体はレジーナに任せてしまっているのだが、自席にただ座っているだけでは意味が無いので、いつでもすぐに操縦を交替できるように、何か起きた場合にとっさの判断が出来るように、周辺の状況を把握しておくためだ。
「高度15000km。ビスニステ臨海宙港まで残り21000kmです。針路このまま、降下速度このままを維持します。」
「宜候。」
ビスニステ臨海宙港とは、パダリナン星系の第Ⅳ惑星ハバ・ダマナンの首都であるダマナンカス郊外にある、海に面した立地の小ぶりな宙港だ。
海に面しているという立地から海上船舶用の港と宙港が隣接して置かれており、宇宙船による国際輸送と海上船舶による国内輸送の中継地点として用いられているという、少々風変わりな港だ。
海に面しており、海上船舶用の岸壁を備えているので、一部の種族が好んで用いる着水型の宇宙船が接岸することが出来るという、少々ニッチな需要もある少し変わり種の港でもある。
重力推進全盛の今の時代、水面という地形に縛られる海洋輸送などとっくに衰退しているものと思われるかもしれないが、実はそうでも無い。
重力推進で船や車両を動かす場合、当然空中を移動する事になるため、常に重力推進が動き続けていなければ墜落してしまう。
そうなれば当然、中の乗員や積み荷は死亡し破壊される。
海上輸送は、例えエンジンが止まろうとも船舶が漂流し始めるだけで沈没するわけではない。
宇宙船や航空機よりもかなり規格の甘い非閉鎖系船殻を用意しさえすれば、あとは適当なエンジンを付ければとりあえず前に進む事が出来るという簡便さもある。
元手が心許ない個人がとりあえず運送業を始める、或いは予算の厳しい田舎の村が共同購買品などの輸送手段をとりあえず整えるなどの理由で、一部でかなり重宝されて未だに立派に生き残っている。
そんなニッチな隙間需要を追求したようなちょっと風変わりな宙港だが、実は俺はこの港を何度も利用したことがある。
ダマナンカスからそれほど遠くない位置にあるにしては、小振りで風変わりな宙港であるため利用する船が余り多くなく、比較的いつも空いていて着陸待ちをさせられることが少ない、或いは離着床に空きが無くて他の港に回されるような急な予定変更を食らわなくて済むという実利面での優位性があるのもひとつの理由だ。
そしてもう一つ、この宙港の敷地に隣接した倉庫街に馴染みの運送会社があるという理由もある。
英訳すればボスロスローテ・インターロジスティクスという名のその会社は、社長と数名の従業員だけでやっている小さな規模の会社だ。
社長が大の酒好きで、それが昂じて地球から輸出される多種多様な酒を取り扱うようになり、ついには取引額の九割を地球産の酒が占めるほどになった。
そんなどうしようもない社長が経営するどうしようもない運送会社の仕事を運送業組合から紹介され、地球産の酒の取扱量を増やそうとしていた社長から、地球人が船長をやっている地球船籍の船だと眼をかけられ、運送業組合を仲介しない直接の取引を持ちかけられた。
その小さな風変わりな会社との付き合いはそれ以来だ。
商品を運ぶ傍ら少々マニアックな趣味の社長の要求に応えて珍しい酒を調達し、社長が個人的に手に入れたその酒を共に開け、そして俺達の関係はただの取引先から呑み友達へと変わった。
会社の規模は変わらずとも、取引量が大きくなり取り扱う商品の数も随分と増えて多くの船と契約し、一方新しい船を手に入れて俺も様々な依頼を受けるようになった今となっては俺がボスロスローテの仕事を受ける頻度もめっきり減ってしまったが、呑み友達として、そして少々手に入りにくい酒であっても依頼すればどうにかして調達してくる現地地球人の貨物船船長として、俺達の付き合いは今でもずっと続いている。
そんなダマナンカスの外れにある目立たない小さな会社であり、思い切りの良い竹を割ったような性格の義理堅い男であるので、安心して彼女達を任せることが出来た。
そして社長のアレマドはそんな俺の期待を裏切ること無く彼女達を庇護下に置いてくれている。
そんな男から偶に少々入手困難な酒を調達する依頼があれば、なんとかして手に入れてやりたいと思うものだ。
そんな少々手に入りにくいマニアックな要求に応えた積み荷が、今レジーナのカーゴルームには大量に積み込まれている。
「ビスニステ臨海宙港管制から誰何あり返信しました。着陸許可が降りました。指定着陸床は402801番。着床は約1500秒後を予定。」
「オーケイ。宜候。」
レジーナの船体がハバ・ダマナンを包む大気を割ってゆっくりと沈んでいく。
やがて足元で見事な球形の姿を見せていた惑星表面が平らな地平となり、そして頭上に瞬いていた星々の光りが薄れて空の青さに紛れていく。
船体がさらに濃密な大気の中に潜り込み高空の強烈な気流で揺れ始める頃には、眼下にまるで地表に立ち上がった雪綿のモンスターの様な雲が居並ぶかのように立体的な空間が広がり始める。
さらに高度を落とし、そびえ立つ積乱雲を突っ切り綿雲を横切ると、足元には巨大なダマナンカスの市街地がまるで地表に貼り付いた瘡蓋のように広がって、さらにその先で陸地が終わり青い海が遙か彼方まで続き霞む水平線の向こうへと消えていくのが見えた。
「ビスニステ臨海宙港上空3000mに到達。対地速度ゼロ。障害無し。ルートクリア。着陸シーケンス開始します。目標離着床402801。」
地上3000mでピタリと静止したレジーナは、今度はゆっくりと船体を横旋回させながら高度を下げていく。
下を見れば地表に広がる宙港の中に幾つもの船が着陸しているのが見え、宙港管制から指示された離着床が緑色の長方形の枠となってゆっくりと点滅している。
レジーナは長方形の形に船体の向きを合わせながらさらに高度を下げ、高度50mで再び一旦静止する。
さらにゆっくりと高度を下げたレジーナは、最終的に最低地上高1mの位置で完全に静止した。
「対地速度ゼロ。高度ゼロ。着床しました。お疲れ様でした。」
「お疲れ様だ、レジーナ。積み荷はいつも通りボスロスローテの倉庫に搬入してくれ。俺は上陸する。ブラソンはどうする?」
ネットワーク越しにブラソンに訊く。
俺はブリッジに詰めていたが、ブラソンはいつも通り自室に居る。
「ああ、俺も降りるよ。約束だからな。二人の様子を見に行こう。」
「アデール?」
こちらも自室に居るアデールにも問う。
「私は本業でダマナンカスに行く用事がある。明日の昼頃には終わるはずだ。」
「諒解。ルナ?」
「マサシに同行します。ハバ・ダマナンであれば法律上問題ありません。」
「オーケイ。ニュクスは?」
「儂は別行動じゃ。メイエラ用に仕掛けた中継器の点検じゃ。終わったら船に戻っておる。」
「オーケイ。メイエラ、アレマドはオフィスに居るか?」
「ええ。今日は殆どずっと社長室にこもりきりで仕事をしているわ。外出の予定は聞いてないわね。」
「諒解。レジーナ、小型のビークルを二台呼んでくれ。一台はアデールのだ。」
「手配しました。十分以内に本船隣に到着します。」
「よし。全員、出かけるぞ。」
そう言って俺はブリッジの船長席を立つ。
自室に寄って、アレマドから頼まれて仕入れてきた積み荷の酒とはまた別に、個人的に手に入れた酒を持ってカーゴルームに降りた。
カーゴルームではすでにコンテナの搬出が始まっており、レジーナのコントロールの元大量の酒が入った小型コンテナがゆっくりと慎重に船外に送り出されていく。
コンテナが貨物用ハッチを下って地上に降りていく間を縫って、俺もスロープを降りて船外に出る。
レジーナのすぐ近くには、白に近い薄い青色に塗られた小型のビークルが一台駐まっていた。
最近は地球の真似をして広告などでラッピングをしているビークルも見かけるようになってきたが、このビークルはまだ地球文化に侵されていないようだった。
俺が近付くと、ビークルの側面の一部が割れてスライドした。
その開口部から中に乗り込む。
ビークルの中にはすでにルナとニュクスが座っており、その向かいの席に腰を下ろして窓から外を見ると、丁度ブラソンが船底貨物ハッチの斜路を降りてくるところだった。
そのブラソンが乗り込んできて、ビークルはすぐに発車する。
ふわりと浮き上がった車体はすぐにレジーナの船体よりも上方に飛び上がり、高度200mに達するよりも前に水平飛行に移る。
離着床に羽を休める何隻もの船の上を飛び越えてビークルは宙港を横切り、宙港に隣接して大型の倉庫や運送会社や貿易会社がオフィスを置く建物が並ぶエリアに侵入する。
建物と倉庫の隙間を縫うように走る道路に沿ってビークルは高度を下げ、建ち並ぶオフィスビルの内のひとつの前にふわりと降り立った。
ビークルを降りると別行動のニュクスが俺達から離れてビルの脇を歩き去る。
ブラソンとルナと共にビルに入り、エントランスの端にあるリフトに乗って最上階に向かった。
最上階でリフトを降りると見慣れたリフトホールが目の前に広がる。
幾つかあるドアの内、「ボスロスローテ・インターロジスティクス」とマジッド語で表記のあるドアに近付くとドアが開く。
相変わらず誰も居ない見慣れた受付のデスクに近付いて、誰も居ない空間に話しかける。
「マサシだ。社長は居るか?」
そのまま受付でしばらく待たされた後、受付のデスク脇のドアが開いて初老に差し掛かった男が一人顔を出した。
「久しぶりだな。納品は確認した。まあ、入れよ。」
愛想も無くそう言ってアレマドは踵を返してドアの向こうに消える。
その後に続いて俺達もオフィスの中に入る。
働いている社員の数が少ないので贅沢にスペースを使ったオフィスの通路を抜け、並ぶドアのひとつを開けたアレマドの後に続いて部屋に入るとそこはいつも通される見慣れた応接室だ。
「適当に座ってくれ。何か飲むものを出そう。酒以外でな。」
「土産だ。セントニックの五十年もののカスクストレングスだ。」
と言いながら、俺は部屋から持ってきたまるでワインボトルのようなすらりとしたガラスのボトルをテーブルの上に置いた。
レジーナから倉庫に納品した大量の酒とは別に、俺が個人的に買ってきたなかなか手に入らない一品だ。
「ふん。バーボンか。お前もいい加減貧乏人の飲む酒を卒業した方が良いぞ。」
「うっせ。文句があるなら呑むな。滅多に出ない限定品だぞ。」
「有り難く戴こうか。酒に罪は無い。偶にはお前の趣味に付き合って、安酒を飲むのも悪くない。」
「本当に味が分かって言ってるのかこのクソジジイ。次の土産はプロパノールとグリセロールのどっちが良い?」
「土産と嘯くなら、せめて人間が飲める物を持ってこい。」
ちなみにアレマドは先ほどから安酒と馬鹿にするが、このボトル一本で一般的な家庭が数ヶ月暮らしていけるだけの金が飛ぶ。
元々希少な酒の中でもさらに数量が少ない特別なものをマニアがコレクションしていたらしく、運良く放出されたものが手に入ったのだ。
ひとしきり罵詈雑言の応酬を行った後、そのやりとりを聞いてニヤニヤ笑うブラソンと、やはり相変わらず完全無欠の無表情を貫くルナと共に柔らかなソファに腰を下ろした。
「納品リストは届いたか?」
「うむ。注文通りジンとウォッカを多めに持ってきてくれたか。有り難い。ダマナンカスでカクテルが今ちょっとしたブームになってるんだ。ジンとウォッカは仕入れた端から飛ぶように売れる。
「こっちはアイルランドのボタニカルだな。差別化を図りたいちょっと高級なレストランに高く売れる。こっちはポーランド産のアクアヴィットか。これも似たようなバーに高値で売れる。後は煙草が標準二十銘柄で二トン・・・ふん。相変わらず、酒と煙草に関しては良い仕事をする。」
「そいつは良かった。まあしっかり稼いでくれ。なんならもう一往復するか? 次の仕事も特に入っていない。」
「いや、それは良い。お前に・・・」
アレマドが話している途中で奴が座っているソファの後ろにあるドアが開き、片手に幾つものカップを乗せたトレイを持った一人の女が入室してきた。
その脚に齧り付くようにして小柄な人影がそれに続く。
「いらっしゃい。お久しぶりね。」
そう言ってハファルレアが俺達の前に湯気の立つカップを置いていく。
「元気か? 何か問題は無いか?」
と、珍しくシリアスな表情のブラソンが訊く。
「おいおい。俺んちで預かってるんだ。問題がある筈が無いだろうが。」
「ええ。大丈夫。社長にはとても良くしてもらってるわ。あれ以来危険な目に遭うことも無いし、妙なところから連絡が来ることも無い。親子共々安心して暮らせているわ。」
そう言って飲み物をテーブルに置き終えたハファルレアは、右脚に齧り付いているエイフェの頭を撫でる。
「随分表情が戻ってきたな。良かった。」
エイフェを見るブラソンが笑う。
勿論、エイフェの中身が実はメイエラだというのは当然百も承知でそう言っている。
万が一にも、ハファルレアやアレマドにそのことを気取られるわけにはいかないのだ。
「アレマド。俺からも礼を言う。」
「よせや。水くさい。礼を言うくらいなら、形で表せ。」
そう言ってテーブルの上に乗っているボトルに向かって顎をしゃくった。
どうやら地球に戻る度に少々マニアックな酒を探すのは当分やめられそうにないようだ。
「お前も。そんなとこに突っ立ってないで座れよ。」
そう言ってアレマドがハファルレアに座るように促す。
アレマドが真ん中に座る長いソファの端にハファルレアが腰掛け、アレマドとの間にエイフェを座らせた。
その後俺達はしばらく土産話に華を咲かせることとなった。
いつも拙作お読み戴きありがとうございます。
はい新章です。
書きやすいのでここまで引っ張ってきてしまいましたが、そろそろ本当に三部作の第三部「PLEIADES - Seven Sisters(日本語でいくなら「プレイアデス~七人の乙女」とでも)」について、書くか書かないか、書くなら細かな設定を決めないといけませんねー。
・・・実は段々面倒になってきているのはナイショ。




