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夜空に瞬く星に向かって 第二部  作者: 松由実行
第十五章 マーキー・ラナウェイ
69/82

24. 生き延びること


 

 

■ 15.24.1

 

 

 その後、ベルヤンキス宙域にホールアウトして再び現れたレジーナは、惑星の管理局に緊急事態を申請して俺達が地上でキャンプを張った場所に降下してきた。

 資源星として惑星の生態系を保ち、資源すなわち生物の乱獲を防ぐために基本的に宙港となっている場所以外では着陸も低空での飛行も許されていないベルヤンキスだが、外国の軍隊が予定外の地域で暴れ回り、その「巻き添え」となってしまった状況では、緊急事態としてキャンプ撤収のために船を直接キャンプ地に着ける事が認められた。

 

 キャンプを一時的に占拠していた陸戦隊によってかなり荒らされてしまったキャンプ地を片付け撤収の準備をする。

 

「不要物はそちらのケージに入れておいてください。収容後ケージごと分解します。」

 

 と、レジーナからキャンプ地に新たに陸揚げされた小型コンテナから、ヒトの背丈ほどの動力付きの金属ケージが出てきてキャンプ地の真ん中あたりに着地した。

 滞在中俺達が出したゴミの他にも、陸戦隊が乱暴に家捜ししたり略奪行為を働いたりした事で様々なものが壊れ、辺りに散乱していた。

 全てひとまとまりに集めてレジーナに収容し、ナノボットで分解してしまうのだ。

 

 生態系の維持に煩いベルヤンキス管理局は、他星から持ち込まれた物質を惑星上に放置することを厳しく制限している。

 観光客や狩猟客が持ち込むものの中には、難腐食性、難腐敗性のものも多く、放置すると数万年単位で分解されずに残留することになるのだ。

 ゴミは自分で持ち帰りましょう。環境に優しく。といったところだ。

 

 意外なことにダンダスとレイシャだけでなく、ディングもこの撤収作業に積極的に参加していた。

 お貴族サマはそんな面倒な事は全て下の者に任せて茶でも飲んでいるのかと思ったのだが。

 

「バカ言え。キャンプを展開したらちゃんと片付ける。狩猟者のマナーだぞ。」

 

 面倒な事になるから姿を見られたくないので、すでにレジーナに帰還してしまったニュクスの分身体四人を除くと、このキャンプには実体を持つヒトが六人しか居ないのだ。勿論ディングが積極的に動いてくれるのはありがたい。

 

「意外だな。下の者に全て任せるのだと思っていた。」

 

 と、食料が入っていたケースに詰め込んだゴミを抱えて中央のケージに向かって歩きながら、脇を歩くディングに言った。

 ディングもディングで、陸戦隊に割られてゴミと化してしまった侯爵家の家紋入りの高級食器の残骸の山を突っ込んだ箱を抱えている。

 俺はAEXSS、ディングも作業用のパワーアシスト付LASを着ているので、山のようなゴミも軽々と持ち上げられる。

 

「ま、普通はそうするんだろうがな。人手も少ないし、俺もハンターとしての常識を捨てたくない。何より領民の規範となる良い貴族であることを示さんとな。」

 

 どうやら、貴族の嗜みとして表面的なものではなく、ディングは本当に狩猟が好きなようだった。

 それもそうか。

 そうで無ければ、惑星最強とも呼ばれる肉食生物の群れの中に嬉々として突撃していったりはしないだろう。

 

 そして、数十万年も続く星間帝国のガチガチの貴族など碌なもんじゃないだろうという、俺の中にある貴族像を次々に打ち壊してくれる。

 そういうまともな貴族もいるのだな、と思った。

 まあ、ディングの言うところに依ると、どちらかというとベルセンテルーク帝国の大概の貴族は俺が想像する貴族像の方に近いらしいが。

 狩猟が大好きで、狩猟に行くのに自領の領軍の船を使わず、諸々の面倒から逃れるためにわざわざ民間の旅客船を使い、その船の船長とまるで馴染みの友人であるかの様な口調で話す、変わり者の貴族だ。

 帝国貴族の中でも異端者と言って良いほどなのだろう。

 

 ちなみにだが、ニュースなどで直接流されるものでは無いらしいが、今回の狩猟旅行でのディングの姿はずっとビデオ撮影されている。

 ディングの行動の記録そのものとしての意味もあるが、例えば「侯爵閣下の休日」だとか、「勇敢なる侯爵閣下」みたいな短編ビデオに編集され、様々な階級を対象とした侯爵家の紹介映像となるらしい。

 高い階級に居て、名が売れている連中も大変なことだ。

 

 侯爵家が用意した、AIは搭載されていないもののそれなりに自動化されたお掃除ロボットの助力もあり、撤収作業は意外と短時間で完了した。

 展開した豪華なテーブルセットやコテージなどは、付属品を所定の位置に格納したら後はボタンひとつで自動で折り畳まれ、コンテナに入るサイズにまで小さくなる。

 自走ユニットを取り付けて指示を出してやれば、後はコンテナから出る短距離ビーコンを読み取って、自動でコンテナに格納される。

 細々したものも小型のケースに放り込んで連結し、プラットフォームに乗せてやればこれも自動でコンテナに潜り込んで格納される。

 俺達レジーナクルーは元々所持品が少ないのだが、大量の所持品を持ち込んだディング達にしても、さすが侯爵家と言うべきか、随分金の掛かった旅行セットであるようだった。

 

「さて。忘れ物は無いな? それじゃ乗船するぞ。レジーナ、後部ハッチから乗船する。そのまま開け放しておいてくれ。」

 

「諒解しました。コンテナ格納固定作業は完了しています。カーゴルーム後部ハッチ周辺クリア。いつでもどうぞ。」

 

「予定より随分早く引き上げることになってしまった。クソ。完全に欲求不満だぜ。」

 

 レジーナを見上げるディングがぼやいた。

 それを聞いているダンダスとレイシャは苦笑いを浮かべている。

 

「済まんな。俺が謝る事じゃ無いのかも知れんが。しかし乗客の安全が最優先だ。またあんなことがあるとは思えんが、ここまでの事となると切り上げざるを得ん。お前の家の方からもそう言ってきている。」

 

「分かってる。自分の立場は理解してるさ。我が侭を言って無理に居座るつもりも無い。あんな襲撃があって、俺がちょっとでも怪我をしたら大騒ぎだ。周りにそういう迷惑はかけられんよ。

「それでも今回途中で切り上げた分だけ近いうちにまた休みを取ってやる。今度はリヴァルで釣り三昧もいいな。いや、ドシウスで飛行生物と空中戦も悪くない。」

 

 どうやらディングの頭の中はすでに次の休暇の計画で一杯になっているようだった。

 また俺達を指名するつもりだろうか。

 侯爵家の対応やディングの人柄の良さという良い条件はあるのだが、こんな碌でもない目に遭う依頼などもう二度と御免だと思った。

 

 次の休暇の予定をブツブツと呟き続けているディングが、レイシャに促されて飛び上がる。

 レイシャ、ダンダスとそれに続き、最後に俺達レジーナクルー三名が空に向かって地を蹴った。

 果てしなく続く緑色の地平線を眺めながら、俺は久々になるレジーナの後部ハッチに着地する。

 すぐ後ろで、ルナとニュクスが足を着いた軽い音がした。

 

「マサシ、お帰りなさい。大自然の中でのキャンプはどうでしたか?」

 

「陸戦隊軌道降下部隊との交戦がおまけに付いてくるような大自然はもう懲り懲りだ。」

 

 レジーナがおかしそうに笑い声を立てた。

 その笑い声を聞いて、自分の家に戻ってきたという実感が湧いた。

 

 

■ 15.24.2

 

 

「侯爵家領軍艦隊が第六惑星軌道に到達しました。合流しますか? 特に先方から合流を求められてはいませんが。」

 

 クルー全員がブリッジの席に着き、ベルヤンキス公転軌道を離れしばらくしたところでレジーナが言った。

 そう言えば、陸戦隊の目標がディングだろうと確信したところで、侯爵家に救援要請を出していたのだった。

 それにしても早いな。

 

「我々のキャンプ設営と前後して到着して、フェンディーン星系外縁で待機していたようですね。」

 

 ディングの言った通りか。

 

「ディングは何て?」

 

「合流せずこのままスルードフュジェーフクに向かうように、と。合流したくないようです。」

 

 レジーナの声が少し笑いを含んでいる。

 もう少し自由を謳歌していたいと駄々をこねたのだろう。

 

「侯爵サマも大変だな。」

 

「目的は達成したのじゃ。連中も満足じゃろ。」

 

「途中で切り上げる事になったけどな。」

 

「ああ、そっちは少々不満じゃろうがの。主目的の方は完全達成じゃ。不満はなかろうよ。」

 

 ・・・ん?

 何か今、ニュクスが妙な言い方をしたぞ?

 

「なんだ、『主目的』って。」

 

 自席からニュクスが振り返りこちらを見る。

 

「まさかお主、気付いておらんかったんかや?」

 

 いや、何を?

 

「そう言えばお主のアタマの中には、脳ミソの代わりの筋肉さえまともに詰まっておらんのじゃった。気付かぬでも仕方ないか。」

 

 ひとを可哀想な子を見る眼で見るのをやめろ。

 

「今回の旅行の主目的は政敵に何らかの行動を起こさせて、政治的物理的に攻撃する口実を作ることじゃぞ。見事引っかかった、というより、逆手にとって上手いこと利用して損切りをしに来たのがパルドルイスカ家じゃ。」

 

 陸戦隊に襲撃されたのは計画の内、という訳か?

 

「確かにエシオンフダイージオ家当主ディフガソップルフィーク侯爵はここしばらく休暇を取っておらんかった。医者からもそろそろ一度休みを取って、心と身体を休めた方が良いと言われるほどじゃったようじゃの。

「で、趣味の狩猟を目的とした休暇の計画を立てたのじゃが、侯爵家参謀部がこの計画に乗った。侯爵本人が家を離れてふらふらする警護の弱い状況になるなら、いっそ徹底的に警護を取っ払って狙わせてしまえ、とな。酷い部下じゃのう。

「ろくに警護されておらぬ様に見えて、その実侯爵本人をしっかり守ることが出来ている状態を作るのに選ばれたのが儂らじゃ。何せマサシ・バシース(マジッド語で「無頼漢のマサシ」の意)などというあだ名まで付けられる様な、乱暴者の船長が率いる船じゃからのう。

「ソッチの業界では乱暴狼藉者として有名で、ついでに新進気鋭の傭兵団の団長でもある男が率いる民間貨物船じゃが、一国の正規軍からしてみればたかが民間の武装貨物船一隻じゃ。数で押し潰せばどうとでもなる、と思われるのが普通じゃの。」

 

 そこでニュクスは一旦話を切った。

 話しについて来ているか? という眼でこっちを見ている。

 大丈夫だ。理解している。

 それよりも。

 

「気付いていなかったのは俺だけか? というか、ニュクスお前、気付いていたなら船長に教えろよ。」

 

「お主らヒトはその手のことが顔や態度に出やすいからのう。その点儂やルナは表情筋の制御や、行動実施前再確認プロセスでその手の意識が表に出ることはまず無いからの。」

 

 クソ。否定出来ねえ。

 

「喜びや。少々の襲撃があっても確実に侯爵本人を守ることができる、とベルセンテルーク帝国貴族家から実力を評価されたということじゃぞ。悪い事では無かろう。」

 

「ああ。でもなんか釈然としねえ。」

 

 ふふ、と笑ってニュクスが続ける。

 

「お忍びの少人数でコッソリ、という風を装った罠と分かっておって襲いかかってきたのがパルドルイスカ上級侯爵じゃの。

「上級侯爵家の三男坊スブローチアグの名を出したら、ディングもすぐに理解しておったじゃろう? それほどあの小僧は悪たれの問題児で有名じゃったんじゃ。

「パルドルイスカ家にしてみれば、ディングを消すことが出来れば存外の大成果、それに失敗はしても問題児の三男坊を消せれば目的達成、と云ったところじゃろうの。

「エシオンフダイージオ侯爵家と、パルドルイスカ上級侯爵家のバランスじゃと、本家の三男坊が侯爵家当主を襲撃したことでパルドルイスカ家のマイナス。じゃが、短慮で粗暴な三男坊が勝手にやったこととして責任を回避、本家筋の三男坊をエシオンフダイージオ側が殺したことを不問に付して相殺。

「総合的なバランスでは、エシオンフダイージオ侯爵家がプラス、と言ったところかのう。貸しにするのか、賠償金で解決するのかは知らぬがのう。

「ま、貴族家に上手いこと使われた、という事じゃの。」

 

 と、ニュクスがカラカラと笑った。

 

「全く釈然としねえ。納得できねえ。クソッタレが。」

 

「なんじゃいつまでもぐずぐずと。帝国貴族家の陰謀にちょいと巻き込まれた。じゃが依頼は達成した。皆元気に生きておる。それで十分じゃろうが。」

 

 とニュクスが言って不敵に笑った。

 

 ・・・そうだな。その通りだ。

 

 

 

 

 

 

 

 


 いつも拙作お読み戴きありがとうございます。


 なんかちょっと最後締まりが悪いのですが、この章は個々で強引に終わらせます。

 実は全く同じ終わり方を、以前別の作品でやったのですが、誰も知らない覚えていないだろうから問題ナシ! w

 次章に入るか、或いはここで一回幕間挟むか、どうしましょうかね。

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