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夜空に瞬く星に向かって 第二部  作者: 松由実行
第十五章 マーキー・ラナウェイ
68/82

23. 貴族家


 

 

■ 15.23.1

 

 

「お前がその船の船長か?」

 

 敵艦隊との通信が繋がった後、男の声がいきなりそう言った。

 軍服を着た、若い男だった。

 こちらの神経を苛立たせるような、威圧的な喋り方が鼻につく男だった。

 

 ちなみに、向こうの映像はこちらに届いているが、俺の方は音声のみの通信となっている。

 俺がヘルメットを被っているから俺の顔や姿を映像に出来ないというのが最大の理由だが、俺がヘルメットを被る状況にあるという事を向こうに知らせないようにする、という理由も含んでいる。

 いきなり艦砲射撃を食らわされても堪らない。

 通信はレジーナ経由で送られてきているが、敵艦隊とレジーナのプローブの間は電磁波通信だ。

 

「ああ、そうだが。あんたは?」

 

 向こうが名乗らないなら、こちらも名乗る必要は無い。

 どうせレジーナと俺の名前くらいは調べが付いているだろう。

 ・・・待てよ。

 そう言えば連中、通信を開く前に一応名乗っていたか。

 まあそれにしても、普通は相手が通信に出たところでもう一度名乗るものだ。

 それをしないというのは、こちらを見下して高圧的に出ているということだ。

 

「無礼な奴だな。まあいい。速やかに投降せよ。お前達は我が軍に対して違法な攻撃を行っている。地上部隊はこれ以上の攻撃を行わず投降する場合に限り、投降を認め生命の安全を保証する。抵抗する場合はその限りでは無い。それからお前の船は速やかに武装を解除し、先ほどまでの位置に戻った上でこちらの指示に従え。抵抗する様であれば破壊する。」

 

 その男が何を言っているのか全く理解できなかった。

 惑星ベルヤンキス上での陸戦の話ならまだ解る。

 二百近い追加の軌道降下兵を投入し、数だけを見れば向こうが圧倒的に優位にある。

 目が見えない、或いは頭が悪い奴であれば、自分達が優勢であると勘違いするかもしれない。

 

 だがレジーナはとうにこの惑星周辺宙域から逃げ出して、ベルヤンキス北方十光日の位置に待機している、

 強気な発言をしたところで、連中の手の届かないところに居るのだ。

 そもそもレジーナが今どこに居るのかさえ掴めていないだろう。

 

 小規模とは言え帝国艦隊の司令官なんてどうせ貴族だろう。

 こんな低レベルでも帝国貴族になれるのか?

 

「破壊するもなにも。あんたこっちの位置が掴めてないだろう。出来ないことを言われてもな。どこの海賊団か知らんが、こんなんじゃ言うこと聞いてくれる船なんて居ないぞ。」

 

 そもそもが、レジーナのセンサープローブは奴等の通信を電磁波で拾っている。

 指向性は持たせたとしても、電磁波なら他の船や地上局で信号を拾い放題だ。

 正規軍が正規の戦争を行っているならともかく、こんな通信に顔出しで出てくる時点で程度が知れる。

 海賊でさえこれほど間抜けなことはしない。

 取り巻きに誰か止めてくれる奴は居なかったのか。

 

「なっ! 貴様言うに事欠いて、貴様誇り高きベルs■■■■■■■■■■■■■■■海賊だなどと! そこに直れ! 塵に変えてくれるわ!」

 

 おや。

 国名と艦隊名のところにノイズが入って聞き取れなくされたぞ。

 どうやら、民間人居住惑星に対して軌道降下兵を大量に放出した後に、垂れ流し状態の電磁波通信上で自分達の所属する国名と艦隊名を垂れ流す事のヤバさに気付いた者が居るらしい。

 今相手にしている奴は低沸点低煽り耐性の頭の悪い貴族の典型みたいな奴だが、その周りにはちゃんと有能な奴が配属されて居る様だった。

 

 ・・・ならそもそもこんなアホな作戦実行する前に止めろよ。

 貴族サマの権力振りかざされると何も言えなくなるのかね。

 まあ、こっちにはニュクス達が付いていて、機械達の能力が連中の予想外に非常に高かったので状況が完全に想定外になった、ってのもあるのだろうが。

 

「よく聞こえなかったが。まあ良い。こっちの位置を特定も出来ていないのに塵にするも何も無いだろう。まともに名乗ることも出来ずに船を寄越せなどという要求をするのは海賊くらいのものだ。悪いが海賊の言う事を聞く気はさらさら無いんでね。」

 

 本人は名乗ったようだが、そんなのは知らん。俺には聞こえなかった。

 適当に決めつけてこっちのペースで喋る。

 そうすれば勝手に無効で血圧を上げてくれるだろう。

 

「まだ言うか! 砲撃用意! 奴等が隠れていると推定される領域を全て焼き払え! 誇り高き帝k■■■■■■■が平民の船乗り風情から侮辱されては引き下がれぬわ!」

 

 また側近が上手く放送禁止にしたようだが、誇り高き帝国貴族、ね。

 誇り高くとも知能は余り高くなさそうだが。

 

「馬鹿なのか? 正規軍を詐称するなら、民間人居住惑星への直接攻撃はしちゃならんだろう。ボロが出てるぞ。所詮海賊の知能はたかが知れる。」

 

 そう言って聞こえるように鼻で笑う。

 段々面白くなってきた。

 

「これ。じゃからあまり煽るなというに。取り巻き連中が抑えられぬ様になったらどうするつもりじゃ。バカは本気で撃ってくるぞえ。

「奴等がこの惑星に軌道降下兵を送り込んだだけで充分なのじゃ。これ以上は不要じゃぞ。」

 

 と、ニュクスが苦言を呈してくるが、そういう彼女の声も面白そうに笑っている。

 

「マサシ。敵艦隊旗艦が惑星ベルヤンキスに向けて砲撃を行いました.大口径レーザーで推定十発。着弾点はそこより南に80kmほど離れた辺りです。」

 

「ほれ見たことか。この手のバカは常人に想像の出来ぬ事をするから怖いのじゃ。もう止めよ。」

 

 それにしては随分見当違いのところを撃ったものだ。

 こちらの位置が特定できていないのは、陸戦隊の動きを見ていれば分かる。

 適当に撃ったのだろうが、流石に味方の兵士達が降下したあたりは外すだけの分別があったのか。

 或いは、味方に当たらないところを撃とうとしたので、取り巻き連中も放置して好きにやらせたのか。

 

 などと考えていると、重く激しい地鳴りが伝わってきた。

 艦砲射撃の爆発の衝撃か。

 もう少ししたら、爆発衝撃波もやって来るだろう。

 

「ほれ見よ。言わんこっちゃない。プライドだけはオリンポス山よりも高うて、思慮は水たまりの如く浅いのじゃ。こうなろうよ。」

 

 と、溜息交じりにニュクスが言う。

 

「問題無い。これを待っていた。

「レジーナ。敵旗艦の高精度座標は把握しているか?」

 

「勿論です。」

 

「オーケイ。やっちまえ。正当防衛だ。」

 

「こりゃ、ちょっと待ちや・・・」

 

「諒解。

「両舷GRG、弾種徹甲460mm、単発斉射。ホール射出速度1000km/s。発射。着弾・・・・・目標の撃破を確認。」

 

 音も聞こえなければ、鬱蒼と木々の茂るこの密林の中から見えるわけでもない。

 だが、「静止目標」をレジーナが仕留め損なうとは思えなかった。

 3000m級の戦艦も、WZDを利用したホールショットを食らえば一撃で沈む。

 光速の0.3%もの速度で460mm物理徹甲弾を二発ブチ込まれて無事な船などあり得ない。

 ただし、前にも言ったように、この手が使えるのは最初の一隻だけだが。

 

「お主・・・折角まとまる方向に動いておったものを。」

 

 と、ニュクスが抗議の声を上げる。

 ・・・さて、どうだろう。

 政治的に、平穏に解決するのもそれはそれでありだろう。

 なにせこっちには護衛対象の帝国貴族サマも居る。

 

 だが、この惑星の管理局から政府に話が上がり、政府間の交渉が行われて、その結果がトラブルの現場に反映されるまでにどれだけの時間が掛かるのか。

 その間に、しびれを切らした短慮で無能な貴族のガキが何か余計なことを仕掛けてこないとも限らない。

 今はこちらを探知できていない上の艦隊も、時間を与えればその内には俺達の居場所を特定する。

 

 だが、その出来の悪い頭を刈り取ってやれば、本来優秀な筈の正規軍将官が自分の仕事ができるようになるのではないか。

 勿論賭けだ。

 旗艦をやられて激高した負けず劣らずのバカが躍起になって攻撃を仕掛けてくるかも知れない。

 

 さて。どう出てくるか。

 旗艦を破壊された復讐に燃えるほど頭が悪いのか、或いはこれを機に事態を収束させる位に冷静か。

 

 と思っていると、すぐに通信が入った。

 勿論拾っているのはレジーナのプローブだが、内容はそのままこちらにも転送されてくる。

 

「現在隠遁中の民間貨物船に告ぐ。停船および武装解除指示を取り消す。貴船と貴船の乗員乗客の行動の自由を保証する。以上。」

 

 思わずニュクスの方を見た。

 

「全く。ヒヤヒヤさせおってからに。ま、取り巻き連中は馬鹿では無かった、という訳じゃの。」

 

「敵艦隊が陸戦隊回収用のシャトルを発進させています。惑星ベルヤンキス管理局との間で、電磁波平文にて通信中。『手違いにより予定とは異なる地域に陸戦隊を降下させてしまった。演習計画を見直す必要があるため、陸戦隊を含め艦隊は全て一度撤収する』とのことです。」

 

 どうやらこれで一件落着ということで良いようだ。

 賭けではあったが、頭の悪い司令官の下に、理知的で全体が見える有能な部下達が居て助かった。

 

 ディングが言ったとおり、ディングの家の領軍艦隊がこの星系外縁に詰めていたようだった。

 それにしても動きが早いな。

 

「ふむ。とんでもない事になった割には、あっけない幕切れだったな。」

 

「何を言うか。ひとが折角上手く納めたものを、最後の最後で余計な博打を打ち折ってからに。」

 

「そうしなければもっと時間がかかった。その間にバカが暴発する危険もあった。その間中ずっとディング達を地下に閉じ込めておくわけにも行くまい?」

 

「ま、否定はせぬがの。お主の頭に詰まって居る筋肉も多少はものが考えられる様じゃ。」

 

 そうだディング。

 

「レジーナ、ディング達に地上に出てきても良いと伝えてくれ。」

 

「はい。お二方とももうすぐお出ましです。」

 

 それから少しして、地下のシェルタにこもっていた二人が地上に姿を現した。

 敵の陸戦隊が撤収を始め、攻撃される危険がなくなったルナ達が空中を飛んで戻ってくる。

 もっとも、ニュクスの分身四人は、話がややこしくなるので近くには居るが、姿を隠したままだ。

 

「パルドルイスカ上級侯爵家の、しかも本家の紋章だな。間違いない。」

 

 ほぼ丸裸の状態で圧倒的優勢な敵の攻撃に曝された為かなり憔悴しているのではないかという俺の予想に反して、ケロリと元気な表情で地上に現れたディングに二次軌道降下兵のHASに付いていた紋章を見せると、驚いた風でもなくさらりと答えた。

 

「思慮の足りない若造が司令官だった? ああ、それは本家の三男坊のスブローチアグだ。幼少の折より癇癪持ちで有名だった。しかし、パルドルイスカは何でまたあんな出来損ないに艦隊司令官なんぞ任せたのか・・・ああ、なるほど。」

 

 と、俺達からもたらされた情報に、ディングは独り納得した表情を見せた。

 

 ディングが民間の旅客船を雇って極少人数で長期の休暇を取り、狩猟星であるベルヤンキスを訪れるという情報をどこからか得たパルドルイスカ上級侯爵家は、先回りして領軍の艦隊をこの星系に置いておいたということなのだろう。

 ディング達がレジーナから充分に離れ、腰を落ち着けて狩りを始めたところでディングを消すために襲撃。

 ディングによるとやはり、ディング達エシオンフダイージオ家と、襲ってきたパルドルイスカ家は遙か数万年昔に生じた領土問題を発端に、長年様々な理由で対立してきたのだという。

 その仇敵の当主を討ち取る絶好のチャンスに出来の悪い三男坊を送り込んできたのは、一つにはそもそもこれが失敗して元々「上手くいけばラッキー」程度の作戦であったろう事、失敗した場合には切り捨てやすい問題児を司令官に据えたのだろう事をディングは指摘した。

 

 要するに、成功すれば長年のライバルを排除でき、失敗したところで小規模な艦隊を切り捨てるだけで、頭痛の種であった思慮の足りない三男坊を処分できるという、パルドルイスカ家にとってどっちに転んでも損の無いお得な作戦だった、という事らしかった。

 というような内容を、ディングは顔色を変えることもなくさらりと言ってのけた。

 

 出来の悪い癇癪持ちの三男坊は、将来家名を傷付けるような愚行に走る可能性があるとは言え、どちらに転んでも家にとって得になるような作戦に半ば捨て石のようにして血の繋がった身内を放り込む貴族家の感覚は理解出来なかった。

 貴族社会の中では多分、ごく当たり前の采配なのだろう。

 それを口にしたディングの表情を見ていても、パルドルイスカ家が特に今回酷い采配をしたというわけではなく、貴族家としてよくある当然の判断、という捉え方をしている様に見えた。

 

 敵対した相手とはいえ、どうにも感情的に納得できないものを感じる。

 やはり貴族というのは気に食わないな。

 

 周辺域のマップを拡大すると、広く展開していた陸戦隊軌道降下兵は全て北に向かって移動して行っており、既に俺達周辺に敵兵は居ない。

 多分、上の艦隊が降ろしたという降下兵回収用のシャトルの着陸予定地点が北の方なのだろう。

 一時期占拠されていた俺達のキャンプ周辺にも、既に兵士の反応は無い。

 

「ようし、撤収だ。まだ狩りを続けるとか言わないよな?」

 

「当然だ。」

 

 と、ディングが答える。

 

「ニュクス、全部任せきりになってしまって済まんが、この辺りの色々後始末を頼む。お前にしかできないことだ。」

 

「勿論。諒解じゃ。」

 

「全員一旦キャンプに戻るぞ。俺はディングを連れて飛ぶ。レイシャ、ダンダスを頼めるか? ルナ、引き続き空中飛行生物の警戒を頼む。ディング達が眼を回さないようにゆっくり飛ぶぞ。」

 

「承知致しました。」

 

「諒解。」

 

 EMJFが消失してディング達の着ているスーツの動作は復旧しているかもしれない。

 が、整備もせずに飛ぶのは少々危険だ。

 俺達ならともかく、侯爵サマにそんなことをさせるわけにはいかない。

 

「レジーナ、戻って来てくれ。さすがに何日も待てない。ホールドライヴ使用可だ。」

 

 緊急退避とはいえ一度ホールドライヴを使ってしまっている。

 EMJFが展開されていたとは言え、発生した重力波と、光学観察映像はしっかり記録されているだろう。

 だからもう今更だ。

 逆に、レジーナが通常空間を戻って来るまで何日も待つ方が安全上も宜しくない。

 

「諒解です。艦隊が移動した後、先ほどまでの位置に戻ります。あとで上手く誤魔化せるかもしれません。」

 

「オーケイ。宜しく頼む。」

 

 さすがレジーナ。抜け目がない。

 

 さてと。

 随分面倒なことになってしまったが、ようやく収拾付きそうだ。

 疲れたな。

 一杯引っかけて、とっととベッドに入りたい気分だった。

 

 

 

 

 

 


 いつも拙作お読み戴きありがとうございます。

 

 どうにも時間が取れず、随分時間を空けてしまいました。申し訳ないです。

 またしばらく投稿が不安定になる可能性があります。すまぬ。

 

 政治的にスマートに解決して切り抜けて・・・と思ったら。

 テランはテランです。草。

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― 新着の感想 ―
ネットワーク上ではこんなやりとりがされていそう。 ニ「ちょっと待たんか!お主も言われた通りやろうとせんで、マサシのやつを止めてくれんかの?」 レ「船長命令ですので。それに計算上、この手を打っても事態…
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