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夜空に瞬く星に向かって 第二部  作者: 松由実行
第十五章 マーキー・ラナウェイ
67/82

22. 脱出の経路


 

 

■ 15.22.1

 

 

 ニュクス達やルナの活躍で、地上での戦闘は完全にこちらに優位に進んでおり、護衛対象のディング達どころか護衛する側の立場である俺達にも殆ど危険は迫っていない。

 まあその辺りは、何を持って危険と認識するかの程度にも寄るが。

 どこかの国の正規軍陸戦隊軌道降下兵の大隊に標的にされている時点で、或いは数十隻からなる敵性の艦隊に惑星を取り囲まれている時点で危険と考えるか、自分の周りに実際にレーザーやミサイルが着弾している状態を持って危険と認識するか。

 とりあえずは今、俺の周りに何も飛んできていないので、危険に直面しているという認識は俺には無かった。

 俺も随分図太くなったものだ、と自分自身に少し呆れて、誰も見ていないヘルメットの下で口元を歪めて嗤う。

 

 いずれにしても敵陸戦隊をニュクスがどうにかしてくれたことで先のことを考える余裕も出てきた。

 次はどうやってこの惑星を抜け出すかを考えなければならない。

 もちろん、依頼人とその使用人をできるだけ安全に脱出させるという意味で、だ。

 

 当然脱出行動の鍵となるレジーナは、この惑星から約10光日離れたところで安全を確保して待機中だ。

 彼女をどうにかしてこの惑星に近付け、かの敵性艦隊の包囲網を破って俺達を拾い上げてもらい、そして艦隊をもう一度突破して追跡を捲きつつ星系外に飛び出す必要がある。

 ホールドライヴデバイスを遠慮無く使えばさほど難しいことでも無いのだが、どこの誰かもはっきり特定されていない軍艦隊の目の前でホールドライヴのデモンストレーション大盤振る舞いを行いたくは無い。

 

 使えばすぐにホールドライブであることは特定されるだろう。

 地球軍との契約内容もさることながら、レジーナにホールドライヴデバイスが搭載されていることを大々的に宣伝して、地球軍の秘匿技術をどうにかして手に入れようとしている多くの国や組織からしつこく付け狙われて気が休まる時が無い、などという状態に陥りたいとも思えない。

 レジーナを脱出させるときに敵艦のすぐ脇で一度使っているのだから、今更という気がしなくもないが。

 

 そしてホールデバイスを使わないとすると、脱出の難易度は突然跳ね上がる。

 脱出どころか、レジーナがこの惑星に近付くことさえも難しい。

 やはりブラソン達に頼んで敵艦隊の旗艦を落としてもらうしか無いか、などと考え始めたとき。

 

「何じゃさっきから考え込んで。やめよ止めよ。無いアタマをいくら振り絞っても碌な考えが出てくる筈も無かろうが。

「で? 頭蓋骨の中に充填された筋肉繊維の力を振り絞って何を考えておるのじゃ? 儂にちょっと相談してみんか?」

 

 ここは船長として威厳とプライドを示し、この後の動き方をはっきりと示すべきところだが、あいにく何も思いついていなかった。

 という訳で、ニュクスに相談する。

 

「お前のお陰で降下してきた陸戦隊は撃退できそうだが、例の軍艦隊に包囲されたこの惑星からどうやって脱出したものかな、とな。」

 

 今のところ艦隊は俺達に向かって直接砲撃してきてはいない。

 民間人居住惑星に向けて攻撃を加えないという交戦規程を遵守しているのだろうが、その惑星をEMJFですっぽり覆って陸戦隊を投入してくるような奴だ。

 いつ何時気が変わって直接砲撃に切り替えてくるか分かったものではない。

 出来れば早いところこの惑星からずらかりたいと言うのが本音だ。

 こうなってしまっては、休暇を途中で切り上げることにディングが文句を言うこともあるまい。

 

「なんじゃ、そんな事か。問題無い。儂に考えがある。任せよ。」

 

 さすがは銀河一の演算能力を誇る人工知能群。すでに何か考えてあるらしい。

 しかしつい先ほど、採れる手は余り多くないようなことを言っていなかったか。

 思わずニュクスの顔をまじまじと眺めると、面白い悪戯を思いついたときのようにいつもの笑いを浮かべてこちらを見返してくる。

 

「どうするつもりだ?」

 

「まあ見て居れ。それに今の時点ではまだ可能性が多過ぎてどのみち説明できぬわ。」

 

「可能性?」

 

「ほうじゃ。まあ、見て居れというに。」

 

 と、笑いを浮かべたまま彼女は視線を敵陸戦隊が居る方角に戻した、

 可能性というのは、いつものお得意の演算による未来予測の事だろう。

 今の時点では敵がどう出てくるか分からないから、まだ無数に選択肢がありすぎて説明できる状態では無い、とでも言いたいのか。

 

「マサシ。敵艦隊が再び陸戦隊を投入し始めました。」

 

 と、俺とニュクスの会話が終わるのを待っていたかのようなタイミングで、レジーナからの報告が入った。

 

「そう来たか。面白うは無いが、ま、一番安全じゃから良しとするかの。」

 

「なんだって? 目標降下地点は分かるか?」

 

 と、ニュクスと俺とでは別々の反応をした。

 ニュクスの言い方は、これも想定のうちの一つ、とでも言いたいのか。

 

「はい。現在までに放出された18の突入ポッドの軌道から計算して、今マサシ達がいる場所から西方に約130kmほどの分布です。」

 

 と、先ほどから眺めている戦術マップが僅かにズームアウトして広範囲の表示となり、青色のマーカで表示されている俺達を挟んで、すでに地上にいてニュクスの砲撃でボロボロにされている陸戦隊とは反対の方向、つまり俺達が居る場所よりも西側に幾つもの赤色の円が表示された。

 先に地上に降りている陸戦隊がニュクスの操る移動砲台による攻撃ですでに半数を割っており、さらにこの先数を減らすことを考えるとあまり大きな脅威とは言えないので落ち着いて見ていられるが、本来なら二つの降下兵部隊に挟まれて大慌てせねばらならないような位置だ。

 

 こちらの位置をある程度正確に把握しているのだろう。

 だが、移動砲台からの砲撃を受けて、先に投入した陸戦隊がすでにボロボロの状態であるのに、そこに追加の陸戦隊を投入することの無意味さを感じる。

 追加の陸戦隊も同じ運命を辿ることになると考えないのか?

 そもそも大気圏外から降下してくる途中で、相当数が迎撃され撃破されるだろう。

 こちらの位置を精確に割り出している割には、それに対する対応が稚拙なことに強い矛盾を感じる。

 

「レジーナ、EMJFを展開して居る敵のドローンの位置は把握しておるな?」

 

 と、ニュクス。

 その顔は相変わらず笑っている。

 

「はい。こちらのセンサープローブがまだベルヤンキス周辺宙域に残っています。」

 

「ホールショットのコントロール全般を貰うて良いかの?」

 

「勿論。GRG-A及びB、ホール生成コントロール渡します。」

 

「済まぬの。

「ドローンを墜とす程度なら88mmで充分じゃろ。弾種88mm徹甲、クイックローダ使用。WZDホール射出弾速3000km/s。GRG両舷三斉射。発射。次弾発射。次弾発射。全弾命中。うむ、さすが儂じゃの。敵EMJFドローン六機全機破壊を確認。EMJF解除を確認。これで良し、じゃ。ドローンは自分が撃たれたことも気付かぬまま破壊されたじゃろ。」

 

 どうやら、量子通信を経由してレジーナネットワークに接続したニュクスが、レジーナからコントロールを渡されたホールショットを使って敵艦隊が展開してこの惑星を覆うEMJFを展開していたドローンを全て撃ち落としたらしい。

 EMJFが解除されて電磁波通信が可能となったのだろうが、今それを行って何の意味がある?

 追加の敵軌道降下部隊はすでに降下を始めている。

 

「おかわりの降下兵は今どれくらい出たかの?」

 

「今現在百四十八機が射出終了。射出継続中。先頭は大気圏に到達。先頭のHASは72秒後に地上に到達する予想です。」

 

「上出来、上出来。さて、あとは艦隊司令官が予想以上に無能の阿呆じゃ無い事を祈るだけじゃの。ま、無能の貴族の周りには、有能な補佐もおるじゃろ。」

 

 さて。

 上機嫌に鼻歌まで混ぜてニュクスは笑っているが、俺には状況がさっぱり分からない。

 

「ニュクス。済まんが脳ミソが筋肉で出来ている俺にも分かり易いように、今の状況を教えてくれるか?」

 

「ん? 今の状況はのう、この惑星を包囲しておった艦隊が送り出したEMJFドローンが全て()うなって、EMJFが消えたところじゃ。その状態で、300km上空の艦隊からは、未だに軌道降下兵の降下ポッドがこの辺りに向けて続々と射出されておるところじゃの。」

 

 そんな事は話を聞いていれば分かっている。

 俺はそれがどういう意味なのか、俺達がこの惑星から脱出できることにどう繋がっているのか、というところを聞きたいのだ。

 というのが、顔に出ていたのだろう。

 こちらを向いたニュクスが、俺の顔を見て微妙に眉を顰める。

 

「何じゃ、お主、本当に頭の中には筋肉さえ詰まっとらぬのか。筋肉でももう少しものを考えるぞえ。ちいとは自分でものを考える癖を付けねば、本物の阿呆になってしまうぞえ?」

 

 と、さらに眼を眇めたニュクスが言った。

 そして彼女は溜息を吐く。

 

「はあ。しょうがないのう・・・・・EMJFが消滅するとどうなるのじゃ?」

 

「電磁攪乱が消えて電磁通信ができるようになるな。」

 

「そうじゃ。電磁通信ができるようになって、電磁波探知が可能になる。そもそも奴等は何のためにEMJFを展開しておったのじゃ?」

 

「この惑星上の管理局や狩猟客が乗ってきた船の監視ドローンや監視衛星を無効化するためだな。」

 

 惑星上という半径僅か1万km程度のごく限られた空間の中だ。

 量子通信を行うよりも、電磁波通信の方がパワーも食わないし、コストも低い。

 構造も単純になるため、通信ユニットの重量も遙かに軽い。

 惑星周辺でのみ運用する想定のドローンや衛星であるなら、電磁波通信を利用した方が遙かに有利だ。

 

「ほうじゃ。で、それが()うなったら? どうなるのじゃ?」

 

「全部見えるようになるな。」

 

 正確には、それを監視している衛星やドローンからの通信が正常に戻る、ということだが。

 

「そしたらどうなるのじゃ?」

 

 なんか段々母親に教育されている三歳児のような気分になってきた。

 まあ、銀河最強の演算能力を持つ機械達にしてみれば、俺の知能など三歳児以下程度なのだろうが。

 

「管理局にバレる。ああ、なるほど。しかし個々の惑星の管理局の武装度は高くないぞ。民間企業だからな。俺達が危機的状況にあることに変わりは無い。」

 

 今も頭上から一個大隊委譲の軌道降下兵がこちらに向かって近付きつつある。

 それを考えると、早いところ迎撃するなり隠れるなりして対処しなければならないという焦燥感が募ってくる。

 

「そうじゃなかろうが。なんでお主はそう力だけの一元的なものの見方をするのじゃ。

「管理局がこの状況を感知する。記録もされるし、民間企業なら当然本社や危機管理担当部署に警報が飛ぶじゃろうが。上の艦隊はEMJFに隠れてこそこそやっておったつもりが、全部バレるのじゃ。

「この惑星の管理局に武力は無かろうとも、どこからか調達しようとするじゃろ。そして企業は、籍を置いておる国の政府に通報して泣きつくじゃろ。」

 

 そうすれば、軍の艦隊が民間人居住惑星に攻撃を加えたという、汎銀河戦争において禁忌とされているに近い交戦規程に抵触する。

 正確には交戦「規程」では無いのだが、しかしこの約束事を破ると、他国から白い眼で見られる様になり、同盟国からも非難され、下手すると同盟から除名される。

 今まで所属していた同盟だけで無く、他の同盟にも受け入れてもらえなくなる。

 列強種族以外の弱小種族にとって、同盟から除名されるというのは国の存亡に関わる大事だ。

 孤立するという事は、自国以外の全ての銀河種族を敵に回すという意味に等しい。

 なにせ、自国とその同盟国以外は全て敵、というのが汎銀河戦争だからだ。

 

「ようやっと解ってきおったようじゃの。

「じゃからそのような事態に陥らぬように、国家はこの星系内におる部隊を切り捨てるじゃろう。正確に言うならば、ここに自領の私兵を差し向けた貴族家を切り捨てるじゃろう。」

 

「やはりベルセンテルーク帝国の貴族家だったか。ディングの家と対立している貴族家か?」

 

「パルドルイスカ上級侯爵家じゃ。遙か昔から様々な理由でエシオンフダイージオ家と対立しておる家じゃの。」

 

「知ってたのか?」

 

「いいや、予想はしておったが確証は無かった。それはディングも同じじゃろう。

「第一次の軌道降下兵を儂がボコボコに潰してやったからのう。救援要請もあって奴等慌てて追加の軌道降下兵を大量に投入しおった。余程慌てておったのじゃろうな。上の艦船や第一次軌道降下兵のHASからは綺麗に消されておったパルドルイスカ家の紋章が、第二次軌道降下兵どものHASにはしっかり刻印されておるよ。投入する予定のなかったHASから紋章を消す暇が無かったと見えるの。くくく。

「EMJFが効いておるから短時間なら大丈夫じゃろうと慌てて投入してみたら、EMJFが解除されて全部丸見え、というわけじゃな。で、その紋章の着いたHASを観察しておるのは儂らだけではない。この惑星の管理局の監視衛星からも、狩猟客の船やドローンからもバッチリ観察されておろうな。もう逃げられぬぞえ。」

 

 と、少々暗い感情が乗った楽しそうな笑顔でニュクスが嗤う。

 

 民間人居住惑星に攻撃を仕掛けたと判明した貴族家は、帝国から切り捨てられる。

 さもなければ、ベルセンテルーク帝国の軍が汎銀河戦争の禁忌でもある民間人居住惑星への攻撃を行った、とされてしまうからだ。

 上級侯爵家を切り捨て、とち狂った上級侯爵が勝手にやったこと帝国は与り知らぬ事と公言し、上級侯爵家を取り潰す。なんなら一族郎党首を飛ばす。物理的に。

 そうすればとりあえずは、ベルセンテルーク帝国は他国からの非難を躱すことができる。

 ・・・なるほど。

 

「追い詰められた上の連中が自棄っぱちで、死なば諸共とここに艦砲射撃を行うかも知れんぞ。」

 

「せぬよ。そんな事を考えるのはお主らテランだけじゃ。普通は自分達の未来が完全に閉ざされたことを知れば、絶望し意気消沈して従順にお縄に着くようになるものじゃ。まったく。これじゃから脳筋種族は。」

 

 と、ニュクスがこちらをジト目で見る。

 うるせえよ。

 俺達自身は、そのタフさは美徳で長所だと思ってるんだ。放っとけ。

 

「軌道上の戦艦が軌道降下兵の射出を終えました。射出された軌道降下ポッドは百八十六機。先頭はあと30秒ほどで地上に到達します。降下予想地点は皆さんの西側に隣接するエリア、南北30km、東西40kmほどの範囲を予想しています。」

 

「まあ一応、迎撃の用意だけはしておこうかのう。管理局の眼が復活しておるから、先ほどまでのような派手な事は出来ぬがのう。」

 

「正当防衛じゃ無いのか? 相手は正規軍で、こっちは民間人だぞ?」

 

「阿呆。『何も無いはずの所でこれだけの殲滅攻撃を誰がやったのか』という話になるじゃろうが。自然の木と土と水しか無い所で、小規模とは言え正規軍を殲滅する兵器を短時間で生み出したのじゃぞ。ただでさえ前科者じゃと言うに、儂は危険人物指定なぞされとうはないぞえ?」

 

「それならすでに森が穴だらけだ。手遅れじゃ無いのか?」

 

 自業自得の所もあると思うがな。この兵器オタクめが。

 それがニュクス個人の嗜好なのか、或いは機械達全体に総じてその傾向があるのか。

 ・・・全体かもしれないな。

 奴等にとって兵器とは、もしかしたら自分の身体を飾るアクセサリの様な感覚なのかもしれない。

 

「何が起こったのか映像もなにも残っておらぬ。証拠がない。儂らにちょっかい出してきた上の艦隊になすりつけて逃げるぞえ。最終的に原状復帰するしの。」

 

「酷え話だな。」

 

「ふん。儂らにちょっかい出してきた方が悪いんじゃ。偉そうするしか能の無いクソ貴族のボンボンが舐めくさりおってからに。」

 

 楽しんでいたようにも見えたのだが、案外うちの大使付き武官殿はご立腹だった模様だ。

 怜悧で清楚な印象を受ける整った顔に全く似合わない台詞を吐き捨てた。

 

「マサシ。パルドルイスカ上級侯爵家領軍第二炎輝光条中央艦隊指令管理部から通信が入っています。」

 

「なんだって?」

 

 聞き慣れない名称を告げるレジーナからの知らせに思わず聞き返す。

 

「この惑星を包囲している艦隊から、作戦担当責任者と話したい、とのことです。」

 

「要は、上の敵性艦隊の総司令官かその参謀辺りじゃろうが、今更何じゃ? ふん、面白い情報を仕入れられるかも知れぬ。受けてくれぬか? バックアップは任せよ。」

 

 ・・・散々人のことを脳筋呼ばわりしておいて、また面倒なことを。

 まあ、責任者とか言われると俺が出るしかないのだが。

 

「レジーナ。繋いでくれ。」

 

 俺はAEXSSのヘルメットの中でため息をひとつ吐くと、レジーナに言った。

 

 

 

 

 

 

 


 いつも拙作お読み戴きありがとうございます。


 なんか話がごちゃついた感じで申し訳ないです。

 いつも脳筋地球人の力技解決ばかりしているので、たまには違う方法で対応してみたくて。

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