20. 敵陣侵透
■ 15.20.1
レジーナが提供してくれる戦術マップと索敵情報は、その名の通り戦術レベルでの全体の情勢、或いは個々の位置を示すものであって、それぞれの個体、即ちルナやエナ、ディオ達がどの様な戦い方をしているか細かなところが分かるわけではない。
それが知りたければ例えばルナの視覚情報に同期して、彼女の眼が見ている映像を確認すれば良いのだが、所詮ヒトでしかない俺にとってルナの視覚情報をモニタしながらその傍らでこのエリア全体の敵と味方の動きを把握しつつ、自分自身の周囲の状況に対して自分がどの様に動けば良いかを考える、などと云った機械知性体なら鼻歌交じりでやってのけそうなマルチタスクな芸当が出来るわけもない。
ので、ルナやニュクスの分身達の視覚情報を確認して彼女達がどの様な戦い方をしているのかFPSばりの映像を楽しむのは諦め、自分本体が置かれた周囲の状況を確認しつつ、戦術マップで全体の状況を把握する事に努めている。
まあ、実際のところ全体の状況を把握したところで俺が指示を出すわけでもないのだが。
それをやっているのはニュクスだ。
陸戦艦隊戦を問わず彼女達が持つ膨大な過去のデータを参照しながら、レジーナから提供される索敵情報を元にその時その時に応じた最善の選択を行い、全体の状況を自分達の望む方向へと動かす。
三十万年からそれ以上前の記録とは言え、実際に銀河人類全体と戦った経験と、それ以前には銀河人類達と共に戦ってきた記録を元に弾き出され次々と繰り出される攻撃の手は、基本的に自分の経験のみを基に戦わねばならない、例え過去のデータを参照したとしてもヒトの速度でそれを閲覧し処理するしかない敵の陸戦隊軌道降下兵達にとって、常に先読みされた的確な一手を撃ち込まれる悪夢でしかない。
そもそもが休暇中で趣味の狩猟に興じているHASさえ装備していない、ベルセンテルーク帝国貴族と、手練れとは言えごく少数の取り巻き、それとただの民間運送業者の護衛が居るだけのほぼ無抵抗に近い集団の制圧と思って圧倒的な筈の戦力をもって軌道降下してみれば、そこに待ち構えていたのは小口径とは言え光学迷彩と対探知能力を与えられ、機械知性体の正確さと処理速度で個別に操られた合計百基近くにもなるGRG移動砲台とレーザー移動砲台だ。
空中で見えない敵からただの射的の的のように一方的に叩かれないよう、HASとは言え移動に困難を伴う生い茂った密林の中を這いずるように進むことを余儀なくされ、しかしそれでもなぜか精確に狙い撃ちされてろくに反撃も出来ず損耗していく陸戦隊兵士達は、「話が違う!」と相当焦っているはずだ。
前置きが長くなったが、そんなわけで俺は、光学迷彩を纏い、探知を避けるため重力ジェネレータを全く使わずに地上を移動して敵と断定された陸戦隊軌道降下兵の部隊に肉薄して戦いを仕掛けたルナとニュクスの分身四体の闘いの詳細については知る由もなかった。
当然のようにHASに要求される機能の一つとしてほぼ全ての軍用HASに備わっている光学迷彩機能は、正面戦闘能力ではHASに劣るものの、HASに迫る防御力と出力、そしてHASよりも柔軟な運用が可能な戦闘用外骨格として開発されたAEXSSにももちろん備わっている。
その光学迷彩を有効にした上で、スーツ表面に到達した電磁波を中和する対電磁波探知機能も併用した状態で、重力波探知されないように重力ジェネレータをカットし、ルナはAEXSSのパワーアシストを最大にして密林の中を300km/hに迫る高速で駆け抜けていた。
生身のヒトではこの速度は出せない。
それは300km/hで次々と迫り来る木々や地形の凹凸を瞬時の判断で最適なルートで避けていくという離れ業を行うために、機械知性体の高速演算能力が必要であるという理由もあったが、もう一つ、300km/hの速度を得るために蹴り出す脚の動きに生身のヒトの肉体では耐えられないという理由もあった。
ニュクスほどではないが、ルナの身体も製造工場から出荷され初めてマサシとブラソンに顔を合わせたラインアウト時の構成に較べると大きく改造されていた。
華奢な体つきをした十代半ばに見える少女の外観を持つ生義体であるルナが、自分達を護るためとは言え格闘戦能力を向上させる事にマサシから少々難色を示されはしたものの、それが個体であるルナの意思だと理解した後は消極的ではあるが肉体の改造を認めてくれるようになった。
それを追求したニュクスの身体は、軍用艦の骨格構造材にも用いられるカーボンセラミックメタルコンポジット材の骨格を持ち、カーボンウィスカーと合成プロテインを編み上げたハイブリッド素材の高出力筋繊維で構成されている。
ルナの肉体も構成比の異なる同様の素材に置き換えられていたが、本人の希望によってニュクスに比べて出力を落とすことで少女らしい肉体の柔らかさを多く残していた。
ニュクスと同じ構成にすればそれだけ格闘戦能力や身体能力を向上させられることは分かっていたのだが、それと同時にマサシはルナに機械義体のような硬く無骨な身体を持つことを望んでいない、ということも充分に理解していたからだ。
マサシが嫌がることはしたくない。
それがルナの行動原理の根幹にあった。
柔らかさを残すある意味妥協の産物の様な生義体ではあったが、もちろんその身体能力は生身のヒトとは比べものになるレベルではなく、AEXSSを着用しない生身の状態でもルナの身体は200km/h近い速度で地を駆けることができる。
機械達によって外見も機能もかなりいじり回された特殊仕様のAEXSSに身を包むことで、舗装された障害のない平地であれば400km/h近い速度に達することが出来るだろう。
視覚情報を含めたAEXSSの各種センサのデータは直結で生体脳にインプットされ処理される。
生義体とその外側を覆うAEXSSの事を、超小型の船殻であると捉えれば処理も手慣れており容易い。
元はレジーナの統合管制システムが搭載された生義体端末であったルナにとってそれはごく自然な感覚だった。
万が一処理能力が不足する場合は、量子通信で直結されたレジーナネットワークのリソースを使うことが出来るし、分身とも言えるレジーナそのものの処理能力を借りることも出来る。
敵陸戦隊が横隊になって索敵しながら蛙跳び前進してくる最前列まで残り20kmを切った辺りで、レジーナによる戦闘開始の合図と共に身体を突き抜けるような衝撃波音が密林の中を轟いていく。
必要な情報は全てレジーナと共有している。
レジーナの方が遙かにリソース容量が大きいため、あらゆる全ての情報を共有というわけには行かないが、現在問題となっている事項に関連する情報は、ルナとレジーナの間で瞬時に共有される。
それはレジーナが全体を俯瞰的に捕らえている索敵情報だけでなく、限られた狭い範囲ではあるがルナが地上を疾走することで収集する情報についても同様だった。
レジーナが戦場全体の情報を収集し、それを元に構築した戦術プランをルナに渡す。
そのプランを元に行動したルナが、地上にて実地で収集した情報をレジーナにフィードバックする。
そうやってレジーナはルナ達が進む先の状況を再評価し、戦術プランを修正する。
不意を突いたのもあるだろうが、蛙跳び前進で空中に居た敵地上部隊Bに対して行ったニュクスの攻撃は、敵にかなりの損害を与えたようだった。
予想外の強力で激しい攻撃を受けた敵は堪らず前進を止める。
戦力を増強して強固な戦線を構築するためか、二列目の部隊Aが急ぎ前進して部隊Bに合流するが、それは悪手だ。
ニュクスが飛ばした大量のミサイルが空中で炸裂し、辺り一面にナノボットブロックを撒き散らした。
敵の前線の頭上でばら撒かれた大量のナノボットブロックは、地上に到達するやいなや一瞬で分解し、辺り一面を眼に見えないナノボットの海へと変える。
違和感を感じさせない程度に、森の木々や地表の土などを分解して大増殖するナノボットは、瞬く間に敵陸戦隊の最前線全てを飲み込んだ。
無数のナノボットが敵陸戦隊のHASに付着し、その装甲や装備を侵蝕し始める。
装甲を侵蝕して防御力を極端に下げ、装備を侵蝕してHASの機能に障害を発生させる事ももちろん重要な目的ではあるが、ナノボットが付着することで敵HASの正確な位置を常に把握できるようにすることももう一つの主要な目的だ。
そうやって敵の前列の全てのHAS個体は位置を精確に特定され、大まかな損傷情報も全て吸い上げられる。
その情報を元にニュクスは損傷の少ないHASを特定し、頭上に飛ばしているGRGやレーザー砲でそれら損害の少ないHASを狙い撃ちする。
50km/sもの高速で飛来し、精確に敵HAS目掛けて着弾する物理弾体は、ナノボットに侵蝕され本来の性能を保てなくなったHASの装甲を撃ち抜き破壊する。
破壊できずとも、物理弾頭から膨大な運動エネルギーを受け取ったHASは吹き飛ばされ、その衝撃を中和しようと慣性制御機能が働くが、宇宙船に搭載されている大容量のものとは異なり、HASに搭載されている小型のものでは衝撃を吸収しきることが出来ない。
吹き飛ばされたHASは例え外見上大きく損傷はしてなくとも、それを着用している中の生身の兵士が大きなダメージを受けているか或いはすでに命を落としており、それ以上の継戦能力を失っているものが多かった。
ニュクスの操る移動砲台からの嵐のような砲撃に襲われている前線に踏み込んだルナは、未だ活動しているHASに眼もくれずそのまま敵陣深くに向かって進み続ける。
もともと約2kmの間隔で配置され索敵を行いながら前進する配置であり、さらにそこに後列が加わってより密度が上がる筈だった敵陣ではあるが、すでに半数ものHASが撃破され行動不能となってあちこちに歯抜けの目立つ敵陣を、対探知機能を最大に効かせている状態で抜けていくのは拍子抜けするほどに容易だった。
本来なら高速移動する物体が巻き起こす空気密度の差や、光学迷彩であっても完全に処理しきれない背景映像の僅かなずれ、踏みつける地面や押し退ける木々の枝葉の動きなどを探知する対対探知機能を敵のHASも備えているはずだが、これほどに混乱した砲撃の嵐の中でそれら繊細な探知法が有効に働いているはずもなかった。
そして辺り一面に撒き散らされたナノボットが眼には見えずとも自分の身体にまとわりついているはずであり、それはつまり仲間達に自分の位置が精確に知られているということを意味しており、敵陣を単独突破する不安を打ち消してくれる。
その位置情報を元に、敵陣侵入の邪魔になりそうな周囲の敵を優先的に排除する砲撃を行ってくれているのも心強かった。
砲撃の嵐で大混乱している最前線を越えると、僅か15km程度しか離れていない場所に展開する敵部隊Cにすぐに到達した。
前線で二部隊が酷い目に遭っているというのに、参戦もせずに離れた場所で高みの見物を決め込んでいるこの部隊Cには、陸戦隊の指揮官とそれを取り巻く上位の将官が配置されているものと推測されていた。
実際、部隊Cは他の二部隊のように大きく展開して80kmの横隊を作るのではなく、500mを切る間隔で幅10kmそこそこの密な横隊を作るグループと、十数機ほどが横隊の後方中央に固まって本陣のようなグループを形成する配置へと変化している。
対対探知に引っかからないようにヒトが走る程度にまで速度を落としたルナは、慎重に移動しながら横隊を形成するHASの間を後方へすり抜ける。
僅かに速度を上げて大きく回り込み、横隊後方に護られた本陣のさらに後方から接近する。
「ルナ、配置に着きました。」
声にならないデータで、全体を俯瞰しているレジーナに知らせる。
そんな事をしなくても、レジーナは位置情報を含めて全て共有してはいるのだが。
「皆配置に着きました。」
「ふふ。では、作戦開始と行こうかのう。」
機械知性体同士特有の一瞬のデータのやりとりではあるが、楽しげなニュクスの声が通信に流れた。
「ルナ、敵本陣の後ろから刺せ。まずは僅かに外れておるCH03を刺すのじゃ。周りに気取られぬようにの。お主はさほど急がんでも良いから、敵に存在を気取られぬ事に全力を注げば良い。
「アルファ、弾幕密度の低いところでのんびりしておるB03に方位21から接近して消せ。かなりビビっておる様じゃ。楽勝じゃろう。
「ベータ、反対側でヒマしておるA39を方位38から接近して消せ。B38が方位18、800m先におる。見つかってはならぬぞ。
「エナ、暇そうなC01に方位20から接近。気取られず一瞬で片を付けよ。処分後は方位13へ離脱じゃ。
「ディオ、反対側のC28じゃ。隣のC27まで300mしか離れておらぬ。多少は時間をかけても良い。絶対に気取られぬように慎重にの。
「皆分かっておるじゃろうが、殺される本人にも、その隣に配置されておる兵士にも、絶対に探知され気付かれてはならぬ。何も知らず、何も分からず後ろからバッサリやられて、声を出す間もなく即死、じゃ。良いな? そして、一人たりともこの場から逃がしてはならぬ。」
楽しげな声から一転、ニュクスが声もなく凄惨かつ非情な指示を出す。
データで送り出された指示は音声による伝達などとは違い、目標の座標や現在の状態などのデータと共に文字通り一瞬で皆に到達する。
前線に移動してくるまでの間に大まかな指示を受けていた五人は、同じくその指示を一瞬で理解し、次の瞬間には行動に移っている。
高火力の重火器を持って正面から戦う陸戦隊正規軍の様な戦い方よりも、闇に潜み音も無く忍び寄って必殺の一撃で一瞬の元に命を刈り取る暗殺者のような闘い方こそを得意とする五人が、昼なお薄暗い鬱蒼とした密林の中で行動を開始したのだ。
僅か十名にも満たぬ戦力を、百を超える重武装した正規軍陸戦隊の数と力で磨り潰して終わりと高をくくって軌道上から降り立った軌道降下兵達は、完全に想定の範囲外の大量の重火器による先制猛攻撃に曝された後、見えない敵に攻め立てられ追い詰められる恐怖を存分に味わうことになる。
いつも拙作にお付き合いくださり有り難うございます。
まあ、今回の闘いのメインディッシュな訳ですが。
1話でサクッと終わらせてしまおうと考えていたのですが、ダラダラと戦術の解説をしてしまい実際の戦闘に突入できませんでした。
申し訳ない。
ということで、次回のテーマ音楽は必殺仕事人で。
ホラー映画系の精神的にクる曲でもOKです。




